中学編5
翌日、遥香との約束通り、みんなと先生に謝り、パートリーダーとして金賞を2組に取らせると宣言した。みんな僕が元に戻った? ことで喜んでくれたが、この日から僕は授業中やちょっとした空き時間に遥香のことを見たり考えたりする。いわゆる恋の病を患ってしまった。
その週末の夜、僕は剛の家に行った。まだ携帯が普及する前だったので、お互いの家に連絡なしで突然行くことは結構あった。いつも通り中に入ると、晩御飯の匂いがした。剛のお母さんに、
「お邪魔します」
と挨拶をした。
「あら、涼真。晩御飯食べてく?」
と言われたので、
「もちろんです」
と言って、ごちそうになった。
これもいつものことだ。剛が家に来ると逆の展開になる。剛の姉ちゃんの佳菜ちゃんがいつも僕におかずをくれる。
「剛に勉強教えてやってね。こいつバカだからこのままだと高校行けないのよ。ただのサッカーバカ」
佳菜ちゃんは高校生である。
「教えたいけど、こいつに聞く気がないからね。マジで剛次第」
「オレはやればできるから大丈夫だし」
毎回こんな話。晩御飯を食べ終わり、剛の部屋に行く。サッカー選手のポスターやユニフォームが飾ってある。やんちゃ野郎だけど、やっぱりサッカーバカだ。
「最近どうよ」
剛が言う。
「んー、まあまあ。3年生が引退したから次の新人戦はFWでスタメンになれそうだし」
「オレはU14の県選抜に入れそうだぞ。いつになったら一緒にプレーできんだよ」
剛はMFで、僕はFW。小学校のチームを卒団する時に、中学校は別のチームだけど、いつかまた同じチームでやろうと約束していた。剛は僕にパスを出したい。僕は剛のパスからゴールを決めたい。それが2人の目標だったが、現状、剛が先に行き過ぎて、僕は追いつけていない。
「待ってろって。絶対追いついてやるから」
「まあ、お前には追いつけないね」
この先いろんなサッカープレーヤーと出会うが、僕の一番尊敬するサッカープレーヤーはサッカーを教えてくれた剛であった。
「ところで涼真さ、遥香となんかあった?」
その話をしようと思って僕は今日来たのだが、あまりにも突然剛から話題が振られたため、手に持って飲もうとしたペットボトルを落としかけた。
「な、な、なんで?」
自分でも分かるくらい動揺した。
「涼真が教室でキレた次の日から、なんか二人の空気微妙じゃね? 確かにあの日、遥香は涼真にパートリーダーのこと伝えるって言ってたけど、それだけにしちゃあ変な感じなんだけど」
僕はあの日あったことを細かく話した。
「まず涼真はうちらに引け目感じる前にやることやれよ。まあ、お前は自分でそれが一番分かってるとは思うけど」
「分かってるよ……」
「そんで、遥香とはどうなりたいわけ?」
「そりゃあ付き合いたいけど、付き合ったらうちらってどうなるの?」
「そんなの変わんなくね?」
「いつも通り4人で遊んだりすんのかな? でも、最近みんな予定合わなくて遊べてないよな。」
「まあそうだな」
「分かんねーよ、あいつが何考えて、誰を好きか。遥香にオレの気持ちバレてんのかな」
「遥香も涼真のこと好きだと思うけどな」
「じゃあ告ればいいのかよ?」
「ウジウジうるさいから好きにしろ!」
「自分から話振っておいてそりゃあねーだろ! お前だって祐佳とどうなんだよ?」
「は? 何もねーから。今は関係ないだろ!」
「いや、あるね。オレが告るならお前も告れ!」
「ふざけんな! タイミングがあんだろ」
「なんだ? ビビッてんのか? 祐佳はモテるもんな。この間先輩から告られてたぞ」
「遥香だって、クラスの何人かはあいつに惚れてんだろ。伊藤君とか、義久とか。たぶん他にもいるだろ」
「あいつは八方美人だから誰にでも優しくして勘違いさせてるだけなんだよ!」
「それぜってー遥香に言うからな」
「言ったら、祐佳に『祐佳が告られて剛がいじけてた』って言うからな!」
「言ったら殺す」
「こっちのセリフだ」
ケンカになった。ヒートアップしすぎたため、隣の部屋から佳菜ちゃんが来た。とりあえずなだめられ、何も解決策がないまま帰ることとなった。剛とのケンカはいつものことなので、明日になれば全て解決しているが、遥香のことは依然解決しないままだった。考えてもしょうがないので、とりあえず合唱コンクール頑張ろう。と、剛の家から帰る途中に夜空を見ながら決めた。
それから合唱コンクールまでの一週間、放課後も合唱の練習が続いた。うちの学校の合唱コンクールは本当に力を入れている。この期間は部活動の代わりに合唱練習だし、会場も体育館ではなく、大きな市民ホールを貸し切って行う。もちろん保護者も含めた一般の観客も入る。各学年対抗で、1~3年生で金賞、銀賞、銅賞がそれぞれ決められる。要は7クラスで1~3位まで決めるという訳だ。その他にも、最優秀伴奏者や最優秀指揮者も決められる。
我が2年2組は課題曲が「レッツサーチフォートゥモロー」で、自由曲が「そのままの君で」である。金賞を取るために放課後はマジで練習した。体育会系クラブかよってくらい厳しくやった。僕もパートリーダーとして、男子をまとめた。こうゆう時中2の男子はだるそうにやるものだが、僕はそれを許さなかった。ありがたいことにみんな付いてきてくれた。元々良いことでも悪いことでも目標があれば一つになれるクラスだったので、雰囲気もめっちゃ良かった。
そして合唱コンクール本番の日になった。前の日に遥香から手紙をもらった。内容は『クラスを引っ張ってくれてありがとう。私も明日ピアノ頑張るから、絶対金賞取ろうね』というような内容だった。
本番は課題曲から歌うことになっていた。課題曲は無難にこなしたと思う。問題は自由曲だ、「そのままの君で」は僕が聞いても良い曲だと思う。専門的なことはよく分からないが、だからこそちゃんと仕上げないと評価されない曲らしい。僕らもどちらかというと自由曲の方で差をつけたいと、自由曲の方に多くの練習時間を費やした。
自由曲終了後、会場は割れんばかりの拍手だった。会心の合唱だった。僕は遥香の方を見た。遥香は感極まったのか少し泣きそうな顔をしている。それを見て僕も泣きそうになった。舞台からはけ、僕はまず剛とハイタッチをした。その後男子全員でハイタッチをし抱き合った。女子もその輪に入ってきて、みんなとハイタッチを交わした。最後に遥香と両手でしっかりとハイタッチをした。
席に戻り、他のクラスの合唱を聞き、いよいよ結果発表。
1年生の発表が終わり、いよいよ2年生……。出来は良かったし、観客の雰囲気も悪くなかった。でも緊張する。女子は全員両手を合わせ祈っていた。男子はみんなで肩を組んでいた。まずは最優秀指揮者。これは違うクラスの生徒がとった。たまたま僕の隣が指揮者の翔平で、地味に落ち込んでいたが、それどころではない。
「お前が取れるわけなかったんだから早く切り替えろ」
とサラっと言った。次に最優秀伴奏者。遥香がとった。しかしこれは正直圧倒的過ぎて誰もが予想できた。歓声が沸き、遥香の顔も笑顔になったが、一瞬で元に戻った。次は銅賞……呼ばれなかった。銀賞……ここで呼ばれる可能性は大いにある。逆にここで呼ばれなければ金賞の可能性は高い。……呼ばれなかった。残るは金賞……可能性は高い気はするが、そんなの呼ばれるまで分からない。緊張で吐きそうだった。サッカーの試合より緊張するわ……。
「金賞は……2年2組!」
ワーっと歓声が上がる。女子たちもキャーキャー言っている。みんな泣いている。担任も泣いている。僕は泣きはしなかったが結構危なかった。
遥香が、
「涼真~」
と言いながらこっちを見てくる。僕は親指を立てて無言でグッとジェスチャーした。いよいよ表彰だ。クラス代表1名がステージに上がる。指揮者なので翔平が立ち上がり表彰を受けようとしている。指揮者が行くのは普通であり、僕は隣で行ってこい! とケツを叩いた。しかし、歩き出そうとしたとき、剛に止められた。
「何でお前が行くんだよ!」
「何でって指揮者だから……」
「涼真に行かせろ」
その一声でクラスの男子がハッとしたらしく、
「そうだ! そうだ!」
となぜか盛り上がってた。まあ確かに、僕はパートリーダーとして頑張った。でも、正直、クラスの代表者として全校生徒の前で表彰されるのは恥ずかしい。その点、翔平は良い意味でバカなので、表彰ついでに何か目立つことでもして帰ってくるだろう。僕は翔平に、
「いいから行けって……」
と小声で呟いた。しかし、女子も同じように、
「涼真が行きなよ!」
と、口をそろえて言うもんだから、もう逃げられない。しょうがないから立ち上がり、ステージに向かう。翔平は分かりやすく落ち込んで座っていた。ステージでは遥香がもうすでに並んでいた。先生に案内され、遥香の隣に立つ。
「翔平でよかったんじゃないの?」
「いいからいいから(笑)」
「緊張する。これ毎回賞状もらったら何かやらなきゃいけないやつでしょ? オレ一発芸とか無理なんだけど」
この表彰式では金・銀・銅賞の代表で賞状をもらった生徒は何かパフォーマンスをして盛り上げなければならないという暗黙のルールがあった……。
「あんたバク転できるでしょ」
「ここで?」
そう言うと、遥香は呼ばれ、賞状をもらい席に戻ってしまった。そしていよいよ、中2の銅賞から表彰が始まる。銅賞のやつは一発芸、銀賞のやつは担任のモノマネをした。
(おいおい……みんな笑い取りに行ってるよ……まだ考えまとまってないし……)
金賞……2年2組!ワーっという歓声があがる。僕はさっきまでの嬉しさは全くなくなり、完全に追い込まれていた。賞状をもらい、一応観客席を向く。眩しくて全然席の様子が見えない。でも、めっちゃ騒がれて、クラスメイトからは僕の名前が連呼されている。
(もうどうにでもなれ……)
賞状をステージ上に置く。観客席はどよめく。僕は助走をつけるためステージの端の方に行く。こいつは何をするつもりなのだと、ざわつく。僕はステージ中央に走り出し、ロンダードからバク転をした。
「ウォー!」
めっちゃ盛り上がった。賞状を拾いそそくさと席に戻った。心臓はずっとバクバクしている。
(上手くいって良かった……体操習ってて良かった……)
戻る途中遥香と目が合ったので、目を細めて、少し冷たい視線を送った。遥香はただこっちを見て微笑んでいた。