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ララの依頼 1


朝の冒険者ギルドは、いつもなら依頼票をめくる紙の音と、冒険者たちの低い話し声で満ちている。

だがその日は、受付周辺だけが妙にざわついていた。


何事かと近づいたグレンは、ざわつきの中心に見覚えのある顔を見つける。

先日街で出会った少女だった。十代後半ほどの、露天商に偽薬を売りつけられていた娘だ。


「どうかしたのか」


グレンが声をかけると、受付嬢は安心したように答えた。


「あ、グレンさん! 助かりました。

 この子、グレンさんのお知り合いですか?」


その言葉に、少女がはっとして振り返る。

グレンの顔を認めた瞬間、縋るような光が一瞬だけ宿った。


少女は慌てて一歩前に出ると、深々と頭を下げた。


「先日は……本当にありがとうございました……っ」


顔を上げたかと思うと、堰を切ったように言葉を続ける。


「お願いします。あのとき、一緒にいた方に……会わせてください」


「落ち着け。まずは順を追って話せ」


グレンは低い声でゆっくりと制し、少女を椅子に座らせた。


話を聞けば、事情は単純で、そして重かった。

少女は姉と二人暮らし。

その姉が、足先から徐々に石のように固まっていく病に侵されているという。


薬を探し回り、治療院にも店にも頭を下げた。

挙げ句、偽薬売りの詐欺師に騙されかけた。


それでも姉の症状は日ごとに進行する。

もう、頼れる先はなかった。


──だから。


詐欺師から助けられたあの日、魔法薬に精通している様子だった男を思い出し、藁にも縋る思いでギルドへ来たのだという。



「……それで、アイツか」

内心で舌打ちしたくなる。

少女の探し人は、ローディに違いない。


だが、彼の作る魔法薬は高価だ。

詳しい額は知らないが、平民の少女が払える代物ではない。


それを伝えるべきか躊躇い、グレンは言葉に詰まる。



「お願いします……!」

 ララ――そう名乗った少女が、必死な目で縋りつく。

「どこにいるかだけでも、教えてください……!」


「僕の話、してる?」

背後から間の抜けた声がした。


振り向くと、そこにはローディが立っていた。

いつもと変わらぬ笑顔で状況を眺めている。


ララはその姿を見るなり、目を見開いた。

「お、お金は……どうにか用意します!

 何でもしますから……魔法薬を、作ってください……!」


床に膝をつき、縋りつくように頭を下げる。

たった一人の家族を失いたくない、その一心が痛いほど伝わってきた。



対するローディは、慣れているのか、驚いた様子もない。

足元を見下ろす瞳には、興味すらないように見えた。



グレンは、それを見て思った。

 ──断るだろう。

ローディの技術は、本物だ。

才能の上に知識と研鑽を積み上げた結果だとグレンも認めている。

求める者はいくらでもいる。断る彼を責める気にもならなかった。


だが、一人で街中に頭を下げて回った少女の必死さを思い浮かべると、少しだけ気分が沈んだ。



「ふーん……」


ローディは少し考え込み、やがて思いついたように顔を上げた。


「じゃあさ。素材をグレンが狩ってくれるなら──

それと、僕も狩りに同行させてくれるなら、作ってあげる。お金はいらない」


「……なんで俺が出てくるんだよ」

唐突に巻き込まれ、グレンは露骨に顔をしかめる。


「グレンが大きい魔獣狩るとこ、まだ見たことないからね! 見たい!」

先ほどまでの冷淡さが嘘のように、豊かな表情を見せるローディ。


「やる気はねぇが……素材は何だ」


グレンが問うと、ローディは嬉しそうに頷き、ララにいくつか質問を投げた。

病の見当は、すでについていたらしい。


「ダブルホーンブルの角。でっかい牛だよ」

重たい空気とは裏腹に、その声は弾んでいる。



グレンはララに向き直る。


ララは話の展開が信じられないような、現実感が湧かないといった表情をしていた。


はっとして、声を絞り出す。

「お願いします!無理なお願いとは承知してますが、どうか……!」


「……俺は冒険者だ。

 報酬がなければ動かねぇ。払えるものはあるか」

静かに告げるグレン。

その表情には、どうすべきか逡巡しているような色が混じっていた。


「……!これが、今持っているすべてのお金です!」

差し出した皮袋の中には、銅貨、銀貨、大銀貨が入り混じっているのが見てとれた。

家中の金をかき集めたのだろう。


「足りない分は働いて返します……渡せるものは何でもお渡しします……」

床に手をつき、俯く。


その声は、拒まれる不安を滲ませながら、それでも願う声だった。


しばしの沈黙の後、


「……はぁ。」

グレンは深くため息をついた。


ララの肩がびくりと跳ねる。

床についた手が、小刻みに震えた。



「……俺、このあいだシチューが好物になってな」


「……は、はい……?」

唐突な言葉に、ララは戸惑いながら答える。


「今ちょうど、シチューが食いたい気分だ。

 肉はダブルホーンブルがいい。

 ツノは食えねぇから……欲しいってやつに渡すかもしれねぇ」


面倒そうに、そう言い放つ。


「……!」


ララは顔を上げ、涙を流した。


「あ、ありがとうございます……っ!」


「俺の飯のためだ。

 依頼じゃないからな。礼もいらねぇよ」



その様子を眺めていたローディは、

一瞬だけ意外そうな顔をし、それから笑った。


「グレン優しいなあ!」


「お前のせいだろ。面倒な条件言いやがって」

グレンが額を押さえながら気だるそうに答える。


ララは、信じていいのか分からないまま、それでも何度も頭を下げていた。



街の門前は、朝の光を受けてざわめいていた。

厚い石造りの城壁に沿って、行商人や衛兵が行き交い、開いた門の向こうには草原が広がっている。


集まっているのは四人。

グレンとローディ、そして冒険者ギルドで成り行きを見守っていたカイルとリデルだ。

二人は、自分たちも同行したいと申し出てきた。


「わりぃな、二人とも。

 足手まといを守りながらは骨が折れるからな。来てくれて助かった」


気だるそうに言うグレンに、ローディが即座に抗議する。


「ちょっとグレン!

 足手まといって、もしかして僕のこと!?」


「他にいねぇだろ」


「あのねえ!今回の薬は、素材採取後の処理をいかに迅速に行うかで薬の効果が大きく変わるんだからね!

 僕が同行する必要があるの!」

ローディが早口で自分の必要性を捲し立てる。

その顔は得意げだ。


「なるほど、それは合理的ですね」

「た、たしかに……重要だと思います」

カイルとリデルも頷く。


「お前ら騙されんなよ。そいつに試薬の実験台にされるぞ」


グレンがぼそりと忠告すると、ローディは不服そうに声を上げた。


「しないよ!そんなこと、グレン以外には!」


「俺にもすんな」

即座に返すグレン。


「そ、それは困ります……!」

「その発言は看過できません」

それぞれ真剣な顔でローディに向く二人。


「あはは!いいねえ、慕われてるねえ!」

ローディは楽しそうに笑った。


「はぁ……」

グレンは門の外へ視線をやり、重く息を吐く。


「酒場に戻りてぇ……」


自分の選択とはいえ、先が思いやられるのだった。




馬車を降り、明日の同じ刻限にここで待つよう伝えると、御者は短く頷き、車輪を軋ませながら去っていった。


男達四人は、街道を外れ、木々の生い茂る林の中へと足を踏み入れる。


やや線が細く青年と少年の間ほどの年頃の少年、リデル。

背が高くがっしりとした体格の精悍な顔立ちの青年、カイル。

どこか気だるげな雰囲気を纏った壮年の男、グレン。


それから、武器も持たず、緊張感の欠片もない様子で歩く男が一人。


「いいねえ!自然!見知らぬ景色!」


ローディは両手を広げるようにして、楽しげに声を上げた。


「おい、あんまり前に出んな。危ねえぞ」

ローディに声をかけるグレン。


「ごめんごめん!」

ローディは軽い調子で謝り、慌ててグレンとカイルの間ほどまで下がった。


それから少し進んだ先で、空気が変わる。

「来ます……!」

「来るぞ!」

リデルとカイルが同時に魔物の気配を察知する。


次の瞬間、茂みを押し分けて現れたのは、鹿に似た魔獣が二頭。

額から伸びる角と頭部は、鈍く光る鉄のような質感を持っている。


「アイアンディアーか!」


額が鉄のように固く、角は刃物のような鋭さを持つ魔獣だ。

リデルとカイルは即座に散開し、臨戦態勢に入る。


「グレンは動かなくていいの?」

動かない様子のグレンに疑問を持ちローディが話しかける。


「ああ。なるべく手を出すなってよ。」

魔物を眺めながら世間話のような調子で返すグレン。


「でも、ひとり一頭は無謀じゃ──」



言葉を遮るように、金属同士がぶつかる激しい音が響いた。



アイアンディアーの突進を、カイルが小型の丸盾で正面から受け止めたのだ。

並の冒険者なら吹き飛ばされる衝撃。

だが、カイルの足元は微動だにしない。


盾と体捌きで衝撃を流し、踏み込みと同時に剣を振り下ろす。

アイアンディアーの首が一刀両断された。

ズシャア、と音を立てて魔獣の体が倒れる。


盾を持たない戦闘スタイルのリデルは、正面から受けず、突進をかわし距離を詰めて斬り込む。

二度の突進をかわし、同じ脚を狙い二度目の斬撃を入れるとアイアンディアーは耐えきれず体勢を崩した。


地面に倒れ込んだ瞬間を逃さず、短剣を首へ突き立てる。


こうして、グレンが一歩も動くことなく、二頭の魔獣が倒された。



その光景を眺めていたローディは、しばし言葉を失い──


「……えっ。強くない?」


間の抜けた声を漏らした。


「だろ?」

グレンは肩をすくめる。


「年寄りの出番なんて、ねぇってよ」


言葉とは裏腹に、その声には、自慢げな響きが混じっていた。





【読まなくてよい設定】

ローディはこれまでの人生で何度も「魔法薬を作ってほしい」と他人に縋られる経験をしてます。

すべてを引き受けられないと知っているからこそ、彼は人助けに厳しい線を引いてます。


もともと他人への関心が薄く、知識や実験に興味が向いている男でもあります。

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