第295話 アチェリとカップ焼きそば飯とサッポロ蔵出し生ビールと(ファミマ限定)
私の名前は犬神飛鳥、お母さんは海外で研究者として仕事をして私を女手一つで育ててくれている。私が小さい頃に亡くなったお父さんが残してくれたお家で私は一人、日本で生活している。近所には同じ犬神家の親戚が沢山住んでいるので、困ることもない。時々碧狼お姉ちゃんがご飯を作りにきてくれたり、名前は分からないけど、お兄ちゃんが遊びに連れて行ってくれたりしていた。最近、お兄ちゃんの妹がお兄ちゃんの部屋に住んでいて、そういう機会もなくなったんだけど、食事だってスーパーやコンビニがあれば困る事はない。
私は早く一人で生きていけるようになって、お母さんを楽させないといけないのだ。
なのに……私の栄光のロードはつまづくような事があってはならないのに……
「貴女一人? かわいそう、かわいそう。私が連れて行ってあげるわ」
「……いいです。家はすぐ近くなので、一人で帰れます」
インディアンみたいな格好をした女の人に絡まれた。何となく分かる。この人が人間ではないという事、誰か……声が出ない。
「お姉さんと眩い所にイキマショウ」
助けて、おかあさ……
「困ってり?」
私とこの女の人をアメリカンドッグを齧りながら尋ねる綺麗なお姉さん、オレンジ色をしたショートカット、モデルさんみたいにスタイルが良くて、それなのに口の周りにケチャップとマスタードが付いているのが何だか子供っぽくて可愛らしい。
私が「助けて」と声が出ると、女の人は怪訝な表情を私に見せた。
「かなりあに似てそうで、似てなくて、かなりあみたいな少女とモンスター。ウチ来る? なり」
えぇえええ! 親指を進行方向に向けてウィンクするお姉さん、この状況で何を言っているんですか! どう考えても事案な状態で、私とインディアンみたいなお姉さんはマンションへと連れて来られました。
「この部屋の主のかなりあは“ダイガク“に行ってり! 勇者、本日留守番なりにけり!」
「わ、私は犬神飛鳥です。この人に攫われそうになってました!」
「私はアチュリよ。子供を攫う怪異よ」
隠す事なく私を攫うと言ったわ!
「どちらにも色々理由あり! 勇者がご馳走をせり!」
えぇええええ! スルーしたわこのお姉さん、コンビニの袋からカップ焼きそばを取り出すとそれを作り始めて、冷蔵庫を開けて固まったわ。
「お姉さん、どうしたんですか?」
「冷飯がなし……これにて勇者、詰み」
ぐでんと項垂れるお姉さんに、私を攫おうとしているアチュリさんが話しかけたわ!
「どうしたのかしら?」
「米がない」
「私が炊きましょうか?」
「良き! 子供を攫いしモンスター良き奴!」
よくないよくない! 子供を攫う時点で悪い奴よお姉さん!
アチュリさんが炊飯器でお米を炊いている間、お姉さんは冷蔵庫に缶ビールをいっぱい入れて鼻歌なんかを歌ってます。そして早い炊きで炊けたお米を前にお姉さんはホットプレートを取り出して作っていたカップ焼きそばと炊き上がったご飯をヘラで細かくしながら炒めてます。
そう、お姉さんはカップ焼きそばでそば飯を作り始めました。
「あすかは炭酸飲めり?」
「好んでは飲みません」
「さすれば“なっちゃんオレンジ“なり!」
そう行ってドンと大きなペットボトルとグラスを用意してくれました。お姉さんはアチュリさんに、
「アチュリは麦酒飲めり?」
「ビールですか? 大好きです!」
えっ? お昼からこの人たちお酒飲むんですか?
そんな……お母さんみたい。
「誘拐モンスターと誘拐されしあすか乾杯なり!」
「乾杯です」
「か、乾杯」
勇者お姉さんは、缶のビールを一口で飲み干して冷蔵庫から二本目を持ってきました。
「ぷひゃああああ! うみゃあああああ! 麦酒うみゃああああ! ファミマ限定で売ってり! くっそつよつよぉ! サッポロ蔵出し生ビール!」
私も早く大人になってお母さんや、勇者お姉さんと一緒にお酒を飲んでみたいな。アチュリさんは、両手で缶ビールを持って、
「……これ、美味しい! 昔、100年くらい前に飲んだサッポロビールみたいな味がするわ!」
「ゴールデンカムイとかの時代のビールなりけり? 勇者、サッポロビールすきー! 勇者は黙ってサッポロビールなり!」
凄いペースで勇者お姉さんはビールを飲んでます。ホットプレートに溶き卵を流してそば飯が完成すると勇者お姉さんはお皿にこんもりとそば飯を盛って私のに渡してくれます。
「子供は沢山食べるのが仕事なりー!」
「ありがとうございます」
「誘拐モンスターも!」
「どうもです」
じゃあ、なんか凄いジャンクな感じだけど、「いただきます」うん、普通にカップ焼きそばとご飯を炒めただけの予想通りの味付けのそば飯です。
でも……
「うきゃあああああ! うみゃあああああああ! そば飯、つえー!」
バクバクと美味しそうに食べて、ビールをぐびぐびと飲む勇者お姉さん。みている私も何だか嬉しくなってきて、何だか普段より美味しくご飯を食べれているような気がします。
「グラス空いてり!」
とくとくとジュースを注いでくれて、アチュリさんにもビールのおかわりを渡して勇者お姉さんは気配りができる人だな。
私もこんなお姉さんになりたい。犬神お兄ちゃんの妹なんだと思うけど、お母さんやお兄ちゃん、その他親戚の人と全然似てない。
そういえばカナリアさんって人が大学に行ってるって言ってたけど、
「勇者お姉さん」
「お姉さん! 良き良き! 何?」
「カナリアさんって犬神家の人ですか?」
「かなりあ? 正解なり!」
やっぱりカナリアさんが犬神家、じゃあこの勇者お姉さんは誰なんだろう? 私は他人のことを聞くなんて恥知らずな事だと分かっていながら、好奇心を抑えられなかった。
やっぱり私はまだ子供なんだな。
「勇者お姉さんは誰なんですか? カナリアさんとどういう関係なんですか?」
「勇者は勇者なりー! そしてこの部屋に永久就職を決めし所存なりにけり!」
えー! カナリアさんって女性よね? 勇者お姉さんもそうだし……最近はそういうのが進んでるって学校でも習ったけど、
「勇者お姉さんは、カナリアさんが好きなんですか?」
「りょ! かなりあ、超スキー! たまにキモい事言うのも含めて! デュラさんもスキー!」
デュラサンが何なのか分からないけど犬かしら? 二人とも愛犬家で同性愛者? 凄い性的マイノリティーが進んでるわ!
大人!
「あすかは一人暮らしなり?」
「はい、お母さんが海外で働いてるので、この地域は親戚が多いので、皆さんに面倒見てもらっているような身分ですけど」
「誘拐モンスター、やばし! あすか誘拐せり?」
「えぇ、それが私のレゾンデートルですから」
えぇええええ! まだ誘拐諦めてないんですか! どうしよう、どうにか諦めてもらわないとって思った時、
「あすか一人で寂しき時あり?」
「まぁ、時々」
「誘拐モンスターがあすかの家に住めば良き!」
「「!!!!」」
勇者お姉さん曰く、私にアチュリさんが誘拐されればいいんじゃないというまさかの一言。それにアチュリさんが、
「私も飛鳥ちゃんとこうして杯を酌み交わしたので、誘拐した後にどうこうするのができる気がしませんし……炊事掃除洗濯くらいしかできませんけど、置いていただけるかしら?」
「えっと、お母さんに聞いてみないと!」
私は勇者お姉さんの事、アチュリさんの事をお母さんに報告すると、まさかの、
“飛鳥ちゃんがいいならお母さんいいわよ!“
とお母さんらしい返事が返ってきたわ。我が子を誘拐しようとした怪異なのに!
「勇者お姉さん、もしアチュリさんがまた私をどこかに連れて行こうとしたら助けてくれますか?」
「殲滅せりー! 勇者の剣をあすかにさずけり!」
そう言って凄い力を感じるナイフを私にくれた勇者お姉さん、そしてアチュリーさんも「これでも昔は子供を導く神様だったの! もう誘拐しようとなんてしないわ」と言ってくれて、私たちは勇者お姉ちゃんと別れた。
今度は勇者お姉ちゃんをお家に招けるように、アチュリさんとチェリーパイを作る練習を今はしている。
どうやら、勇者お姉さんはお母さんと面識のあるニケさんという名前らしい。
私はニケさんみたいなお姉さんになりたい。




