第302話 中年商人と豆腐のガリバタ焼きと本格焼酎・香る大隈(炭酸専用)と
なあ、お前と飲むときはいつもギルドの酒場だな。
一番最初、お前と飲んだときからそうだったよな。
俺が貧乏商人の弟子で、お前が月に銀貨二十枚稼ぐ冒険者だったとき、奢ってもらったのがギルドの酒場だったな。
「俺は、毎晩こういうところで飲み歩いてるぜ。金が余ってしょーがねーから」
お前はそう言って笑ってたっけな。
俺が修行後に行商して月の稼ぎが銀貨二十二枚だったとき、お前は月三十枚稼ぐんだって胸を張っていたよな。
「毎日ダンジョンに潜って休みもないけど、金が凄いんだ」
「冒険者の後輩共にこうして奢ってやって、言うこと聞かせるんだ。ギルマスも、初級冒険者まとめている俺に頭上がらないんだぜ」
そう言う事を目を輝かせて語っていたのも、ギルドの酒場だったな。
あれから十年たって今、こうして、たまにお前と飲むときもやっぱりギルドの酒場だ。
ここ何年か、こういう安い酒場に行くのはお前と一緒の時だけだ。
別に安い店が悪いというわけじゃないが、ここの酒は色付の汚水みたいなもんだ。
油の悪い、不衛生な料理は、毒を食っているような気がしてならない。
なあ、別に女が居る店でなくたっていい。
もう少し金を出せば、こんな腹を満たすだけの餌でなくって、本物の酒と食べ物を出す店をいくらでも知っているはずの年齢じゃないのか、俺達は?
でも、今のお前を見ると、お前がポケットから取り出す錆びついた銅貨数枚を見ると、俺はどうしても「もっといい店行こうぜ」って言えなくなるんだ。
お前が前のギルドクビになったの聞いたよ。お前が体壊したのも知ってたよ。
新しく入ったギルド先で、一回りも歳の違う、20代の若い冒険者の中に混じって、使えない粗大ゴミ扱いされて、それでも必死に卑屈になって冒険者続けているのも分かっている。
だけど、もういいだろ。
十年前と同じギルドの酒場で、十年前と同じ、努力もしない夢を語らないでくれ。
そんなのは、隣の席で浮かれているガキ共だけに許される慰めなんだよ。
「き、きっつぅう!」
「いやぁ、すみませんね。いきなり愚痴聞かせちゃって」
私の部屋にやってきたのは、少し恰幅の良い中年の優しそうな男性。今年で四十になるらしく、奥さんとお子さんが一人、そして今年もう一人生まれる異世界で商人としてベテランのカンパさん。
「冒険者、夢も希望もなし……」
「ミカンちゃんも一応、勇者とはいえ冒険者じゃないの?」
「勇者、王立許可証付き冒険者なりにけりー! 宿屋、武器屋、道具屋。全部王国持ちぃ! 毎月金貨三十枚の小遣い付きにて候! 可愛い子には金を持たせて旅をさせろかもー!」
えぇえええ!
勇者ってなんか上級国民みたいな扱いなの? そりゃ普通に考えれば、魔王殺して来い! とかいきなり言われても、嫌っすわ! って断られるわよね。だからミカンちゃん、こんなにクソニートみたいな生活してるんだ。
「まぁ、我は生前も悪魔になった後も騎士であるから、冒険者がいかな生活をしているか知らぬが、中々に悲惨であるな……で、カンパ殿のご友人は今、いかに?」
「えぇ、冒険者してますよ……もう、中級のモンスターなんかあいつには手に負えないんで、ギルドの荷物持ちみたいな扱いですけどね……」
これ以上、その話聞くと心折れそうになるから、私はカンパさんに、
「あの、せっかくウチに迷われたので、お酒どうですか? お仕事中とかでなければ」
「一仕事終えたところですので、是非。そうですな。何か……この銀杯とか皆様に! お近づきの印に!」
そう言ってカンパさんが四人分用意した小さい金属のジョッキ。それを私が触れてみる。これは……
「銀じゃなくて錫ですねこれ」
「勇者の鑑定眼でもシルバーでなし」
「でも、金と銀より劣るとはいえ、錫も高価な物ですし、それにグラスとしては非常に有用な材質ですよ」
私とミカンちゃんの指摘、デュラさんは指摘こそしなかったけど貴族なんで気づいてたでしょうね。
「な、なんと、銀杯ではなかったのですか……ふーむ、これは大変失礼いたしました。今度、この卸先に仕返しをさせていただきます。金糸雀嬢の仰る通り物の出来はクルシュナ流の銀細工ですから良いはずです」
クルシュナさんって本当に銀細工士として凄い人だったのね。たまに私も作ってくれた髪飾りいまだにするし、
「じゃあ、お酒は冷たい物がいいですね」
「勇者、しゅわしゅわぁ!」
「では我は何かつまめる物を用意しようであるな」
「お願いしますデュラさん」
私が持ってきたのは、炭酸専用本格焼酎、香る大隈。ネーミングから分かる通り、サントリーのお酒ね。私個人としては美味しいけど、お金を出してまでこれを買うか? というと少し値段設定が高いわね。同じサントリーならこの一瓶で角瓶がくるので、もう少し値段を抑えないと他のサントリー製品には勝てないわよ! サントリーさん! なんなら“いいちこ“や“二階堂““黒霧島““鍛高譚“と競合他社の焼酎は千円切ってるのもライバルは多いわね。
「じゃあ、焼酎の炭酸割りはロックアイスより、クラッシュアイスの方が個人的にはオススメなのでご用意します。これ、大学のポルトガル人の友達に教えてもらった飲み方なんですけどね」
ハイボールとかはできる限り、炭酸を氷に当てないように作るんだけど、このお酒、焼酎感が殆どなくてジャスミンが香るからクラッシュアイスで引き立ててあげて、ライムを絞れば、ジンリッキー(ジンソーダ)みたいになるのよね。
「じゃあ、カンパさんのご友人の冒険者に乾杯!」
「乾杯なりぃ!」
「いただきます! 乾杯」
キッチンからデュラさんが「乾杯であるぞ!」と言いながら、手早く作ってくれたおつまみを持って戻ってきたわ。
「焼き豆腐、ガリバタ味である! ささっ、熱い内につつくと良いであるぞ!」
うわ、うまそ!
私たちはカラカラの喉を香る大隈のクラッシュアイスソーダで潤すわ。
「はぁ……なんと芳しく、上品で、そして余韻まで楽しいお酒でしょう」
そっか、ウィスキーとかより、異世界の人はこういうお酒好きかも、そもそも私とか日本人は旨みセンサーが強すぎる(日本人にしかない特性です)から五感で味わうなんて日常だけど、異世界の人ははっきりした味わいが複合しているのってゲシュタルト崩壊するくらいの衝撃なのよね。
「では、このなんでしょう? 柔らかい? 魚? 肉ですかな? ではいただきます」
ナイフとフォークで焼き豆腐をパクりと、カンパさん。目が飛び出すくらい見開いて、
「口の中で溶ける。そして淡白な味わいと濃いソースのマリアージュがたまりませんな! 失礼、お酒を一口。あぁ、これだよこれ、大人の酒ってこういうのですよ!」
まぁ、割と日本のお父さんの宅飲みレベルなんだけど、ただデュラさんの料理がめちゃくちゃ美味しいのは事実よね。私も一口。
「うきゃああああああ! うみゃああああああ! デュラさん、つよつよぉおお!」
「おぉ、勇者は何を作っても喜ぶので作り甲斐があるであるな」
敵対してるハズのモンスターの言葉とは思えないわね。ただミカンちゃん、ジタバタしながら喜んでくれるから作り甲斐はあるわよね。
「いやしかし、デュラさん、これは本当に美味しいですぞ! この味付け、再現不可でしょうか?」
「バターは向こうにもあるし、ガリックを使えば近い味が出せるである。あと醤油を持っていくと良いであるぞ!」
そう言ってデュラさんはキッコーマンの醤油を1L、カンパさんにプレゼントしたわ。醤油は凄いわよね。
「みんなお酒、お代わり飲むでしょ?」
さすがはカンパさん、商人だけあっていい飲みっぷりね。デュラさんの豆腐のガリバタ焼きが無くなる頃、私達は忘れていた闇を思い出したわ。
「あいつとも、こんな酒が飲めればいいですけどね」
やめて、なんか本当辛くなるわ。いるのよ! 白木屋にそういう中年の人達、若かりし頃の栄光を肴に安い店内でも一際安いおつまみにアルコールが入っているのかわからないサワー飲んで酔ってる人。
ガチャリ。
「うぉい! かなりあぁあ、水ぅ。ちょっと鳥貴族で飲みすぎたぁ。知り合いと会ってなぁ? 1000年前にぃ、私がなぁ? 勇者パーティーのなぁ? 自慢じゃないけどなぁ? あれなんらっけな? 私は凄かったんだぁ」
この耳なが、良いところに来てくれたわねぇ。同じファミリー居酒屋の老害でもセラさんはなんか悲壮感ないのがいいわね。
しょぼいけど……水とウコンの力を渡して、カンパさんにウィンクしたわ。
「カンパさん、まだまだカンパさんもお友達も大丈夫ですよ! あそこに手遅れのエルフいますから!」




