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風邪とローディの魔法薬


冒険者ギルドに、珍しい知らせが流れた。


──カイルが、寝込んだ。


剣を振るい、街を守り、依頼を滞りなくこなすギルドのエース。

その男が、ただの風邪で寝込んだという。


原因はどうやら、ここ最近の無理が堪えたらしい。

連日の依頼の後、夜遅くまで訓練。

最近は特に、今まで以上に、過酷な訓練に打ち込んでいたと聞いた。


「休みもせず無茶な訓練してたぜ」

「カイルの実力で焦ることなんか無いだろうにな」

冒険者の仲間達が話す。


「……おいおい、エースが情けねぇな」


カウンターに肘をつきながら、グレンはそう言って笑い飛ばした。

内心では、明日になれば顔を出すだろうと思っていた。


だが。


翌日。

「カイルまだ寝込んでるらしいぜ」


さらに翌日。

「今日もだめだってよ。熱が下がらねぇらしい」


もう三日目になる。

さすがのグレンも、眉をひそめた。


「あいつが、ここまで長引くって……まじかよ」


笑い飛ばしてきたが、さすがに心配が勝る。

三日も寝込むカイルを、グレンは一度も見たことがなかった。


「薬草は飲んでるらしいけどなぁ」

隣で採取した素材を整理していた冒険者が首を傾げる。


「効きが悪いのかね。体力はあるはずなんだが」


薬、か。


気は進まないが、薬と言えばうってつけの顔が、脳裏に浮かぶ。


(……しゃあねぇ)


「ちょっと外すわ」


気怠げな声でそう言い残し、グレンはギルドを出た。





冒険者が泊まることはほとんどない、石造りの立派な建物。

磨き上げられた床、静かな空気、品のある香り。

ここは、大商人や稀に訪れる貴族が利用する高級宿屋だ。


その建物の三階。

宿の最も良い部屋の前に立ち、グレンは一度だけ小さく溜息をついた。


コンコン、と磨かれたドアをノックする。


「はいはい、どなたかな〜?」

軽い声とともに扉が開く。


質の良い服を着た男が、にこやかに立っていた。

無造作だが手入れされているとわかる茶褐色の髪、柔らかそうな瞳。


「グレンじゃないか!」


ローディだった。

先日、冒険者ギルドに押しかけてきて十五年ぶりに再会した、旧い知人──

正確には向こうが一方的に友人と思っている男。


その軽い口調からは想像し難いが、王国随一と呼ばれ、魔法薬製造と付与魔術を得意とする一流の錬金術師だ。



「入って入って! もしかしたら君かなと思ったよ!」

「いや。話しに来たわけじゃねぇ」


グレンが即座に遮ると、ローディはわかりやすく肩を落とした。


「ええ〜。……まあいいや、入りなよ。

 お茶、淹れてもらうから」


そう言って、部屋の奥の使用人へ声をかける。


(……同じ街のはずなのに、別の世界だな)


内心で若干引きつつ、グレンは部屋に足を踏み入れた。


広く清潔な室内。

大きな窓からは街が一望でき、意匠の凝った壁紙と白い花瓶が、いかにも“上”の世界を感じさせた。


グレンはお茶を一口飲み、本題に入る。

「風邪に効く魔法薬、作ってくれねぇか」


ローディは一瞬だけ目を瞬かせ、それから口元を緩めた。


「グレンが風邪をひくなんて、珍しい。年かな」

「俺じゃねぇ。若い冒険者のだ」


「へぇ、君が人のために……」


ローディは軽く目を見開き、グレンを見る。

その視線には、驚きとわずかな好感が混じっている。


「グレン、僕以外に友達いたんだね」

それから、真面目な様子でそう続けた。


「お前のそういうところが嫌いなんだよ……」

グレンは低い声で言う。


「いいよ。薬作ってあげる」

グレンの反応に構わず笑顔で承諾する。


「……条件は?」


「話が早いね!」

ローディは指を鳴らし、にこやかに続ける。


「この街を案内してよ!」

再会した日、グレンを観光に誘ったが無碍なく断られていたからだ。


「……わかった、それでいい」

グレンは露骨に嫌そうな顔をしながらも了承する。


「それと」


ローディは一拍置いて、にこっと笑う


「素材採集には、君も付き合ってもらうよ」





森は、昼下がりの光に満ちていた。


木々の隙間から差し込む陽光が、足元の草を揺らす。

鳥の声、風の音、遠くで水の流れる澄んだ気配。


「いや〜、いいねぇ! 森!」


ローディは両腕を広げ、深呼吸する。

「森で薬草採取なんて、子供の頃以来だよ!  

 普段は王宮の温室で採取するからね!」


「へいへい」

グレンは前を見たまま、投げやりに言う。


ローディは腰のポーチから道具を取り出し、鼻歌交じりに薬草を探し始めた。


グレンは数歩後ろを歩き、周囲を警戒する。

森の音が一瞬だけ変わったことに気がつく。


「ねえグレン!ここ見てよ」

「今、声張んな」


言ったそばから、草むらががさりと揺れた。


ツノの生えたウサギ型の魔獣が、五体。

一斉に飛び出してきた。


「うわ、懐かしい見た目だなぁ!」

ローディが呑気に言った、その直後。


ヒュッと空気を切る音。


グレンの手から放たれた投げナイフが、正確に二体の喉元を貫く。

着地した残り三体も、片手剣でそれぞれ一撃で切り伏せた。

動きは無駄がなく、冷静で、早い。


ほんの数秒。


ローディは一瞬、言葉を失ったように黙り、

それから、いつもの笑顔に戻った。

「……さすが!容赦ないね!」


「数が増える前に潰しただけだ」

グレンは血を払って剣を収める。


「ほら、さっさと摘め」


ローディは一撃で伏した魔獣に一瞬だけ目をやり、すぐに薬草へと視線を戻した。

慎重に葉を選り分け、根を傷つけないように掘り出す。



「僕、君が取った素材、楽しみにしてたんだよ。あの頃」


あの頃、とは十五年以上も前の話だ。


王宮の研究室に届けられる素材。

それが誰の手によるものかを知る機会は、本来ない。


ローディは続ける。

「いつも傷が少なくて、状態がいい。魔物も変に苦しんだ顔をしてない」


根ごと掘り出した薬草の状態を確認し、静かな口調で言う。


「“終わらせ方”が綺麗だった」


グレンは答えない。


「それがきっかけで、騎士団にいた君を探しに行ったんだよね!懐かしいなあ」


魔力瓶に薬草を入れながら、思い出を慈しむように微笑んだ。


「……そんな昔の話、今さらいいだろ」

グレンは視線を逸らし、短く言った。


「よくない!よくないね!」

ローディは即座に食いつく。


「君がいなくなってから、上質な素材を手に入れるのがどれだけ大変だったか!」


「知らねぇよ」

「素材の質は落ちるし!使える部分は少ないしさあ!」


「だったら、あの頃に言え」

グレンは苛立ち気味に言い返す。

「……そんなに必要なら、あの頃に感謝くらい伝えとけよ」


「伝えてただろ!?」

「伝わってねぇ!」


森の中で、いい歳した男二人が、花を摘みながら、わあわあと言い合う。

平和そのものだった。


しばらくして、

ローディは満足そうに頷く。


「十分だ。後は手持ちの材料と合わせれば……最高の薬ができる」


「それならさっさと戻るぞ」


「もう少し童心に帰って森を歩きたかったな〜」


「ほら行くぞ、おっさん」

現実を見ろとばかりに面倒そうに言うグレン。


「それは君もだろ」

笑いながらローディが返す。


笑い声が、木々の間に溶けていった。




町外れの宿屋兼酒場。

冒険者や旅人が利用する、ごく一般的な宿屋だ。

木造二階建てで、一階部分が酒屋、二階部分に宿泊用の部屋がある。


「こっちの宿屋の方が落ち着くな……」

石造りの高級宿屋を思い出すと自然と口に出た。


コンコン、とノックをする。

出なければ、宿屋の店主に言付けして預ければいい。


「はい」

木製のドアが開き、見慣れた姿が見える。

いつも気力にみなぎっていた顔は、今日はやはり憔悴の色が濃かった。


「……!? グレンさん、風邪が伝染したらいけないので……」

カイルは一瞬驚き嬉しそうな顔をしてから、服の袖で口元を押さえて距離を取った。


「お前はいつでも真面目だな……」

グレンが思わず呆れるように笑う。


「病人に気を遣わせに来たんじゃねぇよ。」

そう言ってカイルに出来たばかりの魔法薬が込められた瓶を手渡す。


「えっ、こんな純度の魔法薬、どうしたんですか……!?」

カイルが困惑しながら質問する。


一般的に流通する魔法薬には、高価でも濁りや沈澱がある。

今グレンが手渡した瓶は、一切の濁りが無い、澄んだ色だった。


「さぁな。ちゃんと休めよ」

質問には答えず、背中を向け手をひらひらと振る。




翌日の冒険者ギルド。


病み上がりのカイルが姿を見せた瞬間、

重く沈んでいた空気が、ふっと音を立ててほどけた。

椅子を引く音、名前を呼ぶ声、叩かれる肩。

酒と木の匂いに混じって、ギルドにいつものざわめきが戻ってくる。


「お、カイル!」

「もう大丈夫なのか?」


声をかけられ、カイルは少し照れたように笑う。

「ああ、おかげさまで! もう完全に回復したよ」


そこへ、グレンの姿を見つけると、一直線に駆け寄ってきた。


「グレンさん! 本当にありがとうございました!」

深く頭を下げる。

「あんなに質の高い魔法薬、どこで──」


「それはね」


グレンの後ろから、明るい声。


「グレンが君のために自分を売って、手に入れたのさ」


カイルにとっては初対面の男が馴れ馴れしい笑顔で声をかける。

首元のゴーグルに、旅装だが上質さを隠し切れない服。ローディだ。


「……は?」

カイルは一瞬何かを理解しかけ、そして理解を拒むように固まった。


顔面蒼白なカイルの視線が、ぎこちなくグレンへ向く。

しかし、何を聞けばいいのかわからない様子で言葉は無い。


「お前なぁ」

グレンは後ろへ振り返る。

「不穏な言い方すんな。こいつ真面目なんだから、間に受けるだろ」


ローディは、大きな声であははと笑う。

「街を案内する約束をしただろ」

「それを“自分を売った”って言うな」


……そのやり取りが、カイルの耳に入ってこなかった。


「……あの……“売った”というのは、

 相場はいくらくらいなんでしょうか……?」

真剣そのものの声音だった。


グレンに不名誉な取引をさせるわけにはいかない。

その金額なら──自分が返す。

そう言わんばかりに、カイルは唇を引き結んでいた。


「お前も深く考えんな!売ってねぇ!」

即座に否定するグレン。


「あっはっは!いやあ、真面目だねえ!」

他人事のように笑うローディ。


その間も、カイルの返事を待たずに、

冒険者の仲間達が回復した彼の元へ集まって来る。


冒険者ギルドは、いつもの賑やかさを取り戻していった。





騎士団時代、グレンは自分の狩った魔物がどこへ行くのかほとんど知りませんでした。

任務に関係がない事だったので、知る気もなかったからです。

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