◆ある少年の話
プロローグだけ淡々とした書き方で書いてます。
本編は、なるべく読後感が優しい気持ちになる話を目指してます。
よろしくお願いします。
王国騎士団は三つの翼を持つ大組織である。
白翼は「国民の盾」。
金翼は「王家の栄光」。
黒翼は「闇に潜む刃」。
三つの翼がそれぞれ役割を果たすことで、王都は静かな安定を保っていた。
表の街路には灯りが絶えず、商人の声が明るく響き、人々は何の疑いもなく平穏を享受する。
──だが、その繁栄の影には、庇護の届かない土地もあった。
貧困と病が蔓延し、治療院にも辿りつけず、路地裏で倒れたまま数日で姿を消す者も珍しくない。
そこは王都の最下層、スラム街。
ここに、一人の少年がいた。
少年はスラムで産まれた。
親の記憶はない。気づいた時には一人で、腹を満たすためにごみを漁っていた。
幼い頃は拾い食い。
少し大きくなると、盗みやスリを覚えた。
“やらなければ死ぬ”というだけの理由だった。
少年にとって、人間は獣と同じだった。
近付いてくるのは奪う者か、痛めつける者だけ。
怪我をしても治療院など行けない。
殴られれば、そこから先は自分で治すしかない。
骨が折れれば、死ぬか治るかの二択だった。
ある時、少年は親切にしたせいで殺された男を見た。
「善意を見せると死ぬ」
「弱みを晒すと潰される」
そんな場面をいくつも見た。
人が死ぬ音と匂いの中で、少年は早い段階で理解した。
──人間性は持ってはいけない。
それは悲しみではなく、生存のための“結論”だった。
十二歳のある日。
少年は、いつも通りパンを盗みに入った市場でスリを見咎められた。
逃げたが、運が悪かった。
近くに白翼騎士がいた。
追手は三人。
逃げ場はなかった。
少年は反射のまま戦った。
殴られれば、死角に滑り込み殴り返す。
掴まれれば、噛みつき、膝を折り、腕を砕いた。
結果として三人とも倒した。
だが、駆けつけた別の騎士によって、少年は拘束された。
正面から戦って勝てる相手ではなかった。
「……名は?」
訊ねられても答えなかった。
名前がないからだ。
「身寄りは?」
それにも答えなかった。
必要性を感じなかった。
騎士たちは少年をどう扱うか迷っていた。
スラムの孤児が騎士を三人倒した。
処罰か、保護か、その境界線に立っていた。
その時、ある騎士がぼそりと呟いた。
「……この戦闘能力、黒翼向きだな」
次いで、別の騎士が言った。
「見習いにしてはどうだ? どうせ孤児だ、身寄りもない。扱いやすい」
扱いやすい。
その言葉には温度がなかったが、少年にとってはどうでもよかった。
その日、初めて“人に必要とされる”感覚を知ったのだ。
奪って奪われるだけの日々から、抜け出せるかもしれない。
そんな考えが少年に浮かんだのは、生まれて初めてだった。
少年は少し迷った末、うなずいた。
それは“死なないための選択”であると同時に、
自分の存在を正当化できる場所を求めた、初めての決断だった。
騎士団での生活は、少年にとって未知の連続だった。
規律を守れば殴られない。
命令を遂行すれば食べられる。
寝床があり、寒さに震えずに済む。
“尊厳”という言葉の意味はわからなかったが、
自分が人として扱われているらしい、というのだけは理解した。
仲間――
感謝――
絆――
そういった言葉は、少年には遠すぎた。
だが、規律を守ればいい。
命令に従えばいい。
それだけで衣食住が手に入り、居場所が壊されない。
それは少年にとって、何よりも確かな拠り所だった。
少年はあっという間に頭角を現した。
路地裏で培った反射と体術は、本物の戦闘訓練に触れることでさらに研ぎ澄まされた。
十四歳で白翼騎士団へ。
白翼騎士団は三団の中で最大、一般兵・下級騎士の大半が所属している。王都の治安維持、討伐任務など実働部隊の中心を担う「国民の盾」だ。
少年はいつも一番危険な役割を任された。
十六歳で黒翼騎士団へ抜擢。
黒翼騎士団は、「闇に潜む刃」──機密任務専門の少数精鋭だ。
黒翼の任務は、諜報・潜入・暗殺。
人が目を背ける仕事ばかりだったが、少年は一度も躊躇しなかった。
感情を殺し、必要な動作だけを残した。
殺す必要があれば殺す。
拐う必要があれば拐う。
躊躇という概念がなかった。
次第に、敵国でも国内の裏社会でも、
黒翼騎士団の若い騎士の噂が広まった。
“闇に潜む刃の象徴”
“沈黙の灰刃”
そして二十歳。
歴代最年少で黒翼騎士団副団長に任命された。
路地裏の弱肉強食をくぐり抜け、
人として扱われ、
地位まで手に入れた少年は、今や誰もが恐れる存在になった。
だが、彼の瞳の奥に宿る暗い影だけは、
あの頃と変わらなかった。
奪われるか奪うかだけで世界を捉えていた少年は、
秩序の中で生きる術を得てもなお、心のどこかでずっと思っていた。
──自分は、ここでようやく“死なずに済むだけ”なのだ、と。
それでも彼は、居場所を守るために働き続けた。
命令に従い、規律に縛られ、沈黙のまま刃を振るう。
その生き方こそが、
少年が初めて手にした“人間としての形”だった。
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【読まなくてよい設定】
●金翼騎士団だけは貴族と同等の扱いを受けます。この国では騎士爵位や騎士領土は無いです。
●白翼騎士団は1番大所帯なので平民出身から貴族出身など幅広く所属しており、強さも品格も個人差がかなりあります。
●黒翼騎士団は、強さと能力のみで集められてます。金翼からは見下されがちで、白翼からは見下し+畏怖の目で見られてます。




