「山の頂上と星の使者」 第2章-第2話
月明かりが静かに地面を照らす中、若者と星の使者は深い話を続けていた。
若者の記憶の中で鮮やかに残る、彼女の泣き顔を思い出しながら、彼は使者に語り始めた。
「彼女は、自分が特別だなんて全然思っていないのです。
むしろ自分は普通で、みんなと同じだと信じている。
それを他の人たちが理解できないとわかると、あんなに感情を爆発させるのです。
『私は変わり者でも、特別なんかでもない!』と涙ながらに彼女は言うのです。
けれど、どうしても僕には彼女が他の人とは違う存在だとしか思えなくて……」
使者は若者の言葉をじっと聞いていた。
その赤い瞳が夜空の星と共鳴するように輝く。
しばらくの沈黙の後、使者はそっと語り始めた。
「貴方が彼女を特別だと思うのは自然なことよ。
彼女の考え方は、この世界の『普通』とは少し違っている。でも、彼女自身が特別であることを拒絶するのもまた自然な事なの。
彼女にとって、自分は『普通』であるべき存在であり
人々が同じ感覚や思考を共有していると思いたいのよ。」
若者は首を傾げながら尋ねた。
「でも、何故そこまでして普通に拘るのでしょう?
彼女は明らかに他の人よりも優れた感覚を持っているのに……。」
使者は静かに答えた。
「それは、彼女が孤独を恐れているからね。
特別であることは孤独を生む。
彼女は自分が特別だと認めてしまうことで、自分と周りの人との間に溝が生まれることを、無意識に感じ取っているのよ。
だからこそ、彼女は自分を『普通』だと言い続けることで、その溝を埋めようとしている。」
若者は彼女の涙を思い出し、深い胸の痛みを覚えた。
「でも、それはあまりにも悲しい事ではないでしょうか?
特別な才能を持っていて、それを生かして世界を変える力があるのに、彼女は自分を普通だと信じようとしているなんて……。」
使者は静かに首を振った。
「それは彼女の選択なの。
そして、貴方の役目は彼女を『特別だ』と押し付けることではないわ。
彼女がどのように自分を捉えるかは、彼女自身が決めるべきこと。
ただ、貴方が出来る事は、彼女の言葉や感覚に耳を傾け、理解しようとすることよ。」
寓話: 森の中の音叉
昔々、ある静かな森の中に、音叉のように澄んだ音を奏でる少女が住んでいた。
彼女が口を開けば、鳥たちが歌うのを止め、川のせせらぎさえも耳を傾けるほど、その音色は美しかった。
村の人々は彼女を「特別な存在」として崇めたが、少女自身はそれを否定し続けた。
「私は特別なんかじゃない。
ただ、みんなと同じように森の音を聞いて、それを声にしているだけだよ。
私ができることは、誰にだってできるんだ。」
しかし、村の人々は首を振った。
「そんなはずない。私たちはその音を聞いても、君のようには感じられないし、奏でられない。」
ある日、村の若者が彼女に問いかけた。
「どうして君は自分が特別だと認めないんだい?
君が奏でる音は、誰にも真似できない美しさがある。
それは、神様が君に授けた贈り物なんだよ。」
すると少女は泣きながら叫んだ。
「違う! 私は普通だよ! みんなが森の音を聞くように、私も聞いているだけだよ!
私が特別だって思われるのは、みんながちゃんと耳を澄ませていないからだよ!
自分で聞こうともせず、私だけ仲間外れにするなんて!
そんなの間違ってる!」
村の若者は困惑しながらも彼女の言葉に耳を傾けた。
そして若者は気づいた。
彼女が言いたかったのは、自分が特別ではないと言うことではなく、誰もが同じ能力を持ち、それを使って世界を感じ取ることが出来るということだったのだ。
※寓話の解釈: 特別と普通の狭間で
この寓話は、彼女の感情と考え方を象徴している。
彼女が「特別」とされるのは、彼女が他人にはない能力を持っているからではなく、他人がそれを見つけられていないだけだと彼女自身が信じているからだ。
そして、その溝が埋められない現実に彼女は涙する。
若者は使者に向き直り、問いかけた。
「僕にできるのは、彼女を特別扱いしないことなのですね?」
使者は微笑んだ。
「そうよ。彼女の特別さを認めつつ、それを彼女自身の言葉で捉えられるように支えること。
貴方が彼女のそばで耳を澄ませることが、彼女にとっての救いとなるかもしれないわ。」