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第二章 ウルスラの決意

 次の日からウルスラ・ハーンは、学校が終わった後、毎日ホフマン家に来るようになった。

ウルスラは一度家に帰り、バスケットに食べ物をたっぷりと入れて、ホフマン家に来る。「これから毎日、友だちの家で勉強をする。ついでに夕食も友だちの家で食べるから、材料を持って行きたい」と家の人たちには伝えているらしい。

 ブランカがトールたちと遊んでいる間、ウルスラは夕食を作り、部屋の掃除をする。オットーが家に帰るころには煙突から煙が立ち上り、湯気と美味しそうな夕食のにおいが家に立ち込めていた。

オットーを迎えてくれるのは、笑顔の妹と弟たち、それからウルスラ。

 夕食の後、オットーはウルスラを屋根裏部屋に連れていった。

「わあ、天窓から星が見えるのね」

 屋根裏部屋に上がったウルスラが、楽しそうにキョロキョロと部屋を見まわした。

「ここは暖炉もないから寒いだろう。毛布にくるまっていた方がいいよ」

 オットーはそういって、ウルスラの肩にそっと毛布をかけた。

「うわあ、本がたくさん!」

 ウルスラが驚いたような声をあげた。

 本棚にずらりと本が並んでいて、入りきらないものは床に積んである。すべてヒルデガルドが読んでいた本だ。

「ここにあるのは、言の葉の本だけではないのね。星や天気、動物、植物、それから医学」

 ウルスラが目を丸くした。

「すごい。うちにも本はあるけれど、商売の本ばかりで。でもここには、なんというか、学問の本がたくさん。どれも面白そう」

「世の中の色々なことを知ることで、もっと言の葉が使えるようになるって、母さんがよくいっていた」

 言の葉を唱える時に助けてくれた父はもういない。そして本を読んでくれた母もいなくなって半年が経った。

「母さんがいたらもっと早く読み進められるんだけど。一人だとうまくいかないことが多い。ねえ、ウルスラ、僕とここで勉強しよう。二人ならなんとかなるかもしれない」

「もちろん!ありがとう、オットー」

 ウルスラが嬉しそうな顔で本をめくる。そして、かつての父と母のように、二人は毛布にくるまって一冊の本をのぞきこんで、色々な話をした。

 いつまでもこの幸せな時間が続くのだと、オットーもウルスラも信じていた。


 それから毎日、ウルスラはホフマン家に食べ物のかごを持ってきた。自分が着られなくなった服も「おさがりにどうぞ」といって、ブランカやマーリンに渡した。

 そのおかげでオットーは、お給金を弟の服や学用品に使うことができた。一番助かったのは、作物の種と肥料を買うことができたことだ。

 もうじき年が変わり、春になる。畑をたがやして肥料をまく。そこに種をまけば、今までは実らなかった畑にも、少しずつ実りが見えてくるだろう。

 叔父のゲオルグはふらりと帰ってきては、家にあるお金を持って行った。

 オットーは、ゲオルグが持っていってしまっても困らないギリギリのお金だけを、それとなく分かるところに置いておき、残りのお金はしっかりと隠しておいた。

 ホフマン家の生活は少しずつ良いものになっていった。ブランカ、カール、シュテファン、エルンストの頬には赤みが差し、体つきも少しずつふくよかになった。

 オットーはウルスラ・ハーンの勧めで、村役場に窮状を訴えることにした。

 ホフマン家に保護者がいない状況だと知った役人は、掃除や洗濯、調理などの家事ができる家政婦を派遣してくれるようになった。家の中は清潔になり、温かい食事が用意された。隙間風が吹く壁の隙間は板でふさいでもらった。

 ブランカやトール、シュテファンの負担が減り、二人とも子どもらしい笑顔を浮かべるようになった。

 ホフマン家に笑顔が戻ってきた。


 陰鬱な冬も友と一緒ならば、こんなにも楽しい。

 外は凍てつく寒さでも、家の中は暖炉の火で暖められ、質素ながらも三食ちゃんと食事がある。笑い声が絶えないホフマン家で過ごすうちに、ウルスラとオットーは少しずつ仲を深めていった。

 ある晩、オットーはウルスラを村の祭りに誘った。新年を祝う雪まつりだった。

 当日オットーがウルスラを迎えに行くと、髪を結いあげ、藍色の地に白い花をあしらったドレスのウルスラが戸口に現れた。オットーは普段着のままだ。それでも洗濯をしてしっかりアイロンをかけてある。

「すごく綺麗だ」

 オットーが褒めると、ウルスラが嬉しそうにはにかんだ。

 二人は一緒にお祭りが行われている広場に向かった。オットーはそっとウルスラの手を握った。

 広場の中央でたき火が燃え、二人の顔を赤く照らしている。火の粉がチラチラと舞う広場で二人は笑いながら踊った。樹木に積もった雪がたき火の炎に照らされ、赤く瞬いている。

 オットーとウルスラは、しばらくしてから広場を出て森に向かった。

「ウルスラ、これさ、君に」

 オットーが差し出したのは髪飾りだった。細い白い紐に透き通るような青い石がついている。

「河原で拾った石を磨いた。全然高価なものじゃないんだけど、君の白い肌と栗色の髪に似合うんじゃないかと思って」

 ウルスラは髪飾りを受け取ると、嬉しそうに抱きしめた。宝石も装飾品もウルスラはたくさん持っている。でもこの小さい青い石ほど嬉しく心を動かされたものはなかった。

「ありがとう、オットー。嬉しい」

 ウルスラはオットーの首に手を回して体を近づけた。オットーが抱きしめると、腕の中でウルスラは力を抜いた。

 オットーはウルスラの豊かな髪に髪飾りを結んだ。月光を反射して青い石が光った。

 嬉しそうにはにかむウルスラを見て、オットーは心の中で謝った。本当はもっと高価なものを贈りたかった。でも、今の自分にできるのはせいぜいがこの程度。

 こんな子どもの宝物のような、小さな石ころ。喜んでくれたのは嬉しいけれど、この程度のことしかできなくて、男としてどうかとも思う。

「ウルスラ、僕さ、高等学校を終えたら、言の葉使いになる」

 村の学校を卒業したら町の大学に進み、言の葉術を本格的に学ぶつもりだった。しかし大学に進むのにはお金がかかる。だから働いて学費と弟妹の生活費を稼ぎながら、お金を貯めていつか大学に通うのだ。

 町に出たらウルスラとも会う機会も減るだろう。

「うん、オットーは努力家だし、才能もあるから、、向いていると思うよ」

 ウルスラがうなずいた。

「一人前になったら、その時は」

 その続きの言葉をオットーは飲み込んだ。

 迎えに行く、待っていて欲しいなどと、まだ言える立場でないことはオットー自身が痛いほど分かっている。。

 手に職をつけて、ウルスラや妹、弟を養えるだけの収入を得る。今は貧乏でも、言の葉使いになれば、今よりは裕福な暮らしができるだろう。

 オットーはぎゅっとウルスラを抱きしめた。「苦しいよ」とウルスラが笑う。オットーは手の力を少し緩めて笑う。

 

 ある日、ウルスラとオットーがいつものように屋根裏部屋で本を読んでいると、扉を叩く音が聞こえてきた。

 ダンダンダンと音がなりひびく。かなり強く叩いているようだ。

 オットーは一階に降りて扉を開けた。そこに立っていたのは、赤いマントをはおり、黒い服をきた背の高い男だった。四十歳くらいだろうか。白髪がまじりはじめている。

 男はオットーの体をグイっとおして、家の中にずかずかと入りこんだ。

「ウルスラ・ハーンはいるか」

 ブランカとトールは驚いて、シュテファン、エルンスト、マーリンをつれて、部屋のすみに逃げ込んだ。

「どなたですか」

 オットーはむっとして男の前に立った。

「お前には関係ない」

「名前も聞かずに、はいそうですかと、通すわけにはいかないです」

「どけ」

 長身の男はオットーを突き飛ばした。オットーはドンッと床に倒れた。男はカツカツカツと音を立てて、階段を上がっていった。

「待てよ!」

 オットーはあわてて男を追いかけようとした。しかし体が動かない。

「なんだ?」

 オットーの足が震えている。手をついて立ち上がろうとしたが、手もひざもいうことを聞かない。オットーは階段を見上げた。男は屋根裏部屋に向かっていく。

「動けよ、僕の足!」

 オットーは力を入れて立ち上がった。体がふらついたけれど、倒れないように、ぐっとふんばった。男がオットーの様子を見て、フッと笑った。

「ほほう、動くか、少年よ」

 男は屋根裏部屋に入っていった。

「いやだ!離して!」

 ウルスラの声が聞こえる。男はウルスラの手を引き、階段を下りてくる。

「お前はこれから王都に行く。国のために働くのだ」

「いや!オットーと一緒じゃなきゃいや!」

 男につかまれた手をふりほどこうとして、ウルスラは体をよじる。

「ウルスラをどこに連れて行くんだ!」

 オットーは男をキッとにらんだ。


『離れろ!』


 男は何かに押されたように後ろに下がった。足がズズズッと床をこする。

「ほう、おまえも言の葉を使うか、少年よ。だが弱い」

 クククと男が笑う。

「お前はまだ子どもだ。おまえの母は強かったがな」

 男はさっと手を払った。パンと音がして何かがはじけ飛び、男の体も自由になる。

 そして、逆にオットーの体が急に動かなくなった。

 その場にたちこめる重い空気、男からの強く恐ろしい気配を、オットーは感じた。

「か、母さんを知っているのか」

 オットーの体はこわばり、震えている。なぜ自分がこの男を怖れているのかは分からない。しかし勇気をふりしぼって声を出した。

「王都のものであれば、だれでも知っている。王宮で一番の言の葉使いだったからな。だがもうヒルデガルドはいない」

 男はウルスラを見て、バカにしたように笑った。

「ウルスラ、おまえは親に売られたのだ。言の葉を使う力がおまえにあるとわかり、地位と金に目がくらんだぞ。嫁に出すよりもそちらのほうが得だと思ったのだろう」

 ウルスラは真っ青な顔で立ちすくんでいる。

「わかったか。おまえが断ると、家族だけではなく一族すべてが困ることになる」

 男の説明を聞いて、ウルスラが観念したようにおとなしくなった。。

「皇帝クリストフ様が、国中の言の葉使いを集めよと、命令された。皇帝のためにはたらけるのだ。光栄に思え、ウルスラよ」

 男はふところから紙を取り出して二人の前に広げた。確かに『言の葉使いを王都にすべて集めよ』と書いてある。

 オットーは不思議に思った。

 自分やブランカ、そしてベルヒトルトは関係ないのだろうか。それとも、小さな村の情報が王都まで届いていないのだろうか。ただ金に目がくらんだウルスラの両親が、ウルスラを売っただけなのか。

「オットー、私、王都に行くね」

 ウルスラは泣くのをやめた。きっとした目で男をにらむ。

「ウルスラ!そんな!」

 体を動かせないまま、オットーが異を唱えた。

「父も母も私をいらないという。もう帰る家はない。だったら、自分ができることをやるだけ」

 ウルスラがオットーを振りかえって笑った。諦めの笑みではない。負けるものか、自分を翻弄する他者の意図に負けてたまるものかという思いが込められた笑みだ。

 彼女を奮い立たせているものは絶望だろうか希望だろうか。

「ウルスラ、僕も必ず王都に行くよ」

 ここを去ろうとしている大事な友へオットーが声をかけた。

「約束してくれる?」

「もちろん!友だちだろう」

「ふふっ。嬉しいな。宮廷に連れて行かれるのは、誰かのお嫁さんになるよりも、もしかするとずっと良かったのかもしれない。言の葉使いとして召喚されるのだもの。それならば、まだ、私には道がある。先に行って待ってるね」

 オットーはなんとかして体を動かそうとしていたが、手を上げることすらできない。今すぐウルスラをあの男から引きはがしたい。

 ウルスラが男と去っていく。ウルスラを連れ出す男に恐怖し、指一本動かせずに、ただウルスラが去るのを見守るしかない。

 ただ自分が恥ずかしく、悔しかった。


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