第269話 ワイバーンと低糖質パンとムートン・カデ・セレクション・ルージュと
「金糸雀君! お茶漬け! お漬物だけでいいよ! これぞ日本の文化だ!」
最近マンションに引っ越してきたマッドサイエンティスト。アン・ゼーン博士ことアン博士がしょっちゅう私の家に朝食食べにくるのよね。
まぁ、別にいいんだけどその度に電化製品を改造していくのがほんと迷惑なだけね。今回は何して行ったのかしら?
「電子レンジをタイムマシーンに改造しておいたので! 世界線の変更を楽しむといいよ! じゃーね!」
さて、今回は電子レンジか、ろくな事しかしていかないわね。今日はネメシスさんと歌舞伎町探索をするとか言ってたけど、嫌な予感しかしないわね。本日、デュラさんとキサラちゃんは魔王軍で雑用係をしていたダークエルフさんという同僚? を街で見かけたとかで探しに行っちゃったわ。
「ミカンちゃーん、お昼どうする?」
「勇者、チャーハンにうどんにグラタン!」
おうおうおう、炭水化物三重奏じゃない。そんなの食べてたら死ぬわ。私の体重が。ミカンちゃんは食っちゃ寝、食っちゃ寝してるだけでも太らないけど私は毎朝と夕方のウォーキングをやめれば途端に詰むから、今日は低糖質な物を入れたいわね。
「あら? アン博士、ワイン置いて行ってくれたんだ」
アン博士はフランス産のワインが好きなのよね。日本はチリ産のワインが割と多いけど、やっぱ人種の違いって大きく味の好み分かれるわよね。かくいう私もワインはやっぱりフランス産が好きね。
どれどれ、ムートンだ!
ムートン・カデ・セレクション・ルージュ。ボルドーワインの中でも手頃な価格帯なのよね。2000円から3000円くらいかしら? ボルドー不作の時期に高級ワインのロストチャイルドの代わりに生産されたのがムートン・カデ。ほんと昔も今も生産者さんって凄いわよね!
ワインだとパン食べたいけど、バゲットはバターも多いし、ここはこの前もらった低糖質パン!
ガチャリ。
「ちわー、配達でーす」
あれ? 配達業者さん? 普通に勝手に入ってきたけど、そんな事ある? 私は玄関に行くと、そこには配達屋さんの格好をした翼の生えたトカゲ頭の人来たわ。
はー、はいはい。こういうパターンもあるんだー。
「ありゃ、フェンリルさんの住処じゃないんですねここ」
「あー、犬神違いね。私は犬神金糸雀、この家の家主です」
「マジっすか! いや、どうしようこれ。これ配達任されたんだけどなー、困ったなー。しばらく飛べないぞ」
「とりあえず落ち着いて、少しウチで休憩していけばどうですか」
「いいんですか? すみません、人間の方に迷惑かけるなって本社からも言われたんですけど」
「いえいえ、配達ご苦労様です」
ミカンちゃんが配達屋さんを見て「ワイバーンの宅急便なりぃ! 勇者、人形劇見たー! 初めて実物見たり!」あー、異世界でもレアなのね。ワイバーンなんだこの人。
「申し遅れました。ワイバーンです! 昨今は近距離飛行速度の速さで、配達業に我らの種族は主軸を置いてますから、近距離だけならレッドドラゴンにも負ける気はしません」
「すげー! カッケー! ワイバーンかっけぇ!」
スーパーカー的な感じなのかしら? ミカンちゃんの感性割と謎だからアテにならないんだけどね。ナチュラルにワイングラス用意したけど、仕事中にお酒飲んじゃだめよね。
「ワインですかー? いつも弁当と一緒に嫁さんに水筒に入れてもらってるんですけど、今日忘れちまって! 助かりますー!」
異世界ってほんといいわね。就職、向こうで考えようかしら? 本日はコストコで売ってたピアンタの低糖質パンをおつまみにワインで乾杯ね。そう言えばワインは血糖値が上がらないってなんか前にニュースを読んだわね。白ワインの辛口は寝る前に少量飲むと血糖値上昇を抑える事すらするとか? 昔は日本酒、ビール、ワインはダイエットの天敵みたいに言われていたのに時代が変わると常識もどんどん変わるわね。
「低糖質パンはチョコ、キャラメル、クリームの三種類があるから、好きなの食べてくださいね。じゃあ、いつも配達お疲れ様です! ワイバーンさんに乾杯!」
「突然お邪魔してすみません乾杯!」
「勇者、しゅわしゅわがいい! 乾杯なりぃ」
流石にこのワインでカリモーチョとかは勿体ないわね。まず香り、うん。いいわね。あら! ワイバーンさんはめっちゃグラス回してる。ソムリエの人みたい。香りを嗅いで、回して嗅いで、そこからテイスティング。
「!!!」
普段どんなワイン飲まれているかは知らないけど、衝撃でしょうね。私もため息が出るもん。しゅわしゅわ教の教祖であるミカンちゃんですら、美味しいワインに舌鼓を打ってるわね。
そこで各々低糖質パンをちぎっておつまみに、私はキャラメル。甘いパンにワインがよく合うわ。
うん、辛口ね。渋みはあまりないのにコーヒーを感じさせる風味。からのブラックベリーのような後味。たまらないわね。
「どひゃー! これ、相当いいワインでしょう? いつも飲んでるワインと違いすぎますぜ金糸雀さん!」
「まぁ、ギリ高級ワインじゃないクラスのワインですね。ワインの飲み方慣れてますね! ワイバーンさん!」
「これでもワイバーニュ地方の出なので、ちょいとうるさいんですけど、このワインは完全に自分の地方のワインを凌駕してますぜ!」
シャンパーニュとかアルマニャックとかそういう地方が異世界にもあるのね? きっとね。それにしても気取った感じでワイバーンさん飲まれてるわね。グラス一杯をゆっくりとうっとりと楽しんで時折パンを口にする。フランスって旅行した事あるんだけど、別にめちゃくちゃお洒落なわけじゃないのよね。ヨレヨレの服着ている人もいれば、どこのパーティーに行くの? みたいな格好している人とか、要するに自分の好きな服を着ている人が多いのよね。だから自分があってお洒落に見えるみたいな?
あと、朝からワインを飲むとかいうけど、案外飲んでないのよね。私が飲み散らかしていたらガン見されたもの。
「ぷひゃー! 勇者お代わりなりぃ!」
「ミカンちゃん、味わって飲んでよー! アン博士がくれたんだからー! ワイバーンさんもお代わりどうですか?」
「いただきます! このパンもめちゃくちゃ美味いです!」
低糖質パンとか、最近の物って美味しくなったわよね。1箱2000円くらいするから一個200円くらい? そう考えるとこういう健康的な物って高いわよね。ワイバーンさんはゆっくりワインを楽しみ、パンを一つ食べてから、
「金糸雀さん、勇者様、ほんとご馳走になっちゃいました! すみません。フェンリルさん宛の荷物なんですが、これそろそろ開くと思うのでお礼代わりに置いていきますね! とある女神を封じているらしいんですが、フェンリルさんにお説教してもらう筈だったとか?」
「い! いらねぇ!」
「そうですね! 持って帰ってください!」
「まぁまぁ、そう言わずに! ここだけの話ですが、勝利の女神様なので! 受験とか宝くじとか何かしら加護貰えると思いますよ! ね! じゃあさようなら」
そう言ってウィンク、敬礼ポーズでワイバーンさんは私の部屋から出て行ったわ。ミカンちゃんが両手に魔法陣を出してワイバーンさんの荷物をどうにかしようとしたんだけど、バフっと荷物が開いたわ。
「なんぞ訴え願いたもう? 我名は勝利の女神ヴィクトリーア!」
「「!!!!」」
ニケ様じゃ、ないだと!
私とミカンちゃんは女神ヴィクトリーアさんを見つめてしばらく固まってしまったわ。だって、このパターンってニケ様が来るやつじゃん! なのに、違うんだけど、なんかこの人、ニケ様感あるのよね。そして間違いなく地雷である事には間違いないの。
「ここはアトリちゃんの家っぽいけど違う! そっちも勇者っぽいけど勇者じゃない」
「勇者は勇者なりけり!」
「いや、勇者はリンゴ・アップルシードだろう?」
さて、私の嫌な予感は遅効性の毒のように思い出された。アン博士が私の部屋の電子レンジをタイムマシンに変えた結果、ニケ様じゃなくてヴィクトリーアさんが女神様の世界線なのね。
まぁ、どっちにしても。
「うぜぇ! 勝利の女神超ウゼェ! 勝利の女神がいない世界線に飛んで欲しかったり! 消え去れぇ! 勝利の女神消え去れり」
とミカンちゃんが私が少し思ったことを全力全開で初見のヴィクトリーアさんに罵声を浴びせまくったわ。
「はぁ、もう死にたい。こんな人間がいる世界はなくてもいいだろう、世界滅ぼそ」
こっちの勝利の女神様はアレね。別ベクトルの面倒臭さなのね。まぁいいわ。ニケ様で鍛えられた私を脅かせる物なのか逆に楽しみになってきたわ。
こうして私たちはニケ世界線からヴィクトリーア世界線に突入する事になったわ。




