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リデルと森の魔獣


リデル主役回です


森の奥は薄暗く、湿った土の匂いが漂っていた。


リデルは三人の冒険者と並んで、静かな道を進む。

今日の標的は、大型の猪型魔獣――フレイムボア。


道中で現れる魔獣は、リデルが前に出て手早く倒していく。

一歩踏み込み、短剣を振るうだけで片がつく。そのたび仲間は小さく息を漏らした。



予定地に着き、冒険者の男が声をかける。


「よし、手筈通り頼んだ!」


声にうなずき、リデルは木々の影へ身を滑らせる。


姿が消えると、残った三人は苦笑まじりに感心した。


「ほんと、若手の中でも別格よね」

「中堅と肩並べてるんだから大したもんだなぁ」




リデルがしばらく先行して走ると、開けた場所にフレイムボアの姿を見つける。

地面を掘り返し、鼻息だけで草が焦げるほどの熱を帯びた魔獣。


リデルが姿を見せた瞬間、フレイムボアが咆哮し突進してくる。


「――っ!」


迫る巨体。


リデルは木の根を蹴って横へ飛び、かすめるように回避。


すれ違いざま、左右の短剣で脇腹へ浅い斬り傷を入れる。



怒った魔獣が再度突っ込み、木々を揺らしながら追ってくる。


リデルは木陰を利用して方向をずらし、一直線に仲間の待ち伏せ地点へ誘導していく。


やがて開けた場所が見えた。


「こっち!」


リデルは大楯の後ろへ飛び込む。

すぐに魔法使いが詠唱を終えた。


「フリーズ!」


冷気が走り、フレイムボアの足元が氷に覆われる。


動きが止まった瞬間、前衛が一気に斬り込み――巨体が崩れ落ちた。


「お疲れ! リデル、いい誘導だった!」


軽く肩を叩かれ、リデルは息を整えながら小さく頷いた。





そのとき――

横合いの茂みが大きく揺れる。


現れたのは、熊型の大型魔獣・フレイムベア。

赤黒い体毛、鋭い爪。ひと息だけで周囲の空気が熱を帯びる。


リデル達は討伐を終えたばかりで、陣形は崩れたまま。


「な......ッ、嘘だろ......ッ」

男の動揺が思わず口に出る。



運が悪かった。


フレイムベアは討伐対象の強力な魔獣。

どこにでもいる魔物とは違う、滅多に遭遇しない魔物だ。


体制を整えて作戦を練って挑めば、

倒せたかもしれないが──この状況で彼らの勝ち目は薄い。



現れたフレイムベアは間髪入れずに、


最も防御力の薄い魔法使い目掛けて太い爪のついた巨椀を振り上げる。


大楯持ちの冒険者が咄嗟に割って入るが、

衝撃に弾かれ2人まとめて地面へ飛ばされる。


前衛の冒険者がすぐに走り込み、背後から斬りつけた。


「......ッく!」


しかし、硬い毛皮に阻まれ、浅い傷しか与えられない。


フレイムベアが唸り、振り向きざまに腕を払う。


「ぐあッ!」

その一撃で男の身体が横に吹き飛び、地面に叩きつけられた。


倒れた彼へ、巨腕が振り下ろされようとした瞬間――



矢がフレイムベアの顔面に命中した。


背よりは柔らかい毛皮を貫き、魔獣が痛みに唸る。



「こっちだ....っ!」



短弓を構えたリデルが魔獣の注意を引く。

緊迫した声にいつもの吃り癖は無い。



フレイムベアはリデルの方向へ向き直り、

怒りで咆哮を上げ、激しい炎を吐く。


咄嗟に樹の枝を掴んで上に登り、間一髪でかわす。


──勝てる見込みは限りなく薄い。今の短い攻防でパーティは半壊した。


眼下の炎を眺めながら、絶望がせり上がってくる。


──しかし。

自分が引きつけなければ他の人間が死ぬ。



足元の枝を蹴って別の木へ跳び移り、地面の炎を避けて降り立つ。



フレイムベア向かって叫ぶ。

「こっちだッ!」



理屈では無く、動いていた。


ずっと憧れてきた"誰かを守れる人間"に近づきたかった。



怖い。

逃げ出したいくらい怖いが。

"憧れ"から遠ざかる方が怖い。





フレイムベアの攻撃を、木々の間をすり抜けるようにしてかわしていく。


巨腕が振り下ろされるたび、木の幹がめきめきと爪痕状に抉れ、ゆっくり倒れていく。

炎はあれから一度も吐かれていない。


どうにか仲間との距離は離せた。

だが──逃げ切れる可能性は低い、と冒険者としての勘が告げる。


背後で、フレイムベアが低く咆哮する。


次に来るのは、あの炎だ。


リデルは咄嗟に上を見上げる。

しかし先ほどの破壊で周囲の木々は倒れ、登れる場所がない。


逃げ場のない場に誘い込まれたと悟り、血の気が引く。



「……ッ!」



次の瞬間、覚悟を決める。


地面を蹴ってフレイムベアに向かって走る。



「炎を吐く、“溜め”の一瞬は......!動けないはず……ッ!」



フレイムベアの目前で跳び上がり、巨体の胸を蹴ってさらに高く跳ねる。

その反動のまま、顎の下へ短剣を強く突き込んだ。


「オレの背じゃ届かないけど……ッ! でも、これなら......ッ!」


鋼が肉を割る鈍い感触。

フレイムベアは痛みに顎を噛みしめ、炎の吐息が止まる。



振り回された巨腕がリデルの脚をかすめた。

脚から血が流れる。


怪我をかばって着地し、眼前の敵を見た。



短剣では、顎を閉じさせることはできても——

その奥の喉笛まで到達させる力はなかった。



フレイムベアが、空気を大きく吸い込む。

次の一撃が来る。今度こそ避けられない。



自分にもっと力があれば。

自分がもっと強ければ。

違う結末を掴めたのかもしれない。



そんな悔しさが胸を締めつける中でも、

リデルは死の気配に押し潰されないよう、必死に活路を探していた。




フレイムベアの胸が膨らみ、熱が空気を歪ませる。



リデルは血のついた短剣を握りしめたまま、歯を食いしばる。


「……ッく……まだ……!」


立ち上がり、足を引きずりながら魔獣の真正面へ踏み込む。

せめてもう一太刀でも——そう思って短剣を握りしめた、その瞬間。




大地が揺れた。



足元から鈍い振動が走り、土が隆起する。

リデルの視界に、フレイムベアの足元が沈むように見えた。


「……!?」


次いで、轟音。


地面から岩壁が突き出し、みるみる巨大な熊の体を包み込むようにせり上がっていく。


火花と岩片が飛び散り、魔獣の咆哮が岩の隙間に吸い込まれた。



「……つ、土魔法……?」

リデルは呆然と呟いた。


岩の裂け目から炎が漏れ、内部で何が起きているのかは想像に難くない。

さすがのフレイムベアも、生きては出られないだろう。



「……っと、クマの蒸し焼き〜♡」



軽い声とともに現れたのは、喫茶店でいつも顔を合わせる

美少女のような外見のリリアンだった。



「ふぅ。たまたま見かけたから、間に合って良かったよぉ!」


少し息を上げつつも、いつもの調子で笑っている。



「......っ......」



言葉が出ないリデルの前で、リリアンは「よいしょー」と声を上げ、

すでに蒸し焼き状態の岩塊に、さらに岩を発生させて押しつぶした。



えげつない方法だったが――フレイムベアは疑いもなく倒された。


「それじゃあ、ボクは行くから。

キミは仲間と気を付けて帰りなよぉ〜!」


「......うぇ!? あ、ありがとう.....っ」


あまりのあっさりした立ち去り方に戸惑いつつ、その背を見送る。





仲間と別れた場所へ急ぐ。

戦闘中は限りなく長い時間に感じていたが、実際にはそれほど離れていなかったらしい。



「......もっと、強くなりたいな。」

小さく呟いたところで──




「リデルッ!!」


戻った先で、魔法使いの治療を受けていた前衛の男が、真っ先に飛んできた。


今にも泣きそうな顔で、勢いよく抱きしめられる。


「お前ッ!ばかやろう!!」


「命の恩人にばかは無いだろう」

大楯持ちの男も、怪我の痛みに顔を歪めながら近寄ってくる。


「こいつが......!こいつみたいな若くて才能のあるやつが、

 死んじまったら、俺は──!!」


涙で声が途切れた。

必死に心配してくれていたのが伝わる。



「本当に、ありがとう。」



大楯持ちが深く頭を下げ、他の二人も口々に礼を言った。



リデルが「フレイムベアは通りすがりの知人が倒した」と説明すると

三人は信じられないという顔をしたが、深くは詮索せずに受け入れてくれた。







後日。

町外れの《深緑の古書店》カウンター。

店内には珍しい組み合わせの3人がいた。



「......って感じでぇ、

リデル、内気少年なのにスゴかったんだよ〜!

必死な子ってかわいいよねぇ!♡」


濃茶のロングヘアに紫の瞳のリリアンが、楽しそうに店主へ話している。


「がんばったんだね。......怪我がなくてよかった」


店主のリュカも、普段より柔らかい声で応じた。



「あの......っ、今日は、リリアンさんにお願いがあって......!」


リデルが、おそるおそる、しかし真剣な目でリリアンを見る。


「オジサンいない日に来るの珍しいと思ったよ〜。なぁに?」


「魔法を......っ、オレに教えて欲しくて......!

 難しいものでなくていいんです......!お願いしますっ!」

覚悟を決めたように伝えるリデル。


リリアンは一瞬だけ困った顔をし、それから笑った。


「あ〜......教えてあげたいんだけど、ボク人間の魔法の出し方知らないんだよねぇ。

店主くん、教えられるんじゃない?」



(......? なんか言い回しが変だ......?)

リデルはわずかな違和感に首を傾げる。


「......」

リュカは何も言わず、ただ紅茶を注いでいる。


「ほらぁ、少年が勇気出した頼み事だよぉ!?」

リリアンはリデルの肩に手を置いて、リュカへ押し出すようにして言う。


「まぁ、たまにでいいなら。ボクでよければ教えるよ」



「!! ありがとうございます!」

リデルは、ぱぁっと顔を輝かせた。




「それで、今は何が使えるの?」

リュカは2杯目の紅茶を淹れながら尋ねる。


「......今は、精度の良くない感知魔法だけです。

 でも、これをもっと使えるようにしたくて──」


「ボクも教えてもらいに来ようかなぁ?

 店主くんが教えるとこ見たいし〜。」


「君は来なくていい。」


リュカが即答する。



暖かな紅茶の香りが広がり、三人をやわらかく包む。


こうして、内向的なリデルは《深緑の古書店》の面々との距離を少し縮め、


ときどきリュカから魔法を教わるようになったのだった。






前衛の冒険者は熱い男で、街に戻るよりリデルを追おうと仲間に訴えてました。

大楯の男が、リデルの覚悟を無駄にするなと諭してるところに帰ってきました。よかったね。


________

はじめて評価ポイントいただきました

嬉しい......!

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