プロ編7
帰国の数日前にチームのフロントに呼ばれた。クラブハウスへ行くと、チームの社長と監督が椅子に座っていた。僕も座るように言われた。社長が口を開く。
「今期の涼真の活躍を知って、新潟の方で、もう一度お前のことを見たいという要請があった。こっちはもうシーズンが終わったが、日本は12月の頭までシーズン中だ。日本に帰国し、11月28日から新潟の練習に参加させたいということだ。その練習を見て来年の契約を決めるのだろう。11月20日が帰国日になってるから、地元で1週間休んで準備した後、新潟に向かってくれ。この1年間お疲れ様」
続けて監督が話し始める。
「この1年のお前の頑張りが評価されたんだ。またJ1に戻るチャンスだ。必ず掴んで来い。今度はいるだけで満足しないで、しっかり活躍できるように努力を重ねるんだ。まだまだ若いんだから、涼真の意識次第ではこれからいくらでもステップアップできるぞ」
「ありがとうございます。オレ、海外に出てきて、この環境でやれて良かったです。いっぱい成長させてもらいました。新潟で契約してもらえるように頑張ってきます。1年間お世話になりました」
僕は深々と頭を下げ、2人に最大限の敬意を払った。ほんとに大きく成長させてもらった。
帰国の前日の午前中、僕は散歩がてら、1人でアルビレオンのホームスタジアムであるジュロンイーストスタジアムに来た。ここで、多くの試合をした。目を閉じれば、サポーターの歓声や、試合の感覚が鮮明に思い出せる。
この日は練習もなく、誰もいないので静かなものである。少し歩き、スタジアムの写真を撮った。もうここで試合することがないのは少し寂しい。僕はピッチに軽く頭を下げた。
そしていよいよ帰国の日となった。夜の便だったので、夕方、荷物を持って、コンドミニアムを出る。1年間ありがとうという気持ちだった。初めての海外生活……慣れないことや辛いこともあったが、もの凄く良い経験ができ、いろんな面で成長させてもらった。この環境、関わってくれた全ての人に感謝し、チャンギ空港に向かう。
空港でチームスタッフと別れをかわし、飛行機に乗り込む。日本に帰れる嬉しさ、シンガポールを離れる寂しさ、新潟での新たなチャレンジを想像してのドキドキワクワク。いろんな感情が出てくる。
飛行機の中で思いふけっていたのだが、なかなか飛行機が離陸しない。アナウンスが入り、機材のトラブルで、飛べないようだ。1時間くらい待たされ、それでも飛ばないので、CAさんが飲み物のメニューを持って来た。なかなか飛ばないので、少しイライラしていた僕や他のチームメイトは、アルコールを頼んで、軽い宴会を始めた。更に1時間経ち、結構酔っ払い始めた頃、この飛行機はもう飛ばないので、一度飛行機から出て違う飛行機に乗ってくれと言われた。
僕は飛行機に乗り込んだ後、7時間のフライトの為に、スーツを脱いで、Tシャツと短パンになっていた。またスーツに着替えるのは面倒だったため、そのまま出た。結構恥ずかしかった。
そして、搭乗口で数時間待たされて、やっと違う飛行機の準備ができたようだった。酔っぱらっていたことと夜中になってしまったこともあり、僕は離陸と同時に寝た。
成田に到着した。朝着く予定だったのに、もう昼過ぎだ。弟が空港まで迎えに来てくれていた。一応空港で飛行機が遅れるという連絡はしておいた。本当はここから弟の部屋に行き、少し寝かせてもらい、夜に広陵サッカー部の大学の関東組と飲む予定だった。しかし、寝る暇がなかったので、シャワーを浴びて、すぐ出た。
関東組は、将大、洋介、拓也、ノブ、宝井、真人、平田だった。みんなに会い、「お帰り」と言ってもらった。そして、僕のこの1年間の話をした。みんなネットとかで試合結果とかを気にしていてくれたらしい。僕はカメラマンが撮ってくれた写真や、集合写真などをみんなに見せた。
「本当にプロサッカー選手やってんだな。尊敬するよ」
と、しみじみ言われた。久々の日本の居酒屋は最高だった。
翌日、弟と少し買物をしたり、一緒に昼飯を食べたりした。駅まで見送ってもらい、新幹線で仙台に向かった。
弟に、
「お前も大学頑張れよ」
と言って、僕がシンガポールで使っていたアルビレオンの練習着をあげた。
そして、仙台駅に着いた瞬間、ものすごく懐かしい気持ちになった。やっぱり、生まれ育ったところというのは、離れてみると更に大切さが分かる。
父親が迎えに来ていて、家に帰った。家では、母親と犬のポチが迎えてくれていた。ちなみにこのポチは僕が中学生の頃、弟が拾ってきて、そこからずっと家で飼っている。
家では寿司が頼まれていた。やはり日本に帰ったら寿司だよな。と思った。
親とも、海外での生活や、これからのことなどを飲みながらいろいろ話した。久しぶりの自分の部屋は落ち着く。
次の日、早く携帯が欲しかったので開店と同時にauショップに行き、携帯を復活させた。そして、
『日本に帰ってきて、携帯が復活したので、これからは携帯に連絡ください』
と、一斉にメールを送った。
そして、その日の夕方、剛の家に行った。僕はシンガポールで買った大量のお土産を持っていった。剛や祐佳に会いたいのはもちろんあるが、2人の息子のセナに早く会いたかった。
久しぶりに剛の家の前に立ち、インターホンを鳴らした。祐佳が出てきた。
「涼真! お帰り。待ってたよ」
そう言って中に入れてくれた。
「剛は?」
「部屋にいるよ」
リビングに行き、剛の名前を呼んだ。剛はこっちを向き、
「久しぶりだな。お前めっちゃ精悍な顔つきになってない?」
「そうか?」
「祐佳、分かるだろ? こいつめちゃくちゃ良い顔になって帰ってきてない?」
「私も思ったよ。成長が顔に出てるよ」
「恥ずかしいからやめろよ。はい、これお土産。めっちゃ買ってきたから後から見てみて。あと、これがシンガポールリーグのベストヤングプレーヤーのトロフィー。すごくない? 持ってみてよ。結構頑張ったんだから」
そう言って剛に渡す。
「お前本当にすごいな。どこまで行くんだよ」
「行けるとこまで行くさ。そんなことより、トロフィー持ってる写真撮ってやるよ。祐佳も入って」
「まずは剛一人で撮りなよ(笑)」
そんな感じで写真を何枚も撮った。
「セナは?」
「あっちの部屋で寝てるよ。少し見てみるか?」
「見る見る」
「ちょっと剛、起こさないでよ?」
「分かってるから」
そう言って、隣の部屋に行き、ベビーベッドで寝ているセナを見た。めちゃくちゃかわいかった。
この子が剛と祐佳の子か。と思うと胸に込み上げてくるものがあった。そして、久しぶりに3人で飲んだ。もっとも祐佳は授乳中だったので、ノンアルコールだったが。僕は2人に自分がしてきた経験や、新潟でまたチャンスがもらえそうなことなど、全て話した。2人はいつも通り嬉しそうに聞いてくれた。
そして、僕も剛と祐佳が幸せそうに暮らしているのを感じ、幸せな気分になった。




