第264話 週末のワルキューレと燻製豆腐と清酒100%で漬けた梅酒(大澤本家酒造)と
拝啓世界へ、たまにオンラインじゃなくてオフラインで大学への登校から帰ってきたら、ニケ様が酔い潰れて私の部屋で打ち倒れているのを見ると気が滅入るのよね。よく、見た目じゃなくて中身よ! とか偽善的な事を言う奴に私は昔から不快感を感じていたんだけど、最近そういう事を言う人達ってみんなニケ様に会って人生観変わったんじゃないかなって思うのよね。
「ニケ様、起きてください。ミカンちゃんの寝室で寝て来ていいですから……酒臭くないのがほんとずるいわよね」
スヤァ! と寝ているニケ様、くっそ美人でくっそ可愛いけど、起きられるとその美しさが殺意に変わるくらい面倒なのでミカンちゃんとキサラちゃんの寝室のベットに寝かせて、私は一旦一休みしようかしら。
「そういえば、私の秘蔵の《《アレ》》、飲もうかしら」
寶娘で有名な大澤本家酒造の梅酒。本来スピリッツで漬ける梅酒を清酒100%で作ってあるとんでもないお酒なのよね。※酒造会社以外で作ると違法
私の部屋にも兄貴が漬けたホワイトリカー、ウィスキー、ブランデー、度数97%のスピリタスで漬けた梅酒(多分度数70%くらい)とどれもこれも度数が高いんだけど、この“清酒100%で漬けた梅酒“という商品名の梅酒の度数はなんと16%と軽めなのよね。これをまったりオンザロックで飲みながら読書でもするのが至福の時間ね。
ミカンちゃんが買ってきたのか、“定額制夫の「こづかい万歳」〜月額2万千円の金欠ライフ〜“がフローリングに落ちてるわ。もう、ちゃんと片付けないと捨てるわよ。
「世の中のお父さんは頑張ってるのねぇ。経済の勉強してる身からすると為になるわね」
そんな風に漫画を読みながら梅酒呑む準備忘れてたら、ミカンちゃん達が帰ってきたわ。
「ただいまなりぃ!」
「ただいまであるぞ金糸雀殿!」
「ただいまー」
ミカンちゃんとキサラちゃん、そしてデュラさんがどっかから戻ってきたみたいだけど、デュラさんが超能力で浮かしている物。
「金糸雀殿ぉ! 100均で燻製器が売っていたである!」
デュラさんテンション爆上がりね。燻製器か、段ボールの簡易的なやつね。本来マンションで燻製なんてしよう物ならバチボコに怒られるんだけど、このマンション。許されてるのよねぇ。予約で借りられる屋上でBBQができるので、管理人さんに申請してこないと。
「申請してくるから、梅酒とソーダストリームとアイスペール屋上に運んでて、燻製する食材はどうしようかしら?」
「金糸雀殿、今回は豆腐を買ってきたである。魔法で水切り仕込みは終えているであるぞ!」
「準備バッチリですね」
ガチャリ。
このタイミングで来たわね。私たちも外に出るので、玄関に行くと鎧を来て羽根の生えた女性。腰にはサーベルなんか刺してるわね。めちゃくちゃイケメン女子。なんか凄い遠い目をして私たちを見てるわ。
「天使の方ですか? 私は犬神金糸雀。この家の家主です」
「いえ、この場所に強烈な力を放つ魂を感じただが、これは凄い。大悪魔に人智を超えた人間、そして魔族の騎士。さらに見事で豪華な服を来た人間の女性。私は強烈な魂をスカウトして最終戦争の準備をする者。戦乙女なんて言われいる。ワルキューレ、ロスヴァイセだ」
異世界の人、みんな三本ラインのジャージ見たら凄い服って言うわよね。ふーん、強烈な魂ね。確かにみんなキャラ濃いからそれに誘われて来ちゃったのかしら?
「ロスヴァイセさん、ちょっと今から屋上で豆腐の燻製作るので一緒に食べながらお話聞きますのでどうですか? 美味しいお酒もありますよぉ」
「……そんな事をしている暇はないのだが、ご一緒しよう」
「食欲に実直であるな」
素直な人ね。私は管理人さんに屋上使用許可を取ると、燻製器を組み立てて、下に桜チップ、網を引いてそこに豆腐を四丁置くと火をつけて、全員のグラスに清酒100%で漬けた梅酒をオンザロックで入れて準備完了ね。
「じゃあロスヴァイセさんが英雄の魂と出会えるように! 乾杯」
「勇者しゅわしゅわが良かったー、乾杯なりぃ」
「暗黒騎士は勇者を肴に飲める。乾杯」
「日本酒で作った梅酒であるかー、乾杯であるぞ」
「私の剣に導かれして英雄達とヴァルハラにて会える日に乾杯!」
清酒100%で漬けた梅酒はコクが違うわね。ほのかに薫るのは紹興酒のような古酒の独特な香り、からの十年寝かせたような梅のエキスが滲み出ているこれは梅酒であって梅酒じゃないわね。
「かつてバッカス様が出してくれたお酒よりも、はるかに美味い!」
全然関係ないけど、ハイランドーパークにヴァルハラとかオーディンとかいう厨二臭満載のお酒が限定販売してたわね。確か兄貴のリカーラックにもあったような。
「あんみゃい! 勇者、ロックも良きだけどーしゅわしゅわにしてほしいかもー」
「はいはい、ソーダストリームで炭酸作ってらっしゃい。キサラちゃんもソーダ割りがいい?」
「暗黒騎士はこのまま、氷でもーまんたい」
「梅酒はロックが味わい深いであるな」
そうね。冬はお湯割り、他はロックね。単純にソーダ割りで呑むと勿体無いだけなんだけど。そろそろ燻製の方も食べられるだろうから、取り出してみると、スモークチーズみたいな見た目に変貌を遂げたわね。丁寧に賽の目に切って燻製醤油をかけてまずは食べてみましょうか?
「燻製豆腐、一品目は普通に醤油をかけて食べてみましょうか?」
いざ実食。
あれね。豆腐の燻製、あらゆる意味で普通の豆腐を凌駕してるわ。そんなに高い豆腐じゃないのに、まず豆腐の味にスモーキーさが追加された事で飽きのこない味になってるわね。そして一番は舌触りが完全にチーズのそれ。
「ほほう、こんなに変わるのであるな。これは何か別の料理が閃きそうであるぞ」
「う、うんみゃあああああああああ! 勇者、これしゅきぃいい! かなりあ、しゅわしゅわうめ酒おかわりぃ」
ミカンちゃんの絶叫が響き渡る屋上、私は誰が置いたのかマンションの備品なのか分からないデッキチェアに深々と座りながら梅酒を口の中で転がして、時折燻製豆腐を食べる至福の時間を過ごしてるわ。
「勇者が美味しい物を食べてアヘ顔している姿で飲む一杯、サイコー」
「キサラちゃんが美少女じゃなくてオッサンだったら即通報レベルの発言ね。ルッキンズムって怖いわね」
「この食べ物、絶対にヴァルハラにはないだろうな。なんて美味さだ」
「では我が二品目を作ろうであるな?」
ツナ缶と潰した燻製豆腐をマヨネーズとあえて簡易ディップを作ったデュラさんはバゲットに薄く切った燻製豆腐、トマト、そしてディップを乗せて、簡単なカナッペを作ってくれたわ。これは梅酒に合いそうね。
「お好みでブラックペッパーやタバスコでどうぞであるぞ」
恐る恐る、ロスヴァイセさんがパクリと食べて、放心してるわ。その間に空になったグラスに梅酒を注いであげる。軽く会釈したロスヴァイセさんはその梅酒をこくりと飲み。
「これらを飲み食えばラグナロクに勝てそうな気がする」
「終末戦争って誰と戦争せり?」
「あれじゃなかったっけ? 善と悪の戦い的な? ハルマゲドンとかの事でしょ?」
「金糸雀さんは博識だな! その通りだ。悪を滅ぼし善が勝利する為の戦争」
「まぁ、難しい解釈であるな。何を持ってして悪、善とするかその判断は誰がするのであろうな?」
とか梅酒ロックをちびりとやりながらデュラさんがそれ言っちゃダメくない? という事を平然と言ってのけるわね。日本的な考えだと天地陰陽の理は善も悪も同義という考えもあるし、多分ロスヴァイセさんの所の考え方は……
「全く持って時代錯誤な考えと暗黒騎士は宣言す」
言っちゃった。宗教の考え方とかもそうなんだけど、今の時代にはっきり言ってそぐわない物も多いし、かつてはそれで良かったんだけど、今はどうかしら? みたいな多様性の社会に神々の世界がついてこれてないのよね。
「ふっ、魔族の娘。そんな事は私も分かっているさ」
あら? 予想と違う展開ね。ロスヴァイセさんは梅酒をクイっと飲み干し。
「私たち、ワルキューレは悲しい中間管理職《社畜》。私以外に八人の姉様達がいるが、私も含めて全て元人間だ。故に分かるのだよ。神々は古臭く、自分達の栄華、黄金の時代を忘れられず今に至る事がね。この前ヴァルハラに送った人間になんて言われたか分かるか?」
私たちは何か、全てを受け入れ、少し疲れた顔で語るロスヴァイセさんの言葉に釘付けになったわ。そして恐らくは同じく魔王軍《ホワイト企業》で中間管理職《やりがいある立場》だったデュラさんが、
「なんと言ったであるか?」
「あの男は、神々を前に“えー、今の時代ですねー、終末戦争とか考える奴、全員バカです!“神々はそれに対して、悪を駆逐する為の大切な戦争であると伝えた所“その悪って神々の感想ですよね? 僕は人間なので(笑)“ついに怒った神々はどんどんお前のような邪悪な人間が増えていると言いました。すると“それってなんかそういうデータあるんですか?“と切り返し、この前もお前のような愚かな人間が来たと仰りました。それに対して“なんだろう、嘘つのやめてもらっていいですか(笑)“と言って、その男は無事生き返り、それを連れてきた私達は散々絞られたんだ」
うわぁ……
「まぁ、なんでしょう。ロスヴァイセさん、飲みましょう。お酒は明日への活力、そして嫌な事を忘れられる特効薬です」
「金糸雀さん、私がワルキューレじゃなかったらプロポーズをしたいくらいだよ」
「えっ、ロスヴァイセさん、女の子ですよね?」
「ほぉ、この世界はお堅いんだな。ヴァルハラでは全然ありだぞ」
またまたぁ、そうやって誰にでも言って勧誘してるんでしょ!
イケメン女子にそんな事言われると美人に弱い私がコロッと行ったらどうするのよほんと、とか思ってたら楽しい時間が終わったわ。
「かなりあー! かなりあー! 部屋に行ったらお前達がいなくてニケの奴がぐーすか寝てたからー、連れてきたぞー、さけー、あとつまみー! おぉ、みんなお揃いでー、私もーお土産にばかうけを買ってきてやったぞー」
はぁ、恐怖のエルフがアンゴルモアの女神を連れてきてしまったわ。
「なんという強い魂! 相当な方々とお見受けする! 私はワルキューレ、ロスヴァイセ。こういう者なんだ!」
「お? あぁ? ヴァルハラ? いやいやホッピーで」
そう言って名刺らしい物を見せて、「とにかくヴァルハラに来てほしい」と酔っているハイエルフのセラさんと意識が朦朧としているニケ様を連れて行ってくれたわ。
「奇跡ぃ! ロスヴァイセ、神!」
「勢いで飛び込み営業してあの|邪悪な者達を連れて行った《ビズリーチ》であるな! お見事!」
「ヤバみを感じる。二人とも規格外のバケモノ」
キサラちゃんの感想は当たってたわ。
私たちは目の前の脅威が去った事に安堵していたんだけど、ニケ様はあれで戦争の女神様だし、セラさんに至っては女神とかが生まれる前から存在している神様みたいなエルフだし……
結果、ヴァルハラの神々と一悶着あり、それが第一次終末戦争が勃発したとかしないとか私は酔ったニケ様の武勇伝で聞かされる事になるけど、聞いてないフリをしたわ。そしてそんな二人を連休前の木曜日に連れて行ったロスヴァイセさんはそれ以降神々からこう呼ばれるようになったらしいわ。
週末のワルキューレと。




