第277話 スクルドと塩こん部長とシーバスリーガル12年と
「さぁ、我を楽しませてくれ、これまでの有象無象とは一味違う、人間の勇者よ。等しく我が力の前に朽ち果てるその時まで」
「いつか、何者かによって勇者は打ち負かされるかも。でもそれは今日ではないし、お前でもなき!」
「おぉ! おぉおお! なんという力か……扉?」
ガチャリ
私達が、寝ようかなとか思っていた時にやってきたのは、なんだか派手な恰好をした悪の大幹部みたいな女の人だったわ。
「こんばんわ。私は別世界線のこの部屋の家主、犬神金糸雀です」
「スクルド。貴様ら人からは魔獣と恐れられている者。勇者はいずこに?」
きょろきょろとあたりを見渡しているスクルドさん、ミカンちゃんを探しているのかしら? お手洗いから出てきたミカンちゃんは額にアイマスクをつけてそろそろ寝る準備。
「勇者、ミクーン・オリジナリィ! さぁ、決着をつけようぞ!」
「勇者、ミカン・オレンジーヌなりけり、人違いテラキモス!」
どうやら、ミカンちゃんと知り合いじゃないらしいわね。というかもう1時過ぎてるんだけど、しゃーない付き合ってあげるか、久しぶりに今日はウィスキーの気分ね。私のじゃないけど、位置的には私のリカーラックにあるシーバスリーガルの12年を持ってくると、私はそのボトルを掲げる。
「詳しい話はこれでも飲みながら聞きますよ」
「酒……か? 確かによく見るとミクーンではない。髪の長さも短いし、ロングソードの勇者の剣も持ってない」
「勇者の剣はこれなりっ」
あの果物ナイフみたいな長さの勇者の剣を見せるミカンちゃん。ここは世界線が違うので、ミカンちゃんのそっくりさんがいてもおかしくはないけど、
「とりあえず。シーバスのオンザロックで乾杯しましょ」
「勇者、しゅわしゅわー、ハイボールがいい!」
私ならハイボールにしないシーバスだけど、ミカンちゃんがオンザロックを楽しめるとも思えないので炭酸水を用意よ。「スクルドさんも炭酸いれますか?」「いや、氷だけで」おや、分かってるわね。何かオツマミあるかしら? 戸棚を見ると、部長と私の目が合ったわ。
そう、塩昆部長。ことこんぶのくらこん。塩昆布よ。夜遅いし、これでいっか。
「シーバス飲みながら、これつまみましょ。塩味がいい感じで病みつきになりますよ。という事で、魔獣スクルドさんに乾杯!」
「乾杯なりぃ!」
「ううむ、いただきます」
コツンとグラスを合わせてから、私達は一口。シーバスの蜂蜜みたいなかおりがたまらないわ。ハイボールのミカンちゃんはぱくぱくと塩昆布を食べて、ぐびぐびとハイボールを飲んで、「ぷひゃああ! おかわりなりぃ!」と豪快にグラスを私に見せてきたのを見て、スクルドさんは、涙目で、
「勇者ではないのだな。あの、誰もがやりたがらない事を進んで行い、正義の為に生き、新しい勇者がでてきて、いずれ自分の時代じゃないと理解しつつも世の為、人の為に尽くして来た勇者、ミクーン・オリジナリィ」
うん、完全に別人ね。ミカンちゃんは自分の快楽の為の選択しかしないもの。今も勝手にアトリさんのらしき大きいTシャツをワンピ代わりに着てソファーに寝転がってるし。
スクルドさんのところの勇者はザ・勇者なのね。
「そのミカンちゃんのそっくりさんと戦っている最中にここに飛ばされたんですよね?」
「あぁ! 紛れもなく人間の中で奴は最強、我を屠る一撃を放った時にここにきた。恐らく我はあの一撃耐えられぬだろう。我がまだ英霊の魂を導く任にあった時、聞いた事がある。最期の瞬間に魂をしばし安める場所、アヴァロン。ここがそうか」
いえ、普通の民間人の家よ。まぁ、理想郷と言えるくらいお酒は潤沢に揃ってると思うけど、ロックグラスが空になったスクルドさんのグラスに私はシーバスの十二年を注いであげる。
「見たことも、香った事も、飲んだこともないうまい酒。こんな物がアヴァロンには存在するのか」
「これはシーバス兄弟が作った最高のお酒ですね。そしてここはアヴァロンなんて良いところじゃないですよ。現代の地獄、令和の日本です」
この部屋、いい氷使ってるわね。丸く成形したのは私だけど、全然溶けないし、ワイン通という天鳥さんだけど、ウィスキーもブランデーも飲む時は手を抜かないの見たいね。少しばかり嫉妬しそうだわ。
パキンと小さい音と共に氷にヒビが入った。カランとグラスを揺らしてシーバスを氷を絡ませる。そしてそこでグイっと一口。余韻に浸っている間に塩昆部長をひとつまみ。
「あぁ! んまい」
「あぁ、確かにうまい。そしてこの塩っぽい食べ物もうますぎる」
「勇者、しおこんぶちょースキー!」
昆布は旨み成分の塊だからね。世界でも日本人しか遺伝子に持っていない美味しいと感じる事ができるセンサー。出汁文化万歳ね。
ほんと、こうやって異世界の人を見てたら思うけど、日本人ってどこからやってきたか本当に分からないらしいわね。もしかしたら本気で異世界から来たとか?
「流石に考えすぎか」
「金糸雀、黄昏ているが? いかに?」
「金糸雀たまにキモい顔せり」
私の空想の仮定をミカンちゃんの辛辣な言葉が一瞬にして崩してくれるの、悪くないわね。平和で楽しい飲み会だけど、多分スクルドさんはこの部屋から出たらもうダメな感じね。織田信長とか最期の瞬間をこの部屋で一杯飲んでいく人がいる。この人たち全てに言える事は運命に殉じる覚悟があることね。私なら助かるのであればこの部屋で籠城するけど……
それでも一応声掛けだけはしてみようかしら。
「スクルドさん、もしよければこの部屋にしばらく滞在しませんか?」
「金糸雀は意外と残酷な事を言う。お断りだ。我はこのひと時を楽しんだ後、ご馳走として勇者の一撃を受ける。実に楽しみだ」
半分程飲み終えたシーバスリーガル。これを全て飲み終えた時がスクルドさんの決断の時という事なんでしょうね。だったら私も最後まで付き合うけど、こういう時には大概ヴィクトリーアさんが来なかったりするのよね。
必要な時に来ない勝利の女神って本当にいる意味あるのかしら? と私が考えているとミカンちゃんが、
「勇者なら待ってなき。スクルドがどこかに消え去れば帰れり」
「あの勇者が我の消失の原因を確認せずに帰るなどありえん」
確かにミカンちゃんなら戦っている相手がいなくなったらそのまま帰りそうよね。こっちの世界のミカンちゃん的な人が同じとは限らないけど実際どうなのかしら?
「待っててもらえると思っているのは奢りなりけり、時間は有限なりぃ! アナザー勇者が効率厨なら絶対待ってなし」
「勇者ミクーンは…………ありえない程の効率重視だ」
これ決まったわね。多分、戻ったら絶対アナザーミカンちゃんいないでしょ。クイッとシーバスのオンザロックを飲み干すと、「そんな馬鹿な、ご馳走になった!」とお礼の言葉だけ残してスクルドさんは部屋から出ていく、律儀ねぇ。
でも最期にならなくて良かったかもしれないわね。
時間は午前3時。流石に寝ようと思ったらガチャリと誰かが入ってきたわ。どうせヴィクトリーアさんか、セラさんのどっちかでしょ? と思ったら、金髪にオレンジのインナーカラーが入った姫カット。No.1キャバ嬢みたいな子が入ってきたけどどちらさんでしょう? というか、このこの顔というか目つきというか、何処かかで見た事があるんだけど……
「貴女は? 私は犬神金糸雀です。この部屋の別世界線の家主です」
「あ! 本当に若い頃のママだ! かわいー! 私は犬神九重葛未来からやってきたよ!」
「ちゅ、厨二病ぉお!」
ミカンちゃんがシーバスのハイボールを飲みながらめちゃくちゃ私の未来の娘を自称する女の子をdisり始めたけど、私には当然娘なんていないわ。
だから、シーバスのロックを飲みながら、冷静にこう答えるの。
「私の旦那ってどんな人! 詳しく! ブーゲンビリアちゃん、詳しく!」




