高校編16
秋が深まり、仙台の街の木々が色づき始めたころ、僕はいつものように、居残り練習をするため、サッカー部のみんなと体育館に行った。体育館では女子バスケ部の練習が終わったところで、僕はいつも通り祐佳に話しかけに行った。その日はクラスで何となく祐佳が静かだった気がしたので、
「ダイエットでもして腹でも減ってるのか?(笑)」
と冗談を言った。いつもなら乗ってくるのだが、
「違うよ……」
と言うだけだった。おかしいなと思いつつも、みんな先に行ってしまったので、僕も行こうとすると、祐佳に呼び止められる。
「今日何時ごろ終わる? 待ってるから一緒に帰れない?」
「いいけど、8時くらいになるよ?」
「大丈夫、ギャラリーで練習見ながら待ってるよ」
「分かった」
そして、居残り練習を終え、篤と将大に今日は祐佳と帰ると伝え先に帰ってもらった。僕は祐佳と合流した。
「後ろ乗るだろ?」
と聞き、2ケツで帰った。
「最近、涼真は充実してるみたいだね。見てれば分かるよ。今日の練習も楽しそうだった」
「まあ、お前らのおかげかな。いろいろ変わろうと思えたし。ところでどうした?」
「久しぶりに涼真と帰ろうと思ってね。綾さんとはうまくいってる?」
「一応うまくやってるよ。つーか、こないだ部活オフの時一緒に帰らなかったっけ? 何か変だぞ? なにしたの?」
「剛と最近会ったり、連絡とったりしてる?」
「いや、夏休み明けからほとんど関わってないな。テストとかで忙しかったし、あっちもクラブユースとかあったろ。そろそろ連絡しようかなとは思ってたけど」
「だよね……実は、昨日剛と別れた……」
僕は驚きのあまり、自転車のハンドル操作がふらつき事故りそうになった。
「は? どうゆうこと? 何も聞いてないんだけど」
「多分、涼真にも何も言わないと思う……実は夏休み明けから何か様子おかしくて。いつもイライラしてるし、会ってもすぐケンカになるし。涼真の話しても『関係ねぇ』って言うんだよ。剛が涼真のことで関係ないって言うのも信じられなくて。学校やクラブで何かあったんだと思うんだけど、何も話してくれないの。で、昨日、夜に家の近くの橋に呼び出されて行ったんだ。そしたら、『オレ、サッカー辞めたわ』って言いだして、自分のスパイクを川に投げ捨てたの。私も『何してんの!』って言ったんだけど、その後、『お前とも別れる』って言い出してさ。理由を聞いても何も言ってくれなくて、そのまま帰って連絡も取れなくなっちゃってさ……」
「なんだそれ……あいつわけわかんねぇ……」
後ろで祐佳が泣いているのが分かった。
「お前はどうしたい?」
祐佳に尋ねてみた。
「分からない……」
「泣くなよ、オレ帰って剛の所行ってみるから」
「でも、今のあいつちょっと怖いよ。なんであんな風になっちゃったか分からない。私のせいかな」
「そんなわけないって。剛が祐佳をどんだけ好きかオレはよく分かってるし、祐佳に甘えてるだけだって。祐佳だって、勉強も部活も全力でやりながら、剛との時間もずっと大事にしてきたじゃん。オレなんかよりずっと偉いよ。剛には祐佳しかいないんだって」
「やっぱ涼真は優しいねー」
「どこがよ?(笑) 歩くルールブックと呼ばれ、クラスからは自分勝手すぎて一時期嫌われてた人間だぞ? 今も若干怪しいわ(笑)」
「まあ、それは否めないけど(笑)でも、それは本当の涼真を知らないからだよ。こうやって剛と付き合えたのも、遥香と仲良くなれたのも、バスケを楽しくやれてるのも涼真のおかげ」
「いやいや言い過ぎ」
「でも、小学校の時転校してきて、一番最初に名前呼んでくれたのは涼真だったじゃん」
「全然覚えてないんだけど……名前?」
「最初さ、みんな私のことを転校生転校生って呼んでたんだよね。特に男子が。それが嫌で、あんま誰とも話せなかった時、涼真が、『祐佳、次の休み時間うちのクラス体育館使えるから一緒にバスケやろう』って誘ってくれたの。きっと自己紹介で私がバスケやってるって言ったの覚えてくれてたんでしょ? そっから小学校のバスケクラブにも入れたし、みんなとも仲良くなれたのをすごくよく覚えてる」
「オレは全然覚えてないぞ。祐佳は剛がずっと誘ってて、一緒にいるようになったって記憶だった」
「その後、剛が遊ぶ時とか誘ってくれたのも覚えてるけど、そのきっかけは涼真だったな。そこで遥香ともすぐ仲良くなれたし」
「じゃあ、祐佳が最初に好きになったのはオレだったのか」
「なんでそうなる(笑)そんなのあり得ないって。あんたもよく分かってるでしょ」
「確かに(笑)オレにとって祐佳は女じゃないからな」
「私も同じだし(笑)」
そう言って笑い合った。
「とりあえず、オレ剛のとこ行ってくる。遅くなるかもしれないから、結果は明日話すわ」
「気になるから、今日教えて。起きて待ってるから、電話して」
「マジで?」
「マジで」
「分かった。無理するなよ」
そう言って祐佳を家に送った後、剛の家に行った。腹が減っているが今日はしょうがない。9時だから剛もいつもなら練習が終わって帰る時間だ。
でもサッカー辞めたってことはもういるのかな……いろんなことを考えながら、剛の家に行った。家の前に着くと、剛も帰ってきたところだったのか、ちょうど玄関の前で鉢合わせた。
「おう。ナイスタイミングだな」
僕が言う。
「なんだよ急に」
無表情でそう言って家の中に入ろうとする。
「ちょっと待てよ。どうしたんだ? 祐佳と別れてサッカー辞めるってどうゆうことだよ?」
剛の冷めた態度に違和感を覚え、いきなり本題をぶつけてしまった。
「祐佳から聞いたんだろ? そのままの意味だわ」
「いやいや理由を言えよ」
無視して家の中に入ろうとするので、僕は肩を掴んだ。
「おい、待てって」
「うるせぇ!」
と言いながら、僕の手を振りほどく。そして、振り返ってこっちを見る。
「あんましつこいと、てめぇをしばくぞ!」
イライラしている剛は昔から見てきたが、これほど僕に敵意をむき出しにしている剛は初めてである。なにがあったんだよ……でも、僕も引くわけにはいかない。
「前にオレがおかしくなった時、殴ってでも変えようとしてくれたじゃん。何があった?」
「あー、もう本当うぜぇ。消えろや。祐佳もサッカーもどうでもいいんだよ。好きにやらせろや。お前がオレに口出しすんな」
そう言って僕のことを足の裏で蹴ってきた。僕は以前剛がそうしたように、顔面を思いっきりぶん殴った。剛は地面に倒れたが、鞄を放り投げ、僕に飛び掛かってきた。剛とケンカはしょっちゅうだけど、本気での殴り合いなんて初めてだった。
もちろんどっちも引かない。僕もスイッチが入ってしまったので、止まれない。お互い、ほぼノーガードで殴る蹴るの応酬。何か分からないけど、受け止めてやろうと思っていた。
騒ぎになり、家から剛のお母さんと、佳菜ちゃんと、たまたま来ていた佳菜ちゃんの彼氏が出てきた。剛は佳菜ちゃんの彼氏に止められ、僕は佳菜ちゃんに「辞めろ!」と言われて止まった。剛は佳菜ちゃんの彼氏に止められながらも、僕に向かってこようとしたが、母親にキレられ、動くのをやめ、唾を吐き捨て家の中に入って行こうとした。僕は、
「剛……」
と声をかけたが、
「もうほっとけ」
そう言って家に入っていった。剛のお母さんが、
「涼真、ごめんね」
と言って、剛を追いかけた。佳菜ちゃんは、彼氏に家の中に入るように伝えた後、僕に、
「ちょっといい?」
と言って、近くの公園まで連れて行った。公園に着き、ベンチに座ると、
「剛がごめんね。ケガしてない?」
と謝ってきた。
「いや、若干痛いとこはあるけど大丈夫。それより剛はどうしたの?」
「それが家族でも分からないの。一ヶ月くらい前、急にクラブチーム辞めたって言い出して、それから学校でも荒れ始めたらしくて、タバコとかケンカで停学になったり、親呼び出されたりしているの。実は今も家庭謹慎中なんだ。全然理由も言わないから分からなくて。涼真も何も聞いてないの?」
「何も聞いてない。何考えてんだあいつ。でも、剛は頑固だからきっと話さないって決めたら話さないと思う。人に甘えたりもできない人間だから」
「そうなんだよね。お母さん毎日泣いちゃってるよ。こないだなんて、家庭訪問に来た担任の先生がカルシウムが足りないからって牛乳持ってきてさ。それにもキレて先生追い返しちゃったし」
「うーん、それはオレでもキレる気がする。バカにされてる感じがして。その担任大丈夫?」
「とにかく、今は放っておいた方がいいかも。落ち着くのを待つしかないね」
「分かったよ。何かあったら教えて」
そう言って家に帰った。久しぶりのケンカだったので、母親に心配されたが、剛とだと言ったら、少し安心された。なんでだよ……。
さすがに腹が減ったので、ご飯を食べ、風呂に入った。口の中が切れて痛かった。体も青くなっていた。
寝る前に祐佳に電話をし、あったことを全て伝えた。祐佳は落ち込んでいたが、とりあえず、放っておこうということになった。僕は祐佳との電話が終わった後、剛に、
『何か言いたくなったら何でも言えよ。オレはお前の親友だから』
と若干恥ずかしいメールを送ったが、今はこれくらいがちょうどいいのかな。と思った。
僕がそうだったように、追い詰められた時の逃げ道になってあげられればと考えていた。剛からの返事はずっとなかった。
次の日学校に行ったら、僕の顔を見て、クラスメイトがざわついた。サッカー部員には朝練の時にざっくり事情を話したから良いが、クラスではそうもいかない。顔にあざができ、目の横は腫れている。試合後のボクサーみたいになっているのだから、それは驚かれる。せっかくいい感じにクラスに溶け込みそうだったのに、また引かれてしまうかな。と思ったが、祐佳がうまく誤魔化してくれた。
ただ、「中学の時はいつもこんな顔してたんだから」の一言は余計だった。それからしばらく、僕も祐佳も剛とは関わらないで、普段通りの生活に戻っていった。




