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「山の頂上と星の使者」 第1章-第14話




冷たい風が山頂を吹き抜け、夜空の星々がさらに輝きを増していた。

星の使者と若者は静かに並んで座り、広がる星の海を見つめていた。

そして、若者が沈黙を破る。


「使者よ、あなたは本当に人間ではないのですね。

私はそれを何となくわかっていました。

でも、あなたがこの世界をどんなふうに見ているのか、僕にはわからない。

ただ、彼女のことについてなら、少しわかる気がします。」


使者は微笑みながらうなずき、優しく言葉を返した。

「そうね、私はこの世界に住むものではないわ。

私は遠い世界から、星々の間を漂いながら訪れた観察者だ。

私の使命は、異なる世界がどのように交わり、どのようにそれぞれの真実を紡いでいくのかを見届けること。

けれど、彼女――あの少女には、特別な光が宿っている。彼女はこの世界にいながら、その外側を垣間見ている様な気がするの」


若者は戸惑いながらも、使者の言葉に深く耳を傾けた。

「彼女は……確かに普通じゃない。

でも、彼女自身は自分のことを特別だと思っていないんです。

以前彼女は言っていました。

『私は知らない言葉や知らない事だって沢山あるし、数学だって苦手だ。だから、私がやってることは誰でもできることなんだよ』と。


使者はその言葉を受け止めるように小さく頷いた。

「それこそが、彼女の特別さの一端なのよ。

彼女は自分を高みに置かず、すべてを“可能なこと”として見ている。

でも、それは彼女が“可能にする”力を持っているからこそなの。

多くの人は、そのような思考の基盤――つまり“基礎”を軽視するが、彼女はそれを何よりも大切にしている。

基礎の堅実さこそが、抽象的な概念を抽出し、それを実践に落とし込む力を生むの。」


若者は黙り込み、彼女の姿を思い浮かべた。

彼女がノートを持ち歩き、その中に驚くほど簡単な単語や数字を書き留めていたことを思い出す。

彼女はそれを「デッサンのようなもの」と言い、さらに、「持ち歩けるメモ帳には断片を書くだけ」と笑っていた。


「彼女のメモ帳に書いてあることは、とてもシンプルでした。

でも、彼女がそれをどうやって使っているのかは、僕には理解できない。」

若者は静かにそう告げた。


使者は空を見上げながら、言葉を紡いだ。

「彼女の思考法は、君たちが知る“特別な方法”ではなく、本質を追い求める習慣の積み重ねに過ぎない。

だが、その習慣が驚くほど高度な知性を生む。

例えば、彼女が言っていた“抽象概念の抽出”――それは一見すると特別な能力に思えるが、彼女にとっては自然な過程よ。

なぜなら、彼女は“基礎的な観察”を深く徹底して行うことで、それを抽象化する力を得ているから。」


若者はじっと考え込む。

「でも、僕にはどうしてもそれが普通のことには思えないんです。

彼女が『みんなも出来るよ』と言うたびに、僕は違うんじゃないかと思ってしまう。」


使者は微笑み、若者に向き直った。

「確かに、彼女の言葉は正しいわ。“みんなができる”という可能性は確かに存在する。

だが、その“みんな”が基礎をどれだけ大切にし、それを高める努力をしているかが問題なの。

彼女はその基礎を軽んじることなく、粘り強く築き上げてきた。

だからこそ、抽象概念を扱う力を自然に得た。

つまり、貴方たちの間にある違いは能力そのものではなく、基礎の育て方の差なの。」


若者は静かに頷きながら、彼女の姿を再び思い浮かべた。基礎基本を大切にし、思考の種をメモに記し、そこから果実を生み出す――彼女のその過程が、若者にとっては眩しく、そして遠い物のように感じられた。


「使者よ、私が彼女のように成る為には何が必要なのですか?」


星の使者は立ち上がり、夜風に髪を揺らしながら答えた。「貴方に必要なのは、彼女の言葉に耳を傾け、それを行動に移す勇気ね。

彼女の言葉が貴方に届いているのなら、それは貴方にもその力があるということ。

でも貴方自身がその道を選ぶかどうかは貴方の自由よ。

そして、その道の途中で彼女と再び交わることがあれば

それはまた新たな気づきとなるわ。」


若者は使者の言葉に励まされながら、自分自身の足元を見つめた。

そして、彼女が言っていた「頭の中で思考を巡らせる」という言葉を心に刻んだ。







※解説


この物語では、彼女が持つ思考法が基礎基本の重要性に根ざしていることがさらに深く掘り下げました。

彼女のメモ帳や言葉が象徴するのは、観察と記録、そして小さな発見から大きな概念を引き出す力です。

星の使者が語るように、誰もがその力を持っている可能性を秘めていますが、それを開花させるかどうかは基礎的な努力にかかっています。

 また、使者の言葉を通じて、理解のプロセスがすべての人に開かれている可能性を描きつつも、それを実現するには日々の努力と気づきの積み重ねが不可欠であることが示されています。

 彼女が「普通の事」と語る裏には、そのような強固な基盤が隠されているのです。

 この物語は若者にとって「思考の入口」を示すものであり、同時に彼女が彼の中に、新たな可能性を見出していることも暗示しています。

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