これ、舞台で見たやつですわ!
ここ、グランステラ王立学院では本日卒業式と卒業パーティーが行われていた。
厳かな雰囲気の中無事に卒業式が終わり、学院内の大ホールで華やかな卒業パーティーが始まった。
煌びやかなパーティー会場には、卒業と同時に解禁された酒類や軽食が並び、音楽隊の奏でる音楽に乗せて着飾った卒業生達がダンスを踊る。
学生としての最後の場、ここを出れば身分制度の社会が待っている。
人目のある場で気安く振る舞えるのはこれが最後かもしれないとばかりに、身分の上下関係なく世話になった恩師や友人と泣きながら別れを惜しんだりこれからの未来への輝かしいビジョンを友人と語ったりと、各々自由に過ごしていた。
青い春の終わりが和やかに過ぎていく。
「セシリア・グランチェスター!!」
しかしそんな青春の空気をぶち壊すが如く、会場のど真ん中でその高らかな声は響いた。
声の主はこの国の王太子、セドリック・アストリウス。
綺麗にセットされた黒髪に理知的に見える紫の瞳を釣り上げてこちらに指を突きつけながら睨んでいる。
傍にはピンクブロンドの髪色の令嬢、リリアナ・フローラル男爵令嬢が目を潤ませて佇んでいた。
何かと噂が絶えない二人に名指しされたセシリアは王太子の婚約者で公爵令嬢という立場だ。
この卒業の日から一年後に王太子と婚姻、王太子妃になるという世の令嬢達憧れの勝ち組コースを歩んでいる。
セシリアは卒業式の翌日から妃教育の総仕上げと婚姻の準備の為に王城に居を移すことが決定している事は学院生は皆知っている。
明日からも毎日顔を合わせることが決定している相手にこのような人目に付く場所で何をいうつもりなのか。
誰もが注目する中、セドリックに名指しされたセシリアが振り返った。
艶やかな黒髪を揺らしながらドヤ顔で指を突きつけるその姿に思わず息を飲んだセシリアは、つい先ほど手に持ったカナッペを急いで口に放り込み、腰に差していた扇子を持ち直した。
そんなセシリアの動きにセドリックは一瞬眉を顰めるが気を取り直し再び指を突きつける。
「私はお前との婚約をここに破棄する!!真実の愛に目覚めたのだ!」
「!!」
これ、舞台で観たやつですわ……!!
思わぬ台詞にセシリアの澄んだ青色の眼がクワッと見開いた。
(これは一年前に流行った舞台『裏切られた令嬢が花開く時』の一幕終盤に出てくる悪役貴族の台詞まんまではございませんこと!?)
そう、あの場面では令嬢に婚約破棄を言い渡した悪役貴族とその恋人が寄り添い、そして群衆が「ざわ……」ってなっていた一幕のクライマックス。
正にその場面とあの台詞。
目の前のセドリックの隣には、噂の純真無垢の才媛として人気を博している令嬢、リリアナ・フローラル男爵令嬢が涙目ではあるがどこか勝ち誇ったような顔でこちらを見ている。
思わぬ出来事に興奮して鼻の穴が膨らんでしまったセシリアは、慌てて扇子で口元を隠し表情を取り繕った。
淑女教育、そして王太子妃教育を真面目にやっていた成果である。
(殿下にしてはとてつもなく素晴らしい余興でございますわね。それにしても、彼女は本当にこの役をやるつもりなのかしら?そんな勝ち誇った顔をしていてはその涙目が台無しでしてよ。私、演技にはうるさいので指導して差し上げましょうか?)
次の台詞を予想しながらスッと目を細め目の前の二人を見据えると、リリアナは怯えたようにビクッと身体を揺らしセドリックの背後に隠れてしまう。
(あらあら、ようやく興が乗ってきた感じかしら?演技が自然になってきましたわね)
頬が緩みそうになるたび表情筋に力を入れるセシリア。
セドリックはそんな二人の様子を気に留める事もなく更に口を開いた。
「リリアナ……彼女は何も持たぬ娘。だが、その心は誰よりも清らかで高貴だ。私の求めていた真実の愛は彼女の中にあったのだ!」
拳を握りしめ苦悩の表情を浮かべるセドリック。
その瞬間舞台照明が天から降り注ぎ、悲劇的な旋律を楽団が奏始めた。
もちろん幻覚だ。たぶん。
(まあ!完璧ですわ!一字一句間違いない台詞は拍手喝采ものですわね)
台詞も身振りも何から何まで台本通りすぎてもはや再演と言っても差し支えない程の再現だった。
(あの時観劇に誘いましたけど、殿下は興味ないと断られてしまい観てはいないはずですのに……)
周囲がセシリアとセドリックを好奇の目で見つめる中、セシリアは期待通りの台詞が出た嬉しさでとうとう頬が緩んでしまう。
しかし側からみたら余裕の微笑みに見えてしまったのか「さすが淑女の鑑」と称賛の声が密やかに上がる。
セシリアにとってはこれは悲劇ではなくむしろ最高のサプライズ演出だった。
今までセドリックから送られた贈り物の中で他をぶっちぎっての第一位。
それならばこちらもそれ相応のお返しをしなければなるまい。
セシリアはテーブルに並んでいたカナッペを一つ摘んで口に運び、ゆっくりと咀嚼してから改めてセドリックに向き直った。
「……婚約破棄、ありがたく頂戴いたしますわ。殿下とフローラル男爵令嬢の末永い幸せをお祈りいたしましょう」
ヒロインが悪役貴族に涙ながら送った台詞をそのまま返し、優雅に微笑みながら誰もが見惚れるカーテシーを披露する。
その姿に周囲が感嘆の溜め息を溢すのだが次の瞬間にセシリアは豹変する。
「つきましては!!私は今から推しが出演する舞台チケットの確保をしに行きますので!!皆様ごきげんよう!!!!」
いきなり目を見開き興奮を隠せない程の早口かつ大きな声で言い放ちながら、スカートのフリルを翻し優雅に、そして早足に会場を去っていった。
あまりの豹変ぶりに周囲は目を大きく見開いたまま固まってしまい、セドリックとリリアナもポカンとした顔でセシリアを見送る形になってしまった。
(婚約破棄?なんて素晴らしいことなのかしら!これでやっと推し活全開な生活ができるのですから後は知った事ではありませんわ!!)
ニヤニヤしながらホールを飛び出し外へ向かったセシリアは、グランチェスター公爵家の家紋が入った馬車を見つけるとすかさず飛び乗った。
御者が驚きから目を丸くしているとセシリアは声高に告げる。
「このまま劇場街に向かってくださる?明日から王城での生活になる為に諦めていた舞台が観に行けるとなれば急がなくてはなりませんわ。百日後から始まる舞台は全通いたしますわよ!おーほっほっほっほ!」
その日王都の劇場街の一角ではセシリアの甲高い笑い声が遅くまで響き渡っていた。
———それから三日後。
セシリアは王都の劇場街にある「フルーヴェリア劇場」の最前列中央席にいた。
貴族なのにボックス席にいないのは推しの演技を至近距離で浴びたいという本人の希望のためだ。
ちなみにこの劇場の現在のオーナーはセシリアである。
六年程前に潰れかけていたオンボロの劇場を公爵である父親に頼み込んで買い取り改築したのだ。
工事期間は演者育成に熱を入れ、完成後は舞台運営やグッズ販売などで資金を生み出し、わずか三年で劇場街一の興行収入を叩き出すという敏腕ぶり。
金と権力にモノを言わせたガチ勢パトロンだ。
とてつもなく厳しいと噂の王太子妃教育の片手間に、このような推し活をしていたのだ。ガチと言わずに何と言う。
二十日前から行われている公演は、セシリア最推しである若手俳優ソリル・ヴァルグレイン(芸名)の初主演舞台だ。
卒業式の準備や王城に居を移す為の準備をしていた為、初日にしか観に行けず毎日従者や侍女達にぐちぐちと恨み辛みを吐き出していた。
ソリル演じる英雄騎士の彩りである青色のドレスに身を包み、顔には気合の入った戦化粧を。
手には恩寵の時間で使用する「ソリル様♡剣を向けて♡♡」と書かれた手作りうちわを握っている。
一目でガチ勢とわかる目立ちすぎな出立で鼻息荒く隣に座る従者に話しかける姿は、三日前に婚約破棄された公爵令嬢とは結びつかない。
「お嬢様、お取り乱しされませんように。本日は『双子の騎士』の千秋楽。ソリル様の出番は冒頭五秒後からです」
「知ってますわよ!!!!!!」
興奮のせいで普段より五割り増しの声で叫びながら隣に座る従者テオを肘で小突いた。
テオはグランチェスター家の執事長の弟だ。
代々高位貴族の使用人として生計を立ててきたオルトラン男爵家の三男で、もうすぐ四十路のナイスミドル。
愛妻家から親バカ、そして先日娘が結婚したと聞いたので数年以内には孫バカへと進化する予定の大変家族思いな男である。
孫までできそうな三男が何故いまだに男爵家に残っているのかというと、九.九割はセシリアのせいである。
テオはセシリアに幼い頃から側に付き従っていた為、突拍子のない性格も行動力も把握済み、暴走しても止めてくれるというストッパーの役割を担っていた使用人たちの救世主である。
元々兄である執事長が男爵家を継ぐにあたりテオは貴族籍を抜け、平民である妻と娘と一緒に市井へ降るはずだった。
平民では公爵家という最高位貴族の従者として働くには支障が出る。
そのためグランチェスター家の分家筋である子爵家へと転職する予定を立て退職する準備をしていたのだが。
セシリアのストッパーがいなくなるのは公爵家使用人一同にとっては頭の痛い問題であった為、方々から泣きつかれたテオは特例として男爵家に籍を残したままセシリアの従者として残る事になったのだった。
そんなテオは推し活を温かく見守ってくれており我儘も利になるのであればと公爵に意見してくれたり、時には間違いを正し叱ってくれたりもする。
セシリアの一番信頼できる味方なのだ。
鼻息が荒くなりすぎたセシリアを宥めようとテオはセシリアの背を優しく叩いて落ち着かせ、額に滲んだ汗をドレスと同系色の手巾で甲斐甲斐しく拭っていく。
さながら介護である。
「いいですか?本日は千秋楽でもあり特別仕様!!推し、つまりソリル様は髪を下ろし千秋楽のみで見られるキラキラなお衣装で登場するのよ!!!!しかも脚本が加筆され四幕のウインクが……そう、振り返りざまのウインクが!!二回も———っゲホっゴホ」
「どうどう、深呼吸して下さい。口調が乱れ始めておりますよ」
「尊い推しが!!尊いので!!仕方ないでしょう!!尊い!!!!!!」
「ほら乱れた。ご令嬢が大声で“尊い“を連呼しない」
そう、推し。
それは全ての尊さが詰まった罪な男、ソリル・ヴァルグレイン(芸名)。
セシリアがこの劇場を買い取った頃、ソリルはまだ別の劇場に所属する劇団にいた駆け出しの俳優だった。
たまたまセシリアが近所の劇場に挨拶回りをしていた時、通し稽古をしているという事で特別に見学させてもらった。
その時は台詞が一言だけの端役であったが、人目を惹く容姿、張りのある声、圧倒的な役への没入感と主役を喰う存在感を放っていた。
そしてその一言の台詞を放った瞬間、セシリアは沼にじゃぼんと落ちた。
そう、確かに足元に地面があったのに知らぬ間に底なしの沼が広がっていたのだ。
それまでは少々(?)熱の高い演劇好きの令嬢だったセシリア。
しかしこの日から推しを追っかけまわす“オタク“令嬢へと進化したのだった。
その日のうちに劇場のオーナーと劇団の団長に交渉し自分の劇場に劇団ごと引き抜いた。
育成のための費用を惜しみなく注ぎ、指導員も一流を揃え、熱心に育てあげた。
その甲斐あって劇団はフルーヴェリア劇場の看板劇団となった。
特にソリルは高い演技力、天より遣わされた容貌、品のある所作、そしてなんと言っても観客への恩寵が神。
恩寵とはセシリアが考案した「こうしてもらったら尊死するだろう」仕草だ。
ソリルの恩寵に与った女性は漏れなく白目を剥いて昇天し、目が覚めた時にはソリル信者として生まれ変わっている。
セシリアは初めてソリルと出会った瞬間からこの男の為に生きていると言っても過言ではないのだ。
二人でギャイギャイ楽しそうに騒いでいると、周りから戸惑った視線とざわめきが聞こえてくる。
「あの方グランチェスター家のご令嬢よね?」「本当に婚約破棄されたのかしら?」「なんかめちゃくちゃ楽しそうね……?」
そんな声にもどこ吹く風の二人。
「だって見てごらんなさい!!この初版よりさらに豪華になった演目録を!!ソリル様の未公開絵姿がっ!!衣装解説がっ!!私生活の談話記録も載っているのよ!!!!わたくしきちんと保存・布教・保管に三部買いましたのよ!!テオ、保管用の桐箱はきちんと用意していて!?はっ、布教用はもっと買わなくては行けませんわ!!全世界にソリル様の尊さを伝えなければ!!!!おーほっほっほっほ!!!!」
「お嬢様、うるさいです。あと桐箱はきちんと手配しております」
テオのキレのある裏手が肩に入った。
将来、王妃になったら王国の文化芸術の向上を目標にしていたセシリア。
しかし婚約がなくなった為、今までの不自由さを振り払うが如く推し活を満喫している。
煩わしい公務の為に観劇を諦める必要もなくなり、稼いだ分推し課金もし放題。
推し活のためだけに努力をすればいいだなんてなんと贅沢で幸せな事か。
好きな事を好きなだけ、それだけで薔薇色の人生が幕開けたのだ。
セシリアの高笑いが響く中、開演ベルが鳴り響き照明が落ちていく。
セシリアは希望に満ち溢れた目を舞台上に向けたのち———
「尊っっっっ……!!!!」
———盛大に崩れ落ちた。
セシリアはカナッペが大好きなのでパーティーで出されると全種類必ず食べます。
〇〇家のカナッペは塩気がちょうど良くていくらでも食べられるとか、⬜︎⬜︎家は盛り付け方が美しいとか、各家のカナッペを味や見た目をリスト化したメモを持ち歩いているとかいないとか。




