リリアン誘拐事件(?)
夕暮れの書店兼喫茶「深緑の古書店」。
カウンター奥では、本に囲まれて静かな空気が流れている。
そこに座っているのは――
きらめく金髪に深緑の瞳、細い指先。
その外見に似合わず、リュカは街で最も古い住人のひとりだった。
七十年ものあいだ“少年の姿のまま”店を営んでいて、住民は不思議がりつつも詮索しない。
彼自身も、自分の正体を悟られぬよう、耳をそっと幻で覆っていた。
リュカは本を読みながら紅茶を口に運び、静かな息をついた。
そのカウンターの向こうでは、壮年の男グレンが椅子にだらしなく寄りかかり、安酒をあおっている。
外見こそかけ離れているが、"自分について多くを語らない"彼らの間には、居心地のよい空気が流れていた。
……と、その時。
扉が勢いよく開いた。
「店主くーん!! ボク大変なの!!助けてぇ!」
艶やかな濃茶の長い髪、美しい紫の瞳、小柄で華奢な体躯、外見は儚い美少女──性別は男。
"男の娘"のリリアンが両手をばたつかせて飛び込んできた。
顔は怯えたふり、声は甘えた感じ、でも歩き方は落ち着いている。
店主のリュカは本を閉じ、深くため息をついた。
「……はい、まず落ち着こうか。で、何があった」
リリアンは長いまつ毛を伏せ、美しい桃色がかった紫の瞳を潤ませて答える。
「街外れでね! 変な連中に囲まれて、魔物もいて……怖くて……♡
ボク、店主くんに助けてもらいたかったの……♡」
「いやだよ」
即答。
リリアンが固まった。
「え? なんで!? ボクさらわれかけてるんだよ!?
ここは“おしゃかわ姫を助けに行く王子様”の流れでしょ!?!?」
「君は自力で倒せる。そもそも別にさらわれてもいないだろう」
リュカは紅茶をひとくち。
「……グレン連れて行け。はい、以上」
「ちょっ!! やだぁ!! オジサンはやだ!!
店主くんがいいの!!」
「俺に失礼だろそれ」
グレンは椅子を蹴って立ち上がり、めんどくさそうに頭をかいた。
「何だよまた。お前強いじゃねぇか。俺いらねぇだろ……」
「ボクは“店主くんに”助けてもらいたかったの!
抱き上げられて“もう大丈夫だよ”って! なのに!」
「はいはい。俺で我慢しろ」
リュカが本から目線を上げないまま、いってらっしゃいの形で軽く手を振る。
「店主くんひどぉい!!」
「……行くぞリリ。んで、すぐ終わらせんぞ」
グレンは面倒くささしかない表情で出入り口へ向かった。
「オジサンの面倒くさそうな顔〜〜〜……
リュカくんが来てくれたら良かったのにぃ!」
「黙れ」
リュカが本のページをめくりながら会話を終了させた。
◆
街外れの林道。
盗賊団十数人と魔物使いが焚き火を囲み、リリアンを取り囲んでいた。
リリアンは腕を組み、困ったふうにため息をついている。
「ねぇ、寄ってこないでよ。服が汚れるじゃん」
「おっほ、まだ余裕ぶっこいてんのか嬢ちゃん!!
やっぱさらっちまうかぁ!?」
「……ボクは男だよ」
盗賊が硬直する中、林の影からゆるい声。
「……はぁ。ほんとに囲まれてるじゃねぇか」
グレンが姿を現す。
相変わらずの気の抜けた歩き方。
リリアンがぱぁっと笑う。
「オジサン来たぁ。……っていうか遅いよ!」
「お前みたいな怪物、誰がさらうんだよ……。
てか、お前一人で殲滅できんだろうが」
「“できる”けど……オジサンの見せ場を作ってあげようと思って♡」
「いらねぇよそんな配慮」
盗賊たちが一斉に襲いかかる。
……と同時に、
リリアンは一歩下がり、口元に手を当ててにこにこ観戦モード。
「ほら、オジサン、がんば♡」
「絶対わざとだろテメェ…………」
◆
盗賊数人が瞬時に倒れた。
グレンはだらしない姿のまま、打撃も蹴りもすべて最小動作。
酔っているように見えるが一切ブレない。
「な、なんだコイツ……!?」
魔物使いが焦り、杖を高く掲げる。
「来いッ――《咆え狂う三つ首の獣》!!」
裂け目のような魔法陣が地面に走り、黒く巨大な三つ首獣が姿を現した。
凶暴な咆哮が夜の林に響く。
盗賊団は恐怖で後退。
リリアンでさえ眉をひそめた。
「うわぁ……これ結構ヤバいやつじゃん。ボク行く?」
「……ちょっと待て」
グレンは剣をゆっくり抜いた。
顔の笑みだけが消えている。
その瞬間、空気が変わる。
酔いも惰性も消え、研ぎ澄まされた気迫だけが立ち上がった。
「このでかいの……街道に出たら面倒だ」
低く呟く。
「急所は……そこだな」
三つ首獣が咆哮し、突進してくる。
刹那。
グレンの姿が揺れ、
次の瞬間には獣の懐に潜り込んでいた。
一閃。
たった一撃。
しかしその軌跡は、獣の三つ首の連結部、魔力核の位置を正確に断ち切った。
巨体がドウッと崩れ落ちる。
森が静まった。
グレンは剣を収めながら、
「はー……肩痛ぇ。こんなでかいの相手すんのやだなぁ……」
と、またいつもの気の抜けた顔に戻った。
「オジサンすご〜〜〜い! やっぱ強いねぇ!
ボクもひとりで行けたけど、この見せ場はオジサンの方が絵になるよねぇ♡」
「……お前絶対楽しんでるだろ」
「もちろん♡」
グレンはまったく照れず、ただ心底疲れた顔で剣を収める。
「はぁ……今日も酒がうまくなるわ」
◆
そこへ、木々をかき分けながら冒険者の青年カイルが到着。
「グレンさん!! 無事ですか!?
……って、もう全部終わってる……」
「おー、お疲れ。こいつが勝手に騒ぐからさ」
「リリアンさん……」
カイルは眉をひそめる。
「グレンさんに無茶をさせるの、やめてください」
「過保護〜〜。オジサン強いんだからちょっとくらい平気でしょ?」
リリアンは笑う。
「平気じゃねぇよ」
グレンは肩を回し、「はー疲れた」と大きく伸びた。
「俺は明日、絶対寝坊する」
「それはいつもでしょう」
カイルが苦笑する。
カイルはほっと息をつき、グレンの腕や肩を軽く確認する。
「本当に怪我はありませんか?」
「まぁな」
リリアンが腕を組み、わざとらしく頬を膨らませる。
「リュカくんは来てくれないし、カイルは怒るし……
オジサンだけが頼りよねぇ、ほんと♡」
「お前は俺を頼らなくても1人で対処できるだろ......」
「えへへ♡」
三人のやり取りが夜の林に消えていった。
グレンはぼやきながら街へ戻る。
「……だから俺いらないだろって言ったのに……」
リリアンは冒険者ギルドに所属していませんが、強いです。
グレンは愛称の"リリ"呼びをしてます。(非難する時や真面目な時は愛称呼びしません)
_____
評価ポイント、リアクションいただけたら励みになります(ง ˙ω˙)ว




