第275話 八咫烏と焼きマシュマロと徳若純米吟醸生搾り原酒と
「かぁ、かぁ! くっそカワよし!」
ミカンちゃんは動物が好き、玄関で拾ってきたと言ってミカンちゃんはカラスの雛を今連れてるんだけど、足が三本あって、なんか羽もどう考えても宝石みたいな感じだけど、こっちの世界線のカラスなのかしら?
「金糸雀ー、お昼はマックがいいぞー」
さて、ベランダでサングラスをかけてサンチェアに座って日光浴をしているセラさん、これもしかしてこっちの世界線ではセラさんが住み着く感じなのかしら? というか、私の手持ちのお金はこの前漫画肉のお金を肩代わりした事で殆ど無くなったんだけど、キャッシュカードもクレジットカードもこっちの世界線だと使えるわけがないのでこの部屋にある物を消費してこの世界線から脱出する手立てを考えないといけないわね。
「マックなんてもう上級国民が食べる食べ物よ。カップ麺でも食べてくださいよ」
昔は500円で大抵のセットが食べられたのに、今四桁するもの。物価高、ここに極まれりね。
「ミカンちゃん、野生動物勝手に拾ったらダメよ。もといたところに返してきなさい」
「玄関の中にいたり、そこに返せり?」
ミカンちゃんが玄関にカラスをそっと置くと、トントントンとこっちまでやってきてカァと鳴いたわ。ミカンちゃんが超嬉しそう。
「クソ可愛い! 勇者、これ飼う」
「ダメよ。絶対私が世話しないといけないじゃない」
「勇者が世話せり! 世話せり!」
そう言って絶対しないまでが、大概動物を飼う飼わないのお話なのよね。これで本当に飼って私が世話してたら私、ミカンちゃんのオカンじゃない。
「金糸雀ぁ、カラスが腹へりへり腹と申してるかもー」
「カラスって何食べるのかしら? ササミとかかしら?」
「甘いのが好きって言ってり」
私はベランダでセレブみたいな顔をしているセラさんに「セラさーん、このカラスもしかしてモンスターとかそういうのですかー?」と聞くと、こちらをチラリと見て、
「太陽神の化身だな。名を八咫烏。道に、心に、闇に迷った者を救い出す導きの神だ」
か、神様? 八咫烏って聞いた事あるわ。サッカー日本代表とかのマスコットじゃなかったしから?
神様がやってきてもまた神様きたかーくらいに考えてしまう私。というか導きの神様なら私の世界線に帰れるんじゃ!
「八咫烏さん、私達を元の世界線に戻してくれませんか?」
「金糸雀ぁー、お安いご用と言ってるかもー、甘いのとお酒がいるかもー」
そうね。神様は基本お酒をお供えしないとだもんね。日本の神様ってほんとよくできてるのに、海外というか、異世界の神様ヤバいのが多いからほっとするわ。
「マシュマロとかどうかしら? チョコフォンデュしてこの日本酒と一緒に一杯!」
徳若の搾りたて純米吟醸生原酒。これ、目の前でボトルに詰めてくれる信じられないお酒なのよね。元々紹興酒みたいなクセのある日本酒でありながら20年物とか古酒が有名な徳若なのに、これは搾りたて純米吟醸なので超若いからフルーティー。フランスの甘い白ワインみたいな味がポイントね。白ワインとの違いは酸味のかわりに後からくる辛口が一度飲んだら忘れられないわね。
という事で私はマシュマロに狐色の焦げ目がつくまで直火で炙ってあげると溶かしたビターチョコを絡めてあげる。
「できたわよ! 食べましょう」
セラさんがサングラスを取ると、ベランダから戻ってきたわ。なんなのこのエルフ? ミカンちゃんの頭の上に乗っている八咫烏さん。
「ぐい呑み、よっつ用意したので乾杯しましょ!」
私達は徳若ぐい呑みで乾杯よ!
※しずくシリーズの500mlボトルを買うと綺麗な宝石みたいな色をしたぐい呑みがボトルの蓋がわりについているのでこれを集めている日本酒ファンも多い。
「では、八咫烏さんが私達を元の世界に戻してくれるように乾杯!」
「カァカァ! 乾杯なりけり!」
「うむ、乾杯だ」
「かぁ!」
うーん、切れ味がとんでもないわね。生原酒なのに、特若らしいクセをほのかに感じられるわ。なんて美味しい日本酒なのかしら。多分、同じ搾りたてで若い日本酒ならこのお酒より美味しい物を私は日本全国のいくつかの酒蔵のお酒の名前を出す事ができるけど、これが年をとり、古酒になった時。この酒造を超える古酒を出す日本酒は残念ながら北は新潟、南は山口の酒造、当然同じ日本酒の横綱・同じ灘五郷にも存在しないと言い切れるわね。
だって火を入れずに熟成させるのよ。
「うにゃい!」
「ほぉ、このワイン。悪くないなぁ。お代わり」
「…………」
八咫烏さんは無言でずっと飲んでるわ。そして無くなったら「カァ!」と言うので注いであげる。
「八咫烏よー、あれだなー、貴様と呑むのも? 千年ぶりだったか? あぁ、千五百年ぶりか、ふーん。まぁどうでもいいけどな。しかし美味い酒だなー! お代わり!」
何杯飲むのよ。そろそろトイレに走りそうだから、こっそり水に変えよ。私はセラさんがリバースしないように実はお酒を途中からノンアルに変えたり、水に変えたりして調整してるの。何千年、何万年生きてきたか知らないけどお酒クソ弱いのよね。
「じゃあマシュマロも合わせてみましょう」
もむもむと私達は甘さ控えめのビターチョコを絡めたクソ甘いマシュマロを食べて、いいわねぇ。そこに追いかけるように徳若の搾りたて純米吟醸生原酒を入れる。
ウィスキーやブランデーでもいいかもしれないのにあえて辛口の日本酒とペアリングさせる事で生まれるこの余韻。
「かぁああああああ!」
「うんみゃああああああ!」
飼い主に似るというけど、この場合どっちが飼い主なのかしら? ミカンちゃんと八咫烏さんは一心不乱にチョコがけマシュマロを食べ、純米吟醸原酒を飲み干す。ミカンちゃんと踊るようにバタバタと飛んで跳ねる八咫烏さん、私はこれはもらった! 八咫烏さんのおもてなしは成功したと思ったわ!
実際、成功したのよ。これが日本昔ばなしなら八咫烏さんに導かれて私達は私達の部屋に帰れるのよ。
でもね? 世の中そんな美味しい話はないの。
だって、この部屋。来るんだもの。異世界からの……
侵略者が……
「どうして金糸雀は私以外の神と飲んでるの? 浮気?」
「あの、ヴィクトリーアさん」
「聞きたくない! こんな鳥の神なんてー!」
箒を持って八咫烏さんを追い払ってしまったわ。
「あぁー! 勇者のカラス神ぃー! 飛んでっちゃったり」
どうしよう、ヴィクトリーアさんが構ってオーラ出してるけど、軽く殺意湧くわね。私はこういうファッションメンヘラに対して一番効果的な対処法をとることにしたわ。
「ぴえん、金糸雀。ぴえん」
「…………」
「何食べてるんだー?」
「…………」
「お酒、なんでそんな態度とるの? ねぇ? 金糸雀! 嫌い」
「…………」
「金糸雀、何か喋ってよ。ねぇ? ねぇ、金糸雀ーごめんなさいー!」
「…………」
そもそもさ、神様とかいなくない? 私は私の中から勝利の女神とかいうご都合主義の概念を消し去ることにしたわ。
私はね? 信じる者は騙されるって知ってるのよ。なんか泣きべそをかいて私の袖とかを引っ張ってくるこの美人はきっと私の妄想なのだ。
「ふむ、アレ。私も犬神さんにされたことがあるんだが、きついんだよなー。無視って心が殺されるからな。ハハっ! そろそろ許してやれ金糸雀!」
は?
耳の長いたかりとかも存在しなくない?
私はついでにエルフとかいう存在しない種族の事も記憶から消し去ってみたら、二人が小一時間喚いて泣いたので結局クソ面倒だったわ。




