第284話 曹操とオクラの胡麻和えとすごそばお湯割りと
「相当な武人、いや武神であろうか?」
私達の部屋にやってきたのは大男だったのよね。甲冑を着て、でっかい矛を持って多分、大陸系の格好をしているわね。
「私は犬神金糸雀です。貴方は?」
「面妖な首だけの武人に摩訶不思議かつ上質な服をきた女子か、我が名は孟徳(曹操)」
は? あの? 三国志の英雄?
「えー! 軍略家で、政治家で、文学家で、さらにお酒の神様と言われているあの曹操さん?」
「いかにも俺が曹操。こんな見知らぬ場所にも名前が届いていたとは、いよいよ赤壁における戦で劉備のウツケを屠る時が満ちたか!」
語り継がれた悪者曹操というのが実は違ってたんじゃない? というのが昨今の歴史の考え方なのよね。そして、これあれね。四面楚歌イジメ受ける前くらいの曹操さんなのね。
「よき武人なり、されどその顔に敗戦の相を感じれり」
ミクーンちゃん、ドンと曹操さんを真っ直ぐに見つめ、その視線を曹操さんも真っ直ぐ受け止め、そして笑った。
「女が、どれほどの死線を潜ればそんな覇気を纏う? いや、ここにいるは皆神仙の類か? 天をも轟かす俺に誅を与えるか? それとも何かくれるのか?」
いやー! かっけーわねぇ。やっぱ昔の英雄って裏切らないわね。そういう事なら曹操さんと言えば、お酒作りにも精通しているので日本酒? それとも中国の白酒?
「それは酒か? 良い香りがする」
私が視線を向けた先、ニケ様が飲み散らかしたお酒群、そしてパック焼酎すごそば、ご存知甲類焼酎を混ぜてる安くて美味しい系のお酒ね。
「お酒ですけど、同じそば焼酎なら他にも」
「飲んでみたい」
大丈夫、オエノングループは電気ブランも出している日本が誇る不思議なお酒を出すメーカーよ! きっと三国にも響き渡るわ。
「じゃあ、オンザロックあたりに、ここは加水ね。水割りで行きましょう」
決して私はすごむぎを侮っているわけじゃないわ。ただ、美味しいそば焼酎が私の部屋にはごまんとある中でまさかのこのお酒を美味しく出すには……先わりしたかったわね。レモンを絞って、すごそば六割に対してミネラルウォーターを四割。一般的なロクヨンを作ると、全員の手元に。
「じゃあここはデュラさんお願いします」
「あいわかった! 我ら四人! 生まれた日は違えど、飲み友として出会ったからには最高の時間を共有し呑む事を願わん! 乾杯であるぞ!」
私たちはグラスを掲げて乾杯!
そして事件が起きたわ。
「……これは! 何という強烈な酒か……しかし、うまい」
25度の六割希薄だから13度前後よね? あ! 三国志時代のお酒って確か度数めちゃくちゃ低かったんだっけ? ほろ酔い以下の度数だったのよね。だから瓶一杯飲んだ的な酒豪伝説があったのよね。そんな時代に生まれてたら悪い意味で酔えなくて気が狂ってたかもしれないわね。
「火の酒なり、教会に禁じられ勇者も現物を飲んだのはかなりあの部屋で初めてなりけり、んっんっん! うまし! お代わり」
「おぉ! 良い飲みっぷり、なら!」
英雄同士の酒飲み大会始まっちゃったわね。これは良くないわ。お酒だけ飲むのは身体に悪いから何かおつまみをと思ったら、デュラさんがタッパーを取り出したわ。
「金糸雀殿なき間、色々と作っていたであるぞ! オクラの胡麻和えである」
「さすがデュラさんね。焼酎の水割りに合わせるのはピッタリだわ。二人とも! おつまみも食べてくださいね!」
でも、こうやって飲むとすごそば美味しいわね。むしろ甲類混ぜてるから美味しいのかしら? 私がJK時代に兄貴が大学生の友人達と大五郎囲って飲んでるのをみた時、美味しいのか半信半疑だったけど、今なら言えるわ。
「ぷはー、お代わり! デュラさんも入れますね」
「すまぬである! しかし、こういうとアレであるが、勇者がおらぬのも寂しいものであるな」
そういえばしばらくデュラさんがこの部屋を預かっててくれたのよね。私は帰ってきたけど、ミカンちゃん未だ行方不明だし、その気持ちは分からなくはないわね。
「まぁ、ミカンちゃんの事ですからその内ケロッと戻ってくるでしょう。そしていつものソファーに自分のコーナー作って食っちゃ寝してそうですね」
「うむ、しかし数奇なものであるな」
感慨深そうにすごむぎの水割りを呑むデュラさん、首だけというのが実に強烈なビジュアルすぎて私くらい慣れてないと何にも頭に入ってこなさそうね。
「ほぅ、ミクーン殿は武人ではなく世の助け人と?」
「勇者なり! そーそー、戦はやらぬ方が良き、ただ戦をやる時は短期決戦にすべし」
「散る命を少なくせよと? 過分な意見痛み入る」
二人ともグイグイ水割り消費してるけど結構強いわね。時折、デュラさんの作った胡麻和えを摘んで美味しそうに遠い目をしてるわ。
「この料理、味が染みて面白い食感で美味い。首だけの武人が作られたと?」
「そうであるぞ! 滋養強壮に良いであるからな! 酒にも良く合うであろう! 曹操殿、死ぬでないぞ?」
「ふはははは! 首だけになっても生きる術を伝授してもらえれば……な?」
「これは一本取られたであるぞ!」
一応、デュラさんも戦場で指揮を取る側のモンスターだもんね。何かしら分かり合える部分もあるのかもしれないわね。それにしてもこの胡麻和え、箸が止まらないわ。デュラさんの料理が上手なのは今に始まった話じゃないけど、この犬神家の口に合う料理。
「デュラさん、この胡麻和え天鳥さんに習いました?」
「おぉ! そうであるぞ! 滞在中、色んな料理を教わり、もちろん我が金糸雀殿に教わった料理を振る舞った所、天鳥殿に大絶賛であった」
やっぱりか、私が作ったらこんな味になりそうという完全再現ね。会った事も見た事もない天鳥さんだけど、知らない双子くらいの親近感はわくわ。ミクーンちゃんと曹操さん、二人で何杯飲んだのか分からないけど、結構顔が赤くなってきたわ。ミカンちゃんと違ってミクーンちゃんにはお酒の限界量があるのね。
「このまま、天まで統一したいものだ! 匈奴の連中も殲滅し、無辜の平和を!」
うん、匈奴というか、後の狭い範囲で最強を誇ったモンゴル軍は国民全員がバーサーカーの当時の日本・鎌倉幕府に喧嘩を売って、鎌倉幕府が集めた人殺しが三度の飯よりも好きな重装騎兵の前に自慢の騎馬戦術諸共殲滅されるのよね。逃げ込んだ自軍の船に火をつけた死体を放り込まれた後にモンゴルが残した一文が、“鎌倉武者頭おかしい、ぴえん“みたいな感じで二度と襲ってこなくなったのが史実というのが私の国ってまともになったのねーとしみじみ思うわ。吉宗とかのおかげなのかしら?
「あれですよ。曹操さん」
「金糸雀女史か? どうした?」
「貴方は間違いなく中華の生み出した英雄です。遠く海を超えたこの日の本において中国以上に愛されています。ご武運を!」
史実ではこの後、曹操さんが控えている赤壁の戦いに負けた後、撤退して王様になるのよね。それからが割と波乱の人生で、政治面で心休まる事なく国の為に尽くして病気で66歳で亡くなるの。私の中華的、激を見てミクーンちゃんも無言で同じポーズ。
それに、曹操さんは笑うと、片膝をついて私たちにそれはそれは見事な拱手を見せてくれたわ。そして大きな背を見せて曹操さんは玄関から去っていく。
「か、かっけぇえええ!」
「うむ! あれが誠の礼儀のポーズなのであるな! キングダムみたいであった!」
「良き良き、そーそーは死相はでておらず」
私たちはしばらく、余韻に浸りながらそば焼酎を片手に、横山光輝先生の漫画【三国志】を引っ張り出してきてしばし読みちらかしたわ。ニケ様が笑って手を振っているのも気づかないくらい熱中して、曹操さんが出て来る度に少し笑顔が漏れてしまう。
そんな私達は新聞記事に小さく載った一文を知る事はなかった。曹操死の間際に残した謎の一文で少し盛り上がったとか……
“感謝蕎麥酒與寄仙在犬神城的相遇《犬神の城での出会いとそば酒に感謝》“




