中学編4
中学の部活動において一番大きな大会は6月に行われる中総体である。中学3年生の運動部員にとっては中学の集大成と言える大会であり、多くの運動部の生徒はこの中総体を区切りに部活動を引退する。
もちろん僕はまだ中2なので、来年もチャンスはあるが、なんとしてもメンバーに入りたかった。中1の時はそこまで深くレギュラーのことなど考えていなかったのだが、中2になると、同級生のトレセン組が試合に出始めたりしていたし、他の部活でも2年生で試合に出ている生徒が出てきたからだ。試合の使われ方や、3年生のメンバーを考えるとユニフォームがもらえる20人のうち、18人はほぼ確定している。僕は残りの2人に入ろうと必死になった。そのために中2になってから全体練習後の自主練を始めた。
中2から顧問の先生が異動で変わり、よりサッカーを専門的に指導してもらえる環境にもなった。僕はFWだったので、積極的にシュートの打ち方などを教わった。剛にも協力してもらい、パスを出してもらったり、動き出しを教えてもらったりしていた。ちなみに剛はこの時点で強豪クラブチームのレギュラーで、同年代の中では県内で有数の選手だった。
練習のかいもあってか、中2の4月、5月の練習試合で僕はBチームの中ではあるが、得点を量産した。1試合4点取ることもあった。相変わらずユニフォームがもらえるかは当落線上で分からなかったが、ある程度自信はあった。
そして、中総体の1週間前のメンバー発表の日……教室に選手全員座り、顧問の先生を待つ。レギュラーの3年生や、トレセン組の2年生は余裕があるので騒いでいる。僕も周りに緊張していることを悟られないように、一応みんなにテンションを合わせたが、内心は心臓バクバクだ。
全員そろって5分ほどしてから先生が入ってきた。今まで騒いでいたのが一気に静まり、緊張感が生まれた。
「では、これから来週の中総体のメンバーを発表する。呼ばれた選手はユニフォームを取りに来てくれ。1番……2番………………18番……」
18番まで呼ばれた。ここまでは予想通り。問題はあと2人だ。体が熱くなり、頭がクラクラしてくる。
「19番、宗太」
違った……あと1人……
「20番……直弘。メンバーは以上の20人。選ばれた選手は選ばれなかった人の分まで頑張ってくれ」
選ばれなかった……ミーティング終了後、剛が選手選考の理由を先生から聞いたらしい。剛はサッカー部には所属していたが、クラブチームに登録しているため、部活の大会には出られず、コーチ的な立ち位置もあったので、先生も剛にはいろいろ話しやすいようだ。
その理由としては、「宗太はDFで背が高いため、もしかしたら使えるかもしれないということ。直弘は左利きで、チームに左利きがいないから」ということだった。結果や能力は僕の方が上だと剛は言ったが、正直ショックだった。
翌日、全校で中総体の壮行式があった。全運動部の出場メンバーがユニフォームを着てみんなの前に立ち激励される。ユニフォームがもらえなかった僕は一般生徒と同じように、制服のまま選手を激励した。2年生になると1年生の頃とは違い、壮行される生徒が増える。剛はクラブチームなので一般生徒側だが、サッカーで結果を出している。祐佳は2年生ながら女子バスケ部でレギュラー番号をもらっている。遥香は吹奏楽部でクラリネットをやっていて壮行式の演奏を吹奏楽部のメンバーとして行っている。
ちなみにうちの学校の吹奏楽部は全国大会に行くくらい強い。演奏できない部員もいる中で堂々と演奏していた。遥香は小さいころからピアノもやっていて、音楽が大好きである。歌もうまい。僕は自分が惨めに感じ、みんなと壁があるような気がしてしまった。
そして中総体が始まった。サッカーはまず10チームで地区予選があり、決勝まで行くと県大会へ進むことができる。今年の3年生はそこまで強くなかったので、目標は県大会出場だった。僕はメンバー外なので、応援に回ったが、結局一回戦敗退だった。僕は自分の出てない試合は負けて欲しいとずっと思っていた。
うちの中学は強い運動部が多く、女子バスケ、男女バレー、男女ハンドボール、陸上などが地区優勝し、県大会出場を決めていた。
2組にも県大会に出る生徒が多く、中総体が終わると、みんな中総体の話で盛り上がっていた。いつもは話に入っていくのだが、一回戦負けの弱いサッカー部で、メンバーにすら入ってない自分が話に入るなんて、とてもじゃないが恥ずかしかったのだ。
僕はずっと机に突っ伏しながらMDウォークマンを聞いて、話に興味のないふりをしていた。授業でも先生達が中総体について触れるので、授業中も同じような恰好で聞いていた。が、高木先生にバレてしまい、ウォークマンを没収された……。
僕はそのネガティブな気持ちを昇華することができなかった。中総体が終わって、すぐテスト期間に入りサッカーもできない。勉強なんてする気も起きなく、テストは過去最低の結果となった。
6月の中間テストが終わると僕の中学校では7月に行われる合唱コンクールに向けて、強化期間があり、練習やパート決めが始まる。基本的に負けず嫌いの行事好きな生徒が集まっている2組は金賞獲得に向けてやる気満々だった。そのクラスのやる気に比例し僕のイライラはピークに達していた。
ある日のホームルームの時間、合唱コンクールに向けて、役割決めをすることになった。
決めるのは、ピアノの伴奏者、指揮者、各パートのパートリーダーである。これが決まらないと練習がスムーズにできない。ピアノは遥香に即決まった。指揮者は目立ちたがり屋の翔平が立候補し、他に誰もいなかったので翔平に決まった。遥香はちょっと曇った表情をしていた。
ここまではすぐ決まったのだが、パートリーダーがなかなか決まらない。特に男子のパートリーダーだ。吹奏楽部で音楽が分かっている伊藤君にやってもらうという案が出たが、個性的な男子が多いということで、うまくまとめられる人の方が良いという話にもなった。
正直、クラスメイトの大半は僕にやらせたいと思っているのが物凄く伝わってくる。しかし、僕はもろに気持ちが顔や態度に出る為、今の僕に話しかけるのを避けているのも分かる。話し合いが平行線を辿り、時間がなくなりかけた時に、高木先生がしびれを切らしてか、みんなが僕に何も言えないのを感じてか、
「涼真、やりなよ?」
と、ちょっと怒ったような口調で言ってきた。たぶん僕の態度にイライラしていたのだろう。
僕は座ったまま机を蹴り飛ばした。ピアノ演奏者として前に出て、先生の隣にいた遥香が目を瞑り溜息をしたのが見えた。僕はそのまま無言で教室を出て、美術準備室に向かった。
誰か追いかけてくるかと思ったら、誰も追いかけてこない。今の僕はそれくらいめんどくさい存在なのだ。と自覚はしているが、止められなかった。いつものサボり場の美術準備室に行き、ソファーで寝始めた。
ホームルームが終わり、昼休みになった。腹が減ったので教室に戻り、給食を食べたいが、あんな感じで出て行った手前戻りにくい……今日は諦めて帰りにコンビニ寄って帰ろう。と思った時、美術準備室のドアが開く音がした。3年のヤンキーだったら面倒だなと思ったが、現れたのは遥香だった。
「給食持って来たけど食べる?」
「食べる」
僕も遥香もそっけない話し方だ。遥香は無表情のまま続けて話す。長い付き合いだが、この顔の時の遥香は本当に何を考えているのか分からない。
「食べたら午後の授業は戻ってきなさいよ。まさか部活あるのにこのままサボって帰ろうなんて思ってないよね?」
「部活はサボらない」
「じゃあ部活終わったら昇降口で来て」
「は? なんで?」
「いいから。じゃあ戻る」
そう言って出てった。給食はパンとシチュー、そして牛乳が〝2パック〟あった。
少し落ち着いて午後の授業から教室に戻った。最悪なことに数学の授業だった。素直に謝ればいいものの、そんなことができるわけもなく、無言で席に着いた。遥香も剛も祐佳も何も話しかけてこなかった。でも、剛は目を合わせて少し微笑んでくれた。隣の席だった祐佳は、数学で使っていたプリントを僕の机の上に無言で置いてくれた。自分は何をやっているんだろう……という思いと、友達の優しさにちょっと泣きそうになった。
放課後、部活を終え、昇降口に向かうと遥香が待っていた。
「ちゃんと来たね。一緒に帰ろう」
昼休みの表情とは違い、いつものように微笑んで言ってくれた。
「帰ろうってことだったのね。ちょっと待ってて」
サッカーをしたこともあって、僕は多少スッキリしていた。そして、中2になって2ケツを覚えた僕は自転車を持ってこようとした。
「今日は乗せてもらわなくていい。歩いて帰ろう」
「歩くの? チャリの方がいいじゃん」
「いいから」
『いいから』というのは僕としゃべる時の遥香の口癖である。僕が何か言うとすぐこれを言う。いつも僕が折れるのだ。
「分かった分かった。じゃあ帰ろう」
日が長い時期といっても、部活終わりということもあり、あたりは少し薄暗くなってきていた。そういえば中総体があったこともあって、遥香と帰るのは久しぶりだな。と思っていた。
「ねぇ、ずっとイライラしてる理由当ててあげようか?」
「いきなり何? イライラなんてしてねぇし。今日高木にパートリーダーやれなんて言われてむかついただけだから」
「よく言うよ(笑)ここ最近全てにムカついてたんでしょ? 何年の付き合いだと思ってんの? まあ、あんたの場合付き合いが長くなくてもイライラしてるのはあからさまだけどね。でもその理由はきっと私にしか分からないかな。剛は中総体のメンバー外れたからだって言ってたけど、違うと思う。もちろんそれもあるだろうけど、それだけじゃないよね? サッカー部のメンバーにも、他の部活のみんなにも、そして私や祐佳や剛にも、みんなに負けたと思ってたんでしょ? 負けず嫌いは生まれつきだもんね。きっともう直らないよ」
「…………」
「ねぇ、何で私もその中に入ってるの? 私にも負けたくないの?」
「……当たり前じゃん。お前は昔から凄いよ。ピアノもそうだったし、勉強だって。何より優しくてみんなに好かれてる」
「珍しく褒めてくれるね(笑)それくらい、いっぱいいっぱいだったか。涼真は辛い時や悲しい時ほど強くなろうと頑張っちゃう人間だから。小学校でおじいちゃん亡くなった時も1人でずっとボール蹴ってたもんね。あんたは泣いてても、汗だらけでそれが周りからは分からない人。これからもずっとそうやって生きていくのかな? 私はそれを分かってるし、私も涼真に負けないように頑張ってるよ。でも、何が勝ちで何が負けか分からないけど……でも、例え私は涼真になら負けても大丈夫。それが嬉しいと思う」
「どうゆうこと?」
僕は、自分のことを理解してくれる人がいて嬉しかった。
「まあ、いいからいいから。涼真は大丈夫だよ。焦らなくてもきっとうまくいく。私を信じなさい!」
「ありがとう」
「私がみんなから好かれてるって言ってたけど、涼真もみんなから信頼されてると思うよ」
「それはないでしょ」
「男子のパートリーダー誰になったか分かる?」
「伊藤君?」
「違うよ。涼真になりました~」
遥香は手をパチパチ叩いた。僕は頭の上に ? が浮かんだ。
「何でそうなる?」
「あんたが出て行った後にさ、みんなで話したんだよね。金賞取るには、涼真がパートリーダーやった方がいいって。みんなだいたい同じ意見だったんだけど、翔平と俊一は勝手に涼真にしたら、あいつが嫌な気持ちになるって言ってたんだ。あいつらなりに涼真のこと考えたんだろうね。でも、剛がさ、あいつはみんなから任せられたらちゃんとやるよ。って言ってくれてさ。私もそう思ったから、伝える役目を買って出ました。本当にめんどくさいよね(笑)先生に勝手に決められるとキレるんだもん。私もあの一言はやばいなって思ったけど、さすがにやりすぎ。でも、こうやってみんなからお願いされると断れないでしょ?」
全て見透かされているように、遥香はニヤニヤしながら僕の顔を覗き込んできた。
「分かったよ。やりますよ。やるからには金賞だわ」
「じゃあ明日みんなに宣言して、ちゃんと謝ってね」
「そうだな。本当遥香とか剛がいなきゃオレは最低の人間になってたわ」
「かもね。でも、本当は指揮者やってほしかったのに……昔約束したじゃん」
「約束?」
「あー、忘れてるってことね! じゃあ来年の合唱コンクールまで思い出しといて! まあ3年生でも同じクラスになれなきゃ意味ないけど!」
テンション高く答えていたが、そのテンションが僕には若干不自然に感じた。
(昔の約束っていつのだろう……)
そうやって話をしているうちに遥香の家が見えてきた。
「やっと着くー。やっぱり歩くと遠いよ。よく考えたらオレ明日の朝歩きじゃん!120%遅刻するからよろしく」
怒られると分かっていてわざと言った言葉だったが、遥香は何も答えない。どうしたんだろうと思ったが、無言が続く。遥香は少し俯きながら歩く。遥香の家に近づくと、交通量のわりに歩道が狭くなる。ちょっと遥香に近づくと手の甲が少し触れた。その瞬間、遥香が僕の手を握った。僕はビックリして何も言えなかった。握手のような形の手の繋ぎ方だが、確実に手を繋いでいる。遥香は無言のままだった。車が行き交う音だけが耳に入り、心臓がバクバク言っている。遥香と手を繋ぐのは初めてではない。でも、最後に繋いだのっていつだっけ? 小学校低学年とかそのあたりだろ。どうゆうことだ。などと考えているうちに遥香の家の前に着いた。遥香は立ち止まり、手を放して、
「じゃあね。明日遅刻すんなよ」
と言って家に入っていった。僕は帰ってずっと放心状態だった。弟に話しかけられても上の空。
遥香のことは当然好きだ。もう好きになって3年くらいになる。でも、告白を考えたこともなかったし、付き合うってなんだろうって感じだった。確かに中学校2年生になって、周りは付き合ったとか、ファーストキスだとか、初体験だとか話をしていた。もちろん、僕も年頃の男子なので興味はあった。しかし、遥香とは今の関係で満足していた自分もいる。でも、あんな風に励まされ、自分のことを分かってくれる遥香。そんな好きな人と手を繋いだことで、僕の気持ちに完全にスイッチが入った。中学生にとって好きな人と手を繋ぐということはそれくらいの破壊力を持つ。その日はなんかうまく眠れなかった。
きっとこれが僕の初恋なのだと思う。今度剛に相談してみよう。