黒き森に刺す光
時は10年前の昼下がり──
ギルドの酒場でグレンは椅子に腰かけ、安酒を楽しんでいた。
受付嬢がグレンに話しかける。
「……ねぇグレンさん。街の子供が三人、森で迷子になったらしくて……」
「迷子探しねぇ。俺じゃなくてもいいだろ。優秀なのいくらでもいるじゃん」
たった今、酒を飲み始めたばかりのグレンは気乗りしていない。
依頼書を指一本で押し返して酒を飲む。
受付嬢は困り果てた笑顔を浮かべた。
「……一番早く見つけられるの、グレンさんじゃないですか」
グレンは一瞬だけ面倒くさそうに目を伏せるが、ため息を一つ。
無精髭の生えた顎を撫で、しぶしぶ酒の入った樽ジョッキを置いた。
「……わかったよ。ちゃっちゃと片付けるよ」
声の温度は飄々としているが、グレンはもう心を切り替えていた。
気怠そうに椅子から立ち上がった瞬間、その背には“実力者”の空気が立ちのぼる。
◆
森の奥。
焚き火がぼうっと照らす場所に、子供たちは縄で縛られ座らされていた。
黒い狼の紋章。盗賊だけでなく魔物使いもいる、凶悪さで知られた集団——黒狼団。
酒臭い息をまき散らしながら盗賊たちは宴会を続けていた。
子どもたちは迷子ではなく、人攫いに拐かされていたのだ。
「……う、うぅ……」
小さな女の子が泣き出し、隣の少年がぎゅっと唇を噛む。
くすんだ金髪。茶色い瞳。
まだ線の細い幼い少年。
震えてはいるが、でも——少女の方を見て、必死に声を絞り出す。
「……な、泣かないで。だ、だいじょうぶ。
きっと……助けが来て……わ、悪い奴らを……やっつけてくれる、よ」
優しい声。しかしその言葉が盗賊の神経を逆撫でした。
「あぁ? なんだその生意気なガキはよ」
ごつい手が、少年の襟をつかみ——
鈍い音で一発、地面に転がるほどの拳が落ちた。
少年は息を詰まらせる。悲鳴さえ出ない。
盗賊たちは笑った。
「助けが来る? 来ねぇよ。来たとしても俺たちが——」
——その時だった。
◆
焚き火が揺れた。
風が吹いたような錯覚。しかし違う。
一人の男が、いつの間にか焚き火の明かりの中に立っていた。
「……来るんだよ、たまにはな」
灰色の髪が暗闇に溶けるように揺れる。
「……っ、何者だ!?」
返事はない。
代わりに、倒れたのは盗賊の方だった。
首筋に短剣が浅く切り込まれ、意識を刈り取られた形だ。
立っているのは、一人の男。
“だらしないおっさん”とは想像もつかない、
獲物を屠る獣の目をしたグレンだった。
「な、なんだこいつ……!」
「侵入者だ!殺せ!!」
盗賊と魔物使いが一斉に武器を構える。
魔物も鎖から放たれグレンに向かって唸り声を上げる。
普通の冒険者なら逃げる状況だ。
しかしグレンは——
「......俺は子供に手ぇ出す奴らが、嫌いなんだよ」
低く落ちた声は、怒りではなく“冷えた殺気”だった。
◆
足音がしない。
本当に何も聞こえない。
盗賊が目を凝らした瞬間、
グレンの姿がいつの間にか自分の背後にあった。
「——ぐっ!?」
気づけば背中に衝撃。肋を砕かれ倒れる。
魔物使いが魔獣を操る間もなく、
グレンの短剣が魔獣の喉元を貫く。
豪快さは一切ない。
研ぎ澄まされた、無駄のない殺しの動き。
横から斧が振り下ろされる。
だがグレンは振り返りもせず、片手で斧の柄を受け止め、
そのまま柄を引き、振り向きざまに膝で男の鳩尾を撃ち抜いた。
「ひ……ひぃっ……!」
逃げようとした盗賊の足首を投げナイフが射抜く。
「逃げんな。面倒だろ」
その声すら淡々としている。
まるで狩りの途中で邪魔をされた狼が、
鬱陶しそうに獲物を片付けていくような静かな殺意。
黒狼団は、一人残らず戦闘不能となるまで、
ほんの数分しかかからなかった。
◆
「もう大丈夫だ。動けるか?」
縄を切られた子供たちの中で、
あのくすんだ金髪の少年がぽかんと口を開けていた。
怯える子供たちに、グレンはわざと無造作な声で言う。
「ガキども、ほら、帰るぞ。寒ぃだろ」
その言い方があまりに普通で、だからこそ子供たちの緊張はほどけた。
そして——
くすんだ金髪の少年が、そっとグレンの袖を引く。
「……あの。お、俺……大きくなったら……あなた、みたいな……冒険者に……なりたい、です」
顔には殴られた跡、
膝は震えながら、それでも──
少年の茶色の目だけはキラキラと輝き、真っ直ぐにグレンを見据える。
憧れと、感謝、そして決意に輝いていた。
グレンは困ったように笑う。
──俺みたいになるな、と言いかけて
「……好きにしろ。ただ……命だけは大事にしとけよ」
少年は力強くうなずき、その顔を英雄のように見つめた。
その少年こそ、
10年後——グレンの後ろを不器用に追い続けているリデルその人だった。
⸻
◆10年後:今も追っている背中
「……ぐ、グレンさん、今日も……お疲れさま、です……!」
現代。
街のギルドに戻ると、
背が伸び、大人になったリデルが
あの日と同じ“キラキラした瞳”で声をかけてくる。
グレンは面倒くさそうに手を振る。
「はいはい。そんな目で見るなっての」
でも、リデルは気付いていない。
グレンが彼を見るとき、
ほんの一瞬だけ優しい目になることを。
——10年前、震えながら勇気を振り絞っていた小さな少年を、
ちゃんと覚えていることを。
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リデルはもともと内気な少年でしたが、自分が森へ遊びに誘ったことをきっかけに誘拐されたので、ここから更に内向的になりました。がんばってる子です。
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