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現代編 ~プロローグ~

 サッカーへの情熱も、常に困難なことにチャレンジする精神も、昔ほど持てなくなった。


 刺激のない毎日の中、先の見える未来に向かって自分の人生は進むものだと思っていた。世間一般で言うと、それが大人になると言うことで、自分の夢や目標より、生活の安定や、家族を養うことに大人は生きるのだなと感じていた。自分のためだけに生きられる『大人』が世間にはどれくらいいるのだろう。


 昔、あるドラマのセリフで、


『女にマジで惚れたらだめだ。ガキなんかできたらさらに最悪だ。変な守りに入っちゃうからな』

 

 というものがあった。

 今になると何となくそれが分かる気がする。ドラマの最後は主人公が本気で人を愛したことで強くなる話だったが。まあドラマとしては、そうなるのもしょうがないのだろう。



 僕は現在、誰かの為に強くいようとか、頑張ろうと思いながら毎日を生きているわけではなかった。


 僕は今37歳で、中高一貫の私立学校で教員としてサッカー部の監督をしている。妻に娘が一人、家も買い、世間一般から見たら幸せな家族なのだと思う。

 ただ、僕には家族にも言っていない過去と、本当は叶えたい夢があった。表面上は幸せでも、心の奥底では満たされない日々……。多くの挫折や障害があり挑戦することを諦めようとしていた。


 そんな毎日の中で、僕はある一人の女性と出会った。



 〝恋は人を詩人にする〟という。


 しかし、もう30代後半に差し掛かろうとしている僕が、久しぶりに恋というものをしたと実感した時に、頭の中で考えるようになったのは、『今までの人生』についてだった。


 人は死ぬとき、人生の走馬灯を見ると言うが、おそらくそれと同じように、これまでの自分の生き様をよく思い返すようになった。

 きっとそれは僕が恋した人が見せてくれたものなのだと思う。


 ただ、僕は結婚をして、娘もいる。そして、僕の恋した人は僕より年齢が一回り以上も下だ。そのため、純愛なんかとは程遠く、客観的に見たら、辞めておいた方が良いものだということは分かっていた。



 僕が出会った女性は、ある幼稚園で働いていた。


 僕は最近良いことがなく、やる気も出ない毎日を過ごしていた。家でも職場でも何かに追われ、ゆっくりと落ち着くことができる環境がなかった。

 そんな環境から逃げ出し、リラックスできるのが、近くの銭湯でサウナをすることで、暇があればサウナで数時間過ごすような日々を過ごしていた。


 そんな日々の中で、僕は幼稚園のサッカー教室に行くというボランティアをしていた。元々子供が好きだったということもあり、このサッカー教室は楽しくやることができていた。


 毎月、巡回で違う幼稚園に行くのだが、今回は市内にある、青葉幼稚園というところだった。

 夏の暑さも和らぎ、動くのがちょうどよくなってきた、9月下旬頃のことだ。


 いつも通り、開始時間より早めに行き、幼稚園の職員室に挨拶をする。園長先生が出てきて、軽い世間話をした後、担当の年長クラスまで行く。担任の先生が挨拶をしてくれた。笑顔がかわいらしい若い先生だ。

 僕も軽く挨拶をし、サッカー教室を開始した。サッカー教室をしている横目で、その担任の先生が、おばさんの先生と話しているのが見えた。なんかあまり良い話ではなさそうだな……と思った。


 一時間程で、サッカー教室は終わった。僕は園児たちとハイタッチをしてバイバイをした。担任の先生からもお礼を言われた。最初の挨拶の時のような笑顔ではなかったので、ちょっと気になったが、僕が口を出すことでもないので、何も言わず撤収した。


 その後、幼稚園に忘れ物をしていることに気づき、夕方に連絡をし、取りに行った。

 幼稚園に着くと、日中は園児達の元気な声で賑やかだった園舎が静かになっていた。入口でインターホンを押し、名を名乗り、忘れ物を取りに来たことを伝えると、さっきの担任の先生が持ってきてくれた。

 僕が、


「わざわざすみません。ありがとうございます」


 と言うと、先生は、


「いいんです、今日は本当にありがとうございました。子供たちも楽しかったみたいで、またサッカーしたいって言ってましたよ」

「それならよかったです。また来ますね」

 本来ならこれで終わりにして、帰るところだ。しかし、昼の出来事が気になってしまった。もしかしたら僕のせいだったかもしれないと思ったので。

「あの、何かサッカー教室の時、先生同士揉めたりしました? 僕に何か至らない所あったでしょうか?」


 と聞いてみた。

 すると先生は、


「違うんです。完全にこちらのことで、風見さんは関係ないんです。何か気にさせてしまったみたいで、すみません」

「ならいいんですけど、何か気になったので……大丈夫でしたか?」


 僕は余計なお世話だと思いながら聞いてみた。


「大丈夫ですよ。仕事のことだったんで。ありがとうございます。風見さん優しいんですね」

 と言われた。

(そりゃあ、こんなところで職場の中のこと話すわけないよな)

 

 と、思い。


「それならよかったです。では、またよろしくお願いします」


 と言って、帰った。

 自分でも何でか分からないが、少し引っかかっていた。



 その数日後、僕は同じ年の同僚の菊池先生と飲みに出かけた。繁華街のいつもの焼鳥屋に行き、カウンターに座った。


 すると、この間の幼稚園の先生が隣で友人らしき女性と2人で飲んでいた。

 僕は、


「先生、こんばんは。この間サッカー教室でお世話になった風見です」


 と声をかけた。

 先生はこっちを見て、


「わっ! ビックリした。こんなところで会うなんて奇遇ですね」

「友達と焼鳥ですか?」

「そうなんです。短大の時の友達と飲んでました。風見さんも友達とですか?」

「職場の同僚です」


 そう言って、菊池先生を紹介した。


「僕がサッカー教室で行った幼稚園の先生なんです。そういえば、何先生ですか?」

「私は山本香織です。名乗ってなくてすみません(笑)」


 こうして、隣の席になったので、流れ的に4人で飲むことになった。

 若い女の人と飲むなんて、久しぶりすぎてテンションが上がり、楽しく飲んでいた。

 そして、2時間ほど経ったときに、先に帰ると言われたので、勢いで連絡先を交換して終わった。

 その後、僕と菊池先生は、テンションが上がったままカラオケに行き、同世代にしか分からない歌を歌いまくった。



 次の日から、僕は香織先生とラインのやりとりをした。最初は特にたわいもない話が多かったが、徐々にお互いのことやプライベートに関わる内容も話すようになった。


 僕はダメかな……と思いつつも香織先生に惹かれつつあった。そして、会いたいと思うようになっていた。前回焼鳥屋で話した時やラインのやり取りで、話が合い、面白いというのもあったが、もう一度、会って笑顔が見たいと思っていた。

 会って、自分の記憶を辿って確認したいことがあった……。香織先生の笑顔は僕が知っている人と同じだった。こんな素敵な笑顔の人にはもう会えないと思っていた。



 僕は、


「今度、ご飯に行きましょう」


 と誘ってみた。

 香織先生は、最初微妙な反応だったが、少し押したら、なんとかOKしてくれた。


 香織先生が牡蠣を好きと言っていたので、その週末の夜、牡蠣の食べられるお店に行った。そこで、初めて深い話を聞いた。

 香織先生は実は彼氏がいること、でも、少しお金にだらしなく、自分が生活費を出したりしていること。職場でも実は上手くいっていなく、先輩の先生に無視されたり、無理な仕事を押し付けられること。サッカー教室の時もやはり先輩にダメ出しされていたらしい。

 それを聞いて、僕は香織先生のことが更に気になり始めた。

 僕も当然、家族がいることや、仕事について話した。

 香織先生は、


「そりゃあ、奥さんいますよねー」


 と、意味深に言っていた。


 この日は一軒で終わりにして帰ったが、もっと話したいな。と思った。



 次の日からも、ラインは続く。飲みに行った時に、お互いに敬語は辞めようということになった。お互いの呼び方も、名前を呼び捨てにするようにした。

 そして、


「また飲みに行こう」


 とラインで言うと、


「今度は肉が食べたい!」


 と言っていた。


 要望通り、次の週末には焼肉を食べに行くことにした。

 待ち合わせ場所で僕が待っていると、


「やっほー」


 と言って、肩を叩かれた。


 香織がどういう気持ちで会っているかは分からないが、2人で話していると話が盛り上がる。香織のことをもっと知りたいと思うし、僕も自分のことを話したくなる。

 僕は香織のことが好きになってしまったのだと自覚した。


 そして、この日は二軒目に行くことになった。ゆっくり落ち着いて話したいということで、個室のバーのような所に行った。

 そこで、香織は僕に辛い悩みを打ち明けて来た。

 一つは、仕事のことで、もう辞めたいということだった。先輩の先生が自分のことを無視するせいで、職場中からいじめのようなことをされているらしい。毎日泣きながら仕事に行っていると言っていた。子供たちはかわいいから先生の仕事は好きだが、もう耐えられない……と言っていた。

 もう一つは彼氏のことで、このまま一緒にいても、将来は見えないらしく、どうしたらいいか分からないようだ。今まで付き合ったことがあるのが、今の彼氏だけで、付き合ったり別れたりを繰り返しているらしい。そんな関係なものだから、完全に今の彼氏に依存してしまっていると自覚していた。


 僕はその話を聞き、心が痛くなった。『彼女の境遇』、そして『23歳という年齢』それを考えると、僕は自分が何とかしてあげたいと思っていた。彼女の素敵な笑顔を守りたいと思ってしまった。


 そして、本気で香織に恋をしたのである。



 実際に人を好きになるのは理屈じゃない。改めてそう思えるほど、心を奪われた。

 ラインも普段は何も気にしないのだが、返事が来ないと、ことあるごとに開いて既読がついているか見るようになった。そして何より仕事が手につかなくなり、モヤモヤするようになった。


 その後も、もう一回会って食事をした。会うたびに新しい話が聞け、僕の好きな気持ちは膨らむばかりで、どうしようもなくなっていった。彼女の気持ちは分からないが、おそらく相談相手以上にはなっていないような気がした。



 そんな日々の中、薬局で買い物をしていたら、懐かしい香りがした。新発売のシャンプーの匂いだったが、僕はこれに似た匂いの香水を知っている。何となく昔を思い出す……。

 僕は車の中で音楽を聞く。ずっと昔から使っているiPodでシャッフル再生している。最近では流行りの曲やテンションが上がる曲ばかり聞いていた。でも、普段飛ばしている、昔の曲や恋愛の曲、バラードが流れると、飛ばさず久しぶりに聞くようになった。

 宇多田ヒカルの『ファーストラブ』、EXILEの『ただ、逢いたくて……』が流れてくる。懐かしい気持ちになる……。

 モヤモヤして一人でサッカーボールを蹴ることにした。こうゆう気持ちでボールを蹴るのは久しぶりだ。気持ちとボールを蹴る感触がリンクして、当時の気持ちが蘇る……。



 僕の中で、十数年閉められていた、記憶の蓋が少しずつ開いてくる。

 彼女と会うと自分のことを話したくなる。昔のことも全部。

 いたるところに落ちていたきっかけを拾い集め、記憶の蓋が全開になった。



 僕は、香織に自分の気持ちや昔の事を全て話してみることにした……。


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