第253話 マッドサイエンティストと“西部劇のオッサンが食ってるやつ“とアーリータイムズと
「ねぇねぇ、カナちゃん。このお店で俺程、カナちゃんの事気に入ってる奴っている?」
「いるんじゃないですか?」
「今度さ、良いお店見つけたんだけど行かない?」
「行かないですね。それより何かドリンク入れませんか?」
「じゃあテキーラ、2ショット。もちろんカナちゃんの分も」
「ごちっす」
今日はバニーガールの日。
ガールズバーって最初に考えた奴、頭沸いてるわよね? 女性がバーテンダーをするクラッシックバーだと勘違いしてバイトの面接行った私も大概だけど……この手のお店はいかにお客さんにお酒をご馳走してもらうかで私のバイト代が変わってくるのよね。ホストクラブでシャンパン入れてもらうみたいなもんね。
ホストクラブで40万くらいするドンペリゴールドとか、ドンキとか安いところだと3万切ってたりするから、水商売ってのは凄いわよね。言葉の通り、水を売る。青天井でお金が垂れ流されるんだもん。
「カナちゃんかんぱーい!」
「はいはい、乾杯。池田さん。そのお酒で今日は帰りましょうね? 前みたいに酔ってお店の外で転んで怪我したら大変ですから」
「そういうところだぞ! カナちゃん、好きになっちゃうの! にしてもどんだけ飲んでも顔色変わらないのな?」
テキーラのこんなショットの一杯や二杯なんて空気吸うようなもんよ。でもまぁ、ガールズバーの女の子へのキャストドリンクはウーロンハイとかにしてもらいたいものね。みんながみんな私みたいに肝臓強いわけじゃないし。
「カナちゃん、今度はぜーったいデート誘うからね」
「はい、行きません。また来てくださいね」
水商売の女の子を落とそうと思ってくるお客さんはめちゃくちゃいるの。メイド喫茶とかもそうね。でもね? 大概彼氏いるのよね。さらにその半分は芸能事務所関係。もう半分はホスト狂い。一部生活費の為に働いている子もいるわね。私とかそういう……そういう子は彼氏いないのよね。
ちくしょー!
「金糸雀さん、ヘルプありがとうございました!」
「いえいえ、私も稼ぎたいですから、それに今日は丁度暇でしたから」
「金糸雀さん、憧れるなー! 美人だし、トークもドライなのにお客さんへの気配りもできるし、お酒強いしー! お姉様って呼んで良いですか?」
「ダメです。というか千早さんの方が私より一個上じゃないですか」
千早さん、この人は水商売に稀にいるレズっ子です。どうしても水商売は顔とスタイルで採用が決まるわけで……別に自慢じゃないけどね。要するに一定以上に美人や可愛い女の子がいるので、当然見栄えの良い女の子が好きな男性が来るお店なわけなので、見栄えの良い女の子が好きな女の子もやってくるんだけど、千早さんはキャスト側に回ってしまった残念な人。
「千早さん、私は昨今の水星の魔女を否定はしませんけど、お仕事とプライベートは分けましょう。という事で上がります」
お客さん以上にいやらしい目で私を終始舐め回すように見続けていた千早さん、可愛い人なのに、残念ね。
今日は店長が私に持って帰るようにと、お客さんがボトルを入れたものの飲みにこなくなったウィスキーボトルが何本か……
「アーリータイムズのホワイトか、安いけど美味しいのよね」
クソ重いそれを持って私のマンションにようやく帰宅できて、「ただいまー」と部屋に入ると、もうみんな寝てるかと思ったけど、ミカンちゃんが「おかえりなりー」とウェスタンスタイルの格好でお出迎え。
「金糸雀殿、お勤めご苦労であるぞ」
「あはは、本職の人みたいになってるじゃないですか、まぁ、従業員同士が仲良いからガールズバーもだらだら続いてますけどね。ところで、あちらの方は?」
萌え袖、白衣に天然の巻毛の女性が何やらドライバーを持ってミカンちゃんのゲーム機を直してるっぽいけど。
「博士なりー!」
「うむ、博士であるな」
だから、誰? というかなんの博士かしら?
「えっとー、こんばんわ。この家の家主の犬神金糸雀です」
「その若さで一城の主人とは凄いねー! 私はアンだよ。アン・ゼーン博士と呼ばれている。私の発明はぶっ飛ぶぜよ!」
大きな眼鏡、そばかす。見た目はいいところのお嬢さんね。
でも全然アン・ゼーンじゃない感じの人ね。アン博士、異世界ではこの名前、多いわね。花子みたいな感じなのかしら?
「博士すげー! 勇者のゲーム改造してアメリカの核兵器の起動スイッチ作ったなりけり」
「うむ、この世界支配するのに、たった指一本と言った時は戦慄を覚えたであるな!」
ガチの人じゃない。
「作ったらダメでしょうよ。アン博士、元のPS5に戻してください。確かPS2の時代からミサイル誘導できるとかいう都市伝説ありましたけど……そうだ。そんなくだらない実験より、お酒飲みましょ」
ドン。ドン、ドン!
一人一本、半分以上残ってるアーリータイムズホワイトがあるわ。ミカンちゃんが駄々をこねる前に炭酸水、お湯割用にポット、オンザロックでも楽しめるようにアイスペール!
「かなりあすげー」
「うむ、ある種達人の域であるな。痒いところに手が届くである! まぁ、我首だけのだが」
「酒かー……」
「アン博士飲まない方ですか?」
「うーん、弱いけど、少し頂こうかな?」
「となるとおつまみね」
バーボンにあったおつまみーは……と考えていると、西部劇に激ハマりしているウェスタンコスプレのミカンちゃんが腰のリボルバーをウェスタンハットにチョンとつけて、
「勇者、西部劇のオッサンが食べるの食べて〜!」
「何よそれ?」
「これなりー!」
とミカンちゃんがようつべで再生した動画には西部劇のサルーンでおっさんが一心不乱にポークビーンズ的な物にがっついている姿が映し出されていたわ。あー、美味しいそうね。
「クソ簡単に作れそうだから作ってみる? 大豆缶とケチャップとホールトマトに、玉ねぎ、豚塊肉があればできそうね。デュラさん手伝ってくれますか?」
「承知したである。味付けはコンソメスープあたりで時短するであるか?」
「ですね」
食材を切るのをデュラさんの魔法と超能力に任せて、私は“西部劇のオッサンが食ってるやつ“の味付けに専念。時短レシピを二人で作れば尚早いのよね。普通に作るとスープ状になりそうなので、動画の固形物感を出す為に最後に蒸して潰したじゃがいもを入れる事で、“西部劇のオッサンが食ってるやつ“の完成よ。
「うおー! うおー! かなりあすげー! 西部劇のオッサンが食ってる奴なりー! かなりあつよつよー!」
クソ適当な再現料理でつよつよもらっちゃったわ。
「凄い良い匂いの料理じゃないかー! 包丁上手だねぇ、セニョリータ金糸雀くん、そしてセニョール生首くん。セニョリータ勇者くんは本当に何もしないねぇ! 私、そういうの嫌いじゃない!」
“西部劇のオッサンが食ってるやつ“も完成したので、私はとりあえず一杯目はアーリータイムズホワイトのハイボールを作って、
「それじゃあ、なんというか名前も含めてみるからにマッドサイエンティストのアン・ゼーン博士のヤバい発明に乾杯!」
「乾杯であるぞー!」
「乾杯なりぃ!」
「おやおや、偶然来ただけでこんなもてなし悪いね。乾杯」
バーボンってほんとハイボールによく合うわね。そういえばアーリータイムズのホワイトって食中酒なのよね。
「うわ! これは美味しいねセニョール! 高貴な香りに、スパークリングワインのような気泡。しかしその味はなんだろうスモーキーだ」
アン博士はなんだか上品ね。髪もちゃんとしてドレスなんか着れば貴族のパーティーにいてもおかしくないのに、
「じゃあ“西部劇のオッサンが食ってるやつ“もどうぞ」
「頑なにポークビーンズと言わない事に拘りを感じるね! いただきます」
スプーンでバクバクとアン博士が“西部劇のオッサンが食ってるやつ“を食べて、アーリータイムズハイボールで流し込むと、
「あははは! これはよく合うね」
「ねぇ! 勇者、カウボーイのやりたいかもー!」
「どういう事であるか?」
「そうね。意味不明だけど、ミカンちゃん話してごらん」
私は二杯目はオンザロックのアーリータイムズを飲みながらミカンちゃんにそれを尋ねると、ミカンちゃんは、
「西部劇の酒場にカウボーイが入ると、酒場のゴロつきがガン見してこり! かなりあとデュラさんと博士は勇者をガン見してほしいなりけり!」
あぁ! あの酒場によそ者が来たらガン見してくるあの西部劇の謎のルールね。ミカンちゃんは玄関あたりから、キメ顔でキャットウォークでやってきたわ。なんというか、これってオッサンが酒場に来て、オッサンがガン見するからいいシーンになるんだけど、ミカンちゃんがやるとアイドルとかモデルのPVにしかならないのよね。ガン見してるのも私たちだし、
でもミカンちゃんは世界観に浸ってるから、
ガツガツと西部劇のおっさんが食べてるやつをスプーンで掻っ込んで、アーリータイムズをストレートでがぶ飲み!
あっ! ちょっと西部劇っぽ……
「うみゃあああああああ! “西部劇のオッサンが食ってるやつ“クソうみゃああああ!」
くないわね! ミカンちゃんキャラ付けの為にストレートでアーリータイムズを飲んだけど、すぐにハイボールにシフトしたわ。
「“西部劇のオッサンが食ってるやつ“オンザロックのバーボンによく合うであるな! おや? 博士は何をしているであるか?」
「いや、とても可愛い女の子がいるからね。食べさせてあげているんだよ。ねぇ? ドニータ」
「子ども扱いはやめろー! 我が名は復讐の女神ネメシスぞ?」
ネメシスさんとニケ様、西部劇のモブみたいにミカンちゃんの後ろからついてきてたのね。それでいつものテーブルの定位置に座ってたのね。そこでアン博士に見た目愛らしいネメシスさんが捕まったみたい。
「ほら、ドニータ! アーン」
「アーン! おいちぃ! じゃなーい!」
「ほら、ドニータ! この世界を滅ぼすスイッチだよ。ポチッとな」
ポチ。
あれじゃない核兵器の発射スイッチ押しちゃったわよ。ダメダメダメ! 世界戦争始まっちゃう。
「ニケ様!」
「安心なさい金糸雀ちゃん、私は勝利の女神ですよ! 戦争になっても金糸雀ちゃん! 勝利の栄光を金糸雀ちゃんに!」
「そんな虚しい勝利いらないですよ。人類全員が弱者です。なんとかしてくださいよ。ミサイル発射しちゃったんですよ!」
「金糸雀ちゃん! 世の中には神や私のような女神でもできる事とできない事があるんですよ! 世界の一つや二つ滅びること、我慢なさい」
「チッ! 使えねー女神様だなぁ。ミカンちゃん、デュラさんなんとかできないですか?」
ミカンちゃんはクルクルとリボルバーを回して私を真顔で見つめる。ミカンちゃん普通に美形だから真顔で見つめられると照れるわね。精神年齢と喋り方が残念だけど、
「勇者今ガンマンかも! 勇者の加護を与えし神。マフデト・ガラモンの力を借りて! タイムマジックなり」
チッチッチッ!
私が目を開けると、ミカンちゃんがリビングからニケ様とネメシスさんを連れてやってくる瞬間。二人はミカンちゃんの後ろに隠れて入ってきてたのね。ほんとしょーもない女神様達ね。
で、アン博士はネメシスさんを見つけると引っ張って膝の上に乗せた。
時間が戻ったのね。
なら! 私はアーリータイムズのボトルを三本持つと、
「アン博士!」
「ん? うっ!」
「ネメシスさん」
「かなりあー! うっ」
「あとニケ様もついでに」
「うっ!」
ボトルを直飲みさせて、眠りについてもらう事にしたわ。なんかボトル飲みするとか、ちょっと西部劇っぽいわね。私はこの間に改造されたゲーム機を取り上げて電源を切ったわ。
そして予想だにしない事が、
「あはははは! なんて面白いマンションだ! そして可愛いドニータもいるし、気に入った。私はこのマンションの部屋を借りるとしよう」
「えっ? アン博士。酒つよ……というか、アン博士ってこの世界の人なんですか?」
てっきり異世界から来た人だと思ったのに、そして丁度テレビで、某国で兵器開発をする為に監禁されていた天才博士が行方不明になったとかやってるけど、絶対このアン博士よね。
「これから宜しく! セニョールアンドセニョリーター!」
「よ、よろしくお願いします」
よほどネメシスさんを気に入ったのか、アン博士はネメシスさんを抱っこして連れて帰っちゃったわ。ついでにニケ様も連れていってくれればよかったのに……
このドランカーレジデンスにまた一人、狂人の入居が決まった瞬間だったわ。




