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リデルと気晴らしの街散策


今日は依頼に出ている冒険者が多いのか、冒険者ギルドはいつもより少し静かだった。

依頼票をめくる紙の音が、やけに大きく響く。


掲示板近くの柱に、腕を組んで寄りかかっている壮年の男がいる。


いつも安酒を楽しみ、酔っているのか酔っていないのかわからないような軽い笑みを浮かべる男だ。

だが今日は、どこか上の空だった。


声や口調は変わらない。

けれど、ふとした拍子に覗く瞳が、暗い。


昨日、白翼騎士団と対峙してから――

そんな表情を見せるようになった。


「あ、あの......」

おずおずと、リデルが声をかける。

覗き込むように見上げる。


「グレンさん、も、もし良かったら、一緒に買い物に......!」

言い切るまでに、わずかな間があった。

勇気を振り絞ったのが、はっきりと伝わる。


「そ、その……! て、天気もいいですし、あの、気分転換に……!」


自分でも何を言っているのかわからなくなっているのだろう。

必死に言葉を重ねる様子に、グレンは小さく息を吐いた。


「......珍しいな。俺の時間は高ぇぞ?」

冗談めかして返しながら、内心では思う。

気を遣わせちまったかな、と自省した。


ぱっと、リデルの表情が明るくなった。

断られなかった――それだけで、胸が満たされる。



昼の日差しが、街路にまっすぐ降り注いでいた。

薄く風がそよぎ、その感触に、グレンは少しだけ肩の力が抜けるのを感じる。


大通りは人で賑わい、呼び声と足音が絶えない。

その流れの中を、二人は並んで歩いた。


「何を買うんだ?」


「た、短剣を新しくしたいんです。

 あの、魔力伝導のいい素材にしたくて.....」


言いながら、リデルの脳裏に、フレイムベアとの戦いがよぎる。

力だけでは、深い傷を与えられなかった感触。


剣に魔力を通すと切れ味は向上する。

それでも足りないかもしれない。

それでも、前に進みたかった。


(せっかくグレンさんと出かけられたのだから、この時間を胸に刻まないと!)

気持ちを切り替え、グレンを見る。



「ああ。

 最近、リュカに魔力の使い方を教わってるんだってな」


「はい!リュカさん、厳しい口調ですけど、とても優しいです」


素直に弾む声。

グレンは、あいつが珍しいな、と内心で苦笑する。


「よかったな。まったく、若者は元気で眩しいぜ」



武器屋は、大通りに面した活気のある店だった。

明るい店内には、磨き上げられた武器がずらりと並ぶ。


だが、リデルの心は動かなかった。

綺麗だとは思うが、「これだ」と心から惹かれるものは見当たらない。


「リデル、どうだ?」

「は、はい......!そ、そうですね、これとか良いかなって.......」


せっかくグレンの時間をもらったのだ。

何か選ばねば、と焦る気持ちで、店の中で1番扱いやすそうな短剣を手に取る。


「なあ、リデル」

グレンは、リデルの瞳が揺れるのを見逃さなかった。

目を合わせ、諭すように伝える。


「武器は自分の命を預けるものだ。自分に正直に選べよ」


リデルは思わず息を詰め、視線を逸らせなくなった。

グレンの言葉が、染み込むように胸の奥へ落ちていく。


「まあ、床板を武器にしたりする俺が言うことじゃねえけどな」

冗談めかした一言に、空気が緩む。


「い、いえ、そんな......!

 実は、武器があまりしっくり来なくて......!」

先ほどのグレンの言葉で安心し、正直に打ち明ける。


「ん、じゃ、次の店行こうぜ」

その声音は軽かったが、不思議と急かされている感じはなかった。

リデルの肩をぽんと叩き、出口へ向かうグレン。


その背を追い外に出る。

街路を歩きながら落ち着かない様子でグレンに尋ねるリデル。

「で、でも、時間かかりますし......!」

楽しい。

それでも、これ以上グレンの時間を奪う事に気が引けた。


「今日はもう、仕事すんのもだりぃからな。

 街を歩きたいだけだ。気にすんな」

いつもの気怠げな口調で答えるグレン。


「......!」

リデルは嬉しそうにグレンの横に並んだ。


二人は別の武器屋へ向かう。

この街は王都から遠い田舎だが、遺跡や魔物が多く存在する土地柄、冒険者向けの武器屋には事欠かない。


だが、数軒を巡っても――リデルの心が動く武器には、まだ出会えなかった。



広場に出ると、空気がふっと開けた。


魔道具の実演が淡く光を散らし、曲芸師の投げたボールが陽光を弾く。

広場を囲むように屋台が並び、焼けた肉と香辛料の匂いが、鼻の奥を刺激してきた。


「……! グレンさん、ちょっと待っていてください!」

グレンを長椅子に座るよう促してから、唐突にそう言い残し、リデルが人混みに紛れる。


「おお? トイレか?」

間の抜けた声でその背を見送る。


すぐに、リデルが駆け足で戻ってくる。

両腕には串焼きと、冷えた果実水。


「これ……っ! 一緒に食べましょう!」

息を弾ませながら差し出す。


「お。いいのか? ありがとな」

礼を言って受け取ると、リデルの顔がぱっと明るくなった。

その笑顔は、屋台の火よりも眩しい。



広場を眺めながら、グレンは串焼きにかぶりつく。

「……お、美味いな。こりゃ麦酒が欲しくなる」


「か、買ってきます……!!」

顔色を失い、今にも走り出しそうなリデル。


「違ぇよ違ぇよ。そういう意味じゃねぇ」

慌てて制し、癖みたいなもんだと付け足す。


「ったく。俺のこと、何だと思ってんだ」

苦笑混じりに言うが、実際こうして奢られているのだから、強くも出られない。


「……ふふっ」

リデルが小さく笑った。

串を見つめながら、ぽつりと呟く。


「……俺、今日……すごく楽しかったです。ありがとうございました」


嬉しさと、ほんの少しの名残惜しさが滲む声。


「……何言ってんだ」

グレンは頭を掻き、視線を逸らす。

「これ食い終わったら、他の武器屋も回るぞ」


「……! は、はい!」

リデルの目が、またきらきらと輝いた。





そのときだった。


「だからよぉ! お前のとこの食いもんで腹壊したんだよ!」


怒鳴り声が、広場の喧騒を切り裂く。

さっき二人が食べた串焼きの屋台だ。


「困りますよ、お客さん……」

店主の声は怯え、震えている。


「この店は腐った羊肉使ってんだろ!なあ!

 ……治療代として大銀貨五枚もらえりゃ黙ってやるが?」


荒くれ者の男が、広場の客に響くよう大声を張り上げる。その後、低い声で店主に金を強請る声が聞こえた。


「……あぁ? 金目当ての強請りか」

グレンが果実水を長椅子に置き、立ち上がろうとする。


「っ、僕が行きます......!

 グレンさんは座っていてください......!」


リデルはまっすぐに目を見て言った。


酒場での騒動が脳裏をよぎる。

あのとき、前に出たのは自分で、場を納めるために戦ったのはグレンだった。

自分とカイルに「手を出すな」と言って。

白翼騎士団の件を知った今なら、あの判断の意味も分かる。


──そのせいで、グレンに辛い顔をさせてしまった。

白翼騎士団と対峙した時の、グレンの沈んだ瞳が、リデルの心を抉るように離れない。


また、"守らないといけない弱い存在"だと思われたくはなかった。

グレンが1人で傷つこうとするところが、嫌だった。



「……おう」

グレンにリデルの想いが伝わったかはわからない。


「......任せた」

リデルのいつになく必死なその表情に、頷き、送り出す。


一瞬目を見開き、リデルは、はっきりと頷き返した。


「はい……っ」





炭火の前は、熱とざわめきが渦を巻いていた。

焼き台を挟んで、怒鳴る男と、困り果てた店主。

遠くには人垣ができ、誰もが距離を保ったまま様子を窺っている。



その中央に歩み出るリデル。


「こ、この店の串焼きは、新鮮な!肉だった!

 言いがかりは......っ!やめろっ!」


大声を出す事は得意ではないが、できるだけ大きな声で言い放つ。周囲の客に伝わるように。


「あぁん!? なんだコラ、チビ!」


大柄な男が振り向き、地面を鳴らすような足取りで詰め寄ってくる。

影が覆いかぶさり、見下ろす視線が突き刺さる。


「い、言いがかりで金を強請るのを、やめろっ!」


「おうコラ! さもないとどうするってんだ!?」


男が脇の机を蹴り飛ばす。

机が倒れ、焼き上がった串や、鉄のトレーが地面に投げ出された。


「......っ!」

先ほど店主が丁寧に焼いていた光景を思い出し、胸が痛む。


「おい!文句あんのかぁ!?」

その表情が気に入らなかったのか、

大きな拳をリデルに向かって振り下ろす。


(──動きが遅い。フレイムベアとは比べ物にならない。)


拳を見切ってすんなり躱すリデル。

しかし、その顔に焦りが滲む。


("いつも通りに"戦えば、この男を沈めるのは難しくない。でも......)


いつも通りとは、短剣で急所を断つこと。

人間相手に、それは選べない。


「おいおい!ビビってんのかぁ!?」

リデルの表情を見て勘違いした男はさらに猛攻の姿勢を取る。


次々に振り下ろされる男の拳をステップですいすい躱しながら、考える。


(考えてみれば......人を殴った事なかったな......)

武器を持たない相手と戦った事は無かった。

血を流さずにどう収束させようかと悩む。


これでは、グレンに座っててくれ、と言って威勢よく飛び出したのに格好がつかない。少し恥ずかしくなった。


「この......っ!何で当たらねえ!」

業を煮やした男が前蹴りを出すべく足を上げる。


「あ。」


このとき男のモーションを見て、助かったと言わんばかりの感嘆符が口から出た。


剣を抜かずに勝つ手段――ようやく、見えた。


リデルは飛び前転のような動作で男の斜め後ろに回り込む。

そのまま地面に手をつき、伸ばした片足で男の足首を払う。

片足を前に出して重心が崩れていた男は為す術もなく宙を泳いだ。

鈍い音を立てて、地面に叩きつけられる。


リデルは間髪入れず、その胸上に跨った。

床に散っていた木串を拾い上げ、男の眼前に突きつける。


「......動くな。」

低く、淡々と。


男が短く悲鳴を上げ、身体を強張らせる。

抵抗の意思は、そこでもう折れていた。


「おう、決まったな。リデル」


背後から、気の抜けた声。

振り返ると、グレンが立っていた。


「グレンさん!」

男を取り押さえたまま、リデルがぱっと振り向く。


その隙を見て、男が身を捩り振り払おうとし──グレンの射抜くような視線と男の視線がぶつかった。

瞬間、獣に睨まれたような本能的恐怖が男の体を駆ける。

男の動きは完全に固まった。


ほどなく兵士が駆けつけ、抵抗もなく男は引き渡された。

どうやら、この辺りで同じ手口を繰り返していたらしい。


屋台の周囲に、安堵の息が戻る。

炭火の音が、再びただの生活の音へと変わった。




「……あ、あの」


少し間を置いてから、リデルは口を開いた。


「グレンさんって、いつも、すごい事をしているんだなって。

 ......改めて、わかりました。」

リデルがグレンに尊敬を込めて話しかける。


徒手で、時には床板で戦い。

剣を抜かず、命を奪わず、相手を封じていたグレンの凄さを、身を持って実感した。


「なーに言ってんだ」

グレンは鼻で笑い、リデルの頭をくしゃりと撫でる。


「よくやったな、リデル」


「……!! あ、ありがとうございます……っ!」


驚きに目を見開き、それから、きらきらとした表情で見上げる。

その視線を受けるグレンの笑みは、どこか誇らしげだった。


(……?)

胸の奥が、ふわりと温かくなる。

撫でられた手の感触と温度が、なかなか離れなかった。


「おーい! にいちゃん達、ありがとな!」


屋台の店主が駆け寄り、両手いっぱいの串焼きを差し出す。


「これ、持ってってくれ!」


「あ、ありがとうございます……。

 これ……とても、美味しかったです」


リデルが素直にそう告げると、店主は破顔した。


「はは! そりゃよかった!

武器屋探してるんだろ? いい店、紹介してやるよ!」





大通りを外れ、寂れた小道の先。

古めかしい、有り体に表現するならボロボロの、小ぢんまりとした武器屋がそこにあった。


「ここが......?」

「そうみてぇだな......」


少し躊躇いつつ扉を開けると、年季の入った床がぎしりと鳴る。

窓は小さく店内は薄暗い。

しかし、武器は丁寧に手入れされ、こだわりを持って並べられている事が伝わってきた。


ふと、視線が吸い寄せられる。


他の武器が、意識の外へ消えた。


銀色の刃は緩やかな曲線を描き、刃とグリップには薄緑の紋様。

ガードには、同じ色合いの石が埋め込まれている。

今まで使っていた短剣より、ひと回り大きい剣だった。


「手に取ってみるかい」


しゃがれた声に振り向くと、腰の曲がった老人が立っていた。

革のエプロンに手袋。穏やかな目で、リデルを見る。


「……は、はい。お願いします」


老店主は剣を棚から外し、そっと手渡した。


「魔力を流してみな」


リデルは刀身に意識を集中させ、魔力を通す。

驚くほど、自然だった。抵抗も、引っかかりもない。


「……!」


「この剣と相性がいいね。安くしとくよ」

老店主はうんうんと頷き、目を柔らかく細めてそう言った。


買い物を終え、「またおいで」と見送られて店を出る。



空はすでに、夕暮れ色に染まり始めていた。

リデルの足取りは、明らかに軽い。


「良い武器が選べて、よかったな」

グレンが笑って言う。


「ぐ、グレンさんの、おかげです……!」

深く頭を下げるリデルに、グレンは肩をすくめた。


「俺ァ何もしてねぇよ。

 お前が、頑張っただけだろ」

気怠げな声とは裏腹に、表情は柔らかい。


──今日一日、リデルと歩いて。

気づけば、自分の胸の奥も、少し軽くなっていた。


まっすぐ前を向く、眩しい背中。

少年と青年の狭間で、確かに成長していくその横顔を眺める。


「はぁ……明日も、がんばるか」


伸びをしながら呟くと、


「……はい!」


弾むような返事が返ってきた。


夕暮れの道に、二人の影が並んで、長く伸びていた。






リデルの好物に「羊肉の串焼き」が加わりました。



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