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消えたクッキー事件


 昼下がりの《深緑の古書店》は、静かで、どこか甘い香りが漂っていた。


 リュカが朝から焼いていたクッキーの香りだ。

棚の隙間から差す柔らかな光に照らされ、

古書たちは眠たげにその香りを吸っているように見える。



 ところが、そのクッキーが──消えた。



「……また無い」


 少年の姿の店主、リュカは皿の前で眉を寄せた。

 今日は三度目だ。

 補充しても、いつの間にか数枚ずつ消えていく。


 店に居合わせたグレンが、酒杯を片手に肩を竦める。


「犯人はよっぽど腹ぁ空かせてんだな。

 ……俺じゃねぇぞ?」


「言われなくてもわかってる。

 ……いや、わかりたかったけど」


「おいおい」


 リュカは皿を細い指でこつん、と叩き、店内にいる一同をゆっくり見回した。

 深緑の瞳がきらりと光る。


「今日から犯人が見つかるまで、店にいる全員、監視する。逃げるなら今のうちだよ」


 その声音は柔らかいのに、妙に冷えた迫力があった。


「オジサン、食べたんじゃないのぉ?」

 リリアンがわざとらしく目をぱちぱちさせた。

 艶やかなロングヘアを揺らし、頬に手を当てる。

 

「俺じゃねぇよ。

 甘いもの好きそうな見た目してんのは、お前の方だろ......」

 

 リリアンはくすっと笑い、リュカの方に身体を寄せた。


「店主くん、ボクが犯人見つけてあげるよ~。ね?」


 リリアンが腰に手を当て、艶やかかな髪を揺らす。

「犯人はおまえだぁ!......なぁんて♡」


 指を刺された方向で、リデルが皿を見つめて震えていた。


「え、えっと……オレ……

 クッキー好きだけど……っ、た、食べてません……」


「わかってる。リデルは嘘つくと耳が赤くなるけど、今は赤くない」


 リュカが淡々と告げると、リデルは「ひっ」と一瞬息を呑んだ。



「……クッキーが本当に盗まれてるとするなら、

誰かが嘘を吐いている、という事ですか。」



 カイルが呟くと、リリアンがにやっと笑った。


「じゃあさ、犯人探しごっこ、始めよっか♡」


 こうして、食いしん坊の影を追う奇妙な事件が幕を開けた。





「おいリュカ、俺が犯人って線は薄いだろ。

 俺は菓子より酒だ」


「……酒のつまみに甘いものを合わせる人もいるよね?」


「お前、絶対わざと言ってんだろ」


 グレンは頭を掻きながら、苦笑いを浮かべた。

 疑惑の目を向けられても余裕を感じる佇まいは、長年の癖みたいに板についている。


「リュカさん、グレンさんは違います。俺が保証します」


 カイルが真っ直ぐに言い切る。

 リデルも、声は出さずともこくこくと頷き、同意を示している。


 カイルの声色があまりにも誠実で、リュカは一瞬だけ目を細めた。


「……じゃあ、信じる」



 グレンは眉をひそめた。

 カイルとリデルの真っ直ぐすぎる擁護が、逆にこそばゆい。


「……お前らなぁ。疑われてる俺より真剣なのやめろ」


「オジサン、好かれてる〜♡

 かばってもらえてよかったねぇ?」


「……リリアンは余計なこと言わなくていい」


 リリアンがニヤニヤしながら茶化すと、グレンは「はぁ」とため息をつく。


 そんな騒ぎの中、棚の影で──白い綿埃がふるりと揺れた。





「……動いた?」


 リデルが呟いた瞬間、小さな白い塊が飛び出した。


 拳より少し大きい、ふわふわした綿の塊。

 目も口も見えないのに、どこか楽しげに浮かんでいる。


 その塊は皿の上に降り立つと、クッキーが一瞬で“もぎ取られたように”消えた。



「クッキーフラフか……!」

 リュカが迷惑そうに眉をひそめる。


「なにそれ!? かわいい!! ボクあれ欲しい!」


「小型の魔法生物だよ。

 甘い匂いに寄ってきて、菓子を好む……店に住み着くと、僕のクッキーが全部食べ尽くされる。」


「それ大問題じゃん!?」

リリアンが肩を抱える。



 クッキーフラフは棚の間を飛び跳ねるように逃げていく。


「おいおい、逃がすかよ」


 グレンがすっと動き、影のように棚の裏へ回り込む。

 一歩で獲物の行く道を塞ぐ、その身のこなしは冒険者というより“元・闇に潜む刃”のそれだ。


「リデル、左! カイルは奥を!」


「は、はいっ!」


「了解です!」


 リュカは魔力の糸のような光を張り巡らせ、逃げ道を狭める。


 小さな店の中で、フワフワを巡る本気の追いかけっこが繰り広げられた。




「オジサン、もっとちゃんと捕まえててよぉ!」


「やってんだろ! こいつ風圧で飛んでくんだよ!」


 棚の間を跳ね回る白いフワフワは、不思議と楽しそうにふるふる震えている。



 リデルがタイミングよく飛びついた。


「つ、捕まえ……っ、たっ!」


 フラフがもがくが、細身の青年は意外と力が強い。

 カイルがすぐに補助し、魔法の袋へ押し込む。


「……よし、確保」


 クッキー泥棒のフワフワが封印され、店の空気が落ち着きを取り戻した。







 夕暮れの店内。

 リュカは封印したフラフを眺めて、小さく息をついた。


「……クッキー、盗んでただけなら罪は軽い。森に返してくる」


 そう言ってから、ほんの少しだけ表情を緩める。


「……捕まえてくれたお礼。

 焼き直したから、食べていって」


 その柔らかな言葉に、店内の空気がほぐれた。


「やったぁ! 店主くん大好き!♡」


「うるさい」


 リリアンの抱きつきをひらりと避けながら、

 リュカはクッキー皿を皆の前に置く。



「……あ、ありがとうございます……リュカさん」

 リデルは両手でそっとクッキーを受け取る。


 グレンは半眼でクッキーを食べながら、リュカに言う。


「……なぁ。俺をちょっと疑ってたのは何だったんだよ。」


「え? まだ疑いは晴れてないよ?」


「は?」


 小さな店主は平然と告げる。


「……昨日なくなった分は、フラフの仕業じゃなかったから」


 グレンは言葉を失った。


「お、オジサン……やっぱり……?」


「いやしてねぇよ!? 俺を何だと思ってんだ!!」


 リリアンがケラケラ笑い、リデルが「ち、ちがいますよね......!?」と一生懸命フォローし、カイルは困ったように眉を下げる。


 リュカは、いつも通り淡々とした声で言った。


「……まあ、信用はしてるよ。たぶん」


「“たぶん”ってなんだ!」




 小さな古書店には賑やかな声が響き、甘い香りがふわりと広がった。



 ──こうして、クッキーが消える奇妙な事件は、ほんわりと幕を閉じた。





クッキーフラフは、愛玩用に高額で取引されたりもします。

菓子を与え続けられる富裕層しか飼えません。

菓子がなくなるといなくなります。

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