「山の頂上と星の使者」 第2章-第3話
星空の下、若者は深い思考の海に沈んでいた。
彼は彼女の涙を思い出しながら、星の使者に問うた。
「僕は彼女のそばにいることしか出来ないと言うけれど
それで彼女の苦しみが癒えるんでしょうか?
彼女が抱えるこの『特別』という枷、そして『普通』であることへの強い執着、それは本当に彼女自身の幸せに繋がるのでしょうか?」
星の使者は空を見上げ、一際明るい星を指差した。
「あの星を見てご覧なさい。
輝いている星の光は、多くの人にとって『美しい』と思われるわ。
でもね、その星自身が『私は特別な星だ』と考えているわけではないの。
星は宇宙の中で自然に輝いているだけで、それこそが本質なのよ。」
若者はその言葉に少し戸惑いを覚えた。
「でも、彼女はその星と違う。
彼女は自分の光に気づいていないのです。
自分が光を放つ理由すら分かっていない、むしろ、その光を『普通』だと信じて疑わない。
だからこそ、周りとの違いに苦しんでいるんです。」
使者は微笑みを浮かべながら答えた。
「それもそうね。
でも、彼女が光を放っているのは事実であって、彼女自身がそれを意識するかしないかは本質に影響しない。
彼女はその光を、誰もが持っていると信じたいのよ。
つまり、彼女にとって『特別』であることは、彼女自身の中で矛盾を引き起こしているの。」
星の使者の言葉を聞きながら、若者は彼女が泣きながら訴えた日のことを思い出していた。
彼女はこう叫んでいた。
「私は特別なんかじゃない! みんなと同じだよ!
だって、誰でもちょっと気になることを考えたり、メモしたりするでしょ?
私がやっていることなんて、それと一緒じゃない。
ただ、私はそれを少しだけ丁寧にやっているだけで……。」
若者はその時、彼女の「普通」への強いこだわりが、彼女自身を守るための一種の防御機構であると気づいた。
彼女は、自分が「特別」と見なされることで、周りと疎外されるのを恐れているのだ。
特別であることは、孤立と同義であると彼女は感じている。
しかし、その一方で、彼女の行動や思考の深さは、周囲の人々には到底理解できないレベルに達していた。
例えば、彼女の持ち歩くメモ帳には、一見「簡単」な単語や数字が書かれていたが、それらは彼女が「本質」を追求するための思考のデッサンだった。
「ね!?私は皆と同じ簡単な言葉を書いているだけでしょ!?
ただ、自分が感じたことや考えたことをメモして、それを後でじっくり見直すだけ。
どうしてこんな簡単なことが、みんなと同じじゃないって言うの?」
彼女にとって、それは当たり前の基礎基本だった。
しかし、若者にはそれがどれほど高度であるかが分かっていた。
彼女の「簡単」は、他人にとっては「難解」であり、彼女の「普通」は、他人にとっては「特別」だったのだ。
※寓話: 拒む花の物語
昔、広い草原に一輪の花が咲いていた。
その花は、夜になると小さな星のように光を放つ不思議な花だった。
周りの草や他の花たちは、その光に驚き、そして羨ましがった。
「君は特別だよ!」他の花たちは言った。
「どうしてそんなに美しい光を放てるんだい?」
しかし、その花は首を振りながら言った。
「私は特別なんかじゃない。
ただ、夜空の星を見てそれを真似しているだけだよ。
誰でも出来ることさ。
ただ、星の光を感じ取ってそれを自分なりに表現しているだけ。」
他の花たちは首を傾げた。
「でも、私たちにはそんなことは出来ない。
君だけがその光を持っているんだ。」
それを聞いた花は、少し悲しそうな顔をした。
「どうして君たちは星を見ようとしないの?
私の光は、ただ星の光を真似ているだけだよ。
星を見て、星を感じて、それを自分なりに表現してみれば、君たちだって出来るはず。」
しかし、他の花たちは星を見ることなく、ただその花の光に目を奪われるだけだった。
その孤独を抱えながら、その花は静かに草原の中で輝き続けた。
※寓話の解釈
「拒む花」は彼女自身を象徴している。
彼女は、自分の思考や感覚が特別だと認められることを拒絶し、自分が感じたことを周囲も共有できると信じている。
しかし、その信念が通じないことで彼女は孤独を感じている。
若者はその寓話を星の使者に語り、最後にこう言った。
「でも、彼女が星の光を感じられること、それ自体が特別なんじゃないですか?」
星の使者は静かに微笑んだ。
「そうね。そしてそれが、彼女が抱える宿命の一部よ。」