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Irregulars Object  作者: サード
序章
3/4

第2話 研究会と7不思議

夏休みの静まり返った校舎。

特進科のある北校舎の片隅、本来なら静寂に包まれているはずの教室から、にぎやかな話し声が響いていた。


その理由は明白だった。

かつて特進科の人数減少と共に使われなくなった空き教室の一つが、今ではオカルト研究会の部室としてすっかり占拠されていたのだ。


「姉はどうやって教師を説き伏せたのだろうか……」

そんな疑問を胸に抱きながら、咲空は額の汗をぬぐい、銀色のドアノブに手をかける。


ドアは静かにきしみを上げて開いた。

教室の中は、外でかすかに聞こえていた話し声よりもはるかに賑やかで、咲空は思わず足を止めた。

そこはまるで異世界のような空気に包まれていた。


コンクリート打ちっぱなしの壁には色鮮やかなオカルト関連のポスターやタペストリーが所狭しと飾られ、机の上には厚い古書や年代物のオカルト雑誌、そして謎めいた図形が描かれた紙片や呪符が無造作に散乱していた。

副部長の黒江を中心に、部員たちは書物をめくりながら談笑しており、その空間全体が奇妙な活気に満ちていた。


「咲空、遅いよ!また寝坊したんでしょ?」


高らかな声とともに、一人の女子部員が手を振りながら彼に駆け寄ってくる。幼馴染の立花姿たちばな すがただった。短髪の茶髪の間からぴょんと跳ねるアホ毛が夏の部室の空気に揺れ、無邪気な笑顔で彼を迎える。


彼女の頭には、いつものクマの面が斜めにかけられていた。その無表情な面はまるで彼女の気まぐれな性格の象徴のようであり、プラスチックの表面は彼女の動きに合わせて時折窓から差し込む太陽光を反射してきらりと輝いた。


ふと咲空の視線が姿のカバンに向くと、隙間から怪しい藁人形がちらりと顔をのぞかせていた。細く巻きついた赤黒い糸と擦れたお守り札が、その存在に不穏な予感を漂わせる。


「また藁人形なんて持ち歩いて……お前はいったい何をするつもりだよ?」


咲空は半ば呆れたようにため息をついた。


「これはおまじないだってば!ちょっと効き目があるかもしれないんだから~」


姿の軽い笑いに、咲空は再び肩をすくめ、あきれ顔のまま彼女を見やった。


「……それで? 今日は何をするつもりだ? UFOでも呼ぶのか?」


そんな咲空の声に反応したのか、金髪の男子、栃木健斗とちぎ けんとがスマホを片手に興奮した様子で駆け寄ってきた。


「UFO!? ついに信じるのか!咲空!!なら見ろよ!今日の宇宙人記事、チーズみたいな色!絶対宇宙人だぜ!」


咲空は健斗のスマホ画面を一瞥し、冷たい視線を投げる。


「ただの黄色い埴輪だな……というか宇宙人なんているわけないだろ。全部作り話だ。」


「やっぱ咲空は信じねーよなー」


健斗は肩をすくめ、スマホをポケットに戻す。そして期待するような眼差しを姿に向けた。


「姿ちゃんはどう思う!?」


「残念だけど私も宇宙人は信じてないよ、あんまり現実的じゃないし」


姿はくすりと笑い、頭のクマの面を軽く指でなでる。その仕草は夏の陽光の中でどこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。


咲空の隣に歩み寄ると、ふと彼女のカバンから覗く藁人形が揺れる。


「やっぱり……」


姿は真顔になり、慎重にカバンから藁人形を取り出した。細い赤黒い糸が不気味に絡みつき、年季の入ったお守り札が風に揺れている。


「その黄色い埴輪も幽霊の仕業! 宇宙人はいなくても幽霊はいるからね!!」


その言葉は健斗の期待と咲空の理論を同時に裏切るものだった。


「あははは! そうだよな!! 姿ちゃんは幽霊派だもんな!!」


健斗が大声で笑うのとは対照的に咲空は


「ブルータス、お前もか」


と低くつぶやきながら、教室の隅に立てかけてあった折り畳みのパイプ椅子に手を伸ばした。

カチャン、と鈍い音を立てて椅子を広げると、咲空はゆっくりと腰を下ろした。

その背後では、窓のカーテンが風に揺れ、光と影が床の上で波打つように踊っていた。


「え、えっと……じゃあ、今日の活動を始めます」


オドオドした声が教室に響き、咲空は健斗のせいで活動内容を聞きそびれたことに気づいた。


(まあ……いいか。どうせ言うだろうし)


軽く息を吐き、咲空は声の主の方へ視線を向けた。


教室の中央に立つのは、会長の赤牛茜あかうし あかねだった。

この高校は県内でも比較的自由な校風を誇っているが、それでも茜の格好は規格外である。

鮮やかな緑髪が肩にふわりとかかり、制服の上から羽織られているのは、真紅の赤べこ柄パーカー。色彩もデザインも、完全に校則違反だ。


だが、そんな派手な装いの当人は、まるで借りてきた猫のようにオドオドと立ち尽くしている。

視線を泳がせ、小さく指先をもてあそぶ仕草には、自信も威圧感も感じられなかった。


実のところ、茜はオカルトや怖いものが大の苦手である。

それにもかかわらず会長職に就いているのは、副会長である夕闇黒江ゆうやみ くろえの策略によるものだという噂だった。

黒江は筋金入りのオカルト愛好家。茜を強引に会長に押し上げただけでなく、この奇抜な服装までそそのかしたのだろう。


咲空から見ても、彼女がオカ研の会長としての役割を果たせているとは言いがたかった。


「えっと……宮部会長から……あっ、元会長から、今日は幽霊について談義しろと言われました」


茜は、スマホの画面と黒江をチラチラと見ながら、自信なさげに方針を告げると、唾を飲み込み、意を決して尋ねた。


「でも、本当に幽霊っているのかな…?」


震える声で問いかける茜を見つめ、咲空は自分の意見を述べることにした。彼は自信を持って手を挙げた。


「いない。全部デタラメだ。古来より人は暗闇を恐れた。その恐れに無理やり意味を付けたのが幽霊だ。」


咲空の言葉に、「ヒッ」と短い声を漏らすと、茜は小さく震えてしまった


そんな茜の様子を、楽しそうに口元を歪めながら見つめる少女がいた。

副会長の黒江だ。

彼女はすっと立ち上がり、長い黒髪を揺らして茜に近づくと、その肩を軽く叩いた。

黒江はいつもの調子で、茜に向けて軽やかに笑いかける。


「ま、咲空の言い分もわかるけど~幽霊はロマンだからね~?私たちで証拠を見つけようよ。ね~茜?」


「そ、そうだよね……」


茜は困惑した表情を浮かべつつも、少しだけ勇気を振り絞る。咲空は、茜のその様子を見て、彼女の強さに少しだけ感心した。


「じゃあさ。明日の夜、学校の七不思議の調査ね。」


黒江は悪戯っぽい笑みを茜に向け、彼女の肩をしっかり押さえながら告げる。


「うぇええええ!!」


茜は大きな驚き声をあげ、先ほどとは別の意味で震えだした。その声が教室に響き渡り、周囲の空気が一瞬静まる。咲空は思わず目を細めた。オカルトの存在を信じない彼は、この状況がどうなるのかと不安を抱えていた。


「七不思議って、この学校のですか!?」


茜とは逆に、テンションが上がった姿は、身を乗り出して黒江に尋ねる。


「そうそう~うちの高校の七不思議探索だよ」


いつの間にか、茜の左腕を自分の右腕でがっちりホールドし、完全に逃げられなくしていた黒江は、笑顔で続けた。


「うちの高校にも実はあったんだよ~七不思議」


「いやあああ!!誰か助けてぇえええ!!」


暴れる茜をよそに部活動は午後6時まで続くのだった。


咲空が家に帰ると、おかしな家族の、いつもの風景を目にした。

リビングでは、柳が怪しげな機械を組み立てている。


「柳姉さん、それ何?」


また、おかしなものを工作し始めたと、咲空はため息を吐きながら軽く聞いた。


「これ?宇宙人と交信するための新しい装置よ!」


柳は満足そうに微笑むが、咲空は無言で肩をすくめる。姉の器用さには感心するが、その情熱の方向が理解できなかった。


その一方で、妹の八手は部屋に引きこもり、呪文を唱えていた。彼女の魔術研究も、咲空には関わりたくないものだ。


「……俺だけがまともだってのに、この家…本当どうかしてる。」


咲空は心の中でぼそりと呟き、自室に向かった。


夜、布団の中で天井を見上げながら、咲空は今日の出来事を思い返していた。姿の藁人形、健斗の宇宙人記事、そして会長の震える声。どれも馬鹿げた話ばかりだった。


「オカルトなんて、全部作り話だ。」


そう自分に言い聞かせながら、彼は目を閉じた。しかし、心のどこかで小さな不安が膨らんでいく。


「……あの朝の子、一体何だったんだ?」


彼女の存在と、その時に起こった異常な出来事。それが夢だったのか現実だったのか、咲空はまだ答えを見つけられないでいた。


「くだらない……全部まやかしだ。」


そう自分に言い聞かせながら眠りについたが、彼が崩れ始めた日常に気づく日は、そう遠くなかった。

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