第315話 ヴァグランツとトリスクラシック フルーティーアロマと茹でトウモロコシと
本日、私の部屋に届いたお酒。
「トリスクラシックであるか?」
「色が薄いかもー」
そう! 70年以上の歴史を持つトリスクラシックウィスキー初の限定品が8月27日に発売されたのよ! そこまでプレミア価格が付くとは思えないけど、普通のトリスクラシックと同じ価格だから終売した後に2,3000円くらいにはなるかもしれないわね。でも多分、数多く発売しているから競争率も低いしコレクターアイテムとして購入はおススメしないわ。
「本日はこれをのめり? しゅわしゅわ?」
「そうね。限定品とはいえトリスクラシックだからハイボールが一番美味しいと思うわ。オツマミを何か用意しなくちゃね?」
ハイボールのオツマミは多岐にわたるのよね。肉魚野菜、煮物、焼き物、揚げ物、炒め物。なんでも合っちゃうから、貧乏大学生なんてキャベツちぎって食べてたり昔はしてたとか。
「お隣からもらったトウモロコシでも茹でましょうか? 夏は野菜と炭酸のお酒の組み合わせも悪くないわよ」
冷やしトマトときゅうりにビールとかね。今回は焼きトウモロコシじゃなくて、茹でトウモロコシよ。穀物系って焼くのと茹でるので成分変わったりするのよね。サツマイモだと焼いたら太りやすくて茹でたら太りにくいみたいなね。
「では蒸し器で蒸かすとしようであるぞ! 我も子供の頃はよく蒸かしたパンや芋を食べたものである」
デュラさんの子供の頃とか全く想像がつかないわね。元々人間の騎士だったわけだからよい所の子供だったのかしら?
「デュラさんってどんな子供だったんですか?」
「我であるか? まぁ、我は田舎貴族の三男坊であったから、幼い頃にこれまたクソド田舎の子供のいない貴族の家に養子として出されたであるからなー。温厚な義父母の素で平和に過ごしておったが、平和な領地程戦火に巻き込まれた時の悲惨さは強烈であってな。異民族に襲われ領地は奪われ、我も若くしてその命を終えたであるぞ」
えっ、なんか聞いちゃまずい系のお話かもしれないわね。魔物じゃなくて人間同士の戦争でデュラさんは死んじゃったんだ。でもどうやって魔物になったのかしら?
「そんな異民族達を滅してくれたのが当時の魔王様率いる魔王軍であったのだ。魂だけとなった我らに器を与えて頂き、悪魔の軍団として我らは再びこの世に足をつける事になったである! 人間でいた頃より、領地の皆はイキイキとして我もまた魔王様の元で働く喜びに満ち溢れているである。今となってはあの異民族共に感謝であるなっ!」
どっ! と笑うデュラさん、笑えないわ。全然笑えない。ミカンちゃんもドン引きしてるじゃない。とりあえずトウモロコシも蒸かしあがっただろうし、呑んでそんな悲しい事件は忘れましょう。
ガチャリ。
「しばらくの間、宿をかしてくれませんかー?」
そう聞こえてくる声は随分若いわね。私が出迎えると、容姿に見合わない重装備をした旅人さん。
「こんにちは、私はこの部屋の家主の犬神金糸雀です」
「ヴァグランツのキオンです」
「とりあえずお疲れでしょうから、リビングへどうぞ」
「ありがとうございます」
リビングに向かうとそこにはミカンちゃんが珍しく、ハイボールセットを用意してるわね。炭酸だからテンションあがったのかしら? そして茹で上がったトウモロコシも蒸かし器のままテーブルに。
「勇者様と魔物?」
「その通りなりっ!」
「大悪魔であるが、この部屋の居候故、手を出す事はないであるぞ」
「そ。そうなんですね。僕はかつて、僕の一族が暮らしていたという、肥沃の大地・ラムクサウホを探しています」
「おぉ、我の人間時代の故郷であるな。という事はあの領地の一族に生き残りがいたのであるな! これはめでたい」
「!!!!」
混乱するキオンさんにデュラさんはかくかくしかじか説明をすると、感涙し、片膝をついちゃったわ。よく考えれば領主、王様みたいなものだもんね。
「これこれ、我はもう魔王軍のデュラハンであり、キオン殿達の領主ではないであるぞ! 故、対等。ささっ! 金糸雀殿が美味しいお酒をいれてくれるである。飲もうぞ!」
そう言われたら、私も全身全霊をかけてハイボールを作りましょうか、ロックアイスをグラスに注いでぐるぐるとまぜて、溶けた分の氷を足してからソーダ水を灌ぐわ。ミカンちゃん、レモンも用意してるけど、ここは一旦普通に飲んでみましょうか。
「じゃあ、デュラさんと、かつてのデュラさんの領民の末裔さんとの再会に乾杯!」
「感慨深いであるな! 乾杯」
「勇者の友、デュラさんと流浪の民に乾杯なりぃ!」
「殿……乾杯です」
んっんっん! あー、成程。完全にトリスクラシックなのに、あとあじにふんわりフルーティー香るわ。さすがはフルーティーアロマ。これならロックやストレートでトゲがあるトリスクラシックが美味しく飲めそうね。
「ぷっひゃああああ! とりすうみゃああああ! お・か・わ・り!」
さすがミカンちゃん、1Lジョッキを一瞬ね。デュラさんは目を瞑りウィスキーの味わいを探して飲んでるわ。作った甲斐のある楽しみ方ね。
「うめぇ……金糸雀さん、このお酒は一体」
「穀物を焼いたお酒を炭酸で割っただけなんですけど、おいしいでしょ? レモン汁なんかいれるとより美味しいですよ」
という事で二杯目はレモンを入れた物を提供するわ。ハイボールもれっきとしたカクテルだから、居酒屋で水でも飲むように飲まれるハイボールと違ってクリスタルカットした氷なんかで作るとより長く美味しく楽しめるんだけどね。
「今日のオツマミというかオヤツ感覚で蒸かしたトウモロコシがあるので、さぁ、かぶっとかぶりついちゃってください!」
私は昔ながらの粒が揃っていない赤や茶色のトウキビが好きなんだけど。黄色いジャイアントコーン(家畜の餌)も美味しいわね。人間様の食べ物を動物に与えてるんだからあたりまえか。
「勇者、ともろこしすきー! つよつよぉ!」
なんかこういう食べ物って異世界の人たちからすればメジャーもメジャーっぽいけど、ジャガイモやトウモロコシですら甘すぎて美味しいって言ってるから、本当に異世界の食事って中世ヨーロッパのフランスくらい質の悪い物食べてたんでしょうね。
※中世フランスの食事は当時の日本からしても残飯レベルです。マナーもなくて最低の極みでした。異世界物の中世ヨーロッパの設定はイタリアマナーを持ちつつ、18世紀頃の近世、食事流通に関しては近代くらいあります。ようするに異世界の方が食文化と流通に貪欲でヨーロッパ人の皮をかぶった日本人という事ですね。
「ほくほくで甘くて、殿下もこれなら大喜びであろうな」
「あーアズリたんちゃん、好きそうねー!」
魔王の娘、アズリたんちゃんの名前を聞いて、キオンさんは表情が曇るわ。そりゃあ人間の怨敵だもんね。
「闇魔界の御方ですか? 殿、魔物になったというのは仕えているのですか?」
自分達の領主が魔王軍に下っているというのはきっと納得がいかないんでしょうね。これは難しい問題ね。
「我は、殿下の僕であるからな。直属の料理長を任せられておる!」
「デュラさんの料理、神っ!」
「まぁ、我は大悪魔なのであるがな!」
ミカンちゃんとデュラさんの中で大爆笑のネタだったみたいね。全然面白くないけど。キオンさんはトウモロコシを食べる手を止めて、遠くを見ているわ。
「僕は一度、闇魔界の御方。魔王アズリエルに出会っているんです。あの時は、残り少ない僕の食料を行き倒れていた女神様と古代のエルフの方に全て差し上げたんです」
あー、聞きたくない。
ごめんんさい、ウチに入り浸っているニケ様とセラさんが迷惑をかけて本当にごめんなさい。
「さ、最悪なり」
「うむぅ、次連中に出会っても何も恵まなくてよいであるぞ。死にはしないである」
そんなキオンさんは食事も水もなくなり、丁度偶然通りかかった魔王アズリエルさんに食料と水と服と暖かい寝床まで与えてもらったらしいのよね。人間の女の人とダークエルフの女の人もいたらしいけど、誰かは分からないみたい。
「一人は雑用係のダークエルフ殿であろうが……もう一人は分からぬであるな」
「あのアズリエルこそ、世界を統べる王になるべきだと僕は思ってしまった。魔王なのに……でもはっきりとわかりました。殿が仕える方、僕は魔王アズリエル様を王とした国家を築きます!」
私はそんなキオンさんの建国祝いにトリスクラシックフルーティーアロマを10瓶差し上げると、可愛くキオンさんは笑ったわ。
その後、異世界で魔王を君主とした軍事国家がひっそりと生まれ、その国と友好を結んだ国の王だけが飲めたというお酒、カナリア・ブレンド・ロースト・ワインという名前で異世界で流通しているハイボールを知るのはまた別のお話ね。




