中学編7
9月に入り僕は燃えていた。サッカーの新人戦が近づいていたからである。新人戦なので、当然2年生が主体。僕は3年生が引退してからは、自主練の成果もあり、FWとしてレギュラーになり、それなりに活躍していた。
ただ、まだ公式戦に出たことはない。僕ともう一人のFWは3年生がいたころからレギュラーでトレセンにも選ばれている裕也で、そいつに負けたくないと思っていた。とにかくFWとして点を取り、活躍して地区大会を優勝したいと思っていた。
新人戦は地区の10チームの中学校から優勝チームの1チームしか県大会には行けない。メンバー発表もあったが、今回は特に緊張もせず、当然のようにレギュラー番号だった。11番である。組合せが決まり、僕ら高峰中は3回勝てば優勝である。この年代強いと言われているのは田谷中であるが、逆の山に入った。
一回戦は宮町中、ここは7対0で圧勝する。ちなみに僕は3得点を決めハットトリック達成。二回戦は仙台東中、ここも4対0で圧勝する。僕はこの試合先制点の1点だけだったが、点を決めることができた。
そして決勝は田谷中ではなく、その田谷中に勝った宮城野原中。
トレセンメンバーが、センターバックの篤って選手が上手くて強いと言っていた。ちょうど僕のマークだった。確かにいやらしいディフェンスをする選手だった。しかし、僕はこの試合も先制点を決める。追加点は裕也が決めた。終了間際にPKで篤に決められ、一点差にされるが、なんとか2対1で勝ち優勝を決めた。
うちの中学校とすればサッカーで地区予選優勝するのが30年ぶりくらいだったらしく、みんなで県大会出場を喜んだ。剛も決勝はクラブチームの試合がなく、ベンチでアドバイスをくれたりし、一緒に喜ぶことができた。
相手のキャプテンである篤は泣いていた。僕は握手を求めに行った。泣きながら、
「県大会がんばれよ」
と言ってくれた。いいやつだ。
先の話だが、篤とは高校でチームメイトになることになる。
翌日、学校でもサッカー部が県大会出場を決めたことが結構話題になっていた。
実際クラスの中心メンバーはこの学年はサッカー部が多い。僕もチーム内の得点王ということでちょっと調子に乗っていた。が、そんな様子を察してか、遥香がクラスで、
「調子乗んなよ。県大会出たくらいで」
と僕に言ってきた。イラっとしたが、吹奏楽部は秋に行われる吹奏楽コンクールで全国大会出場を決めていた。悔しいが何も言い返せない……。
「だいたい、お前何で応援に来ないんだよ!決勝戦何人かクラスのやつ来てたぞ。高木先生も来てた」
「しょうがないじゃん、女子バスケもその日新人戦だったんだから。まあ当然祐佳も活躍して県大会だけどね」
「それはならしょうがないけど……」
「そうそう、友達大事」
妖怪ウォッチか! この頃は影も形もなかったけど。
「じゃあ県大会は見に来てよ」
「分かってるって!」
そんなやりとりがあり、サッカー部は県大会に向けて練習にも熱が入っていた。新人戦の県大会はベスト16から始まり、県サッカー場と言って、ちゃんとした芝のスタジアムで試合が行われる。
ちなみに地区予選は全て土で各学校が会場だ。僕は小学校の時に数回芝でやったことがあるが、このような本格的なスタジアムで試合をするのは初めてだ。
初戦の日を迎えて、スタジアムに来た。僕は楽しみだった。合唱コンクールや告白の時の緊張に比べるとサッカーではそこまで緊張することはない。そりゃあ試合前は多少ドキドキするが、始まってしまえば緊張している暇はない。
初戦の相手は加島中。僕らは宮城野区の1位だが、相手は泉区の1位。ちなみに、泉区と青葉区はサッカー激戦区だ。
キックオフの笛が鳴る。今日は僕の両親や遥香の両親、そして中2の生徒達、担任を始めとする先生方。多くの人が来てくれていた。もちろん遥香と祐佳もいる。剛はお決まりのようにコーチとしてベンチに入っている。
試合開始早々押し込まれる。さすがに強い。なかなかFWの僕の所までボールが入ってこない。押し込まれている間に、前半に失点し0対1で前半を終える。
後半は守備的に入って、僕の足を活かしてカウンターという作戦だった。だが、後半も同じような展開が続き、やはり押し込まれる展開。僕にボールが入っても相手DFに潰される。このチームはDFの4人全員が篤と同じくらいの力を持っていて、なかなか抜けない……。
守備も頑張り、追加点は許さないが、時間だけが過ぎてゆく。ラスト1プレーか2プレーくらいの時に、キャプテンの雄大がフリーでボールを持つ。目が合って、相手ディフェンスの裏に走り出す。ちょうどいいボールが出てきて、キーパーと1対1。ファーストタッチが見事に決まり、自然と顔が上がりキーパーの位置、ゴールの位置が視野に入る。キーパーが飛び出してきているのが分かったので、冷静にかわし、無人のゴールに蹴り込んだ。
僕は喜びを爆発させて、両手を広げベンチに走っていった。ベンチのメンバーや剛も立ち上がり、僕を迎える。僕は投げ倒され、その上にみんなが覆いかぶさってくる。
「よっしゃー!」
「よくやった!」
いろんな声が飛び交い、観客席からも悲鳴ともとれるような歓声が上がっているのが聞こえる。審判に促され、立ち上がり、ピッチに戻ったところで試合終了のホイッスル。
本当にギリギリだった。試合の行方はPK戦で決まる。僕は何と大事な5番目を任された。1~3番までは相手味方全員決めた。そして、4人目の先行はうちのキャプテン雄大。短い助走からシュートに入る。
「カーン!」
ポストに当たり跳ね返る。マジか……。
4人目の後攻、相手チームは冷静に決める。5人目の先行……僕だ。落ち着いてピッチ中央からペナルティエリアまで行く。観客席も静まり返る。外したらその時点で負けなのだ。どっちに蹴るか考えがまとまらない。しょうがない、得意なコースに思いっきり蹴ろう。助走をつけて思いっきり蹴ったらダフった。でもそれがいい感じでキーパーの逆を突き、何とかゴール。一応盛り上がりガッツポーズはするが、すみませんミスキックです……まあ決まればいいか。
でも、不利な状況は変わらない。その次は相手チームの5人目。決められると負けなのだ。全員で肩を組み祈る。
(田中頼むぞ……)
「バチン!」
なんとキーパーの田中が止めたのだ。サドンデスに入った。こうなると圧倒的に先行有利。6人目がなんなく決め、相手の6人目。プレッシャーに負けたのか大きく枠を外す。審判の笛が高らかに3回なる。
「ピッピッピー!」
なんとか勝った。みんな大喜びの中、泣いている雄大をみんなで励ました。これで県ベスト8! 次は青葉区1位の仙台三中だ。
翌日、同じ会場で試合が行われたが、前の日の激闘の疲れもあるのか、相手が強いからなのか0対3で完敗した。
僕は何もできなかった。そのせいか特に泣いたりすることもなかった。ただ、逆に自分達はやれるという自信と、来年の中総体は絶対に県大会で決勝まで行って東北大会に出よう。とチームで決めた。
翌日、学校ではいろんな人が褒めてくれ、感動したと言ってくれた。2組の学級通信もサッカー部の試合について高木先生は書いてくれた。遥香も珍しく、
「まあ、よくあそこで同点ゴール決めたよ」
と言ってくれた。そして、何より、新人戦後、2人の女子に告られた。当然断ったが。この新人戦を機に、一つ自信が持てたことは間違いない。
翌週はバスケの県大会があり、当然僕らは祐佳の応援に行った。祐佳はエースでキャプテンだった。確かに上手い。ポイントガードとしてバンバン鋭いドライブで相手を置き去りにするし、3ポイントシュートもめっちゃ入る。僕と遥香は全力で応援していたが、剛はすかして足を組んで見ていた。内心ドキドキしているくせに。
祐佳の活躍もあり、準優勝で東北大会出場を決めた。決勝は残念だったが、堂々とした戦いぶりだった。
試合終了後女子バスケ部全員で観客席に挨拶に来てくれた。祐佳は笑顔で手を振っていた。僕らは当然手を振ったが、剛はやはり、すかしてちょっと手を上げるだけだった。オレらにはハイタッチしてくるくせに、祐佳にはカッコつけたいのか、そんな態度だった。
そして紅葉が始まったころ、吹奏楽部の全国大会が近づいていた。場所は東京。
別に僕は音楽とかオーケストラに興味があるわけではない。逆に芸術系はどちらかというと苦手だ。でも、遥香の晴れ舞台は見に行きたかった。
しかし、親は仕事で一緒に行けない。さすがに中学生だけで東京に行くのは難しい。しかも部活もある。僕は部活をサボったことがない。遥香の応援とはいえ、完全に私用なので、サボりと言われてもおかしくない。とりあえず遥香に相談してみよう。
ある日、僕の家族が僕を置いて外食に出かけてしまった。うちは結構こうゆうことがある。部活で遅い僕を待っていてはくれないのだ。愛情をかけて育ててもらってはいるが、基本放置で育てられてきた。
「あんたは何もしなくても自分で何とかするでしょ」
中学になってから、それがうちの母親の口癖だ。確かにそうだけども……。
中2の後半くらいになると、さすがに友達の家で毎回晩ご飯をごちそうになるのは悪いし迷惑かな。と思ったりもする。でもまあ、みんなの家に行って親に嫌な顔されたことはない。みんなの親も喜んで迎えてくれる。いつでも来なさいと言ってくれる。それに結局甘えてしまう。
後から聞いた話だが、うちらの母親同士が学校のPTAの集まりの時に、「親同士も仲良く協力しましょう」という取り決めをしたらしい。なので、という訳ではないが、この日は遥香の家に行ってご飯を食べさせてもらった。ご飯を食べながら遥香に全国大会応援に行きたいと話した。
「えー、来なくていい。練習サボる涼真は嫌い」
一蹴された。
「いや、お前もサッカー来てくれたし、オレだって行きたいじゃん! なんだその言い方」
「私はサッカー興味あるからいいの。あんた音楽なんて興味ないじゃん」
「いやいや、小学生の頃、お前のピアノのコンクール何回か聞きに行ってるからね」
「はいはい。でも今回は本当にいいから。遠いし、練習あるし、それに私はまだ来年もあるからさ。見に来てもらう機会なんてこれからいっぱいあるよ」
そこまで言われるとさすがに無理には行きにくい……黙っていると遥香のお母さんが台所で食器を洗いながら言う。
「ごめんね、この子、涼真君が来るといつも緊張して失敗するのよ(笑)」
「ちょっとお母さん!」
そうだったのか……僕は失敗したことすら分からなかったのに……
「まあそうゆうこと! だから全国大会なんて大きな舞台絶対来ないで!」
「分かった分かった。でも、お前いつもオレにボロクソ言うくせにそんなこと隠してたのかよ(笑)」
僕はニヤニヤしながら言った。
「だから言いたくなかったのに……お母さん何で言ったの?」
「いい加減そのトラウマ克服しないと。好きな人に良いところ一生見せないつもり?」
どうやらお母さんは付き合っていることを知っているようだ。まさかおじさんに話してないよな……
「はぁ~……」
遥香は大きくため息をついた。その後、何か開き直ったように顔を上げ、僕の方をしっかり見て言った。
「分かった。じゃあこれを知っちゃったからには私がメンタル強くなるために協力してよね」
「いいけど、何すんの?」
「ちょっと来て」
遥香はそう言って、ピアノの部屋に連れて行った。そしてピアノの横に椅子を出し、僕にそこに座るように促した。
「ちゃんと聞いててよ?」
そう言うと、遥香はピアノを弾き始めた。そういえば久しぶりに遥香のピアノを聞くな。と思っていた。曲は宇多田ヒカルのファーストラブ。最近出たばかりの曲だ。
僕はなぜか泣きそうになった。遥香とのことをいろいろ考えた。ずっと側にいて、支えてくれて、好きでいてくれた。そして今一番大切な人。
そう思うと感極まってきた。しかし涙をこぼすわけにはいかない。絶対バカにされる。曲を弾き終えて、僕は拍手をした。でも遥香はうなだれる。
「ミスった……」
「え? どこが? めっちゃうまかったんだけど」
「あんたには分からないでしょうねー。まあいいや。また練習付き合ってよ!」
「もちろんいいよ」
「やけに素直だな。感動でもしたか? 泣きそうになってんじゃない?」
といって僕の目を覗き込んできた。
「泣くわけないだろ!」
と言って、僕のほっぺを触る遥香の手を掴んだ。遥香は一瞬黙り、その顔がたまらなくかわいくなり、キスをした。結構長いキスだった。
「お母さんあっちいるんだから」
離れた後、遥香は小声で言った。それもかわいくなり、僕はもう一回遥香にキスをした。
その数日後、吹奏楽部は全国大会に出発した。銅賞と聞いたが、吹奏楽の銅賞は3位というわけでないため、全然嬉しくないらしい。祐佳のバスケも東北大会は初戦敗退で終わった。