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軽口の壮年冒険者


夜の酒場は、酔客たちの笑い声で揺れていた。

木製カウンターの端に、いつものように背を丸めた男がいる。


グレンだ。

グレイッシュの髪はところどころ跳ね、無精ヒゲの影もある。


酔っているのか、酔ったふりなのか分からない──

だらしない笑顔で安酒を片手に、店の女を軽口でつついていた。


「なぁ、今夜あたりどうよ? 俺みたいな渋いオッサン、一度味見してみない?」


「やーね、グレンさん。口説くのはツケを払ってからね♡」


いつものやりとり。

周囲は笑い、若い冒険者たちはひそひそ囁く。


「あんなオッサンにはなりたくねぇよな」

「ほんとそれ」


その反応も聞こえているはずなのに、

グレンはへらりと笑って酒をあおるだけだった。



──その頃、街の地下通路で異変が起きていた。

巡回兵が戻らない。

数人分の血痕だけが見つかり、魔物反応が濃くなっている。


冒険者ギルドは即座に緊急通達を出した。


「……こんなオッサンに頼むなよ。他にもいるだろ」

グレンは酒を中断させられ、面倒そうに言う。


「この案件は“出現原因の捜索”が必要だ。

 隠密と調査に強いお前をおいて他にいない。

 並の冒険者を送っても戻ってこない可能性がある」


「……へぇへぇ」


文句を言いながらも断らない。

緊急性も、事態の深刻さも読み取っているからだ。


追加でマスターは言う。


「魔物の規模が想定より大きいかもしれん。保険として、

 カイルとリデルにもお前の後を追わせる。

 ただし主戦はあくまでお前だ」


カイルは冒険者ギルド期待のエース。

リデルは腕の立つ若手冒険者だ。

グレンは肩を竦める。


「はいはい……強い魔物なら戦いたくねえなぁ」


口では文句を言いながらも、

その眼の奥で一瞬、鋭い光が揺れた。





地下に広がる回廊は、生ぬるく湿った空気に満ちていた。

壁の至るところに、不気味な黒い腫瘍のようなものが脈打っている。


グレンは足音も気配も完全に殺し、闇へ溶けるように進む。


闇へ溶け込んだ彼に気付けた魔物は、1匹としていなかった。


ヒュッ――


細い鳴き声が上がるより早く、

魔物の急所をピンポイントで斬り抜く。


次の一体。

そのまた次の一体。


気づけば通路には、

倒れた魔物たちが静かに転がっていた。


「魔物はすべて同一種族か...」

鋭い眼差しで屠った残骸を観察しながら呟く。


グレンは地下通路内に通常魔物よりはるかに大きい“巨大化した魔物”がいる──と予測を立て警戒を強くした。

巨大魔物の配下として小型の同種が湧き出していると状況が示していた。



時間差で到着したカイルとリデルは、その光景に息を呑む。


「……なにこれ……全部?」

「一撃で仕留められてる……」


二人とも腕が立つ冒険者だが、

これほど“無駄がない殲滅跡”は初めて見た。


カイルは息を飲んだ。


「……やっぱり……グレンさんは……

 ただの飲んだくれじゃない」


リデルは強くうなずき、唇を噛んだ。


「……オレ、追いつけるかな……こんな背中……」


ふたりは言葉少なに、最奥部へ急いだ。





最奥部へと続く大広間は、異様なほど静かだった。


その中心に──

巨大な魔物が一体、沈黙していた。


全身が黒く膨張し、甲殻はひび割れ、

配下を生む“巣”のように脈動している。


確かに規格外のサイズだ。

カイルたちが援護に来る理由は十分だった。


グレンは剣を抜きながら小さく呟く。


「こいつが……原因の根、ってわけか。面倒くせぇ」


魔物の眼が開き、重低音の咆哮が広間を揺らす。


仲間が来る前にやるか、逃げ道を作るか。

一瞬だけ思案し──


グレンは息を吐いて一歩進む。


「……悪いけどよ、

 俺ァ依頼はきっちりこなすタイプなんだ。

 どれだけデカかろうが関係ねぇ」


彼の気配が一瞬で“暗殺者のそれ”へと変わる。





咆哮。

魔物が巨大な腕を振り下ろした瞬間、グレンの姿が掻き消えた。


次の刹那──


 ガンッ!


甲殻を裂き、深々と剣が突き刺さる。

だが巨体は止まらない。

触手が雨のように襲いかかった。


一本が肩を抉る。

別の一本が脇腹を撃ち抜く。


「っ……クソ、力だけは立派だな……」


痛みで呼吸が乱れる。

しかし、瞳は一度たりとも揺れない。


彼は動きを止めない。

重傷でも、冷静さが崩れない。

呼吸を整え、敵のリズムだけを読む。


── 影のように踏み込み

── 刃のように体をひねり

── 一点を狙って跳ぶ


最後の一撃。

跳躍したグレンは魔物の首元へ剣を叩き込むと、


 「……沈め」


低い声で呟く。


黒煙が四散し、巨体が崩れ落ちた。

広間に残ったのは、魔物の断末魔の震えと、湿った血のにおいだけ。


グレンは大きく息を吐き、壁に片手をつく。

肩から滴る血が石床に落ちた。


「……あーあ。帰ったら絶対、酒だな」




その場にカイルとリデルが駆け込んだ時、

ちょうど魔物の巨体が沈む瞬間だった。


「グレンさん!!」

「お、おおき……っ、こんなの相手に……!」


リデルは絶句し、

カイルは怪我に気づいて駆け寄る。


「っ!! 深手じゃないですか……!」

「これ? あぁ……まあ。俺の腕も鈍っちまったな」


血に濡れた顔で、

普段と変わらない、気の抜けた笑み。


カイルは息を呑む。


「……こんな化け物、

 本来なら二十人規模のパーティーで挑む相手ですよ……」


リデルも震える声で言う。


「ぐ、グレンさんが1人で……すごすぎ……」


グレンは肩をすくめた。


「依頼だろ。終わりゃそれでいい。

 帰って酒飲もうぜ」


飄々としながらも、

その背に刻まれた傷の数が、彼の実力を物語っていた。


二人は黙って彼を見つめる。


──ギルドが密かに最も信頼する男。

その真価を、改めて目の当たりにしたのだった。






このあと、グレンは本当に酒場へ戻ろうとしましたが、カイルにギルドの治療室へ連行されました。


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