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ララの依頼 3


森を抜けた瞬間、視界が一気に開けた。

朝の光が草原いっぱいに降り注ぎ、柔らかな緑が風に揺れて波紋のような濃淡を描いている。


その草原の中央に、異物のような存在があった。


二対四本の角を生やした凶悪な牛の魔獣。

通常の牛の三倍はあろうかという巨体に、頭頂から前方へ突き出た二本の角。

さらに頭の左右から横に張り出す角が一本ずつ生えている。


ダブルホーンブル。


群れから外れたその一頭は、草を踏みしめたまま、じっと動かずにいた。


グレンは距離を保ったまま、石を掌で軽く放り、落ちてきたそれを受け止めながら魔物を観察する。


「……こっちから喧嘩ふっかけるのは性に合わねぇが」


呟くと同時に、手の中の石を軽く握り、狙いを定めて投げた。


石が角の付け根に当たる。

ダブルホーンブルは低く唸り、こちらを向いた。


重い蹄音を響かせ、こちらに向かって来た。

グレンはダブルホーンブルに追わせるように逃げる。


群れは反応しない。うまく引き離せたようだ。


ダブルホーンブルの攻撃は単純にして苛烈だ。


まずは突進。

巨体が低く沈み、頭を下げる。前方へ突き出した角が狙いを定め、太い首筋の筋肉が盛り上がった。


蹄が草原を抉り、土と草を跳ね上げながら、ダブルホーンブルが一直線に迫ってくる。

あの巨体からは想像できないほどの速度。

一歩踏み出すごとに地面が震え、その振動が足裏を通じてグレンの身体に伝わってきた。


真正面から受ければ、ただでは済まないだろう。


グレンは突進を引き付け、衝突の直前で半身をずらす。

重たい影がすれ違う。

直後、ダブルホーンブルは首を振り、横に張り出した角で追撃を仕掛けてくる。


「……っと」


後方へ跳び、難なくかわす。


巨体は止まらず、数歩先まで走り抜けてから、地面を踏みしめて振り返る。

そのまま、獲物を逃がす気はないとでも言うように、低く唸り声を上げた。


ダブルホーンブルは標的を睨み据えたまま、前脚で地面を掻いた。



バチバチ、と乾いた音が鳴る。

頭頂の角二本に、青白い電光が走った。



ダブルホーンブルが持つ、突進とは別の攻撃手段。

──電撃魔法だ。


帯電させた角の間に魔力を集中させ、一気に放つ高威力の攻撃。

圧縮された電撃は鎧を焼き切り、生半可な魔法防壁ならば容易く貫通する。


発動を視認してから回避するのは困難で、放たれた瞬間にはすでに着弾している。

その速度は文字通り電光石火。


突進の危険度もさることながら、この電撃魔法こそがダブルホーンブルの討伐難易度を引き上げている最大の要因だ。

毎年、多くの冒険者がこの一撃に倒れている。



「……さすがにこのままじゃ、あぶねぇな」


グレンは低く呟き、体内の魔力を引き上げる。


《身体強化》

《武器強化》


制御した魔力を全身に巡らせ、表面と剣を魔力で覆う。


身体強化は、一般的には戦闘中のみ短時間、身体の能力を向上させる技だ。


しかし、グレンは日常的に魔力を濃く練り上げ制御した状態で過ごしている。

普通の人間には不可能な芸当──その魔力の扱いは、他と並べて語れるものではなかった。


そして、今はその《身体強化》を戦闘時向けに一段引き上げた。



バチバチ、と角に帯電した光が一層強くなった。


ダブルホーンブルが頭を振り上げる。


角の間に枝分かれした青白い光が集束した、その瞬間──


轟音とともに、電撃が放たれた。


雷は蛇のように空を裂き、一直線にグレンへと襲いかかる。



刹那。



グレンは剣を振るい、襲いかかる電撃を"叩き切った"。


剣に濃い魔力を纏わせ、電撃魔法を刀身で叩き落とし軌道を変えてのけた。


グレンの斜め前へ電撃は落ち、地面を抉るように焦げ跡を残す。




「あっはは!人間技じゃないね!」

草原と森の境目で、魔道具越しに観戦していたローディが声を上げて笑う。


「……あんなの、聞いたことないですよ」

遠目にしか見えないが、カイルも息を呑む。


「グレンさん……!」

リデルは思わず前のめりになる。魔力が残っていれば感知魔法を使いかねない様子だ。




ダブルホーンブルは、電撃で仕留めきれなかったと判断すると、間を置かずに動いた。


巨体が向きを変え、再び低く沈む。

鼻から荒い息を吐き、角を前方へ突き出す。


突進だ。


一度目よりも速い。

地面を踏み砕く蹄音が連なり、草原が震える。

怒りと焦燥をそのまま速度に変えたような突進だった。


突進の速度を見極め、ぎりぎりまで引き付ける。


距離が詰まり、角の先が視界に迫ったその瞬間に、グレンは横へ跳んだ。

同時に身体を捻り、跳躍の勢いを乗せて脚を振り抜く。

狙いは顔面。


身体強化された一撃が、ダブルホーンブルの頭部を横から叩きつけ、鈍い衝撃音が響いた。


巨体は大きく揺れ、横滑りした蹄が地面に深い跡を刻む。

脳震盪を起こした巨体の動きが鈍る。

その一瞬に、グレンは音も無く近付く。


「わりぃな」


静かに一言だけ呟き、首を落とした。


その動作は、まるで力みがなく静かで、"自然"だった。


刃が首を断ち、血が噴き出す。

巨体はそのまま前へ倒れ込み、草原を揺らして動かなくなった。



剣を下ろし、グレンは一息つく。

布で血を拭いながら、誰に言うでもなく呟く。


「やっぱ素材目的の討伐は、好きになれねぇな……」


張り詰めていた空気が、ゆっくりとほどけていく。




「おつかれ!楽しかったよ!」

声を弾ませたローディが後ろから声をかける。


「……ほら、ツノの処理必要なんだろ。任せたぞ」


面倒そうに言い残し、グレンはダブルホーンブルの頭部から離れた。

先ほどまでの戦闘中の空気は霧散している。


そこへグレンとカイルが、お疲れさまでした、と声をかけた。


「戦い……さすがでした」

「す、すごかったです……!」


「あぁ。先にツノ切れば楽だったんだけどよ。

 ツノを使うって言うから、傷つけられなくてな」


「ツノ……切れるんですね」

突進して来るダブルホーンブルの角を切る難易度を想像し、カイルが苦笑いする。


「カイル、リデル、ありがとな。

 帰ったら解体してもらって牛肉食おうぜ」

自ら進んで付いて来てくれたリデルとカイルにそう声をかけた。


「はい!」

「はい……!」


それぞれの胸に、確かな高揚を宿して返事をする。


「ツノの採取終わったかー?」


振り返ると、胴体と頭部はすでにマジックバッグに収まっていた。

ローディの手元には、切り離された角だけが残っている。


ローディは細いナイフ型魔道具を使い、角へ魔術文字を刻んでいるところだった。

刻んだ文字が淡く光っている。


「……魔術刻印、ですか」

「き、きれい……」


「こいつ、魔術刻印もすごいらしいからな。知らねぇけど」

興味薄そうにグレンが言う。


「らしいんじゃなくて、すごいんだよ!」

不服そうにローディが抗議した。

魔法薬にするための処理が終わった角をマジックバッグに収納し、立ち上がる。


「さて、帰るか。早く酒飲んで寝てぇ」

グレンが伸びをしながら面倒そうにそう言った。


帰路は、魔力を使って疲労したリデルをローディの護衛に回し、前衛はカイルとグレンが務めた。


草原には、もう戦いの痕跡だけが静かに残っていた。





樹々を抜けると、昨日利用した馬車が待っていた。

木立の影から出た瞬間、視界が開け、車体に反射する日差しがやけに眩しい。


馬車が揺れ始めると同時に、グレンは背もたれに体を預け、だらしなく脚を投げ出した。



「馬車はいいよなぁ。座ったまま移動できるってだけで正義だ」


「オ、オレは……あまり慣れないです……」

振動が合わないのか、リデルは浅く腰掛けたまま、どこか落ち着かない様子で体を揺らしている。


「俺は平気な方ですが……そこまでくつろげるのは、グレンさんくらいですよ」

向かいに座るカイルが苦笑した。


「慣れだ、慣れ」


そんなやり取りをよそに、ローディは窓から流れていく森の縁を眺めていた。

陽光に照らされた草原と、遠ざかる木々。

その光景がよほど気に入ったのか、弾んだ声で言う。


「楽しかったな〜!森で泊まるなんて初めてだった!

 たまにはするものだね、人助け!」

明るい声でローディが言う。

その声に少女への心配はないように聞こえた。

小旅行を振り返っているような軽さだ。


「はぁ……」

グレンは天井を仰ぎ、気の抜けたため息を吐く。


「まだ助けてねぇだろ」


馬車はのんびりと揺れながら、都市へ向かって走り出した。





馬車の代金はローディが支払ってます。

魔法薬のツノ以外の材料も私財から出します。


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