街案内と偽薬
晴れた空の下、石畳の通りを人々が思い思いの足取りで行き交っている。
通りには簡素な木枠の店や、地面に布を敷いただけの露店が軒を連ね、
アクセサリーや置き物、生活向けの魔道具が無造作に並べられていた。
用途のわからない怪しげな魔法薬や魔道具の前では、店主の呼び声と値切り交渉の声が飛び交う。
足を止める者、素通りする者が入り混じり、ほどよい賑わいに包まれている。
ここは、広場近くの露天商が集まる通りだ。
「いいねぇ!王都以外の店なんて久々に見るなあ」
茶褐色の柔らかい前髪を真ん中で分け、髪と同じ色の瞳に楽しさを滲ませて言う。
軽い口調から想像し難いが王宮錬金術師という肩書を持つ男、ローディだ。
「はぁ。なんでお前を案内しなきゃいけねぇんだ……」
その隣をいかにも面倒そうに歩く壮年の男。
ところどころ跳ねた灰色の髪、眠そうな瞳、どこかだらしなさそうな雰囲気の男、グレンがそう言った。
「そういう約束だっただろ!」
ローディが人差し指を立てて続ける。
「僕の魔法薬は一級品なんだから。感謝して欲しいよ」
その表情は得意げだ。
「まぁ……たしかに借りはあんだよな……」
ため息を吐き、嫌そうな顔をしながら歩く。
「大体、グレンはこの僕の何が不満なんだい。」
グレンの表情にむっとするローディ。
「地位もお金も持ってて教養も清潔感もある。
尊敬されこそすれ、不満に思われるところなんて無いだろ?」
真剣に疑問だと言う顔で続けた。
「話してて疲れるとこだろ……」
ため息混じりに言うグレン。
「あっ!見ろよ!魔道具がある!」
「人の話聞かねぇとこもだよ……」
露天商に駆け寄るローディの背を眺めながら言う。
ローディはあちこちの露天商の商品を見て説明を聞いて回っている。
その目はいつでも楽しそうだ。
「楽しかった!興味深いよ」
「そうかよ。この街も捨てたもんじゃねぇだろ?」
グレンが少し嬉しそうにそう言う。
「うん!王都と違う品揃えで面白かった!
田舎だから技術は遅れてるけど!」
まったく悪気なく答えるローディ。
「お前、本当に一言余計だよな……」
目の前の男がデリカシーをどこに落として来たのか心配になる。
◆
露天商の並びで魔道具の説明を聞いていると、
隣の店から会話が聞こえて来た。
「どんな病でも立ちどころに治る薬!お客さんが探してる薬にピッタリの万病に効く薬ですよ!」
店主が饒舌に客の少女へ話している。
「本当にどんな病でも……?」
少女は十代後半程の年頃、平民の服装で大金を持っているようには見えない。
「ええ、もちろん!
お客さんがお望みなら金貸しに紹介もできますよ。いかがなさいますか?」
話慣れた口調でさらに追い立てる店主。
「これで姉さんが元気になるなら……」
判断を迷っていた少女が買う方へ揺れる。
そのとき。
店主からひょい、と魔法薬の瓶を取るローディ。
「おい!何すんだアンタ!?」
店主が大声を上げる。
ローディは構わず、手に持つ魔法薬を目視で観察する。
それから、栓を抜き匂いをひと嗅ぎし、顔を顰めた。
「匂い嗅いだだけで、何もわかるわけねえだろ!ふざけてないで弁償しろよ!」
先程の接客時とは口調が変わった店主が言う。
少女も、おろおろと二人を見つめている。
グレンは、ローディの横顔をちらりと見た。
ローディは瓶を持ったまま不快そうに眉根を寄せ黙っていた。
店主は腕を組み、ばかにしたように言う。
「ふん、あらゆる苦痛を癒やし、催眠を取らずとも力が湧いてくる高級品だぞ。」
それから、ローディが仕立てのいい服を着ているのに気が付き、付け足した。
「……弁償なら金貨3枚ってところだな」
「さ、さっきは金貨1枚って……!?」
少女は店主の変貌ぶりに怯えている様子だ。
黙り込んでいたローディが口を開いた。
「砂糖、ゴブリンクローブ」
店主の顔色が、わずかに変わる。
「ニガネグサ、ホーンラビットの角」
店主の顔には汗が浮かんでいる。
(……こりゃ正解だな)
ローディが淡々と材料を言い当てていくその様子を見たグレンは、へぇ、と一言、感嘆の声を漏らす。
「うぇ、素材の処理もひどいし、技術も悪い。」
「み、見ただけでわかるわけがないッ!これは西の都ウェスティンの一級品で──」
店主が焦った表情で怒声を上げる。
「……材料の続きをすべて言おうか?」
低い声で言うローディ。その瞳は冷たい。
「ぐ、う……っ!」
店主は苦々しげな顔で黙り込む。
「それで、効果はあんのか?薬ではあるんだろ?」
ポケットに手を入れ気怠そうな姿勢のグレンが聞いた。
「無いね。三級品以下。飲むと身体に害がある」
「そりゃひでぇな」
「くそっ!お前ら仕事だっ!」
店主が後ろへ叫ぶ。
「おいおい!営業妨害じゃねぇかァ!?」
「慰謝料もらわねぇとなァ!」
どこからともなく真っ当な仕事には就いていなさそうな屈強な男達が現れ、グレンとローディを囲むように立った。
「……なるほど。ろくでもねぇ店で決定だな」
気怠そうな声でグレンが言う。
「荒事は無理だからグレンに任せるね〜」
グレンの背に隠れ、のほほんとした声で言うローディ。
◆
「ちょっと話し合いのために、こっち来てもらうぜェ」
「おっさん達に拒否権は無いからなァ!」
店の陰にある路地裏を指差して話す男達。
「へぇへぇ。その方が俺も助かるよ」
両手を上げて裏路地へ進むグレン。
「路地裏なんて初めて入るなあ!」
グレンについていくローディ。
──三人か。
グレンは歩きながら横目で男達の姿勢、重心、足運びを観察する。
道幅の狭さから横に並べるのはせいぜい二人だろう。
建物の上からの攻撃もなさそうだ。
「オッサン達よォ!あの店に舐めたマネされちゃ商売上がったりなんだ」
「痛い目見てもらわねえとなァ!」
男達が言う。
「ここが路地裏かあ〜!臭いし汚い!
僕より君たちのほうが似合うね!」
ローディが我関せずの様子であっけらかんと言う。
「お前ほんと……」
グレンがポケットに手を入れ呆れた様子でローディを見る。
「テメェ!ぶち殺す!」
男が大股で歩いてくる。
グレンは、ローディに「下がってろ」と小声でローディに指示する。
屈強な男が一人、拳を鳴らしながらグレンの前に立つ。
グレンは、ポケットから出した石を弾き、歩み出た男──ではなく、その後に立つ男二人の顎へ命中させる。
男の背でグレンが見えていなかった男達は避ける間もなく顎に石礫の衝撃が走り、脳が揺さぶられ膝から崩れる。
「テメェ何をッ!」
男はグレンの顔へ拳を振りかざす。
グレンは片足を引いて避け、掌拳を顎に打ち込んだ。あっけなく男が崩れ落ちる。
「さすがグレン!……トドメささないの?」
後ろに下がって観戦していたローディが明るい声で言う。
「お前なぁ……もう十分だろ。何もされてねぇし」
グレンがうんざりした様子で言う。
「ごめん、失言だったよ」
素直に謝るローディ。
(昔なら、止めを刺してたと思う。)
(グレン、本当に変わったんだな)
かつてのグレンを思い出し──
(やっぱり、今の方がいいね)
グレンの背を追いかけ路地裏を後にする。
◆
路地裏を出ると、一気に明るさと喧騒が戻って来た。
露天商の区画に戻ると、既に店はなかった。
見回りの兵士に詐欺商品を売る店があった事、路地裏に転がる男達についても伝え、その場を後にする。
「あの……!ありがとうございました!」
後ろから声をかけられ振り向くと
先ほど露天商から詐欺商品を買いそうになっていた少女だった。
「お礼ならグレンに言ってよ。僕一人だったら関わらなかったから」
ローディは興味薄そうに言った。
「いや、俺はお礼言われる事何もしてねぇだろ……。
露天商から魔法薬買うのはやめとけ。危ねえやつも混ざってるから」
グレンはぶっきらぼうに、しかし優しく少女に言った。
「はい……ありがとうございます」
少女は頭を下げた。
◆
夕暮れが大通りの店々を染め、街の喧騒に一日の終わりを告げていた。
あの後、ローディは兵士詰所と商人ギルドへ行き、「王宮錬金術士」の肩書を使い先程の件を報告した。
明日には「人体に害のある偽薬を売る詐欺師がいるため注意せよ」との警告が市民にも出されることとなった。
「はーあ!今日は楽しかったな〜!」
にこにこと話すローディ。
「魔道具も見れたし、あと、詐欺師も、チンピラも見たしね!」
指を折って楽しそうに話す。
「……それは楽しいか……?いいけどよ……」
理解できない様子で呟くグレン。
「あと君の人助けも見れたし!
今の君は……昔より柔らかくなったよ」
グレンを優しい瞳で見るローディ。
(こいつの事は苦手だけど……悪いやつじゃねえんだよな、ずっと)
そう考え、ため息をついた。
「はぁ。ほら、もう帰るぞ」
こうしてグレンが風邪薬の代わりに差し出した対価《街案内》は無事に支払われたのだった。
数日後に、少女と再会する事になるとは、この時はまだ知る由もなかった。
この世界の魔法薬は高価です。
既存のレシピを元に調合のみをする専門職は、「魔法薬師」と呼ばれてます。
ローディは、研究開発も行い、再現性のない薬も作るので「錬金術師」と呼ばれます。
魔法薬師が作る薬の方が、流通量が多く比較的安価です。




