表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/25

ララの依頼 4


夕暮れの街は、赤みを帯びた光に包まれていた。

木と漆喰で作られた家々が並ぶ通りは静かで、夕餉の匂いと、人の生活の気配だけが漂っている。


その一角にある、ごく普通の平民の家。

ララは寝台の傍らに腰を下ろし、眠る姉の手を両手で包み込んでいた。


十五日ほど前に症状が現れてから、その異変は姉の体をあっという間に蝕んだ。


足先から石へ変化していき、今は腹ほどまで石に変わっている。

心臓まで達すれば死ぬだろうと言われた。

治療魔法は効かず、専用の薬が必要。

それも高額で、もし代金を用意できても取り寄せるためには何日もかかるとも。


店も、治療院も、どこへ行っても断られた。


ララは、姉の腕にそっと触れる。

人の温もりのはずのそこに、冷たい石の感触が混じるたび、胸の奥が締めつけられた。


「お姉ちゃん……」


気付けば、幼い頃の呼び名で呼んでいた。


数年前に親を亡くしてから、二人で支え合って生きてきた。


まだ幼かった自分を守るため、姉は才能のあった学問も諦めて働きに出た。

親を思い出し涙が出る夜は、二人で身を寄せ合って眠った。


悲しみも、姉と肩を寄せ合えば、いつの間にか息ができるようになった。

嬉しいことがあれば、まず姉の顔が浮かんだ。


春の花のように柔らかく笑っていたその姿を思い出し、

ララの視界は、滲むように揺れた。


見習いから働き始めた自分も、そろそろ見習いの肩書が外れ、給金も上がる。

そうしたら、今度は自分が支える番だと、本気で思っていた。


その矢先のことだった。


「まだ、何も返せてないのに……っ」


声が震え、膝の力が抜ける。

椅子から崩れ落ちるようにして、ララは姉の眠る寝台に額を押しつけた。



「……っ」


手に触れる石化した身体の感触に、最悪の想像がどうしても頭をよぎる。


心では拒絶しても、現実は容赦なく迫ってくる。


──それでも、諦めたくなかった。



その一心で訪ねた冒険者ギルドでは

親切にしてくれた冒険者もいたが、

哀れに思い、その場だけああ答えてくれたのではないだろうか。


あの後、素材に使われる魔獣はとても危険で、討伐には命の危険が伴うと聞いた。


見知らぬ他人のために、そんな魔獣を狩りに行き、高価な魔法薬を作って渡すなど──


親切や人助けの範疇をあまりに超えた、現実離れした話だ。


顔を上げ、姉の手を再び握る。

今は、残された時間を、一秒でも共に過ごそう。

そう思った。



玄関の方から、控えめなノックの音が響いた。





夕暮れの光が、通りに並ぶ家々の壁を橙色に染めていた。

木と漆喰で作られた素朴な家の前に立ち、グレンは軽く拳で扉を叩く。


ほどなくして、木製の扉が静かに開いた。

肩のあたりまで伸びた薄茶色の髪は少し乱れ、泣き腫らした目の下には隠しきれない隈が残っている。


グレンの姿を認めた瞬間、ララは小さく息を呑む。

期待と、恐れと、諦めきれない願いが、ない交ぜになって揺れる表情だった。


これから告げられる言葉を待ち望んでいるようにも、その逆にも見える。


ローディから預かった箱を渡す。

中には魔法瓶と飲む回数等の簡単なメモ。


魔法薬は濁りなく澄んでおり、この街のどんな高級店にも売っていない程に高品質だ。

もしも金銭で買うならば平民の住宅よりも高い金額だろう。


「これで良くなるってよ。

 飲ませ方は、その紙を読んでくれ。俺は詳しくねぇからな」


ぶっきらぼうな言い方だったが、それ以上は何も言わない。


ローディは、箱だけをグレンに託し本人は来ていない。

「訪ねるほどには興味ない」と言っていた。


ララは震える手で箱を受け取ると、胸に抱きしめた。

まるで壊れ物どころか、命そのものを抱えるように。


しばらく声が出なかったが、やがて、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。


「ありがとう、ございます……っ。

 あなたも、あの方も……一生忘れません……っ」

嗚咽を堪えながら紡がれた言葉には、はっきりとした希望が宿っていた。


グレンは視線を逸らし、短く息を吐く。


「忘れていい。

 今回のは、ただの気まぐれだ。……あいつのこともな」


感謝されるようなことじゃない、と言外に告げる。


「……忘れません。

 お金も、時間がかかっても、必ず……!」


「だから金はいらねぇから気にするな。

 手伝ってくれた冒険者がいる。礼を言うなら、そっちにしとけ」


カイルとリデルの顔が脳裏に浮かぶ。

善意でついてきただけの若い二人のほうが、よほど感謝されるべきだ。


自分は、ただの気まぐれ。

ローディに至っては、気晴らしの散歩程度だろう。


そう思い、グレンは内心で小さくため息をついた。


何度も頭を下げ、言葉を重ねようとするララに、

「早く飲ませてやれ」とだけ告げて、踵を返す。





──ララは久々に夕焼けが綺麗だと思えた。


姉に症状が現れてからは、陽が落ちるたびに時間が奪われていく気がしていた。

夜が来るのが怖くて、明日を迎えることが苦しかった。


今は、空を染める橙色を、ただ美しいと思える。


数分前まで、絶望の中にいたはずなのに。

胸の奥に、確かな明日が芽生えている。



ララは、魔法薬の入った箱を大切に抱きしめた。

それは薬であり、姉との未来そのものだった。



未来を授けてくれた冒険者の背を、涙で滲む視界で見送った。







薬を飲み切ってから、数日が過ぎた。


夕暮れ時、ララは家の前に小さな椅子を二つ並べ、姉のアリアを連れ出した。

まだ長くは立っていられないが、それでも今日は、少しだけ外の空気を吸いたいと言ったのはアリアのほうだった。


「無理しないでね」

ララがそう言うと、アリアは杖に体重を預けながら、苦笑する。


「大丈夫。ちゃんと立ってるでしょ」


五日前まで、あの足は石だった。

冷たく、動かず、触れるたびに現実を突きつけてきた足だ。

今はまだ力が戻りきらず、歩みも遅い。それでも、確かに──人の足だった。


二人並んで座ると、通りの向こうから夕焼けが見えた。

木と漆喰の家々が、橙色の光に染まり、影がゆっくりと伸びていく。


「……ねえ、ララ」

アリアがぽつりと言う。


「夕焼けって、こんな色だったっけ」


ララは、はっと息を呑んだ。


同じ空。

同じ時間帯。

けれど、あの日とは違う。


「……うん。こんな色だよ」

少しだけ間を置いて、そう答えた。


陽が沈むたびに怖かった。

夜が来るたび、時間が奪われていく気がして、明日が近づくことが恐ろしかった。


でも今は、違う。


空はただ美しく、静かで、穏やかだった。


「きれいだね」

アリアが微笑む。


その横顔は、少し痩せたままだが、血の気が戻っている。

五年前、親を亡くしてから、二人で支え合って生きてきた日々が、ララの胸をよぎった。


まだ幼かった自分の手を引き、泣きながらも前を向いてくれた姉。

学ぶはずだった道を手放し、働きに出てくれた人。


失うかもしれないと知ったとき、ララは初めて、世界が壊れる音を聞いた気がした。


「……ねえ、アリア」

ララは小さく声をかける。


「なに?」

「明日さ。無理じゃなかったら……一緒に朝ごはん作ろ」


一瞬、アリアは目を丸くし、それから柔らかく笑った。


「うん。楽しみ」


その返事が、胸の奥にあたたかく染みていく。


ララは、空を見上げた。

同じ夕焼け。

けれど、もう──怖くない。


明日が来るのが、怖くない。





しばらく更新ゆっくりになります

年末だー( ˘ω˘)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ