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大混乱の新人講習




朝の冒険者ギルドは、依頼票をめくる紙の音と、慣れない新人たちが武器を落とす軽い騒ぎで満ちていた。


その雑多な空気の奥、受付窓口の裏手でカイルに声がかかる。



「カイルさん。

 今季の新人講習、講師をお願いしたいんです」


「……講師、ですか? あ、はい。もちろん喜んで」


実直な青年らしい素直な返事。

そこまでは良かった。

問題は、その横で柱に寄りかかっていた壮年の男が、露骨に顔をしかめたところから始まる。


「じゃあ、隣のグレンさんも一緒に——」


「いや待て。今の聞き間違いだろ?」


グレンはそろり、と気配を消して逃げ出そうとする。

だがカイルの鍛え抜かれた腕が、がっしと彼の肩をつかんだ。


「……グレンさん、お願いしますよ。

 グレンさんの任務達成への姿勢を、新人達も学ぶべきです。」


「できねぇんだよ。

 昔っから"向いてない"って言われんだよ。教える役は。」


グレンは首の後ろを押さえて天井を仰ぐ。

その苦い仕草に、ギルド職員は曖昧な笑みを浮かべて言葉を濁した。


「……まぁ。今回はカイルさんが一緒なら大丈夫かな、と」


「はぁ。カイルは俺に酒奢れよ......」


カイルは小首をかしげる。

(そういえば、グレンさんが講師したって聞いたことない……)


話題転換とばかりに職員が段取りを説明した。

「当日は基礎訓練のあと、“訓練用オートマタ”との実践です」


「オートマタ?」とカイル。


「……ああ、あれか」

グレンは眉間を押さえ、嫌そうに説明する。


「戦闘訓練用の自動人形だ。

 核に魔石が入ってて攻撃魔術で動く。

 まぁただの鉄の塊だが……痛ぇぞ」


「王都で騎士団の訓練に使われてるんですよ。

 安全で扱いやすいとのことで」

職員が補足する。


「嘘つけ。“どこが”安全で扱いやすいんだよ」

グレンは小さく吐き捨てるが、カイルの目線を感じてひと言付け加えた。


「まぁ、怖がるもんじゃねぇよ。壊せば止まる」


「壊す前提の説明……」

カイルは困惑した。





ギルドには訓練場が二つある。

新人向けの地上訓練場と、中堅以上が使う結界付きの地下訓練場だ。


新人講習が行われるのは、前者——

ギルド裏手に広がる、運動場のような開けた空間だった。


固い土の地面に、木製の的が等間隔に並ぶ。

その脇には、槍や剣、大楯といった訓練用の武器が無造作に立てかけられている。


そして今日は、場違いな存在があった。


人の背丈ほどもある鋼鉄の人形。

継ぎ目の多い四肢と、無機質な胴体。

まだ沈黙しているそれは、

朝の光を鈍く弾きながら、ただそこに立っている。


その訓練場に十数名の新人冒険者達が緊張の面持ちで集まっていた。


その様子を、少し離れた場所から眺める影がある。


グレンは欠伸を噛み殺しながら、辺りをぐるりと見回した。

新人たち、武器、的——そして、鋼鉄のオートマタ。


ほんの一瞬だけ、灰色の瞳がそちらに向く。

それだけで、すぐに興味を失ったように視線を外した。


そこへ、よく通る声が訓練場に響いた。


「今日の講師を担当するカイルだ!

 君たちにできるだけ有益な時間を過ごしてもらうよう努める!

 まずは基礎訓練から始めよう!」





カイルは新人の癖を一人一人見抜き、

重心の置き方や初歩の回避動作を丁寧に教える。


柔らかな笑顔、誠実な言葉、的確な助言。

背筋の伸びた姿勢と落ち着いた口調は、

彼の誠実さをそのまま体現しているようだった。


「カイル先輩って教えるの上手……」

「すごい……分かりやすい……!」


新人たちの声が自然と上がる。


少し離れた日陰で水筒をあおりながら、グレンは眉を下げた。


「あいつ、こういうのホント向いてんだよな」

どこか遠い目で呟き、(なんで俺が呼ばれたんだ)と心の中で嘆いた。





一通りの基礎が終わると、カイルがバトンを渡すように視線を向ける。


グレンは肩を回しながら前へ出た。


「よろしくおねがいします!」

新人たちが勢いよく頭を下げる。


気だるそうな声色で新人冒険者に伝える。

「まぁ、命だけは大切にしろ。気張りすぎんなよ。以上」


「以上……ですか?」

新人のひとりが目を丸くする。


「走っときゃ強くなる。たぶんな」


「たぶん!?」「なんかこの人、適当……」

ひそひそと新人達から非難の声が聞こえる。


カイルは悟った。

(ああ……ギルド職員が言い淀んでた理由……これか)


「グレンさん……その、昔教わった感じで教えてみるのは……?」


グレンは一瞬だけ真顔になった。


「いや、それはさすがに死ぬんじゃねぇか?......あれは育てるんじゃなく“選別”だったしな」


(どんな過去なんだ......)

カイルの背筋に冷たいものが走る。


「……グレンさん、しばらく休憩しててください」


「助かる」




程なくして基礎訓練が終了し、

訓練場中央に五体の鋼鉄の人形が並べられた。

ギルド職員が起動の準備をする。


「ではオートマタを起動します。

 今回は“弱設定”なので安心——」



ガガガガガッ!!



赤い目が灯った瞬間、訓練場の空気が一段重く沈んだ。

咆哮のような金属音に混じって、誰かが息を呑む音が聞こえる。


職員の顔が蒼白になる。


「……おい!?弱設定って言ったよなぁ!!」

グレンの怒声が飛ぶ。


「き、機械なので……時々……その……」

職員が消え入りそうな声で言う。


「時々で済まないでしょう!?」

カイルが叫ぶ。


次の瞬間、五体が一斉に跳躍——新人たちへ殺到した。


「下がってろ!!」

カイルは訓練用の大盾を構えて新人の前へ飛び込み、衝撃を受け止める。


金属と金属がぶつかる凄まじい音。


「逃げろ! 巻き込まれる!」

新人を誘導しながら、視界の端でグレンを見る。


そこには、先ほどまでの飄々とした気配はなかった。

灰色の瞳が鋭く細まり、静かな殺気が滲んでいる。


(……いつもの“グレンさん”だ)




訓練場の中央に立つのは、グレンひとり。

その周囲で、五体の鋼鉄の人形が低い金属音を鳴らし、ゆっくりと彼の方へ向き直る。

赤い光が点り、視線が重なった瞬間、空気が一段、冷えた。


一体目が腕を振り下ろす。


グレンは足首を返すだけで軌道から外れる。

オートマタの重い拳が地面を抉り、土煙が上がる。


訓練用、という言葉をまだ信じていた新人のひとりは、

地面を抉る拳を見て、ようやく理解した。

——これは、間違えればあの男は死ぬ。


「動きは単調なんだよ」


グレンはすぐ隣へ振り下ろされた肘の付け根へ手刀を叩き込む。

金属が悲鳴のような音を立て、腕が外側にへし折れた。


そのまま背面へ回り込み、首の付け根——核の真裏へ拳を打ち込む。

バチン、と光が弾け、一体が停止する。


二体目が横から殴りかかる。


「ほいっと」


グレンは拾った新人の木剣を逆手に握り、関節へ差し込んで動きをロック。

膝蹴り一発。核が揺れて崩れ落ちた。


「お、おい……あれ素手で……?」

「どうやって金属を壊し……?」


魔術砲を構えた三体目。

赤い光弾が空を裂く。

グレンは紙一重で前方へ踏み込み、光弾を背後へかわす。

地面で爆発が起こり砂煙が舞う。


「……新人は全員後退済み、職員も逃がしたか。カイルの判断早ぇな」


新人の無事を一瞬で確認すると、腰の短剣を抜き、オートマタの膝裏へ滑り込む。

刃が骨格に当たり、鋭い音とともに関節が外れた。倒れるオートマタの核を短剣の柄頭で砕く。


残り2体が同時に突撃してくる。


「......ちっ、二体同時はだりぃな」


訓練所の土嚢袋を蹴り上げて投げナイフで破き、砂煙でオートマタの感知センサーを鈍らせる。

一瞬動きが鈍った隙に、一体の胸部を蹴り飛ばす。

体を翻してもう一体の核へ拳を叩き込む。


最後のニ体も砂煙と共に倒れた。





静寂。砂埃だけが薄く漂っていた。


「カイルさん! ありがとうございました……!」

「盾で守ってくださって……本当に……!」


新人たちが安堵から涙目でカイルへ集まる。

彼は少し照れながらも穏やかに応じた。


「君たちが無事で本当によかった。」



新人達が安堵して泣きながらカイルに群がっているなか、

砂煙の向こうで、グレンはいつもの気だるげな姿勢に戻っていた。


ただ——新人達の視線は、彼に向くと途端に揺れる。


「あ、あの……ありがとうございました……」

「す、すご……かった、です……」


礼を言いながらも、皆が無意識に半歩引く。

怖気を含んだまなざし。


“助けられた相手”への礼儀はあるが、近づく勇気までは持てない。


グレンは肩をすくめ、片手をひらりと振っただけだ。


「おう。……まぁ、気にすんな」


軽く返すその声音には棘も愛想も無い。

ただ、必要最低限の距離を保つ癖——

いつもの癖が滲んでいた。


(……やっぱり、俺はこういう面でも向いてねぇな)


新人の怯えを責める気はない。

むしろ当然だと思っている。


自分が人に与える印象も、距離感も、

“どんな場面でどう見えるか”すら分かっている。


慣れている筈の距離感だが──

今日は、心のどこかを薄く冷やす感覚がした。





「グレンさん!」


砂埃を蹴って、真っ先に駆け寄ってくる影がある。


カイルだ。


新人達のような怯えは一切なく、

むしろ少し笑って、肩で息をつきながらこちらへ歩いてくる。


「グレンさんが“壊せば問題ない”って言ってた意味……やっとわかりましたよ」


苦笑しながらも、その声には

畏怖でも恐怖でもなく——

純粋な“尊敬”がにじんでいた。


「新人、全員無事です。……本当に、ありがとうございました」


グレンは耳の後ろを掻く。

「……礼なんざいらねぇよ。お前が動いてたおかげで楽だっただけだ」


「あはは……でも、俺はただ守っただけです。

倒したのは全部——グレンさんですよ」


カイルはまっすぐ、近い距離で立つ。


灰色の瞳を覗き込むように、

“怖さ”ではなく“信頼”を浮かべて。


(……なんで、こいつは……)


心のどこかがふっと軽くなる。

たったそれだけのことで。


この青年は、昔の自分を知らない。

知ってもいないし、畏れもしない。

ただ、目の前のグレンを見て言葉をくれる。


「俺、今日……グレンさんと講師できて嬉しかったです。

こういうの、もっと一緒にやれたらいいですね」


穏やかな笑顔。

距離を詰めるその歩幅を、まったく恐れない足取り。

新人達が遠巻きに怯えているのと、あまりにも対照的だった。


グレンは思わず視線を逸らし、低く呟く。


「……ったく。お前は……ほんっとに、妙な奴だよ」


「え?」


「なんでもねぇよ」


カイルは首をかしげつつも、嬉しそうに笑った。


その日、

グレンの内側でほんの少しだけ——

長く凍っていた場所が温まった。



新人講習はこうして大混乱の末に幕を閉じた。


そして、怯える新人達の中で極少数ながらもグレンのファンが発生していたことを、グレンは知る由もない。





その頃、王都では──


「ご報告があります。」

白地に濃紺の差し色の清潔な制服。


「先日、地方へ調査に向かわせた我が部下が暴漢に襲われまして......」


「暴漢は灰色の髪と瞳、40歳くらいの浅ましそうな冒険者の男で、無抵抗なところを唐突に襲われたとか......」


報告を受ける男の胸には"白い翼"の階級章が光っていた。





グレンは騎士団の訓練時(特に見習い〜黒翼入団前)によくオートマタと戦闘訓練してました。


_____

行間の整理とか表現の書き換えとかで投稿済の話も編集してます。

大きな変更はないので、もし改稿日気になる方いたら気にしないでください。

書き方がわかってなくて右往左往してるだけです。

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