第316話 韋駄天とブタメンカップ焼きそばとアサヒレッドアイと
「運動会で瞬足を履いてはいけない? なんでなり?」
「えっとねー。うんとねー」
本日は韓国で研究員をやっている従姉妹の烏子さんの娘の飛鳥ちゃんが台風が来るという事で数日預かっているの。犬神家の親族は何故か日本や世界のどこにでもいるのはなんでなのかしら。ミカンちゃんに飛鳥ちゃんが懐いているのもあってデュラさんの事も最初は驚いていたけど、今は美味しいお菓子をくれる首だけのおじさんって感じで懐いているわね。
「なるほど、左右非対称になったソールでカーブが曲がりやすい靴なのであるな? 経済状況で買えない家もあるので空気を読んだという事であるか、しかし左右非対称靴とか身体に悪そうであるな」
※一概には言えないそうですが、瞬足普段使いは健康を害する可能性があるようです。
なんか飛鳥ちゃんがリレーを速く走る為にミカンちゃんに相談に来た見たいね。で烏子さんは瞬足を自分の娘に送ったけど、それは運動会では使えないという事みたい。
「勇者が最速のバフかけり?」
「我もクイックの魔法くらいであればかけられるであるぞ」
「二人とも、それズルになるからダメよ」
異世界組の使う力は平気で私たちの世界の因果を捻じ曲げちゃうから気をつけないといけないわね。
「走り方とかそういうのを教えてあげた方が良くない?」
「我は走る事はないであるからなー。基本馬上であるし、なんなら今は首だけである」
「勇者、バフかけて走る方法以外わかんねーかもー」
普段から自分の力で運動をしていない人みたいになってるじゃない。私は飛鳥ちゃんのマグカップにココアを追加で注いであげる。
「飛鳥ちゃん、今日のお昼。何か食べたい物ってある?」
基本的には他親戚が面倒を見てるんだけど、私の部屋に遊びに来ている時は当然私がご飯の用意なんかをしてあげるわ。
「金糸雀お姉ちゃん、あのね?」
もじもじしながら飛鳥ちゃんは食べたい物を述べた。それは……ジャンクフードの王道。
「カップ麺かぁ、確かにみんなの手作りご飯も美味しいけど、たまにはこういうのも食べたくなるわよねー! うん、じゃあミカンちゃんと買い物行ってらっしゃい。好きなの買っていいから、私とデュラさんはサラダとか作って待ってるわ」
昭和時代のサラリーマン、いわゆる企業戦士なんて言われていた異常な労働時間を働いていた人達は毎日カップ麺食べてたらしいわね。あまりにも確信的で手軽で美味しいから狂ったみたいに食べてたとか……それが今や海外で同じような事態になっているとか聞いたわね。
健康を考えてワカメラーメンが発売されたとかこの前テレビでやってたわ。
「塩分が多いカップ麺だから、塩分少なめのドレッシングを使った簡単なサラダでいいかな? 無塩のトマトジュースも飛鳥ちゃんには飲んでもらおう! で、私たち大人組は……アサヒ! レッドアイよ」
スーパードライとカゴメのトマトジュースを割ったカクテルね。発泡酒扱いされているけど、スーパードライを使われているから最高に美味しいわ。
そう、台風10号が来る前に私たちの部屋にやってきたのは一人の神様。
ガチャリ。
「こんちわー! 犬神さん、おるー?」
やってきたのは、大分時代遅れなセキセイインコ染(今のお洒落なインナーカラーではなく、髪の色を所々に染める昭和の謎の染め方)をした男の子。格好も派手目の赤いスーツの明かにぶっ飛んでる人来たわね。
「こんにちは、犬神金糸雀です。現在のこの部屋の家主になります。多分、犬神さんって兄貴の事ですかね?」
「……金糸雀ちゃんかい! おやー、大きくなったねー! 俺俺、覚えてる? 韋駄天」
「ごめんなさい、覚えてないですね」
「まじかー! ドンキホーテのポイントカードじゃないよ。犬神さんと耳なが族のセラとか、ウィッカ・ウィッチクラフトとか八岐大蛇とかと一緒に飲んでた時にさー、いたじゃん! まだ小学生くらいだっけ?」
「兄貴とは5歳しか離れてないんで、その人別人ですよね?」
瞬時に理解したわ。この人、ヤバい人だわ。兄貴、なんでこんなヤバい人ばっかり知り合いなのかしら。あー、ウチの兄貴も別ベクトルでヤバい奴だったわ。酒以外に感動も驚きもしない兄貴だったわ。人外が来ても飲み友くらいに考えてるんでしょうね。
…………
…………
私もだ。
「で、貴方は韋駄天さん」
「そうさ! 風の又三郎とは俺の事さーね!」
「おぉ! 宮沢賢治であるな!」
「博識だねぇ、首だけの旦那」
「いやいや、恐らくは風の神であろう韋駄天殿も小洒落た言い回しであるぞ」
「あっはっは! 俺ね。風の神じゃないんよ」
「「えっ!」」
私も風関係の人かなーとか思ってたけど、違ったわ。ならこの人、なんなのかしら?
「俺ねー。超足速い人の概念が神になった奴ね。要するに妖怪。この日本っていいよねー。大体人外は神で片付けてくれるから。だから、旦那……ええっと」
「デュラハンである。皆からはデュラさんと呼ばれているであるぞ」
「デュラさんも日本だと神!」
「おぉおおおお! 数ランク魔物の位が上がったであるぞ! 日本万歳であるな!」
まぁ、一理あるけど。兄貴、変な化け物家にあげるのやめてよね。絶対私の人外飲み友の方が普通じゃない。デュラさんとか! ミカン……ちゃんとか……ニケ様、は……うーん。あー、まぁいいか。
「とりあえず兄貴は多分異世界にいるんでいないですけど、お酒でも飲んでいきませんか?」
「ま? レッドアイじゃん! 缶で出てんの? スッゲー、犬神さんにカクテルで作ってもらったの懐かしいなぁ」
「兄貴のカクテル飲んだ事あるんですか? うらやま!」
「犬神さんがカクテルアワードにバーテンダーじゃないのに出場して受賞した時にね。あれウケるー。そうだそうだ。お土産。ブタメンのカップ焼きそば売ってた! これ、何目的? やばくない? ちょいと厨を借りやすぜ? 旦那さん、お嬢さん」
「中々のマシンガントークであるな」
韋駄天さんは私の部屋のキッチンでお湯を沸かしながら、YOASOBIのアイドルを口ずさんでるわ。そういえば2期が始まったとか言ってミカンちゃんとデュラさんが見てたわね。“かぐや様は告らせたい“と世界線同じなのよねアレ。
「はい、お客さん、お待たせ様でござんすー!」
ミカンちゃんと飛鳥ちゃんが帰ってきていないのに、既に飲み会準備が完成してしまったので、私は仕方ないかとデュラさんに、
「乾杯しますか?」
「カップ焼きそばが冷えてしまっては失礼であるしな」
とレッドアイをゆっくり三回程上下して振るわ。シェイクしたら炭酸なので吹き出すけど、このお酒はマストで上下して振る事を推奨してるの。そのまま飲むより圧倒的に美味しいわ。
「じゃあ! 韋駄天さんのお帰りに、乾杯!」
「乾杯であるぞ!」
「嬉しいねぇ! 犬神さんにはいつも追い出し喰らってたからなー! 乾杯!」
家に入れちまったよ。ちくしょう! やっぱりセラさんタイプなのかしら?
アサヒレッドアイの甘味と酸味、そしてビール特有の後からくる苦味を楽しんだ後は、空腹感を刺激してくれるわね。こんな美味しいお酒を飲んだのに、ジャンクなカップ焼きそばってある意味宅飲みの原点ね。
「じゃあ、ブタメンカップ焼きそばいただきまーす!」
完全に香りは駄菓子のブタメンね。というか、ブタメンもおつまみになるしブタメンつよつよね。
物足りる感がカップ麺系の強みね。この身体に良さそうなお酒と悪そうなおつまみの組み合わせがまたジャンクさを醸し出してるわ。
「おぉ! 普通に美味いであるな! 豚骨が香る塩焼きそばである」
「でしょでしょ! これ、くっそうまくてさー!」
「そういえば韋駄天さんって足速いんですよね? 今、預かってる子が運動会のリレーの相談受けてて速く走る方法とかないですか?」
私は、韋駄天さんのスイッチを押してしまったの。何かに取り憑かれたかのようにイッちゃった目をした韋駄天さん。はぁはぁと息が荒いわ。お酒のせいじゃなさそうね。
アサヒレッドアイを一気飲みすると、韋駄天さんは一つの靴を取り出したわ。それは子供向けのアキレスの瞬足ような。
「これは俺っちイダテンの神足って靴さぁね。これを履いて走ると!」
あー!
あー、成程。全て理解したわ。兄貴がこの人を追い出す理由。この人、お酒には酔わないけど、走る事に狂ってるんだわ。部屋の中を目にも止まらぬ速さで走り回り。部屋の中ぐっちゃぐちゃ。
これ、神様じゃなくて妖怪だわ。
「ふひひひ! 入るのキモチイイイ! 最近、日本も市民ランナーが増えて、俺っちの力も倍増してるんだよねー! あぁああああ! イクイク! あああああ」
「お帰りはあちらです」
私は怒りもせずに玄関に誘導して韋駄天さんにお帰り頂いたわ。そして飛鳥ちゃん用に韋駄天さんが置いて行ったイダテン製の神足をゴミ箱に捨てると、
「ただいまなりー! うおっ、クソ散らかってり!」
「ただいま。金糸雀お姉ちゃん、デュラおじ様」
「お帰りなさい! ちょっと散らかってるから、カップ麺は夜にして、外に食べにいこっか? そのあと、お片付け手伝ってくれる? その代わり、私リレーの練習付き合っちゃおうかなー! そういえば昔陸上部のヘルプで選手やってた事あるのよ」
「ほんと? うん! 私は大丈夫!」
たまにはお酒を飲まないお昼ご飯もいいわね。ミカンちゃんの背中のリュックにデュラさんを入れて、私とミカンちゃんの真ん中に飛鳥ちゃんと手を繋ぎながらファミレスへ。
私の空いている方の手が本来いるはずのない誰かの手と握っているのよね。
怖いなー。
怖いなー。
と思って、横を見ると……
そこには勝利の女神が並んで歩いていたのよね。
今となってはいつからいたのか私のはわからないんです。台風が強風と共に何か悪いものを連れてきた前触れなのかもしれません。
信じるか、信じないかはあなた次第です。




