第280話 被験体・英雄とあの日のカクテルとオレンジゼリーと
「水曜日のカンパネラ、声変われり?」
「コムアイからウタハにボーカル変わったからよ」
私たちは、未だ元の世界に帰る方法が分からない状態で、この部屋で寛いでたわ。冷蔵庫の材料を頂いてるけど、スーパーに行かなきゃいけない時は私の手持ちも使い切ったので天鳥さんのお金を借りるしかないわね。多分、私の部屋に天鳥さん達がいて同じように生活してるのかしら? 向こうはデュラさんがいるから心配ないけど、人のお金を使うの抵抗あるわね。
ガチャリ。
あら、このタイミングで? 私が玄関に向かおうとすると、よほど暇を持て余しているのか、ミカンちゃんもついてきたわ。玄関には白い髪、赤い目、褐色の肌で薄着? というか病院着みたいな物をきた女の子。
「魔族なり?」
「魔族ってこんな感じなの? 私は犬神金糸雀、この部屋の主不在なので留守番してるわ」
「……注射はやめて!」
そう言って怯えたようにうずくまる女の子。見るからに何か怖い事に巻き込まれたのかしら? そういえば、シラフ(重要)のニケ様がこの部屋にくる人は大小あれど助けを求めている人が多いとか言ってたわね。私は女の子を抱きしめて「大丈夫よ。注射はしないわ。貴女は誰かしら?」と尋ねてみると、
「ヒーロー被験体、5103番」
そう言って服を少しずらして5103と数字が肩にタトゥーとして刻まれてるわ。あれね。社会主義の国がやってそうな非人道的な実験の匂いがプンプンするわね。
「ヒーロー被験体……なんなのかしらね? ミカンちゃん分かる?」
「分からぬ!」
こういう時、セラさんあたりがいてくれると……多分、酔ってるからややこしくなるだけよね。とにかく、ヒーローを作ろうとしている5103番目の被験体が彼女って事ね。
「名前がないのは面倒なので、5103番だから、ことみちゃんね」
「語呂合わせなり! ことみ!」
私は自分を指さして「金糸雀」ことみちゃんを指さして「ことみ」と彼女の名前を認識させる。すると曇っていた表情から笑顔に変わったわ。
「注射とお薬を飲まないと、私は今日死んじゃう。でも痛いし辛いから薬も注射ももういらない」
あーなるほど、そっち系ね。
「ミカンちゃんなんとかできる?」
「でき…………り!」
ミカンちゃんのこう言うところほんと好きだわ。ミカンちゃんはことみちゃんの前で中腰になると、祈り始めたわ。
久しぶりにあれをするのね。
「この世界を統べる異界の神々よ。我、勇者ミカン・オレンジーヌ。主神マフデトガラモンの加護を受けし者。祭神アペフチピグモンの寵愛を受けし者。我、ここに異界の神に祈る、我、ここに異界の神に願う。我、クソ女神の命を捧げる。我が友ことみの身体を書き換えたまえ!」
しれっとニケ様の命を捧げたわ。そしてミカンちゃんはスペシウム光線みたいなポーズを取るとことみちゃんに謎の魔法を放ったわ。時々忘れるけど、ミカンちゃんって一応勇者なのよね。この力を平和の為に使わなくなってネオニーとしてるって凄い話よね。
「????」
「体の気だるさはなき? おかしい点もなき?」
「うん、体が軽いし、気持ちもスッキリしてる!」
「良き良き! 今日はことみの誕生日なりけりー! 乾杯せりー!」
確かにそう言われればそうね。じゃあ、
「ちょっと何か作れないか考えてみるわね」
冷蔵庫にはゼラチン、生クリーム。そして野菜室には食べごろのデコポン。オレンジゼリーは作れるわね。お酒は……
「大関のあの日のカクテルあるじゃない!」
あの日のカクテルはピーチ味のリキュールで、オレンジジュースと混ぜるとファジーネーブル。炭酸水と混ぜるとピーチソーダー、烏龍茶で割れば仙台名物レゲェパンチ。酒はーおおぜきー♪ の最強カクテル素材。女性社長だけあって柔軟な考えで生まれたのかしら?
※最近は大関も含めた他の灘郷の方々の酒バンドが歌ってる歌の方が有名ですわな。
「あの日のカクテルで乾杯しましょミカンちゃんはピーチソーダよね?」
「当然なりっ!」
「ことみちゃんはオレンジジュース多めのファジーネーブルにしよっか?」
「うん! 飲んだ事ないけど、それでいい!」
「じゃあ、私はレゲェパンチいっとこうかな」
大きなオレンジゼリーが固まるまで、私たちはまったり乾杯する事にしたわ。
「じゃあ、ことみちゃんの第二の誕生日に乾杯!」
「生誕乾杯なりー!」
「ありがとう。金糸雀、ミカン。乾杯」
私たちは各々口につける「うんみゃい!」「わぁ! おいしー!」
かー、レゲェパンチ。美味しいわね。でもなんだろう。
「JK時代思い出すわー」
「クソガキの頃から酒飲んでり?」
「飲んでないわよ。いやー、高校の頃って私実家にいたわけで、そこそこ田舎で音楽フェスとかよくやってたのよ。サマソニ規模じゃないけどね? よく行ったなーと」
「金糸雀は、昔から優しかったんだね?」
「どうして?」
ことみちゃんの右目が光ってる。「ギアスなり?」とミカンちゃんが謎のポーズを取ってるけど、ことみちゃんは、
「過去を見通すスティグマで金糸雀を見たよ。男の人の屍の山の上に胡座をかいて木剣を持ってる姿が見えた。きっと、他の女の子を助けたんだね?」
「ん、んん?」
「金糸雀、やべーやつなりぃ!」
「違う違う! そんな過去知らないって! あれじゃない? この前のブーゲンビリアちゃんみたいにまた別世界線の私的な?」
なんか段々思い出してきたような気がするわ。
同じ学校の女子がヤンキー工業高校の男子にナンパされてたので、助けたら、その学校の連中が頭数集めてやってきて、それをぶちのめしたら、そいつらのOBも連れてまたやってきて、それもぶちのめしたら、そのOBの所属しているヤクザも連れてきて、それもぶちのめした時に持って行ったのが、自分の信念を貫く時に使いなさいとママから貰った木刀・犬神政宗ね。
ヤクザの鈍日本刀を叩き折って、ヤクザのしょーもない鉄砲の弾を打ち返した犬神家の家宝で、現在実家に奉納されてるわ。
誰にでもある少しやんちゃな黒歴史の一ページね。
私はヤンキーじゃないわよ!
「あやしき! 金糸雀、時々やべーやつになるから、事実ぽいかもー」
「無根よ! そんな事よりゼリー固まったわよ! 食べましょ」
「金糸雀、服を脱いで、サラシを巻いてた! 同性にモテモテだった」
「あー! あー! あー! 生クリームかけなきゃーー!」
コホン、さて生クリームを作って、オレンジゼリーにかけて、完成よ! ここは誕生日ソングで私の黒歴史を忘れてもらいましょう。
「ハッピバースデートゥーユー!」
ミカンちゃんも続いて歌ってくれるので、歌い終わった後に拍手。すると、ことみちゃんの瞳から涙が溢れたわ。
「どうしたの? ことみちゃん?」
「どこか痛み? クソ女神の命を供物にしたのが胸焼けの原因なりにけり?」
「嬉しいの! 今まで誰かに認識されたことがないから!」
その話を聞いてミカンちゃんは何もないところから短剣、もとい勇者の剣を取り出したわ。また複製するのね。
「勇者からプレゼントなりけり! ことみは被験体にあらず! この勇者の剣。フェニックスブレードがあれば勇者なりけり!」
「ありがとう! ミカン!」
いい感じに収まったけど、一体どれだけの人が勇者として異世界に放出されていくんだろうか? 私はオレンジゼリーを切り分けて、二人に出して、
「じゃあオレンジゼリーも食べましょ!」
軽めのお酒にスイーツを合わせるの、割とハマるのよねー! どれどれお味は? まぁまぁ、こんなもんね。
「うんみゃあああああああ! オレンジゼリー共食いなりぃい!」
嫌な言い方ね。
「金糸雀、美味しいよー!」
「よかったわ! たくさんあるから一杯食べてね」
はぁ、楽しい! こんな楽しい飲み会の時って大概やってくるのよね。私に超依存している勝利した事があるのかわからない女神。ヴィクトリーアさん。
「最悪……金糸雀がまた違うタイプの女連れてる……もうやだ」
連れてはないんだけどな。やってきたのよね。何言っても怒るし病むのが凄い疲れるのよね。そんな風に思っていると、
「敵性反応! 金糸雀、ミカン。あれは私が殺る! 離れてて!」
ことみちゃんがミカンちゃんの勇者の剣を持って特攻を始めたわ。ヴィクトリーアさんはまぁ、敵性っぽいけど一応女神様だし、
「ことみちゃん、一応その人。この部屋の関係者よ」
「金糸雀! やっぱり私の事が一番なんだな! このクソ雑魚ナメクジな小娘なんて一発で消してやるぞ! そうかそうか!」
なんか機嫌を戻したけど、
「もし、ことみちゃん消したら、二度と口ききませんよ。ぼやいても口ききません。この世界壊すとか言ったらもう部屋入れません」
と私が注意すると、ヴィクトリーアさんはことみちゃんの背後に回り込んで首の裏をあの、“トン“ってするやつで気絶させたわ! 凄い! 腐っても女神ね。女神のやり方なのか分からないけど。
「なんだこの娘、英雄なのに身体いじられてるな」
「えっ?」
「なり?」
私とミカンちゃんはヒーローを作る被験体だと思ってたけど、ことみちゃんはヒーローを被験体にした何かだったわ。
そして、この別世界線の私の部屋に一人の住人が増えた一件でもあるわ。




