浪人編1
そして4月。
僕は早くも壁にぶつかっていた。勉強がつまらない……もともと勉強が好きだったわけではない。中学の時はやらなくてもできた。高校では自分を変えるために真面目に取り組んだ。では今は……?
目標のためなら勉強も頑張れると予備校の先生は言っていたけど、僕の目標って何? 大学に行って何がしたいんだ? 周りの同級生は、大学に行き、バイトだの飲み会だの毎日遊びまくっている。僕は何の為に大学に行くのか分からなくなった。
(大学ってやりたいことがあって、そのために行くもんだろ……)
そう考えるようになってからは全く勉強に身が入らなくなった。
高校時代に、もっと真剣に考えれば良かったのだが、僕はこの時、初めて自分の将来について真面目に考え出した。
『自分がやりたいこと』『自分がどうなりたいか』考えられることは1つしかなかった。サッカーだ。高校時代の僕はいつの間にか、現実を目の当たりにし、サッカー選手に「なる」じゃなく「なれたらいいな」と思っていた。
大学だって、周りの影響で、「行かなきゃ」という先入観が植え付けられているだけだし、筑王大学に行きたい理由は、サッカーが強い国立大学で、サッカーがダメでも教員になればサッカー部の顧問としてサッカーに関われると思っていたから。
甘い、甘すぎる……僕はやはりプレーヤーとしてサッカーに賭けたくなって、サッカー選手に「なる!」と覚悟を決めた。
浪人生がサッカー選手なんて笑われそうだし、普通じゃないかもしれないけど、覚悟を持ち、自分自身で道を切り拓くんだ!
そう決めてから僕の行動は早かった。その時付き合っていた彼女とも別れ。勝手に予備校を辞める手続きをした。当然親の承諾が必要だったので、親に自分の想いを打ち明けた。そしたら父親と本気のケンカになった。父親は、学歴の話や、プロはそんな甘くない、指導者に向いているから大学に行け。など、僕の目標を基本的には全否定してきた。僕も「やってみなきゃ分からない!」と、それに反抗し続けた。何度言っても分かってもらえなかったので、後日手紙を書いた。それでも分かってもらえず、最終的には、僕が、
「プロになる! そのために練習参加や、留学、いろんな道を今年探して行動していく。誰に何て言われようと受験はしない!」
と、強引に終わらせた。父親とはそれから会話をしなくなった。母親は中立だったが、
「大学に行ってからじゃダメなの?」
と、聞いてきた。
きっと親としてはサッカーがダメだった時の保険で。という意味だったのだろう。確かにその考えは正しいのかもしれない。でも、この時の僕は、「保険」とか「逃げ道」を全部消してしまいたかった。
覚悟を決めたものの、やはり不安はあった。その不安を少しでも減らしたいということもあり、僕は友人達に相談してみることにした。
まずは当たり前だが剛に相談した。剛は就職して現場仕事をしているので、作業着が似合う男になっていた。髪はロン毛で金髪になっているし、タバコは吸うわで、サッカーをやっていた面影がなくなっている。僕は剛を地元の居酒屋に呼び出した。
「お前、もうすっかり現場仕事の兄ちゃんだな」
「おう、そのうち自分で会社立ち上げようと思ってるから、今は修行だな」
「まあお前がいいならいいんだけどさ。祐佳とはちゃんとやってるか」
「あいつはチャラチャラ大学生してるよ」
「この間会ったけど、剛の見た目と、祐佳の見た目じゃ、出会うことのない2人って感じだわ。幼馴染で良かったな」
「で、急に呼び出してきたけど、どうした?」
僕は、サッカー選手を本気で目指す事、予備校を辞めたこと、親とケンカしていることを全部話した。
「そんなの、オレは応援するに決まってんじゃん。その決断はすごいよ。ただ、大変だとは思うけどな」
「分かってるよ。けどやりたいんだ」
「やれよ。オレは諦めたけど、お前がプロになったら、オレは自分のことのように嬉しい。おじさんも結果出せば分かってくれるって」
そう言って、励ましてくれた。さすが親友。僕が求めていることを言ってくれた。最初から剛なら応援してくれると分かっていて聞いたところもあるが……。
次に広陵のサッカー部の仲間に相談した。ところが、多くのサッカー部員は浪人か県外の大学に行ってしまった。現役で受かって県内にいるのは優太と篤くらいか……。篤は大学1年の時、高校と大学のギャップに苦しみ、友達ができず、外に出歩かない生活をしていた。そのため、優太に声をかけて飲んだ。優太とは高校の近くの居酒屋で飲んだ。そこは4と9の付く日は『串の日』と言って、飲み物が一杯100円になる。お金がそんなにない僕にしてみれば最高だ。そこで優太にも、全て話した。
優太は、
「お前すげぇじゃん!」
と言って、応援というよりは感激していた。
優太は小学校の先生になるために、地元の教育大学に通っていたが、昔からエンターテイナーとして、テレビに出る仕事もしたかったらしい。そんなの初めて聞いたのだが、良く考えると、サッカー部の宴会部長も優太だったし、文化祭の司会とかもやっていたな。と思った。もともと目立つのが好きなやつだ。そんな優太が僕のプロ入りに触発され、地元のローカル番組のオーディションを受け、本当にテレビに出ることになったのは数年後の話だ。結局最後は教員になり、テレビに出るのは終わらせてしまったが、
「涼真の大きな夢に衝撃を受け大学の時、やりたかったいろんな活動に踏み出すことができた。感謝してる」
とは大人になってからもずっと言われ続けている。
僕の仲間たちは、僕の目標を応援してくれた。それだけで頑張ろうと思えた。とりあえず、僕は高校のサッカー部の監督に事情を話し、高校の練習に毎日参加することにした。
後輩にも自分から理由を言ったが、後輩達も純粋に応援してくれた。
午前中はジムでウエイトや有酸素運動をし、午後から練習に行くという生活を続けた。
それと同時進行で、Jリーグの練習参加や海外のプロチームの情報を集めた。実績もない選手をなかなか受け入れてくれるところはない。こっちがお金を払えば簡単にできる留学とかもあったが、僕が求めているのは、そうゆうことではなかった。
運よく練習参加ができることもあったが、相手にされない……数ヶ月間そんな感じでさすがに心が折れそうになったある日。いつものように、サッカー部の練習に参加していると、監督に声をかけられた。
「アルビレオン新潟の今の監督は広陵のOBだぞ。オレの2つ上で、広陵が全国行った時の選手だ。連絡先教えてやるから、自分で連絡してみろ。それでダメなら大人しく大学に行け」
と言われた。本当にこれがラストチャンスの気持ちで、電話をしてみた。
広陵高校の卒業生で、白井監督からの紹介だと言ったら、一度練習に来てください。と言われた。詳細は後日フロントの人から連絡するということだった。




