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リュカの店でバイト体験


街外れに佇む、喫茶兼古書店《深緑の古書店》。

扉を開けば、古い木の香りと焙煎した豆の薄い香りが静謐な空気に溶けている。


店を切り盛りするのは、70年前から姿の変わらない店主――

金髪に白い肌の、まるで物語から抜け出したような美少年だ。


だが、その柔らかな見た目とは裏腹に、口から出るのは容赦ない辛辣さ。



そんな店で、今日もまた一日が始まろうとしていた。



いつも通りカウンターで本を読みながら茶を啜るリュカが、顔も上げずにぼそりと言った。


「……今日は忙しい。手伝って」


グレンは椅子の背にもたれ、気怠そうに片眉を上げた。


「また唐突だな。俺ァ客として来たつもりだぞー」


だらけた姿勢のまま店主へ抗議する。


「知ってる。だから“手伝って”って言ってる。

 断る選択肢は用意してないけど」


「お前な......」


その横からカウンターに座る三人も話に乗ってくる。


リリアンは小さく握った拳の甲を顎の下に添え、

アイドルみたいにウインクして見せた。


「店主くんの頼みなら、ボク、

 めっちゃ可愛い店員さんになっちゃうよ〜♡」


リデルもおずおずと、カイルも真面目に申し出る。


「グ、グレンさんが手伝うなら……オ、オレも……」


「微力ですが、俺もお手伝いします。

 よろしくお願いします、リュカさん」



リュカは短く頷くと、簡潔に指示を出す。

「じゃあ、全員店員。逃げないで」





グレンはエプロンを投げ渡され、渋々腰に結んだ。


(ま、ちょっと働いてるフリでもしてりゃ済むだろ)


ところが。



◾️


カイルが真面目に豆に手を伸ばした瞬間、リュカが警告する。


「カイルは……裏方だけやって。

 飲み物は淹れないで」


「えっ、そんなにひどかったですか、

 俺のコーヒー……?」


「泥水だった。僕は忘れられない」


カウンター奥には、黒く泡立った“何か”の跡が残っていた。


◾️


リリアンは鼻歌まじりに棚の本を動かし始めた。


「ここをこうして……可愛い布を敷いて……

 あ、店主くん、この隅ちょっと暗くない?」


気付けば古書店の一角が

“乙女の部屋”みたいになっていた。


リュカの目が細くなる。




「おいリュカ。俺はどこでサボれば──」


「働いて」


「……」


結局、グレンはカウンターで皿洗いから客案内まで担当するハメになった。


彼が一番器用で、

一番、“崩壊の被害を抑えられる”からだろう。





昼過ぎ。

客がさらに増えた。


目的は――主にカイルとリリアンの顔。


模様替えを禁止されたリリアンが

「じゃあボク、美貌の看板娘やる!」と言い出し、外へ飛び出して行き。


看板娘を何だと思っているかは不明だが、

扉前で呼び込みをし、可憐な外見で続々と客を掴んだ。



カイルは「笑顔で接客して」と言われただけで行列ができ、

街中のカイルファンのおばさま方に噂が広まり客が客を呼んだ。



しかし。

カイルがコーヒーを淹れれば泥水。

リリアンは店内に戻ってもリュカにべったりで離れない。



増えた客の対応に忙しく働いているのはグレンとリデルだった。


ばたばたと客の注文を捌く中、

リデルが手を滑らせ、アイスティーを客の前で落としそうになった。


茶がこぼれ、リデルの顔から血の気が引いていく。


グレンは落ちる前にカップを受け止め、こぼれた分は布巾でサッと拭き取る。


「す、すみません……っ」


「俺がやる。リデル、代わりの紅茶、リュカに貰ってこい」


「……っ、は、はい!」


叱らず、淡々と。

だが優しさのにじむ声。


リデルの茶色の瞳が、さらに輝きを帯びた。


(……グレンさん……っ)




その間にも、


「俺もコーヒーを作ってみても――」


「カイルは触るな」


混沌は増すばかりだった。





そんな中、事件が起きる。


外から、場違いに荒々しい声が響いてくる。


「だからよぉ! 仕事なんか放って、俺様たちと来いって言ってんだろ!」


グレンは眉をひそめ、手元のカップを置いた。

この通りで、ああいう声色はだいたい碌な用件じゃない。


何事かと怪訝そうに店の扉を開ける。

扉を開けた瞬間、昼の通りのざわめきと外の空気が流れ込んで来る。



店の前では、2人の粗暴そうな男達が、誰かを囲むように立っていた。

寄せ集めの革鎧に、酒臭い息。

見るからに、ろくでもない連中だ。


男達が絡んでいる相手はというと──



「今日は忙しいから無理だよ〜。

 忙しくなくても無理だけど〜。」



恐怖の色は一切ない、平然としたその姿。


リリアンだった。



絡まれている相手を視認した途端、グレンは考えるのを止める。


この程度、リリアンなら問題ない。


粗暴な男達へ、軽傷で済んだらいいな......と内心同情しつつドアを閉めようとしたとき──


──リリアンと目があった。



ピンクがかった紫の瞳が、きゅるんと光る。

リリアンは顔を傾け、人差し指を顔に添え、3秒ほど考える顔をしてから、



「いやぁ!こわい!たすけてぇ!」



ドアに手をかけているグレンの懐に飛び込んだ。

ぽふっとリリアンがグレンの胸元に収まる。


「あッ!てめぇ!?」

リリアンの思惑を察し思わず声が出る。


外見は、"か弱い美少女"の助けを求める様に対して暴言で応じるグレンに、白い目が向けられる。


「......! おまえ、悪ふざけは──」


「こわぁい!

 こんな時に金髪で綺麗なグリーンの瞳の男の子が助けに来てくれたらなぁ!」


リリアンは店奥のリュカに聞こえるように声を上げる。


グレンはリュカの方を振り返る。



そこにいたのは――

忙しいさなか、新たな厄介事を店内へ引き込んだ二人を

冷えきった目で見据える店主。


感情を表に出さないその顔に、

しかし確かに、怒りが燃えている。


言葉はないが、視線がはっきりと告げている。


  『さっさと片付けろ。』




「......ブチ切れてるな、あれ......」

「......きゃあ......」



二人は顔を見合わせ、そっと外に出た。

そして、背後で静かにドアを閉める。



「おい!オッサン!邪魔すんなよ!」

「そのコをこっちに渡しな!」


粗暴者たちの怒声が飛ぶ。


グレンは肩をすくめ、片手で頭を掻いた。


「……ったく。

 店主に怒られる方が、よっぽど怖えんだよ」


その声は軽い。


「はっ!痛い目を見たいようだなあ!?」

男達に話が通じそうな気配はない。



「はぁ。ひとりはおまえ担当な。」

グレンは面倒そうにリリアンに向かって言う。


「可憐な乙女なのに〜。まあ仕方ないかあ」

何でもない事のように返事をするリリアン。



「何コソコソ話してんだぁ!?」



金属が擦れる、嫌な音がした。

男がナイフを抜いてグレンへ向かって来る。


グレンは向かって来る男の手の甲を叩き軌道を逸らすと同時に、前へ踏み込む。

そのまま横へ回り込み、男の腕を捻り上げる。


「いでででで!」


肩の痛みに騒ぐ男が落とした凶器を拾い上げる。

荒事と呼ぶには短すぎる時間で、片が付いた。



「おまえ!この女がどうなっても知らねえぞ!」

リリアンに刃物を当てながらもう一人の男が言う。


「きゃー......どうなるのかなあ?」

棒読みの悲鳴をあげながら、

リリアンの小さな手が刃物を持つ男の拳ごと掴む。


抗おうとした男の力を無視するように、

その手は、ゆっくりと、確実に動かされる。


「なっ!?動かな......!」

そのまま己の首筋へ切先を向けさせる。


「ひっ、ひぃ......」


己の喉元へナイフを向けている男。

額には脂汗が浮かび、喉を鳴らしている。


ナイフを離そうにも指の上からリリアンに握られていて離せない。

後ろに退こうにもリリアンを掴んでいたはずの手は逆に掴まれ、足は踏みつけられ動けない。


「たっ、たすけて......」

恐怖で膝を震わせながら男が懇願する。


「いいよぉ!ごめんなさいしてね?」


リリアンがぱっと手を離す。

解放された途端、男は力が抜けたようにその場へ崩れ落ちた。



「......力技かよ。そりゃ怖えわ」


自分でも不可能なやり方を見せられ、冷え冷えとした気持ちになるグレン。




ほどなくして、騒ぎを聞きつけた兵士たちが現れ、

抵抗する力も残っていない二人は、そのまま引き渡される。


通りにはようやく静けさが戻り、

グレンとリリアンは、これ以上店主の機嫌を損ねないよう急いで店内へ戻った。



リュカの無言の圧を感じながら──


グレンは先ほどと同じように、

リリアンは先ほどとは打って変わって仕事に打ち込むのだった。



日が落ちる頃、怒涛の営業が終了。


リュカが静かに店内を見渡した。


本棚の一部はピンク色の布で覆われ、

厨房はカイルの“黒い何か”でまだ汚れている。


そして、グレンは――



「……これ、全部、片付けるのかよ……」



1番働き、1番疲れていた。



リュカは深い息をつく。

「……彼らには2度と店員させない」


「俺としては助かるが……客は楽しそうだったぞ」


「......」

するとリュカは手元の帳簿を見せた。

本日の売上は──普段の二倍。


カイルとリリアン目当ての客が多かったのもあるが、

グレンとリデルの客への対応が評判を呼んだらしい。


リュカの深緑の瞳が、わずかに柔らかくなる。


そしてリュカは照れ隠しのように紅茶を淹れ直し、

カウンターにそっと4つ並べた。


「片付けるなら……それ飲んでからでいいよ」


茶葉の良い香りが、疲れた空気の中にふんわりと広がる。


「……それと、ありがと。まあ……助かったよ」


その言葉に、4人はそれぞれ違う理由で胸を打たれた。


「店主くん可愛い……」


「よかったな、リデル」


「……もっとグレンさんと店員やりたい……!」


「次はコーヒーも任せてください」




いつもは静謐な空気の《深緑の古書店》は今日だけ、

ちょっと賑やかな喫茶店になった。





その頃――

冒険者ギルドでは、掲示板の前で職員たちが話し合っていた。


「……来週の新人講習、講師はやはり彼で……」





リリアンは怪力です。

あと、人前で力を使う事をあまり好まないです。理由は「可愛くないから」らしいです。

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