浪人編5
僕は泣きながら、剛に電話をした。誰かに聞いてもらいたくてたまらなかった。剛はすぐ行くと言って、車で僕を迎えに来た。車に僕を乗せて、自分の家まで連れて行った。家に入ると祐佳もいた。
「何があった?」
僕は泣きながら、今の遥香との出来事を話した。
「それは辛すぎるね……」
祐佳が口を開いた。
「お互いがお互いのこと想うからすれ違うんだな。涼真と遥香はそればっかだ」
剛がしんみり言う。
「遥香のことが心配だね」
「もしかしたら誰にも何も言わないで、このまま音信不通になるかも。そんな感じがした」
「私からは聞けないよ。遥香が言ってくるまで、待ってるしかない」
「ごめん、少し落ち着いた。ありがとう」
「お前は、遥香の気持ちに応えるしかできないんじゃないか? サッカー頑張ってプロになって遥香を安心させろよ」
「とてもじゃないけど、今すぐやる気になんてなれないよ。それにしても、遥香はもちろん、剛も祐佳も……なんでオレの周りは、一度決めたらそのまま行っちゃう人間ばっかなんだよ……」
「お前もそうだからだろ。オレらは同じなんだよ。お互いがお互いを尊重して、認め合って、それでも大好きだからずっと一緒にいれたんじゃん」
剛が言った。そして、家に送ってもらった。
僕は家にすぐ入らず、昔の遥香の家の前に行った。遥香の一家が引っ越した後、この家は中古物件として売りに出され、今は知らない家族が住んでいる。
僕は遥香と昔一緒に帰った道を少し歩いた。色々思い出してまた泣いた。
こうして、僕は遥香と2度目のお別れをした。
次の日、僕は高校の練習に行き、練習後、1人でひたすらシュートを繰り返した。後輩が話しかける隙を与えないくらい、必死にやった。日が落ちてきても蹴り続けた。疲れて仰向けで大の字になった。もう辺りは真っ暗だった。
モヤモヤがなかなか晴れないまま、季節は秋に入ってきた。サッカーの練習をサボることはなかったが、練習以外では遥香のことを考えてしまう。剛が気を使っていつも飲みに誘ってくれた。剛の仕事が忙しい時は、祐佳と飲んだり、串の日に優太を誘って飲みに行った。
さすがに切り替えなきゃなと思っていたころ、僕はふと思った。
(お金貯めなきゃ……)
遥香のことで全然頭が回ってなかったが、4月から新潟に行って、しばらく過ごすためのお金がない。親は絶対出してくれない。
そこで、僕は生まれて初めてアルバイトをするためにタウンワークを開いた。どうせなら時給の高いところが良い。そこで目についたのは12月頭に駅前にオープンする居酒屋だった。居酒屋なら時給はいいし、駅前なら練習帰りに寄れる。新たにオープンする店ならみんな新人で、うるさい先輩もいないだろうと思って、気軽に応募した。
面接を受けて受かったのはいいが、僕は居酒屋のバイトを舐めていた。その店は全国チェーンの店で、駅前にオープンするため、かなり大きい店舗だった。なので、オープニングスタッフが何十人もいた。
そして、研修が始まり、声出しから、飲み物の作り方、接客の仕方まで本部から社員が来てめちゃくちゃ厳しく指導された。正直僕は後悔した……バイトなのに、もろ体育会系だった。
そして、店がオープンした。僕は毎日20時~3時のシフトだった。2時閉店なので、ラストまでである。午前中は週に2回ほどジムに行くだけなので、4時ごろ家に帰り、5時に寝て、昼過ぎに起きる。ゆっくりして16時から高校の練習。19時に終わって、バイトというスケジュールで動いた。
新規オープンの店は忙しすぎる……年末に入ってきていることもあり、宴会は多いし、毎日満席に近い。
僕はホールの中でもドリンカーと言って、飲み物を作る係だった。それをホールの女の子がテーブルに運ぶ。ホールの女の子なんて、いっぱいいすぎて、顔と名前が全く一致しない。胸についている名札を見て呼ぶのだ。
そしてオープンから3日くらい経ったある日のこと……この店は広すぎるため、ドリンクを作るところが2ブロックある。1つはメインの所だ。ここは隣にキッチンもあって、大勢のスタッフがいる。もう1つは、座敷の側にある。これは人が2人くらいしか入れない狭いところだ。宴会担当のドリンカーは1人でここにこもり、ひたすら宴会の飲み物を作る。宴会は飲み放題が中心なので、えげつない注文が入ったりする。ホールの女の子も宴会担当が1人いて、その子に飲み物を運んでもらう。
この日、僕は宴会担当だった。20時に小さなドリンカー部屋に入り、前の人と引継ぎをする。宴会は今がピークを迎えているらしい。僕は後を託され、ひたすら飲み物を作った。大量のビールの中に、何杯かカクテルがあると殺意を覚える。異なる種類のカクテルを10杯頼まれた時、僕は心の中でキレた。唾を入れてやろうかと思ったくらいである。さすがにやらなかったが……。
そんな時、一人のホールの女の子が話しかけてきた。
「この注文はあり得ないね。手伝おうか?」
あまり顔をよく見る余裕はなかったが、どこかで見たことのあるようなかわいい子だ。研修の時見たのかな? と思った。
「ありがとう、じゃあ、モスコミュールにレモン刺して」
「OK! でもレモンもうないよ?」
「前の担当の三浦が準備してないんだよ……急いで切るから」
「焦らなくていいよ。あそこのテーブル酔っぱらい始めてて、多少遅くても平気(笑)」
そう言って笑っていた。僕はレモンを切り、その子に渡す。その子はテキパキと動いて、どんどん飲み物を持っていく。
「ドリンクお願いします!」
「ありがとうございます!」
しかもめちゃくちゃ元気がいい。
宴会は毎回大変だが、そのホールの子のお陰で、何とか乗り切った。時間は22時を回りやっと落ち着いた。宴会が終わると、ここのドリンク部屋は整理をして閉じなければならない。そこまでが宴会担当の仕事だ。ホールの子はやる必要がないのだが、その子は手伝ってくれた。
「今日大変だったね。もうぐちゃぐちゃじゃん(笑)片づけちゃおう」
「ありがとう、何時で上がりなの?」
「23時までだから、これやったら上がりかな」
「名前何て言うの?」
と言い、胸の名札を見る。『佐藤(光)』と書かれている。
「佐藤さんなんだ。佐藤さん3人くらい見たことある(笑)」
「そうなの! 佐藤多いよね! 風見さんでしょ?」
名札に書いてあるので、当然あっちも分かる。
「そうだよ。よろしくね。今日はありがとう」
「なんもだよ!」
笑顔でこっちを見る。僕はドキッとした。かわいい子だなとは思っていたけど、改めて見ると、小柄でめちゃくちゃかわいい。でも、やっぱりどこかで見たような気がする。
「ねぇ? どっかで会ったことない?」
「何それナンパ?(笑) やめてよ同じバイト仲間でさ」
なんかノリのいい子だな。ずっと笑っているよ。見たことあるの気のせいだったかな?
「いや、気のせいかも……ごめんごめん」
「風見涼真君でしょ?」
「なんでオレのフルネームを?」
「一回会ったことあるよ。高2の時バスケのアリーナで」
僕は頭に豆電球がついたように思い出した。あの時の宮崎あおいにそっくりのバスケの子! 少し大人っぽくなっているが、確かに宮崎あおいだ(笑)
「分かった! オレのことボロクソ言った、選抜のポイントガード!」
「正解でーす。こんなところで会うなんて奇遇だね」
「ほんとに(笑)下の名前は光莉だっけ?」
「そうだよ! 光莉って呼んでいいからね。私はりょうって呼ぶからね」
と、笑顔で僕に言った。その笑顔がたまらなくかわいくて素敵だった。
「じゃあ、私このゴミ捨ててくるね。そしたらちょうど終わりの時間だ。戻ってくるまでこっちのビンまとめておいて」
「分かった」
そう言って光莉はゴミを捨てに行った。
思えば一目惚れに近かった気がする。光莉の笑顔に急に心を奪われた感覚になった。こんな感覚は初めてだった。そして、光莉が戻ってきて、帰ろうとした。
「お疲れ様。また一緒にバイト入れるといいね! じゃあね」
「あ、ちょっと待って!」
僕は何を思ったのか、ポケットから持っていたメモ用紙を出した。そして、ボールペンで自分のアドレスを書き、光莉に渡した。
「良かったらメールして」
(何をやってるんだオレは……)
と、思った。
でも、光莉は、
「ありがとう!」
と、嬉しそうに言って、帰っていった。
そして、僕のバイトが終わり、時間は3時を過ぎていた。着替えて携帯を見ると、光莉からメールが入っていた。
「光莉だよ。今日はありがとう。これからよろしくね」
というような内容だった。僕は返事を返した。
「お疲れ様。今終わったよ。もう寝てると思うけど、またバイトで会えるといいね」
そして、自転車に乗って帰ろうとしたら、携帯が鳴った。こんな時間にまさかな……と思ったら、光莉からのメールだった。
「お疲れさまー。遅くまで大変だね。気を付けて帰ってね」
僕はビックリして、すぐ返事をした。
「もしかして起こしちゃった? ごめんね。今から自転車で帰る」
そうすると、すぐに返事が来た。
「終わるの待ってたんだよ」
この一言で多分僕は完全にやられた。ちょろいと思われるかもしれないが、遥香とのことがあって空いた隙間にピッタリ入ってきた。
でも、一つ言えるのは誰でもよかったわけではない。きっと光莉じゃなきゃだめだったのだと思う。
そして、僕は帰り道自転車に乗りながらメールを続けた。帰ってしまうと寝てしまいそうだったので、近くのコンビニに寄り、立ち読みしながらメールを続けた。
そして、さすがに光莉が寝たのか、返事が返ってこなくなったタイミングで家に帰って僕も寝た。もう外はスズメが鳴き、明るくなっていた。




