第289話 【30万PV特別編】魔王様と鰻屋飲みの流儀
お久しぶりです。天童ひなです。最近暑くなってきたので、夏本番前に夏バテしそうな勢いです。魔王様は冬でも夏でも普通に笑っているので暑いとか寒いとかあんまりないのかもしれません。
「ひなよ。この前、近所の老人会の連中に連れて行ってもらった食事がえらく美味く余も腰を抜かすかと思った。くーはっはっは! 本日はダークエルフのやつもバイトが休みらしい故、食しに行くぞ。あのような柔らかい魚、余が数千年生きてきた中でも見た事もなし」
柔らかい魚、なんでしょう? 魔王様は大体どんな物でも美味しいと感じられるので、老人会の方と言ったという事でどこかの定食で煮魚でも食べたんでしょうか? 今日は多めに二千円ほど持って行きましょう。いつもの駅前の交差点でダークエルフさんが正装をして待っています。魔王様とお食事の時は吉野家だろうと、ドレスコードを忘れないのがダークエルフさんですね。
そういえば魔王様もタキシード風の衣装ですし、どんなお店でもきちんとした身なりですね。
「今日はどこに行かれるんですか?」
「うむ! 老人会のみなに連れて行ってもらった店はここからタクシーに乗る」
た、タクシーですと! 私たちは魔王様に言われるがままタクシーに乗って魔王様の言う場所でと向かいました。
そこは……
「こ、ここは!」
日本における飲食の伏魔殿の一つ……鰻屋です! 魔王様ぁ! 鰻なんて選ばれた国民しか食べちゃダメなんですよー! ほら! 並でも四千円。私の予算を大幅超えてます。ダークエルフさんなんて、お品書きを見て泡を吹いてますよ。
「ご注文はお決まりですか?」
「うむ! 特上を三つ、ビールの大瓶を三つ、う巻き、うざく、肝焼きと白焼を頼む」
なんですかそのヤバい注文方法。特上一人前9000円。多分、全部合わせたら三万越えです。多分、魔王様そのくらい持ってるんでしょうけど、ダメですよ。こんな贅沢したら人間は落ちぶれていくんですよ!
この前神社の前で、やたら不幸になると街宣してたキリスト教の車でもサタンが唆しにきてるとかなんとか……
ま、魔王様まさか……
「老人会の皆が言っておった。鰻重が来るまでの間、こう言った物をつつき時間を潰すのだとな。中々風流で気に入った。それでは貴様ら、柔らかき魚に乾杯だ!」
「乾杯です! 魔王様」
「わーい! カンパーイ!」
だって鰻ですよ! 鰻食べれるなら悪魔だって私は信仰します!
あぁ、ビールの大瓶が私の体を満たしてくれます。なんだろう、ビールって救われますよね。
さてさて、さて。まずはう巻きをいただきましょう。うなぎの入った卵焼き。天下無双の卵焼きですね。うますぎて、ビールが進みます。
「おいしー! この卵焼きのやつ。美味しすぎますね! 魔王様!」
「うまいであろう? うざく、う巻きでビールを処理すると良いと老人会の連中は言っていたぞ」
そう言ってきゅうりと鰻のうざくをひょいと食べる魔王様、うーん。風情がありますね。金糸雀さんとかだとお話しが合いそうです。
「しかし、あれであるな! この日本という国では6月の末と12月の末にボーナスという物を家来に渡すらしい。ひな、ダークエルフよ。取っておくがいい!」
そう言って魔王様は私とダークエルフさんにやたら分厚い封筒を差し出しましたけど……
「ま、魔王様。これ、お金じゃないですよね?」
「くーはっはっは! 余と同じくらい日本人に愛されている人間、福沢諭吉である!」
きっと魔王様とは違う理由で諭吉は好かれてるんですけどね。でも流石にお金を受け取るのはいただけないですね。
「流石に魔王様、これは受け取れないですよ」
「ひなよ。異国の地に行くのに金が必要であろう? 取っておくといい。余が出した物を受け取らぬ無礼は働くでないぞ! クハハハハ! ダークエルフ取っておくといい」
「ハハっ! ありがたく頂戴いたしますぅ!」
そう言ってダークエルフさんが封筒からお金を抜くと……ちょっと、ちょっとちょっと! 明らかに百万単位の分厚さですよ! 魔王様、どうやって稼いでるんですか?
「お待たせしました。白焼ときも焼きです」
「店員よ。全員に2合ずつ酒を頼もうか?」
「かしこまりました」
きも焼きをビール、白焼を日本酒って事ですね。きも焼きを私たちは実食。
「うむ、良い」
「ひゃあああ! 鰻の肝って美味しいですね」
「美味しいです! 白飯を食べたいですね! 魔王様」
「それは鰻重を待つと良い」
私達がビールを飲み終えた時、お店の人が完璧なタイミングで冷酒を2合持ってきてくれました。鰻屋さん、凄いですね!
どこの地方でも愛される八海山ですね。なんで八海山ってこんなに美味しいんでしょうか? 金糸雀さんが言ってましたね。大関か八海山は日本国民の誰しもを笑顔にできるお酒って。
「では、日本酒で後半戦と参ろうか? 鰻に!」
「鰻に!」
「鰻様に!」
あー! あー! もうやや辛口で日本酒初心者にも優しいこのザ・日本酒って感じですねー! 私が働いてるガールズバーに外国の方が来られた時も大体八海山を飲まれてますよね。
御神酒の一口、なんでしょう。救われたような気持ちになりますね。そしていよいよ鰻の白焼です。
「白焼と蒲焼は江戸時代でもご馳走だったらしいですよ! お寿司が今の価格で一つ十円に対して、鰻は千円したらしいですから、ありがとうございます! 鰻様!」
「ひなよ。貴様、たまに博識なところに余を驚かせる」
「ひな! 魔王様の前だからって調子に乗らない事です!」
クイッと八海山を一口。これはもう、ダークエルフさん、酔ってますねぇ。私もそこまでお酒強くはないですけどそろそろ取り上げないとヤバい事になりそうですね。
「ダークエルフよ。これより、鰻重がくるぞ。少し酒を控えよ。鰻を前にする時は余の御前に跪くときの気持ちで参れ!」
そんなレベルなんですか? まぁ、私からしても死ぬ程ご馳走ですけど、鰻の白焼は塩、醤油、わさび、生姜、抹茶塩。あぁ、日本酒が止まりません。もうゴールしてもいい状況なんですが、
「特上の鰻重、お待たせしました!」
来てしまいました。
魚の中でも最上級のお値段がする鰻様、魔王様もニッコニコで食べてますもんね。
「うまい! 鰻はやはり逸品であるな!」
上品に魔王様が一口食べてから私たちも食べ始めます。別に魔王様に言われているわけじゃないんですが、やはり魔王様は魔王様ですからね。私たちにたくさんを与えてくれますけど、私たちは何も返せていないので、せめて魔王様を私たちは讃えるつもりで自然とそうなります。
そして特上の鰻様。
「わぁああああ! 美味しいぃいいい! これはたまりませんねぇ!」
お酒はもうありません。ほろ酔いの状態で、締めに特上の鰻重つてどんな贅沢でしょうか? ダークエルフさんなんて普段カロリーが足りていないのにでがっついてます。綺麗に、米粒一つも残さずに私たちは食べて手を合わせます。
「「「ご馳走様でした!」」」
いつか、鰻が食べられなくなると聞いています。鰻を食べられる時代に生まれて心より私は感謝し、魔王様もダークエルフさんを記憶から消して、鰻様と対談をしっかりと行いました。
こんにちは、いただきます! ありがとう、さようなら、またいつかと……
「ひな、ひな起きると良い! 帰るぞ」
はっ! 意識が飛んでました。お支払いは魔王様が行ってくれていたようで、私の部屋で飲み直そうとコンビニ行く予定なんですが、何故か……
「どうして鰻を食べる時に私を呼ばないんですか! 魔王、許しませんよ!」
「女神ニケよ。弁当を作ってもらった故、怒りを引っ込めると良い。クハハハハハハ! 酒は楽しくであるぞ!」
あれ? 帰路にいつの間にかニケさんいるんですよね……




