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黒き森に刺す光


時は10年前の昼下がり──

ギルドの酒場でグレンは椅子に腰かけ、安酒を楽しんでいた。


受付嬢がグレンに話しかける。

「……ねぇグレンさん。街の子供が三人、森で迷子になったらしくて……」


「迷子探しねぇ。俺じゃなくてもいいだろ。優秀なのいくらでもいるじゃん」


たった今、酒を飲み始めたばかりのグレンは気乗りしていない。

依頼書を指一本で押し返して酒を飲む。


受付嬢は困り果てた笑顔を浮かべた。


「……一番早く見つけられるの、グレンさんじゃないですか」


グレンは一瞬だけ面倒くさそうに目を伏せるが、ため息を一つ。

無精髭の生えた顎を撫で、しぶしぶ酒の入った樽ジョッキを置いた。


「……わかったよ。ちゃっちゃと片付けるよ」


声の温度は飄々としているが、グレンはもう心を切り替えていた。

気怠そうに椅子から立ち上がった瞬間、その背には“実力者”の空気が立ちのぼる。






森の奥。


焚き火がぼうっと照らす場所に、子供たちは縄で縛られ座らされていた。


黒い狼の紋章。盗賊だけでなく魔物使いもいる、凶悪さで知られた集団——黒狼団。


酒臭い息をまき散らしながら盗賊たちは宴会を続けていた。


子どもたちは迷子ではなく、人攫いに拐かされていたのだ。


「……う、うぅ……」

小さな女の子が泣き出し、隣の少年がぎゅっと唇を噛む。


くすんだ金髪。茶色い瞳。

まだ線の細い幼い少年。


震えてはいるが、でも——少女の方を見て、必死に声を絞り出す。


「……な、泣かないで。だ、だいじょうぶ。

 きっと……助けが来て……わ、悪い奴らを……やっつけてくれる、よ」


優しい声。しかしその言葉が盗賊の神経を逆撫でした。


「あぁ? なんだその生意気なガキはよ」


ごつい手が、少年の襟をつかみ——


鈍い音で一発、地面に転がるほどの拳が落ちた。

少年は息を詰まらせる。悲鳴さえ出ない。


盗賊たちは笑った。


「助けが来る? 来ねぇよ。来たとしても俺たちが——」


——その時だった。




焚き火が揺れた。

風が吹いたような錯覚。しかし違う。


一人の男が、いつの間にか焚き火の明かりの中に立っていた。


「……来るんだよ、たまにはな」


灰色の髪が暗闇に溶けるように揺れる。


「……っ、何者だ!?」


返事はない。


代わりに、倒れたのは盗賊の方だった。

首筋に短剣が浅く切り込まれ、意識を刈り取られた形だ。


立っているのは、一人の男。


“だらしないおっさん”とは想像もつかない、

獲物を屠る獣の目をしたグレンだった。


「な、なんだこいつ……!」


「侵入者だ!殺せ!!」


盗賊と魔物使いが一斉に武器を構える。

魔物も鎖から放たれグレンに向かって唸り声を上げる。


普通の冒険者なら逃げる状況だ。


しかしグレンは——


「......俺は子供に手ぇ出す奴らが、嫌いなんだよ」


低く落ちた声は、怒りではなく“冷えた殺気”だった。





足音がしない。

本当に何も聞こえない。


盗賊が目を凝らした瞬間、

グレンの姿がいつの間にか自分の背後にあった。


「——ぐっ!?」

気づけば背中に衝撃。肋を砕かれ倒れる。


魔物使いが魔獣を操る間もなく、

グレンの短剣が魔獣の喉元を貫く。


豪快さは一切ない。

研ぎ澄まされた、無駄のない殺しの動き。


横から斧が振り下ろされる。

だがグレンは振り返りもせず、片手で斧の柄を受け止め、

そのまま柄を引き、振り向きざまに膝で男の鳩尾を撃ち抜いた。


「ひ……ひぃっ……!」


逃げようとした盗賊の足首を投げナイフが射抜く。


「逃げんな。面倒だろ」


その声すら淡々としている。


まるで狩りの途中で邪魔をされた狼が、

鬱陶しそうに獲物を片付けていくような静かな殺意。


黒狼団は、一人残らず戦闘不能となるまで、

ほんの数分しかかからなかった。





「もう大丈夫だ。動けるか?」


縄を切られた子供たちの中で、

あのくすんだ金髪の少年がぽかんと口を開けていた。


怯える子供たちに、グレンはわざと無造作な声で言う。


「ガキども、ほら、帰るぞ。寒ぃだろ」


その言い方があまりに普通で、だからこそ子供たちの緊張はほどけた。


そして——


くすんだ金髪の少年が、そっとグレンの袖を引く。


「……あの。お、俺……大きくなったら……あなた、みたいな……冒険者に……なりたい、です」


顔には殴られた跡、

膝は震えながら、それでも──

少年の茶色の目だけはキラキラと輝き、真っ直ぐにグレンを見据える。

憧れと、感謝、そして決意に輝いていた。


グレンは困ったように笑う。

──俺みたいになるな、と言いかけて


「……好きにしろ。ただ……命だけは大事にしとけよ」


少年は力強くうなずき、その顔を英雄のように見つめた。


その少年こそ、

10年後——グレンの後ろを不器用に追い続けているリデルその人だった。



◆10年後:今も追っている背中


「……ぐ、グレンさん、今日も……お疲れさま、です……!」


現代。

街のギルドに戻ると、

背が伸び、大人になったリデルが

あの日と同じ“キラキラした瞳”で声をかけてくる。


グレンは面倒くさそうに手を振る。


「はいはい。そんな目で見るなっての」


でも、リデルは気付いていない。


グレンが彼を見るとき、

ほんの一瞬だけ優しい目になることを。


——10年前、震えながら勇気を振り絞っていた小さな少年を、

ちゃんと覚えていることを。




________

リデルはもともと内気な少年でしたが、自分が森へ遊びに誘ったことをきっかけに誘拐されたので、ここから更に内向的になりました。がんばってる子です。


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