第308話 テュフォンと卵粥とたまご酒と
端的に言うと風邪を引いたわ。面倒臭い事に風邪って回復魔法とかで治せないとかであらゆる魔法やら加護に精通しているニケ様かセラさん待ちなんだけど……
「クソ女神共。む、無能の極みなりにけり」
「うむ。こういう時に限って来ぬとは連中、存在価値すら危ういであるな」
まぁ、私の都合だから文句言えないけど、何故か数日二人はやって来ないのよね。ただの風邪だし薬飲んで寝てれば治るんだけどさ。
「あー、お酒のみたい。ホットウィスキー? グリューワイン? 何だかぱっとしないわね。甘酒……違うわね」
そういえば、大学の課題やらなくちゃいけなかったわ。米国経済の成長予測とそれに伴う……異世界の……あー、違う。頭がぼーっとしてきたわ。薬が切れて熱が上がってきたのかしら? 日本における人材確保は、海外の人を雇うより日本人の手取りを15%程上昇させた方がコスパが……だったら異世界の人を呼んできて。
「金糸雀殿、勇者とスーパーに買い物に行ってくるであるぞ! 食べた物は何かあるであるか?」
「あー、穴子丼?」
「もう少し軽い物の方が良いと思うが、食欲があるのは良きであるな!」
「勇者、かなりあのそういうところ、ちょースキー」
二人が行っちゃった。
なんかアレね。風邪で参ってると寂しくなるわね。というか、そもそも私一人暮らしだったわけで、今二人と暮らしてるからむしろダウンしてる時にご飯とか用意してくれるこの状況って恵まれてるわね。
ガチャリ。
暖かいわね。
「おーい、大丈夫かい?」
うわぁ! 人型の炎が話しかけてきてる。夢かしら?
「夢じゃないよ。この姿を見ても驚かないんだね?」
差別はしない主義なのよ。ゴブリンの人と出会ってからね。※第二話
ところで私の部屋で物凄い燃えてるけど火事にならないでしょうね?
「ノンプロブレム! この炎は神を焼く炎だよ」
ニケ様、またなんかやらかしたのかしら? あの人、台風とか地震とか鬼舞辻無惨とかみたいな災害みたいな物だから、気にしたら負けよ。あと変に構うと依存しやすいから気をつけてね。
「いあいあ、誰の話だよ。ボクはティフォン。この憤怒の炎はゼウスを焼き尽くす為。それ以外には使わないよ」
そうなんだ。私は犬神金糸雀。この部屋の家主ね? 寝た状態でごめんなさい。今、風邪ひいててあんまり頭回らないの。てか、ゼウスさんって何したの? 話した感じだとティフォンさん、常識人っぽいけど。
「あんのクソゼウス。ボクが好きになった相手をことごとく寝とるんだ。しかもそれをわざわざ毎回報告してくるんだよ」
思った以上のど外道ね。ゼウスさん。でもさ、ティフォンさん。憎しみは何も実らないわよ。そんな事よりなんかお酒でも飲んで、
「あー、金糸雀ちゃん、いいよいいよ。ボクが厨を借りるね? なんか作ってくるよ」
じゃあ、ティフォンさん。そこにあるパックの日本酒まると、卵。砂糖、生姜を使って今から言う通りにお酒作ってもらっていいですか?
「おーけー!」
トントントンと葉野菜を切る音が聞こえるわね。デュラさんのようにプロっぽい包丁の音じゃなくてなんとも家庭的な感じ。これはこれで落ち着くわね。そしてすぐに美味しそうな匂いが私の寝室に広がってきたわ。
「はーい。お待たせー! ティフォン特性。パンがないのでライスを使ったたまご粥と金糸雀ちゃんオーダーの卵のカクテル?」
「たまご酒って言うんですよ。クリーミーに作ってある! すごーい! 私の国で何百年も前から飲まれているホットカクテルですね。なんらティフォンさんがいると身体が楽になってきたわ。じゃあ、乾杯」
「はいはーい! 乾杯」
あぁ! あああああ! 本当ならアルコールを飛ばしてあるところ、ちゃんとアルコールが少し残っている私好みのたまご酒。これは五臓六腑に染み渡るわね。
「わぁ、美味しいね」
「でしょでしょ! たまご粥も頂こうかしら」
「金糸雀ちゃん、はいアーン!」
「えぇ……じゃあお言葉に甘えて、アーン」
ティフォンさん、見た目は人の形をした炎でしかないけど、これでイケメンとかだったら完全に落ちるわね。優しくて料理もできてお世話もしてくれるとか最高じゃない。
「たまご粥もおいしー! 凄い体がポカポカするわ」
「そりゃあもう、ボクの炎で作ったんで! 体の中にいる病魔とか死滅するレベルだよ」
「ティフォンさんのそんな力をもっと多くの人に使ってあげればいいんじゃない? 少なくとも私は救われたわよ。ゼウスさんに固執してたら前に進めないんじゃない?」
「金糸雀ちゃん……」
「たまご酒、もう一杯おかわりいいかしら?」
「もち!」
すぐに私のおかわりとティフォンさんの分と持ってきてくれるので本日二回目の乾杯。これだけ美味しいお酒を作れる人が怒りや憎しみに我を忘れるのは勿体無いわね。
「ティフォンさん、私はお酒のいれ方で人の良し悪しがわかるのよ」
「いきなりどうしたんだい? 剣の達人みたいな事言い出して」
「あちあち、でもたまご粥もおいしー! まぁ聞きなさい。ティフォンさん、私はティフォンさんからしかゼウスさんの事を聞いてないので先入観が先行しているけど、ゼウスさんの事はもうそう言う人だと思って、関わらない事よ。それより多くの楽しい事ができる環境に身を置いた方が絶対ティフォンさんのプラスになるわ。ちょっと説教っぽかったかしら?」
「金糸雀ちゃん、熱上がってるよ。なんかいきなりテンション高いなーって思ってたんだ」
熱は力よ。たまご粥にたまご酒を飲んで私は元気元気!
「なんだか今なら100%ハイボールを一気飲みできる気がする」
「それが何かボクには分からないけど、絶対するな!」
ストレートウィスキーに直接炭酸を入れて飲む伝説のハイボールのことじゃない。一応カテゴリ上は炭酸を混ぜるからカクテルになるのよ! 頭おかしいわよね。
「ほらほら、金糸雀ちゃん、その一杯でお酒はおしまい! お粥さんを全部食べたら横になって少し寝よう!」
「えぇ、もっとティフォンさんと話したいんだけどー!」
「かつてボクが力を与えた勇者みたいな事を言うね。君は、元気になってからね! さぁ、目を瞑って」
うーんなんだろう。このティフォンさんの安心できる感じ、今までにない異世界の住人ね。ふあーあ。確かにお腹も一杯でお酒も入って眠くなってきたわね。
「じゃあ、お大事にね」
最後にティフォンさんの言葉が聞こえたような気がしたわ。私は夢を見たわ。赤毛の貴族みたいな格好をした超絶イケメンが私の頭を撫でて、そして微笑。さいっこうの夢の最中だったんだけど。
「二人とも、金糸雀ちゃんはどこですか? 一つの国の国民の命を全て使ってでも金糸雀ちゃんを私が救います!」
「全く金糸雀のやつめ。世界の歪みを止めている魔石を引っこ抜いてきた。これを使えば病など一発で治るだろう」
ニケ様とセラさんの声、ドタドタと私の寝室に入ってきたわ。ミカンちゃんは食べっこどうぶつを食べながらその様子を眺め、デュラさんはキッチンで調理中ね。寝起きだけど……なんか不穏なワードが聞こえたので、
「ニケ様、誰か大勢の命の上に立つ程、私は風邪くらいで覚悟はしませんので、やめてくださいね。あとセラさんも今すぐそれ戻してきてください。なんとなくそれダメなやつでしょ?」
二人は私に否定されてしょんぼりしているけど、まぁ私の為に心配してきてくれたんだもんね。
「二人ともありがとうございます。でももう元気なんですよね。なんでか、分からないですけど、凄い体が楽で」
私は起きて伸びをしてみせるわ。口元にご飯粒、あのたまご粥のものね。私がティフォンさんの事を思い出して笑っていると、
「くんくん、この部屋から泥棒猫の匂いがする」
と、もう一人私を心配してやってきてくれた、スクさんが嫌悪感たっぷりの目でこっちを見ているわ。
今日も長い夜になりそうね。




