第48話 デーモンロードと燻製とサントリープレミアムモルツと
一度やってみたいけど、煙とか部屋が臭くなるとかで出来なかった事があるのよね。
現在はコテージ、お庭も広くてご近所さんもいない。という事で私は捨ててもいい鍋を用意しそれにアルミホイルをひくと、スモークチップをちりばめる。そしてさらにザラメ砂糖。
使う食材はゆで卵、ベーコン、6Pチーズ、ちくわ。
「かなりあー、なにしてるの? 儀式?」
「うむ、みたところホムンクルスを生み出す儀式のように見えるが、鍋が小さくも感じるであるな!」
へぇ、ホムンクルスってお鍋で作るんだ。まぁ違うけどね。
「二人とも、最終日は残り物食材で燻製を作って焚火でも見ながらビールで一杯やるわよ!」
この自然の空気を身体いっぱい取り込んだこの1週間。食費もでて、なんならアルバイト代まで出たフィナーレを飾るのはベタに、プレミアムビールにしようと思ってるの。
ガチャ! あら? 今日も早いわね。
「動くな! へへへ、女が二人か、ここがどんなところかも知らずにのこのこやってくるとは馬鹿な奴らだぜ」
あら? 長いナイフを向けた異世界ではなく、普通の人がやってきたわね。デュラさんとミカンちゃんが興味も示さないのでそんなに危なくない……わけないわね。ちょっと異世界の人と関わりすぎてて感覚麻痺してたわ。強盗じゃない!
「えっと、どちらさんですか?」
「知らないのか? このコテージ呪いのコテージなんて言われてて怖いもの見たさでお前らみたいな連中が来ると、怖い人もそれに乗じてやってくるんだ」
見たところ50手前くらい、無職かしら? とにかく一度味を占めた犯罪者みたいね。さて、とりあえず抵抗はやめて、
ガチャ。
あら、また来た。強盗のお仲間……じゃなさそうね。ミカンちゃんの表情が険しくなり、デュラさんの空いた口がふさがらない。
「フハハハハハ! ウゾウムゾウドモ! ココハドコダ?」
身の丈3メートルはありそう。人型だけど明らかに人のそれではなく禍々しいオーラを纏っている。カタコトの怪物。強盗さんの後ろにいるので強盗さんは自分にビビっていると思っている。まさかに虎の威をかるなんとやらなので、私は指を差してみた。
「なんだぁ! 動くんじゃねぇ!」
「あの、後ろ」
「あぁ……うわぁ! 何だコイツ……」
「ワレワ デーモンロード。デーモンヲスベシモノ。ナヲ、オバキル。イキトシイケルモノ、ジゴク二ヒキズリコム」
ヤバい系のモンスターの人っぽいなー。それにしてもどういう状況だろう。強盗さんがてんぱって持っている刃物でオバキルさんに襲い掛かった。
どんな身体しているのか分からないけど、オバキルさんの皮膚が硬いのかナイフは根本からぼっきり折れ、
「ば、ばけものだぁあ! うわぁ!」
「あっ!」
ゴミ箱をひっくり返し、ミカンちゃんがもっちゃもっちゃとさっき食べてたバナナの皮に滑って気絶した。
「あ、危ないところを助けて頂いてありがとうございます。私は犬神金糸雀です」
「お、オバキル殿! バンデモニウムの支配者! デーモンロードのオバキル殿ではないか!」
「オオ、ソノカオハ。メイユウ、マオウアズリエルノハイカ。デュラハン」
知り合いだ。
「オバキル殿、普通に喋られよ! ここにいる皆はそういうのは気にせぬである」
「ふはははは! そうか、ではそうしよう。人間共の冒険者が我等のバンデモニウムに来ると聞いたからもてなしの祭りを企画していた時、我が部屋に戻った際、ここに出た。珍妙である! ふはははは! そちらの小さい人間の女は強い力を持っているな!」
「……」
「オバキル殿、そちらは勇者である!」
「おぉ! 勇者か! 勇者であるか! ふはははは! それはいい!」
オバキルさんはミカンちゃんを上から見下ろし、まさか……と私とミカンちゃんが思った時、
「我が手と握手をする事を許可してやろう! ふはははは! バンデモニウムの連中。我が勇者と握手をしたと言うと信じぬであろうな! ふはははは!」
まったく状況がつかめない私達にデュラさんが教えてくれた。
「オバキル殿達デーモン種の住まうバンデモニウムは我が君。魔王様の城の遥か後ろにあり、普通の冒険者がたどり着く事はなく、規格外の魔物であるデーモン達は暇をもてあましておってな。人間がひとたび迷い込んできたら、それはそれは凄まじいもてなしを受け、何か一つ宝物を持ち帰らせておるのだ!」
えっ、それってマヨヒガじゃないの……ははーん、マヨヒガって異世界に迷い込んだ私達の世界の人たちの事ね。はいはい! で、今回はその逆ね! じゃあ数々の私の世界の人々をもてなしてくれたデーモンさん達の代表に、
「オバキルさん、今から燻製パーティーするので参加していきませんか?」
「ふはははは! 金糸雀がそこまで言うのであれば参加する事もやぶさかではない!」
そしてわりとプライドが高い種族みたいね。まずはベタに6Pチーズを網にのせてチップに火を入れる。その間に……
「じゃあ、プレミアムモルツで!」
「「「「乾杯!!!」」」」
プレモルは呑みやすいビールとして世界的にも人気なのよね。どちらかと言うとホップがキツいパンチの効いたビールが好きな私達はお値段もさる事ながら中々手を出さないんだけど、今回は食費も出ているので当然用意していましたとも。
「フハハハハ! この麦酒。香りよし、味よし、クセもないではないか! フハハハ!
人間がつくりし物のくせに美味い!」
「うむ、オバキル殿がいうとおりであるな! 我はザ・モルツ派であるがプレモルは1杯をゆっくりと楽しめる味わいがある!」
どちらかと言うとスッキリしてるビールが好きなミカンちゃんはプレモル好きそう。
「ぷきゅううう! うまい! 勇者はこの麦酒が気に入った!」
一口目のビールってなんか救いを感じるのよね。さて、乾杯も終えたところで、チーズ燻製が完成したわね。
「はい、チーズでーす! 一人1個半あるのでどうぞ! 次は竹輪いくので、お楽しみに!」
さぁ、オバキルさん。スモークチーズとプレミアムモルツに酔いなさい! 何故なら私の口の中はスモークチーズによって薫された中をプレモルで綺麗に流される。久々にあった同窓会のような口内ジュブナイル現象が……
「うみゃああああああ! 香ばしいチーズに麦酒超あうーーー!」
「フハハハハハ! 我もうみゃあああと叫ぶ事にする! 燻製のチーズ、デーモンで言えばアークデーモンであるな!」
「おぉ! オバキル殿。うまい事を仰られる! さしずめプレモルは失楽園と言ったところですかな?」
「ほぅ、うまい! ふはははは!」
どううまいのか、小一時間教えてもらいたいけど、みんな1缶目が終わったから二缶目、オバキルさんは大きいのでここからロング缶よ! 燻製の征夷大将軍と呼ばれている(主に私が言ってる)スモークチーズの後には少しライトな竹輪ね。からしマヨネーズをそえて……
「スモークチーズと並び立つ最強のおつまみよ!」
そもそも練り物とビールの相性が抜群なのに、それを燻製にしちゃうとか……
「くっ……プレモルと竹輪の燻製。何故だか分からないが、我は非常に愛おしく感じる……この気持ちはなぜか……」
「フハハハハハ! 食べたこともないのに、なぜか懐かしく思うのは何故だぁああ! 金糸雀よ。麦酒、もう一つ飲んでやらんこともない!」
お代わりね! 私はロング缶のプレモルをオバキルさんに渡し、二人が並んで竹輪に舌鼓をうっている姿を見て気づいたの……さ、サラリーマンよ! 駅のホームとかでちーちく(チーズの入ったちくわね)片手に酎ハイとかビール飲んでる姿。まさか、世界中のお父さん達の気持ちとシンクロでもしたのかしら……
「勇者ちくわ好きだけど……ちょっと引くー!」
ミカンちゃんはどちらかというとガッツリ系が好きなので、吊るしベーコンを分厚く切った物を、
「ミカンちゃんはこういうの好きでしょ!」
「干し肉? 勇者、元の世界でも食べれるのはちょっとー……ん? んん?」
そんな異世界の干し肉なんかと日本ハムさんの吊るしベーコンを一緒にしちゃいけないわね。そう、未来の声が聞こえるわ!
3、2、1。
「う、うみゃああああああ! ば、麦酒を飲む手が止まらないのぉおお!」
脅威の三缶一気飲み。もうミカンちゃんにもロング缶渡しておこう。でもステーキでもなく、かといって普通のベーコンでもなく。燻製にしたベーコンってなんでこんなにオツマミ感が強いのかしら! オバキルさん、すごい大きいのに上品に食べる仕草からきっと育ちがいいのね。デュラさんはそんな他社の重役と飲み交わしてる感じで自ずとマナーを身につけた感じかしら。
みんな楽しんでるわね。
じゃあそろそろスモークチーズと双璧の人気を誇る燻製界の摩利支天。
「燻製卵よ! 2個ずつ作ってみましたー!」
なぁんだ。卵か、と私は思うかと思ってたんだけど……
「たまごー! 勇者、たまごスキー!」
「うむ、たまごは高価であるからな」
「フハハハハハ! 卵など一週間に一回は食べているが、食ってほしいというなら食ってやろう!」
異世界で卵は高級品と、でもそうよね。養鶏場があるからそこそこ安価に手に入るけど、昔は日本でも高級品だったもの。なら思う存分楽しみなさい!
なんでか私も分からないんだけど燻製卵は恐ろしくおいしいのよ。そして呪いでもかかったかのようにビールを飲む手が止まらなくなるの。
「うまい! うまい! 魔王様にも食べさせたい! この味! からのプレモルが、きくである!」
「フハハハハハ! バンデモニウムの皆に一つ法螺話と言われるな! フハハハハハ! そこそこうまい物を食べた!」
「うきゃあああああ! おーいーしぃいい!」
水のようにプレミアムモルツが消費されていくわね。プレミアムとは一体。そろそろ宴も酣。
「金糸雀よ! この食べ物の作り方聞いてやらぬでもないぞ!」
「よっぽど美味しかったんですね! これ、作り方とこのお鍋と網差し上げますよ! バンデモニウムの皆さんに振る舞ってあげてください!」
「フハハハハハ! 仕方なし! 金糸雀にはこれを恵んでやろう」
渡されたものは、何か呪いの文字みたいな物が書かれた石のプレート。なんだろうこれと思っていると、ファンタグレープを飲みながらミカンちゃんが読んでくれる。
「バンデモニウム招待券なの! 金貨1000枚で取引されてる超レアアイテムなの!」
へぇ、ディズニー的な感じなのかしら……
そんな時、ううんとあの強盗が目覚める。ここは? とか言っているとオバキルさんが、
「フハハハハハ! 貴様、寝てばかりで我と盃を交わせなんで絶望する事はない! 今よりバンデモニウムで宴を開いてやらなんでもない! フハハハハハ
! では気が向いたらまたきてやろう! 金糸雀、デュラハン、勇者よ」
「うわー! 嫌だー! 助けてー!」
そう叫んで、名前も知らない強盗の人は異世界に連れていかれました。私は警察に通報しようか考えたけど、強盗に入られて強盗は異世界にデーモンに連れていかれましたとか言ったら、頭おかしい女だと思われそうだったのでやめた。




