第279話 ハイドラと生チョコとモスコミュールと
「だって、金糸雀、だってー」
「だってじゃありません! ヴィクトリーアさん、言い訳は勝利の女神の始まりですよ!」
「嘘つきはシーフの始まり的な格言キター! なりっ!」
と言うのも、朝にパンを食べようと思ったら、ジャムが根こそぎ食べられていて、問いただしたらヴィクトリーアさんが全部食べちゃってたのよね。天鳥さんに怒られるのはヴィクトリーアさんだから別にいいんだけど、万が一世界線を超えてヴィクトリーアさんが私の部屋にやってきた時の為に躾けておかないといけないわ。
「もう、とりあえずジャムは後で私が買ってきますから、なんでもかんでも食い尽くしちゃダメですよ! 蝗害じゃないんですから」
「そうやって私にだけ金糸雀は強く当たるー! もうこんな世界滅びればいいんだ!」
すぐにこれを言う。実際世界を滅ぼせるだけの力を持ってるので本当に厄介なのよね。神とか女神とか作った存在がいるなら、一度説教したいわね。私のところに来なさい! 話がしたいわ。
「ヴィクトリーアさん、何も私はヴィクトリーアさんが嫌いだからこんな事言ってるんじゃないんですよ? むしろ逆です」
「……逆? 金糸雀はまたそうやって誤魔化そうとする!」
変なところ感がいいのが女神なのかもしれないわね。でも、大学にこういう娘いるわぁ。見た目だけすこぶる良いから彼氏には困らないんだけど、面倒くささがそれをうわ回って一週間くらいで破局するのよね。
「プププ! この部屋にもカレーせんが常備されており」
ミカンちゃんは自分に飛び火しないからって平常運転でソファーに寝転んでカレーせん食い散らかしてるわ。
「はぁ、私って男に生まれた絶対結構いい彼氏になれるわよね」
今日はカクテル飲もう。ワインが多めのこの部屋だけど、ちゃんとスピリッツも揃ってる。冷蔵庫にカクテルベースもちゃんと揃ってるので、ライム果汁を使って、本日はモスコね。
「業務用チョコに生クリームで生チョコでも作ろっか?」
「うきゃああ! 勇者なまチョコスキー」
異世界にはない食感と味。そもそも私たちの世界のチョコレートなんて異世界にはないだろうに、さらに生チョコだもんね。そりゃ神でも食べた事ないでしょうよ。
「ほら! 私を無視して別世界線の勇者とばっかり仲良くするー!」
「そんな事ないですって」
「アナザークソ女神、きめぇ!」
「きもくないもん! もうマヂ無理……この世界滅ぼす」
「ほら、滅ぼさないで、業務用チョコのかけらあげますから」
「こんな物で! おいちぃ」
さて、ウォッカを用意して、
ギィ、ガチャ。
あら、触手が背中からたくさん出てる男の子来たけど、
「こんにちは、天鳥くん、いる?」
「天鳥さんは現在留守なのよね。代わりにこの部屋の別世界線の家主の犬神金糸雀が留守を預かってます」
「これはこれはご丁寧に、僕はハイドラ。百の頭を持つ蛇の魔物です。今日は天鳥くんとチェスでもしたかったのに、仕方ないなぁ。出直そう」
と言って戻ろうとするハイドラさん、これは多分あれね。私の世界線で言うところのレヴィアタンさん的な善良な異世界の人ね。
「天鳥さんはいませんけど、よければお酒でもどうですか? 今から飲もうと思ってたので」
「いいのかい? 見知らぬ僕が参加しても」
「毎度の事ですので、どうぞどうぞ」
「じゃあ金糸雀ちゃんのご厚意に甘えさせてもらおうかな」
年下の男の子って見た目なのになんか貫禄あるわねぇ。そして私はハイドラさんを連れてリビングに連れてくると、ヴィクトリーアさんを見てハイドラさんが、
「勝利の女神、君。人間に迷惑かけてないかい?」
「どうしてそんな事を言う! 最強の巨人の子だからって、私に失礼だぞ! 金糸雀は私の事が、好きなんだからな!」
あれ? いつからそういう話になったんだろう? 私は話を聞き流しながら、グラスを人数分用意してウォッカとライム果汁をシェイカーでシェイクする。そしてグラスに注いだライムウォッカにジンジャエールを注いで完成。
「モスコミュールです。後は業務用チョコと生クリームを混ぜたものを冷蔵庫で冷やして完成した生チョコよ。じゃあ。ハイドラさんとの出会いに乾杯!」
「いやー、こんなおもてなし悪いね。乾杯」
「まとも神に乾杯なりぃ!」
「……金糸雀が、私がいる事に感謝して乾杯してくれない……はぁ、もうマジ無理。乾杯」
でも乾杯するのね。つくづくお酒に呑まれる女神よね。勝利どこ行ったのかしら?
「ハイドラさんって巨人のお子さんなんですか?」
「あはは、恥ずかしいねぇ。まぁ、神なのか、魔物なのか。そんな父上と、蛇の女神の母上との間の子なんだよ。で、この勝利の女神は、年上の幼馴染ってところだね。人間が好きなのは良い事なんだけど、すごい依存癖があって酒に逃げるから気をつけなよ」
なんだろうこれ、いきなりヴィクトリーアさんが進学とか就職しくじった人みたいに見えてきたわ。
「金糸雀に変な事を吹き込むな! 金糸雀、おかわり!」
「あー、はいはい」
生チョコを一口食べたハイドラさんは「こりゃ美味しいね。天鳥くんに負けず劣らずの料理上手だ! 酒もうまい」と大絶賛してくれるわ。そう、こんな平和な飲み会を楽しみにしていた時期が私にもあったわね。
「生チョコうみゃああああああああ! つよつよぉお!」
あら、つよつよ出たわね。ミカンちゃんの最高評価いただきました。ヴィクトリーアさんは小さい子みたいに構ってちゃんで、私が別の事に反応していると見るからに不機嫌な顔でもちもちと生チョコレートを食べてる。
「ハイドラさん、天鳥さんってヴィクトリーアさんをどう扱ってるんですか?」
「入れない」
「はい?」
「家に入れない。だってめんどくさいじゃん」
やられた。
こっちの世界線の犬神天鳥さんは笑顔で、相手を拒絶できる人なんだ。私は招き入れてしまったんだ。
よく考えればニケ様の時もそうね。受け入れ態勢が招いた末路と言っていいわ。
「違う! 騙されるな! 金糸雀、私とアトリちゃんはマブダチなんだ! こんなパッと出の怪物なんかに騙されるな!」
「承認欲求の怪物が何をいいけり……」
ミカンちゃんがドン引きしてるわ。確かに今のところハイドラさんに悪い点は一つも見つからない。モスコミュールを美味しそうに飲んで、私に慎ましくおかわりを所望。
「もう一杯もらえるかい?」
「全然、すぐに作りますね」
「かなりあー! 私の時と態度違うー!」
酒が回ってきたわね。飲めば飲む程ダメな方にお酒が入ってネガティブな事ばっかり言うのよね。ヴィクトリーアさん。
ガンガンとテーブルを叩いて、生チョコが転がったわ。ミカンちゃんの手前に生チョコが、それをじっと見るヴィクトリーアさん、だけどミカンちゃんは無視。泣きそうな顔をするヴィクトリーアさん。
仕方がないから私が拾ってあげる。
「ほら、何してるんですかヴィクトリーアさん」
「かなりあー! 横に座って! ほら、ねぇねぇ、お酒おかわりー!」
あっ、またやっちまった。ヴィクトリーアさんが私の膝に乗ってきたわ。こう言う媚びた事する女の子みた事あるわ。付き合った瞬間は可愛いなと思うんだけど、二日目で重く感じてくるのよね。
「ハイドラ、元の世界に帰る方法、知れり?」
「さぁ、どうかな? 君たちが別の世界線から来たならアトリくん達は君たちの世界線にいるんだろうか?」
もしそうなら、アトリさん、ごめんなさい。ニケ様の面倒を押し付けるようで……
モスコミュール、ライムのアロマが生チョコと喧嘩せずに美味しいわ。そういえばカクテル言葉は仲直りだったかしら? にへらと私の前で笑顔を見せるヴィクトリーアさん、いきなり婚姻届持ってきそうな狂気的な瞳に見つめられているわ。
私達人間は神々相手にすればちっぽけな存在なのよね。そんな神々に人間が一矢報いる方法があるとすれば、これしかないわね。
「ヴィクトリーアさん、グラス空きましたね。お作りしますね」
「作って作ってー!」
「はい、私も作ったので乾杯!」
「カーンパーイ!」
私だけを見てオーラを出すヴィクトリーアさん、グラスが空になると私はすぐさまモスコを作る、どんどんウォッカの量を多くして、そして五杯目。
バタン。
「ふぅ、ようやく潰れたか、さぁ! ハイドラさん、ミカンちゃん飲みましょうか?」
私のこの面倒臭い相手は潰してしまえという考え方、よく考えれば良くない。だけど、ニケ様とセラさんのせいで私は倫理観を失っていたのかもしれないわ。ハイドラさんの一言。
「金糸雀ちゃん、潰れるまで飲ましちゃダメだよー、勝利の女神は連れて帰るからほどほどにねー」
「あっ、ご。ごめんなさい」
「次は気をつけてねー、人間とか魔物とかならお酒で死んじゃう場合もあるからー! じゃあね」
めちゃくちゃ普通のことで叱られてしまったわ。
なんだかこの日はこれ以上お酒を飲む手が動かなかったわ。




