第292話 【特別編】韓国宅飲み・女神様と、モクサルと
※ここ数日海外のお酒事情を調べに韓国に行ってました。実際に宅飲みを行った物をベースにしてます。
「ふむ、君は一体誰かね?」
私、犬神烏子の部屋に突如現れた美女。どう考えてもこの世の者とは思えない美しさと神々しさを誇る。ポリスに通報する前に彼女の身元を知っていた方がいいだろう。
「まずは私の自己紹介をしよう。私は犬神烏子。烏の子と書いて“くろこ“と名乗るしがない研究者だよ。単身赴任で韓国に現在滞在している」
「私は、全ての人間を等しく、優しく、時に厳しく見守る勝利の女神・ニケです。見たところ、金糸雀ちゃんの関係者ですね。黒い髪、何より特徴的な目つきと顔つきからピンときました」
金糸雀、金糸雀……あー! そういえば親戚の子にそんな名前の子がいたね。最後に会ったのはまだ私が十歳くらいで、彼女がおしめをしていた頃かな?
「あぁ、知っているよ。おしめを変えてあげて、ミルクを飲ませてあげた事があったね」
「貴女は見た感じ、女児のような姿ですが、金糸雀ちゃんより年上なのですか?」
「そこは若く見えると言ってほしいな。今年で三十路だ。金糸雀より、十歳上で、子供だって日本にいるんだよ」
確かに私の姿は小中学の頃から変わっていないと言われるが、実のところ、髪質だって体つきだって年相応に衰えは始まっている。大概子供がいるといえば驚く物だが、この女神ニケを名乗る女性は驚きもせずにうんうんと頷いている。少しばかり興味が湧いた。
「ニケくん、君は金糸雀とどういう関係なんだい?」
「金糸雀ちゃんは私を信仰しているんですよ」
「おや、犬神家の教訓に宗教に関わらない事、というものがあるんだけど、どうやって取り入ったんだい?」
「それは私の神徳のおけるところでしょう。お酒に酔うと自分語りが始まる金糸雀ちゃんのお話を私がしっかりと聞いてあげる毎日でしたからね」
「金糸雀は酒が弱かったんだね」
珍しい。犬神家は養子から、嫁入りする別の血筋の者ですらこぞって酒の強い家系なんだけど劣性遺伝子でも持って生まれたんだろうか?
グゥウウウウ!
ニケくんのお腹が大きく鳴った。何故韓国にいるのかは分からないがお腹が空いている者を見過ごす程私は人間が終わってはいない。
「ニケくん、良ければ何か作ろう。そして今日は泊まっていくといい」
「烏子ちゃん、貴女に勝利があらん事を、その申し出、心よりお受けします」
面白い子だなニケくん。しかし絶世の美女を見ながらお酒を飲むと言うのは悪くない。冷蔵庫にはビールとマッコリはあるね。お肉は豚の肩ロースか、今日はモクサルでも振る舞ってあげよう。
「少し準備をするから、テレビでも見て待っていてくれたまえ」
「はーい!」
韓国で焼肉といえばもっぱら豚だね。牛焼肉はあまり美味しくない上に日本で食べるより割高になる。日本でも豚は江戸時代よりも前から薬膳料理として食べられてきたわけだが、とにかくこの国は豚の消費がすごいね。キムチとサニーレタス、あとは味噌とワサビでいいかな?
「ホットプレートでモクサルを焼いていくから、好きに食べてくれたまえ。ニケくんはお酒はいける口だよね? まずはビールで乾杯しようじゃないか! 多分、日本のビールに慣れてると少し驚くよ」
「どんなお酒でも大丈夫ですよぅ!」
「じゃあCASSビールで乾杯しようか!」
私は1LのビールジョッキにCASSビールを二本分入れてニケくんに渡す。いちいち缶を取り出すのが面倒なのでロング缶は二本ずつ行くのが私の飲み方だ。
「じゃあ、絶世の美女ニケくんに乾杯!」
「烏子ちゃんの勝利を願って乾杯!」
んっんっん! はー! 韓国ビールの炭酸の強さは世界一かもしれないな。ただし……
「これ、ビールですか? 烏子ちゃん! なんか味が薄いですよぅ!」
「ふふふふふ! 日本のビールは恐らく世界一美味しいよ。これは認めよう。そして日本人である私としても誇りの一つだよ。だがね。その国のお酒、と言う物はその国の食べ物と合わせてその真価をはっきするのさ。このビールが強炭酸で味わいは控えめ、なのに後味は割とガツンと来る癖強めなのはね。私が用意したモクサルを食べながら、もう一度飲んでくれたまえ」
「モクサルってなんですかー! 烏子ちゃん、私はですねー!」
豚焼肉をサンチェとキムチを巻いてニケくんに手渡す。何か、からみ酒が始まったが、まずは食べてもらおうじゃないか。
「さぁ、ぐっと食べるといい! これがモクサルだよ。サムギョプサルよりヘルシーなんだ」
「だからモクサルってなんですかー! お猿さんですか? ぱく……! 美味しいい!」
食べながら怒っている。面白い娘だな。そしてすかさずそこへCASSビールを私は飲ませてみる。この化学反応をこの娘が気にいるのか、
「これは……美味しい! ビールがよく合います! 烏子ちゃん! 聞いてますかぁ?」
「あぁ、聞いているよ」
年齢はいくつくらいだろうか? お酒を嗜んでるから二十歳は超えてるんだろう。そしてこの流暢な日本語。日本育ちなんだろうか? しかし、精神面の幼さが日本に残した娘が五つくらいの時を思い出させるな。
「さぁ、どんどん焼いていくから遠慮せずに食べるといい。食は生きる事に直結し、酒は生きる潤滑油となる」
「食べる! 金糸雀ぢゃんにあいだいー! ここどこですかー」
「泣いて怒って、きっと君は金糸雀達に愛されているんだろうね。私も普段の一人酒と違ってとても楽しく飲ませてもらっているよ。ビールのお代わりいるかい?」
「いるぅ!」
ペースとしては私が八本、ニケくんが四本。まぁ、冷蔵庫にある本数で足りるだろう。足りなければ焼酎でも振る舞ってあげよう。
「しかし、パスポートもないし、旅券もないし、君は一体どうやって日本から来たんだい?」
「電子レンジのせい!」
電子レンジ。
ふむ、全く意味が分からんな。金糸雀の母に頼んで偽造パスポートでも用意してもらおう。旅券は私が取っておけばいつでも日本に帰れるだろう。泣きながらモクサルにかぶりついて、CASSビールをグイグイと飲むニケくんを見ていると、実に興味深い。モデル、アイドル、女優。どこの国のどんな人間と比べてもニケくんに勝る者はいないだろう。もしかすると、本当にこの娘は神仙の類かもしれないな。※薔花紅蓮伝に姉妹の美しい幽霊がいたが……
※韓国の作者不明の文学作品ね。某大陸の作風に影響を受けていると思われます。
「美味しいい! 烏子ちゃん、美味しいー! お酒お代わりー!」
「ふむ、そろそろ打ち止めにしようか? シャワーも浴びれなくなると困るだろう?」
ピンポーン。
おや、誰か来たな。
「こんな夜分に誰だい?」
「私だ! くろこ、開けとくれ!」
あー、最近よくたかりに来る耳の長いセラくんか、扉を開けると私は彼女を出迎える。
「明洞あたりで今日も飲み歩いていたのかい?」
「いや、今日は南大門で韓流うどん飲みだ。今、とても気持ち悪いのでトイレを貸して欲しい」
「どうぞ、上がって、今日は客人が一人いるがね」
最近の若い娘はどの子もスタイルがよくて綺麗だね。耳が横に尖って伸びているとか、どう考えても遺伝子が違うように見えるのだが、そういえばセラくんは彼女は金糸雀の兄の恩人らしい。今、思い出したな。
単身赴任の夜に同胞を知る来訪者が来てくれるのは滾るものがあるな。明日は何を出してあげようか。




