第327話【番外編】グルメ系番組と犬神さんと酔いどれエルフのきゅうりのカクテルと。
「犬神さん! 犬神さんの部屋のDVDおかしくね?」
「あ?」
犬神金糸雀さんが住む少し前、この部屋の主は金糸雀さんの兄貴、名前は……またの機会としよう。その深すぎるお酒の知識と保有量から畏敬の念を込めて人間も人外も、そして異世界からの放浪者。酔いどれエルフことセラさんも彼の事を等しくこう呼ぶ。
“犬神さん“と
「いや、孤独のグルメ、晩酌の流儀、吉田類の酒場放浪記、ワカコ酒、アニメの方もワカコ酒、たくのみ、お酒は夫婦になってから……充電させてくださいとかないんだなと思ってな」
「あぁ? 別にいいだろうが」
「いや、漫画……BARレモンハート、バーデンダー、酒のほそ道、これ食ってシメ、琥珀の夢で酔いましょう。酒ばっかじゃん! 推しの子とかシンデレラグレイとか読みたいんだが?」
「は? 葬送のフリーレンとロードス島戦記とか、ダンジョン飯とかあるだろうが?」
「だって! それ、私じゃない小娘エルフ達が活躍するから読んでいたら嫉妬の炎で狂いそうになるんだー!」
セラさん、神々が生まれるよりも前には存在している最古のエルフ。かつては勇者と共に魔王退治の旅に出た事があるとか、どこまでも続く深いダンジョンの探索をしたとか、謎の大陸攻略をしたとか話すが全て二番煎じみたいなセラさんの逸話に犬神さんは半信半疑で聞き流していた。
そして、何千年生きてきたのか、何万年無駄に時を過ごしたのか知らないが、セラさんを一言で言い表すなら、
「お前、ほんとしょぼいよな。なんの為に耳が無駄に長いんだよ」
「あー! あー! 犬神さん、エルフに絶対言ってはいけない事言ったー! 身体的特徴を他人に言うのは人間でもタブーなのにー!」
「あ? うっせーわ! 俺の部屋は治外法権だボケが! 黙って聞いてりゃ、人の趣味を否定するようなことばっか言いやがって、毎回その辺で飲み散らかして吐き倒れて迎えにいくの誰だと思ってんだコラぁ!」
10対0でセラさんに問題があるのだが、セラさんもひくに引けなくなってきた。
「この世界のお酒と食べ物が美味しいのが悪いんじゃないか! コンビニの肉まんなんて私の世界の宮廷料理の1000倍は美味しいんだからな!」
「異世界の食文化が終わっているって事だけは分かるわ。よくある異世界物の飯食って美味いって言う展開。あれさ、元々その世界の人間なら味覚もクソもないからいけるだろうけど、日本から異世界に転移したやつとか絶対クソ不味いってならないとおかしいよな? お前の話聞いてると旨み成分皆無な食生活なのにな」
犬神さんはリアリストである。セラさんが魔法で炎を出した時もキャンプ以外では役に立たないとバッサリ切り捨てて、飯まず異世界に関してはあまり興味は持っていないが、
「日本と違って幸福度は高そうだよな」
「そうでもないぞ。子供の死亡率は極めて高いし、魔物の脅威以外にそこら中で人間同士も戦争してるしな。みるに耐えん、人間が文字を生み出した時は大したものだと思ったが、結果それが封建制度を招いたしな」
たまにセラさんが神の視線で世界を語る時、あー、こいつ無駄に長生きしてたんだなーと思い出す。セラさんが引っ張り出してきたDVDの中から適当に“おいしい給食“を取り出すとそれをBGM代わりに適当に流す。
「セラよ。よく漫画の実写化を叩いたりするパターンがあるだろ?」
「うん。進撃の巨人とか鋼の錬金術師とかウィッチブレイドとかだな」
「最後のは実写版の方が先だ。まぁ、いずれもクソだけど。“おいしい給食“に関しては実写版の方が圧倒的に面白いと俺は思うんだよな」
「市原隼人の甘利田先生は狂ってるからな」
給食というテーマにおける日本人の大半が知っている世界で行われる。何を見せられているんだ? という面白さのギャップが見ていて飽きない。セラさんと犬神さんは劇場版も全て観に行っている。
「さてと、今日はなんかカクテルでも作るか、夏も終わりだし、夏を感じられるのいっとくか?」
「私は一向に構わんぞ!」
ベランダからミントの葉を持ってくるとそれを軽く潰す。そしてシュガーシロップと混ぜて香りを立たせる。
「ミントジュレップか?」
「まぁ、それもいんだけどな。お前と同じ緑色の酒を作る」
「エルフ=緑色は犬神さん達人間の勝手な妄想じゃないか! それなら犬神さんは黒だ! 真っ黒だ」
「で、次は」
「無視するなー!」
グラスに先ほどのミントとシュガーシロップを混ぜた物を入れると炭酸水を半分程注いでぐるぐると混ぜる。ハイボール等だと上下に一回程度なのに犬神さんのステアは終わらない。
「気が抜けるけどいいのか?」
「ガス抜きって言うんだよ。微炭酸でいいんだ」
そこにホワイトラムを注ぎ、ロックアイスを一つポンと入れる。モヒートを作ったのかーとセラさんは思っていたら犬神さんはフルーツナイフを取り出し、冷蔵庫からきゅうりを一本持ってくると、皮を向いてから縦に薄く切り始めた。一本分の長さのきゅうりの薄切りを巻くようにモヒートの中に入れて完成。
「ほい、キューカンバーモヒート」
「おぉ! 美しいカクテルだな! まさに叡智の民、エルフを象徴しているようだ! 夏の終わりに乾杯!」
「俺がエルフだったとしてお前の事を叡智と言っているなら俺はエルフをやめるわ。乾杯」
キューカンバーモヒート、ミントとシュガーシロップときゅうりが起こす化学反応。ほのかにメロンのような味わいになるのだ。それにセラさんは、
「ほわー! これは、これはうまいぞ犬神さん!」
「そう? 良かったよ。まぁ、きゅうりの浅漬けでも摘みながら、暮れゆく秋の空を楽しむのもまたオツだろう?」
「犬神さんのよく使うオツってのはどういう意味なんだ?」
「甲乙丙って言って、乙は二番目。一番じゃないけど、悪くないねぇって事った」
「成る程、2番じゃダメなんですか? って事だな」
「まぁ、その政治家は問題大有りなんだけどな」
この時期にしか見れない茜色に輝く空を見つめながら飲むキューカンバーモヒートは中々悪くない。今日もまた良いお酒で〆れたなと犬神さんは思っていたらセラさんがこう言った。
「こうなるとエルフというカクテルを作りたくなるな。いや、私はそもそもハイエルフだ! ならばハイエルフを作るとするか」
「ほぉ、面白い。作ってみろよ」
きゅうり使うんだろうなーと思っていたら、やっぱりセラさんはきゅうりを使った。少しだけ犬神さんが驚いたのは飾り切りよろしく皮の部分をシュルシュルと向いた。元々原始的な生活をしていただけあってナイフの使い方はそこそこ上手い。
そこにドランブイ、そして焼酎。
「魔王使うのか、それだと村雨か?」
焼酎カクテル村雨でも作るのかと思ったら、セラさんはロックグラスに魔王45cc、ドランブイ5cc、レモン汁5ccをクリスタルカットした一個の丸い氷を沈めたロックグラスでステアする。そこにきゅうりの青い皮を沈めて、ざくぎりにしたきゅうりも入れた。
「完成だ! これぞ究極。至高のカクテル! “ハイエルフ“だ! さぁ、飲んでみてくれ犬神さん」
「いやまぁ、じゃあいただきます」
いも焼酎らしからぬクセのない魔王とドランブイは思いの外よくあった。村雨のオリジナルレシピは麦焼酎なので芋焼酎である魔王は確かに村雨とは言えない。そこにレモンの芳香。最後に青々しいきゅうりの味わいは中々に悪くない。
「おぉ、美味いな」
「そうか? そうだろう? どれ、私も! おぉ、ワイルドでかつ冷静なこの味わいはまさに私たちエルフと言って過言ではないな! なんだかあのティルナノの大森林が目に浮かぶようだ」
どこだよそれはと思いながら、まぁ美味い酒を前にしてそれは野暮かとこれまた暮れる空ときゅうりの浅漬けをおつまみに、狂喜乱舞している市原隼人こと、甘利田先生を視界に入れながら今日のお酒を楽しむ。
「どうだ? これはすごいんじゃないか? カクテルアワード取れるんじゃないか?」
気持ちよくなっているセラさんにこれを言うのは気が引けるなぁと思ったが、犬神さんは知らない事は本人が可哀想かと教えてあげた。
「これ、かっぱ酎って飲み方なんだわ。すでに昭和時代から飲まれてんだわ」




