第261話 旧神ヌトスと南瓜の煮付けとPAUL MARTIN(シャンパン)と
「金糸雀ちゃん、そこに座りなさい。勇者もなおりなさい。デュラハン、貴方もですよ!」
「う、うぜぇ! クソうざい極みなり」
「いきなりどうしたである? クソ女神よ」
さて、朝っぱらからニケ様がやってきたかと思うとなんかお冠なんだけど、そもそもニケ様は私の部屋でそんな態度とっていいハズないと思うんだけど……
「どうしたんですか? 今日に限ってなんかテンション高いですけど」
私達をリビングに集めて、なぜかニケ様が説教ムーブをかましてくるという意味不明な状態。
「新顔がいますね。悪き者ですか? 召っしますよ?」
「勇者とゆくゆく婚姻をする暗黒騎士」
そう言ってミカンちゃんに抱きつくとミカンちゃんのほっぺたをむちゅーっと吸って抱きついたわ。
「き、きめぇ! ヴァルハラ級のうざさなりにけり」
「暗黒騎士殿は勇者を心からすいておるからなぁ」
「ガチの百合っ子って結構引くわね」
と私達がニケ様の関心が薄れた頃にニケ様は怒鳴ったわ。
「最近、みなさん! 女神に対して冷たくありませんか? 昔は私が来たらみんな喜んでご馳走とお酒を用意して花びらを巻きながら歓迎してくれたものです」
どの世界線の私達かしら? そんな事をした覚えはないわね。
「クソ女神よ。ついにおかしくなったであるか? 元々、かなりおかしかったわけであるが……」
「クソ女神、暗黒騎士を連れて去れり」
「ちーがーいーまーす! 皆さん! 普段、空気を吸うでしょう? 水を飲むでしょう? 命を殺め食べるでしょう? その全ては私がいるから行える事なんですよぉ!」
壮大な事言ってるけど、なんかニケ様、可哀想になってきたわね。なんか飲ませて酔わした方がいいかしら? なんかあったかしら?
ガチャリ。
このタイミングで誰か来ちゃったかぁ、最悪ね。ニケ様の醜態を晒さないようになんとかフォローしてあげないと。
「ちょっと玄関見てきますね」
「勇者もいけり」
「暗黒騎士も」
ミカンちゃん逃げるつもりね。私達は三人でお出迎えに行くとそこには、なんか、白い髪をポニーテールにして白いローブを着て白い槍を持ったえらく白い肌のお姉さん。それもくっそ美人がいるわ。でも凄いキツい目をして私達を睨みつけてる。
「こいつ、ヤバい!」
そう言ってキサラちゃんがでっかい剣をお姉さんに向けるけど、人差し指一本で止められたわ。それを見て、ミカンちゃんは玄関から逃亡。
ずるい!
「全てを打ち消す光、このヌトスに楯突くとは、無謀を通り越して不敬、光と共に消えるがいい」
やばいやばい! ごく稀にくる、話聞かないめちゃくちゃヤバい系の人来たわ。こういう時は、
「ニケ様ぁ、助けて〜!」
「どうせ、金糸雀ちゃん、誰にでもそう言うんでしょ!」
あぁああ! めんどくせぇ彼女みたいな事言い出したわ。私は今まさにキサラちゃんを殺害しようとしているヌトスさんに、自己紹介してみたわ。
「私は犬神金糸雀、この家の家主です。この家は殺生は御法度なのでやめてもらえませんか? キサラちゃんも、いきなり襲いかかってごめんなさいして」
「ごめんなさい」
案外素直に謝ったわね。槍を私達に向けているヌトスさん。さぁ、大丈夫かしら? 案外許してくれるかもしれないと私の経験上思うんだけど。
「人間は間違う生き物だ。一度に限り、このヌトスへの狼藉、不問とする」
「ありがとうございます。ヌトスさん、お詫びと言ってはなんですけど、何かご馳走させてください」
「愚かな人間の施しは受けない。が、詫びというのであれば断る道理は無し」
そう言ってヌトスさんはヒールを脱ぐと、それを合わせて玄関の邪魔にならない所に置いてる。ニケ様は脱ぎ散らかしてるわ。
「むっ! 凄まじい力を感じるである……」
「あれは旧き神ですねぇ、金糸雀ちゃん!」
そして奇跡が起きたわ。ヌトスさんがニケ様を上から覗き込むように見て、「なんだ、邪神かと思ったら最近の神か」とか言うので、
「出ていきなさい。ここはもはや信仰忘れられた古い神が来る所ではありません」
「金糸雀、この神は貴様の主神か?」
「いえ、毎日やってくるニケ様ですね。まぁ、友達?」
「金糸雀ちゃん!」
「神と人が友達か、かつてはそうだった。ここはいい場所だな」
そう言ってミカンちゃんのコーナーであるソファーに腰をかけたので、私はお酒を取りに行くわ。「デュラさーん、今日、南瓜の煮付けよね? もう出せますか?」「丁度良い塩梅であるぞ」とお皿に持った南瓜の煮付けを超能力でリビングまで持ってきてくれる。
そいじゃあ、迷惑をかけたのでお酒は少しいいのを出そうかしら、スパークリングワインの王様、シャンパンね。と言っても比較的安い4000円くらいの銘柄だけど。シャンパン専用ワインセラーから私が取り出したのはPAUL MARTIN、芳醇な香りとやや強めの炭酸、そして梅のような口当たりは一度飲んだら忘れられないわね。
シャンパングラスを人数分用意すると、
「じゃあ、本日はヌトスさんごめんなさい、そしていらっしゃい!」
グラスを掲げる。
みんな同じくグラスを掲げて一口。シャンパン以外のスパークリングワインがダメとは言わないけど、やっぱり美味しいわね。
「これ、美味いであるな……」
「うん、美味しい」
「金糸雀、よくやった」
えっ? え! なんかヌトスさんに頭撫でられたわ。なんというか美人にこういう事されてシャンパン飲んでるとそういうお店にいる気分になるわね。
「がなりあぢゃんが、他の神に浮気したー! お酒おいしー! わー!」
安定のニケ様と、甘みより酸味がやや強いお酒の女房には甘いオツマミが何故か合うのよね。一見すると合いそうにない、上品な洋酒のシャンパンとやや田舎感の強い南瓜の煮付け、それはまさに王子様とシンデレラの出会いね。
「南瓜の煮付けもどうぞ!」
「うん、いただこう」
フォークで南瓜の煮付けを小さく切って口に運ぶヌトスさん、すでにエロいわね。もむもむと咀嚼して飲み込み、PAUL MARTINを一口。私の方を見て頷く。
「お酒を使うところを赤ワインで煮てるので、和洋折衷の煮物なんです」
「ほぉ、見事」
「確かに、よく合うであるな! 南瓜の煮付けなのに、こうしてシャンパンと合わせると洋食感あるである」
「美味しい。勇者に食べさせてあげたい」
ワイワイと私達が盛り上がっている中、ニケ様は大きく口を開けて南瓜の煮付けをパクリ。同じくもむもむと食べて。
「金糸雀ちゃん、美味しい!」
「そりゃ、良かったです」
「旧神じゃなくて女神の周りに集まってガヤガヤしてください!」
えっ……無理。
据わった目で私を見つめるニケ様、目を逸らす私。泣き崩れるるニケ様。そしてフッっと笑う。
「間を持って勇者を女神にすれば、暗黒騎士は勇者を信仰する」
キサラちゃんがニケ様にトドメを刺したので、小さい子みたいにニケ様が大泣きして私にしがみついてきたわ。
勝利の女神とは……
方や、かつて神様だったヌトスさんは上品に南瓜の煮付けを小さく切って時折口にしては一口、シャンパンを飲んで目を瞑ってる。
なんか、おとなぁ! 地雷系の女の子が推しの誕生日にシャンパン開けるあの下品な絵面と違っていいお酒はこうやって嗜んでもらえてその輝きを増すと思うわ。
「もし、現在の神が愚かで、人々に迷惑をかけるような愚神であればこのヌトスが光と共に消し去ってやろうと思ったが、そうではないらしい」
どこをどう見たらそうなるのかしら? まぁ、神様の主観なんで私達人間とは感性が違うんだと思うけど、なんだか納得いかないわね。
「あれであろうな……無闇矢鱈に命を奪うとかそういう話をしているんであろう」
デュラさんの意見を聞いてなるほどと私はやっぱり納得がいかない。私個人で言えば相当迷惑をかけられているんだけどな。
想像してほしいわ。ニケ様は確かに超がつく美人、でもディズニープリンセスが毎回無銭飲食するとかディズニーファンは見たいかしら?
そんな色々な私の感情を無視するようにヌトスさんは腰を上げたわ。
「人間の娘、首だけの騎士、そして謝罪できる女騎士。皆、いい子だ。新しい神とも仲良く過ごすといい」
私の身体の疲れとか、精神的疲労とかがスッとなくなった。
「「!!!!」」
デュラさんとキサラちゃんも感じたみたいね。
これが旧神の力なのね。
私達はこれみよがしに、これが神だ! という神々しい姿で玄関から去っていくヌトスさんを見た後に、酔ってクッションにしがみついてよよよと泣いているニケ様を見て、私はやりきれない気持ちになったわ。




