第313話 冬将軍とアボカドわさびと燗番娘と
注意・今回紹介するお酒、“燗番娘“は現在取り扱いがありません。特殊な形像のカップを作っていたメーカーが倒産し、商品も終了。ただ期間限定とかで売られるかもしれません。お酒の整理してたら出てきたので、十年越しくらいに飲んでみました。単独で熱燗が作れる面白いお酒です。どこかで見つけたら飲んでみてください。
玄関に忽然と置いてある謎のカップ酒。
「これ何なり?」
「ワンカップ系のお酒であるな?」
「うん、そうなのよね……私も噂には聞いた事があるんだけど、2012年頃を最後に存在を消したという引っ張って熱燗を作れるお酒ね。これは“燗番娘“の方ね。“その場でお燗“というお酒もあったそうだけど、私も実物を見るのは初めてよ。だってこのお酒の発売終了時期、兄貴ですら未成年だったんだもん」
このお酒は一体なんなのか、正直これはタイムマシーンとかを作るアン博士絡みのような気がしてならないわね。飲んでみたいけど、ヤバそうなお酒だわ。でも飲んでみたい。私だって酒飲みストの端くれ、知らないお酒があったらそりゃー…………ねぇ?
「うまし? これ引っ張ったら熱くなれり? 魔道具?」
「うーむ、あの加熱式の駅弁みたいな感じであるか?」
「そうですそうです! あんな感じです。しかし、これはこんな令和の時代にあってはならないものなんです。どう考えても新品で中の水袋の水が乾いてないんですよ」
※自分のは水が乾いてましたが10年以上経っても水を入れれば熱くなりましたが、本来はプスっと刺して水と生石灰の化学反応で温めます。書いてて知りましたが、これ骨董品レベルのお酒だったみたいです。コレクターアイテムとして持つよりお酒は飲む物だと思ってるので美味しくいただきました。
今現在は温めて出せる缶が普及したから役目を終えたこのタイプのお酒、もう二度と生まれてくる事はないんでしょうね。これは兄貴のコレクションか、アン博士の実験か、はたまた時間移動ができるセラさんの忘れ物。
「私、飲んでもいいと思うのよねー!」
「か、かなりあが壊れた……」
私が幻のカップ日本酒を飲もうとした時、ガチャリと扉が開き、エアコンの涼しさとは違う、冷っ! とした寒さが部屋の中を包んだわ。そして私の腕を真っ赤なコートから伸びる冷たい手が掴んだ。
「何者なりっ!」
「我らよりも速いであるっ!」
そこには殆ど白という肌をした赤いロシア帽をかぶった真っ赤なコートを着た女性。背中にはなんか大きな鉄砲を背負ってるわ。
「待て! 欲望のままに行動をするな! オレンジ頭の娘、そして首だけの甲冑、私に殺意を向けるな。頭が高い」
「「!!!!!」」
ミカンちゃんとデュラさんが固まってるわ! これはヤバい系の人来ちゃったわね。まぁ、でもそれもいつもの事だし、私は物怖じせずに聞いてみる。
「私は犬神金糸雀、この部屋の家主です。貴女は?」
「私か? 私はナポレオンを震え上がらせ、織田信長の軍勢を凍死させたシベリア寒気団・冬将軍」
あー! あのロシアでポスターにもなった冬将軍来ちゃったかー、それも……真夏に来ちゃったわね。私の知っている冬将軍ってウォッカで顔を赤らめたおじさんの兵隊のハズなのに、美人のロシア美女妖怪来ちゃったわ。
「きぉつけぇえええええええ!」
寒っ! トトロばりの大声で冬将軍さんはそう叫ぶと、怒号だけでミカンちゃんとデュラさんを怯ませちゃった。私はさりげなくエアコンのスイッチを切って窓を開けるわ。電気代の節約になりそうね。
「冬将軍さん、質問いいですか?」
「許可する。なんだ?」
「どうして真夏に来ちゃったんですか? 台風10号にカチコミ決めるんですか?」
「その酒に呼ばれた」
燗番娘……、このお酒に? これ、結構呪物だったのかしら? 私は冬将軍さんの言葉を待っていると……
「イクラにウォッカ、どぶろくとイルカ汁、分かるか? 金糸雀にもなれぬヒヨコよ。ツマミなしに飲もうとしたな貴様ぁ!」
イルカ汁ってなに? 冬将軍さんはどうやらオツマミを用意しなさいという事ね。確かに、私とした事が冷静さを欠いていたわ。私もまだまだね。とはいえ、真夏に冬のオツマミを用意するのは難しいわね。豆腐でもあれば湯豆腐くらいは作れたんだけど……。
「サラダにしようとしていたアボカドがあるわね。うーん、カジキって冬の魚だったっけ? トロみたいな味するし、代用できるかな」
「なんだそれは? 果物か?」
「マグロみたいな味のする果物です」
「おぉ! マグロか! マグロはいい!」
よし、冬将軍さんを納得させれたわ。
アボカドのお刺身で一杯。刺身醤油とワサビは本ワサを鮫のおろしで、幻のカップ酒を楽しむのは擬似マグロ。江戸時代は燗付けの番をする娘さんと談話をしながら、庶民はマグロの刺身なんかを楽しんだって言うわよね。
「はい、お待たせ! 本日はアボカドわさびと……幻のカップ酒。燗番娘です。みなさん、お手元にご用意をお願いします」
私達は燗番娘を掲げると、クラッカーの紐を引くように、一つのお酒の時代に引導を!
すぐにカップ酒は熱されていき、想像以上に熱い熱燗が出来上がったわ。こんな感じなんだ。
「ありがとう! 加熱式カップ酒、そしてなんで来てしまったの? 季節外れの冬将軍さんに乾杯!」
「乾杯なりっ!」
「乾杯であるぞ!」
「ふっ、もう大丈夫だ。何故か? 私が来たからだ! 乾杯!」
ごくり。
あぁ、自分で作った熱燗。温度がどうだとか? 電子レンジじゃなくて、お湯の中に湯煎だとか、色々あるけど、これは……なんだろう。
凄まじく、楽しい。
「うんみゃい! クソ暑い夏にホカホカ酒うまし!」
「ほぉ、なんとも楽しい酒であるな」
「んまい……んますぎる」
んまいですか。
それは良かった。アボカドわさびはどうでしょう? 好きな人は凍らせてマグロの食感にちかくして食べる人もいるらしいけど、私は氷の上に敷いてわさび醤油で頂くのが普通に好きね。
「アボカドわさびもどうぞ!」
うーん、トロ! 完全にトロね。普段中々食べられないトロに対して代用品としてのアボカドは流石ね。そしてアボカドがいる間に燗番娘で流してあげると……
「ああああああああ! んまー! ぜんっ、ぜん生臭さのカケラもない! なんたる美味! なんたる奇跡! なんたる……なんたる健気な! さつきとメイ!」
あー、今日の金曜ロードショーはトトロだったわね。冬将軍さん、お酒弱いのね。もう燗番娘になのか、アボカドわさびになのか、となりのトトロになのか感動してるわ。
とはいえ季節外れにバグってやってきてしまっている冬将軍さん、彼女をお焚き上げできるのはきっとこの燗番娘を飲み干す事でしょうね。私たちが普通に楽しんでいるこの燗番娘もまた今の時代に存在しないハズのバグみたいな物だと思うし……
そう私が思っていると、ガチャリと扉が開いたわ。さぁ、来たんでしょ? いらっしゃい。
ニケ様がヒョコっと顔を出して入ってきたわね。ミカンちゃんはぐぐーっと燗番娘を飲み干して部屋から逃げ出したわ。私はニケ様にも燗番娘を渡すわ。なんか呪物的な物だったらニケ様がなんとかしてくれるだろうし、ニケ様のウザ絡みも慣れっこだしね。
「金糸雀ちゃん、今日は誰も来てないんですね! ふふふ! では、今日は私が異世界の魔物を討伐した話をしましょう」
「「!!」」
目の前に冬将軍さんはいるのに、ニケ様は見えていないみたい。どういう事かしら? 冬将軍ってよく考えると概念的な物だし、もしかして神様には見えない何かなのかしら?
バタン!
「おーい! 金糸雀ー! お前達に珍しい酒を飲ませてやろうと思ってなー! 持ってきたびっくりドッキリなお酒をなー! 針を刺して……おっとこの後はお楽しみだ! 玄関に酒なかったかー? もう二度と飲めないものでなー! 犬神さんに預かっていたものを時間を止めて保管していたんだー! すごい酒で! もう二度と手に入らないんだぞー!」
あっ、やべ。
セラさんのサプライズ的なやつだったかー。もうニケ様も飲んじゃってセラさんの分ないわね。
「セラさん、とりあえずこのアボカドわさびでもどうぞ。それと、お話があるのよね!」
「おっ! いいねいいねー! で? 話ってなんだ?」




