尻尾による感情表現と狼狽える配達人
目を覚ますと俺はベッドに寝かされていた。木が剝き出しの、簡素な山小屋のような場所だった。体を起こすと足に電流のような痛みが走った。おそらく昨日の全力疾走の弊害だろう。あんなに全力で走ったのはいつぶりだろうか。
簡素な山小屋のような、と言ったが室内も同じく簡素だった。中央には同じく木のテーブルが一つとそれに寄り添うようにある椅子。あとは何も無い。強いて言うなら中空に干されている肉があるくらいか。
ベッドの正面にはおそらく外に繋がるであろう扉が一つ。昨晩の出来事がフラッシュバックして身の毛がよだつ。外に行くのはやめておこう。ところで俺はなぜここで寝ているんだ。と、疑問に思った所でそういえば俺は誰かに助けられたことを思い出した。そうだ、もしかしたらここはその人の家なのかもしれない。
痛む体をなんとか起き上がらせて扉へ向かう。とりあえず外の様子を知りたかった。ここはどこなのか、確かめたかった。それと、帰る方法も。
意を決して扉に手をかける。一度深呼吸をして手に力を込める。行くぞ。
と、いうところで俺はいきなり前方につんのめることになった。それはどうしてかはすぐに分かった。扉が開いたのだ。体勢を整える間もなく前方へ目を向ける。そこには白いワンピースを着た美しい女性が立っていた。
「あ、目を覚まされましたか」
野草のようなものを手に持っているその女性はよく知っている人間の女性と瓜二つだった。耳と、尻尾がある以外には。
「あ、え、えっと」
なにから聞けばいいのか分からず口ごもる。しかし、俺は立派な大人の男性だ。狼狽えるな。
「まずは、助けていただきありがとうございます」
俺はそう言って頭を下げた。
「それは大丈夫です。珍しい客人だったので驚きはしましたが」
そう言いながらも彼女はずっと無表情だった。
「そんなことより今外に出ようとしましたか」
「あ、ま、まぁ」
「あまり知らない土地で出歩くのは感心しませんね。色々と知りたいこともあるでしょうし、家に入ってください。私が知っていることならお話ししましょう」
俺の脇を通り過ぎて山小屋、もとい家に入っていく女性。俺も跡に続いた。
椅子に腰かけてその女性はテーブルの上に野草を広げた。椅子は一つしかなかったので俺はとりあえず地べたに座り込んだ。もしかしたらベッドにでも促してもらえるかと思ったが、そんな思惑とは別に俺を一瞥してから彼女は野草を選別しだした。
「何からお話ししましょうか」
彼女は俺のことなど目もくれず、そう切り出した。俺は一先ず一番気になることを聞いた。
「ここは、いったいどこなんだ」
彼女は逡巡するように視線を左下から右下に移動させたあとに言った。
「ここは、イスコロア国の外れです。まぁあなたに言っても分からないでしょうが」
「イス・・・コロア・・・」
聞いたことのない国の名前だ。つまり、もしかすると。
「ここは、いわゆる異世界というやつなのか・・・?」
俺はおそるおそる彼女に質問を投げる。
「あなたにとってはそうかもしれませんが、私にとってはここが自分の世界なんです。あんまり嫌な言い方をしないでください」
「すみません」
そりゃそうか。というかなぜ彼女は異世界ということを認識しているんだ?
「付け加えると、よくあなたのような人がここに迷い込んでくるんですよ。職業柄、けっこう外に行くのでわりと出くわすんですよね。もうあなたで7人目です」
「え、そうなの!?」
思ったよりも多かった。もしかしたら全国で捜索願を出されているような人たちは案外、異世界に飛ばされているのかもしれない。
「まぁ、みんなすぐに亡くなりましたが」
「おうふ」
そんなものなのか。
「初めて見ましたよ。無事だった人」
「ん?どういうことだ」
「まぁ見てください」
そう言って彼女は席を立った。先ほどの扉に手をかけて開ける。俺を振り返って空いた手で手招きをした。促されるまま、俺も扉へ向かう。そして彼女は外を指さした。指す方を見ると、石畳が広がった奥に昨日見た赤黒い地面が広がっている。だからどうだと言うんだ。
訳も分からないと言った顔で彼女を見る。彼女は、やれやれといった感じで説明してくれた。
「奥に見える赤い地面。私たちは死の大地と呼んでいます。あれに触れると、まぁ私たち含めて大概の生き物は30秒ほどで死にます」
「え!?」
俺、ここに来てすぐにあの上で起きたんだけど!?
「なので私たちはこうして石畳を敷いてなんとか暮らしています。この石畳がある場所で無いと私たちは生きられないのです」
彼女の尻尾が悲しそうにだらんと力無く垂れた。
「そ、そうなのか」
じゃあ俺は?まだ生きてるが?
「あなたのような異世界人も例外じゃありません。先ほどこちらに来てすぐに亡くなる、と言いましたがだいたいあの地面のせいです。私は何度もそれを見てきました」
怖すぎだろ。そういえばたくさんの死体を踏みつけながら俺は走ったが、もしかするとあれがその死の大地に犠牲になった人々なのかもしれない。本当に恐ろしいのはその死体の下にある死の大地だ。
「しかも死の大地によってできた死体は腐乱しません。ずっとあのまま残り続けています。もしかしたらそれが死の大地の栄養源なのかもしれませんね」
「うへぇ」
そうため息を漏らしたところで彼女はいきなり扉を閉めた。もう少し見たかったのに。
「なのに、なぜあなたは生きてるのですか?」
「そんなこと言われても」
「昨晩、私は急用で外に出ていました。そうすると死の大地をあろうことか全力疾走してくる人がいるではないですか。しかも泣きそうな顔をしながら。そしたら野獣に襲われるし。私がたまたま出ていなかったらどうなっていたことか」
「あぁ、重ね重ね、その説はありがとうございました」
「もういいんです。そんなことよりあなたはもしかしたらあれに対して耐性があるのかもしれない」
「あれ?」
「話の流れで分かってください。死の大地です。ひょっとすると、あなたはこの国の、いやもしかしたらこの世界の救世主なのかもしれませんね」
そう言って初めて彼女は笑った。
「申し遅れました。私の名前はセオリス。セオリス・イスコロア。この国の王女です」
「Oh」