第247話 雌型魔族とニシンそばと菊正宗 超特選絞りたて大吟醸
私がごくたまに食べたくなる物があるのよね。お蕎麦、東京の人が好きな盛りとかカレー南とかではなく、熱いお蕎麦ね。それはちょっといいお店の鴨南蛮とかでも、立ち食いのかけ蕎麦とかでもいいんだけど、“おつまみ“として食べたくなるの。もちろん、女房となるお酒は日本酒一択ね。
そしてスーパーに入ると、割引されてたのよね。
「は? ニシンの甘露煮が100円であるか? 何かの間違いでは?」
「消費期限が今日だから見たいね。そもそも真空パックの甘露煮だから実際はもうちょっと伸びるんだろうけど、お店的にはさっさとはけたかったんじゃないかしら?」
そもそもちょっとだけで5、600円するからこれ買うなら、秋刀魚の蒲焼とかで代用しちゃうのよね。これも何かの縁と思って、人数分購入、そしてニシンの甘露煮といえばニシンそばなのよね。というか、東京に来てニシンそばを大学のみんなが知らなくて驚愕したのは懐かしいわね。
※最近は東京のチェーン店とかならニシンそばをたまに見れますが、それでも結構レアですな。見つけたらお銚子と一緒に食べましょう。ぶっ飛ぶぜ!
「お蕎麦はお店で売ってる物で、出汁は作るとするであるな」
「ちょっと待って、出汁は私が作るわ。関東風のお出汁も美味しいんだけど、ニシンそばはやっぱり関西風の方が雰囲気出るからね」
「同じ食べ物でも地域でやや味付けが違うのは我が世界でも同じであったな」
「昔の人は自分の地域の味付けに自信があったから、やれ東はまずい、西はまずいみたいな事言ってたらしいけど、正直、日本全国どこで何食べてもくっそ美味しいですからね」
「ううむ、我日本に来てよかったであるな」
ミカンちゃんがさっきからじっと私とデュラさんに熱い視線を向けているのよね。
「さかなー!」
ミカンちゃんの好物、魚。異世界では魚はあんまり食べられない上に川で獲った物を素焼きにする程度らしく、焼き魚、煮魚、フライ、揚げ物、刺身、叩き、ツミレ、寄せ物と無限に魚を調理する方法が存在する日本の魚料理はミカンちゃんの脳細胞をぶっ壊したみたいね。
「どうせなんで、関西のニシンと関東のコロッケのお見合いでも……する?」
私はすでにジャガイモだけのポテトコロッケをお惣菜で購入して水にさっと潜らせたあと、オーブンでチンしてるの。こうする事で水分を飛ばし、再び残った油で衣が焼かれて揚げたてみたいに復活するのよね。どうせ、お蕎麦に入れたらクタクタになるんだけど、
「勇者コロッケそばスキー」
「コロッケをそばに入れるという大胆な思考が見習いたいものであるな」
「東京でも賛否両論ありますけどね」
コロッケそばとチョコミントアイスはきっと命題でしょうね。お蕎麦は茹でて具材を乗せれば完成なわけで、速攻できちゃうご馳走よね。
ガチャリ。
「いらっしゃいませー」
と私が玄関に向かうと、そこには亞人種って人かしら? 人間のようで人間じゃない感じの女性が、怯えた表情でこっちを見てるわ。
「おや、珍しいであるな。純粋な魔族であるな」
「魔族って亞人って人たちですか?」
「そうであるぞ。我ら悪魔や他魔物は邪悪な力で元の存在から変貌を遂げた者であるのに対して、魔族は純粋な暗黒種といったところであるな。魔王様や殿下のように暗黒その物であらせられる存在もいるであるが、それらに最も近く、人間にも近しい存在と言えるである。結果、人間、魔物双方から迫害されやすい事もしばしばであるな」
要するに異端って感じなのね。
「私は犬神金糸雀です。この家の家主ですよ。貴女は?」
「いや、近づかないで!」
めちゃくちゃ怯えてるわね。こういう時は目線を合わせてあげて、そして片膝をつく、胸に手を当てて手を差し伸べるわ。
「怖くないわよ」
そう言ってゆっくりと魔族の女性の手に触れる。そしてじっと見つめ、「とりあえず中にどうぞ」とリビングへ、そこには菊正宗の超特選絞りたて大吟醸を冷蔵庫から出してテーブルに並べるミカンちゃん、
「んん? 魔族なり?」
「あっとは勇者のミカンちゃん」
「……勇者?」
「そうそう、でこっちの首だけの悪魔はデュラハンのデュラさん。ここには貴女を虐めるような人は誰もいないわ」
「本当に?」
「うんうん」
「いじめカッコ悪りぃ!」
「うむ、封建的すぎて引くであるな! しかし、日本という国はイジメが異様に多いように思う」
同じ日本人として耳の痛い話ね。ほんと、世界一の先進国が聞いて呆れるくらいの未熟な心を持ってるわよね。もういじめとかする人間は年齢関係なく死刑でいいんじゃないかしら?
「家族が熱を出したから薬を買いに人間の里に向かったんだけど、魔族である事がバレて、人間達に追われるハメになりました。魔族の集落のエビルと申します」
「なるほどね。家に帰るにしても疲れたでしょ? 今からご飯だからエビルさんも食べていきなさいよ。今日はお酒も食事も最高よ」
「……で、でも」
私たちを見てエビルさんは小さく頂きますと呟いたので、私は全員の手元にプラカップの菊正宗超特選絞りたて大吟醸を置くと、
「じゃあ日本酒で乾杯よ! 体も心も温まるから」
「乾杯なり! 勇者、シュワシュワがよかったー」
「プラカップの日本酒もあるのであるな」
「この透明な水みたいなお酒??」
瓶で買う方がコスパはいいんだけど、お花見シーズンになると、持ち運びしやすいお酒を買っちゃうのよね。
※桜並木を前に、春ビール飲んでたりワンカップ飲んでる人がいるアレ
「うん、市販品でもさすがは大吟醸ね。美味しいわ」
「ほほう。普段飲みの本醸造とは明らかに違うであるな。美味い」
「これ、お酒だ! 本当に透明なお酒! 凄い」
初めて清酒を見た日本人もきっとこんな感じで感動したんでしょうね。ミカンちゃんに至っては遠い目をしてるわ。
「んじゃ、お蕎麦行っときましょうか? もう好きに食べて、お出汁で一杯、コロッケで一杯、ニシンで一杯、おネギで一杯。そしてお蕎麦締めるなんて繰り返しでもいいし、お蕎麦を啜って大吟醸で流してもいいし、お蕎麦と日本酒の組み合わせは無限大よ」
と言っても私はお出汁で一杯ね。はぁ、しーあせ。なんでお蕎麦ってこんなに美味しいのかしら? というかなんでラーメンに人気負けてるのかしら? 私の中では86対14くらいでお蕎麦の圧勝なんだけどなぁ。
あれかしら? ラーメンってビールに合うから? ダメだ。思考がお酒から抜け出せなくなってきた。
「そばにニシンの甘露煮、くそ美味いであるな! 殿下に食べさせてあげたいであるぞ」
「にしーうまー! 勇者甘露煮好きー! ずるずるずる」
「わぁ、暖かくて優しい味。美味しい」
ほらー! お蕎麦、異世界組にも大ウケじゃない。私、異世界にいる間に夜泣き蕎麦でも引っ張ればよかったわね。じゃあ次はニシンで一杯。お酒の消費量は年々減ってるって話だけど、江戸時代の日本酒消費量は年間一升瓶30本。一人当たり一ヶ月で2.5升飲んでた計算になるわね。ビールとか、ウィスキーとか無い時代なのに、少なくない?
※少なくありません
「蕎麦うめー! 勇者お代わりかもー!」
「ニシンはもう無いので月見で良いであるか?」
「良き良き! 秋刀魚のかば焼き入れり!」
トンと大吟醸を飲み干したミカンちゃんが二本目に突入。一本が一合で大体私達は平均して一人5合くらいは一回に日本酒なら飲むから……江戸の人の消費量、五日で飲んでるわね。やっぱ江戸時代の人ってお酒飲む量少なくない?
※少なくありません
「エビルさん、お酒足りてます? いくらでもあるので遠慮なく言ってくださいね!」
「いえ、もうポカポカしてるので大丈夫です」
「ふふ、日本酒は温まりますからね。そういえば、エビルさんのご家族の容体ってどんな感じなんですか?」
「……それが、風邪なんです。魔法じゃ治せないから……」
ははーん、風邪って魔法じゃ治せないんだ。
「勇者の魔法ならなんとかなるのではないか?」
「えー、勇者回復魔法苦手ー、ヤバヤバ聖女とかなら殺してから蘇生魔法とかで病気直してたり」
聖女って、プリンちゃんかしら? あの子なら殺りそうね。風邪は並の魔法じゃ治せないのね。だったら、文明の力を見せてあげるわ。
ロキソニン、葛根湯、キューピーコーワα、お蕎麦にお出し、卵、そしてネギ。私はそれらを袋に入れてあげて、
「エビルさん、この葛根湯を飲ませてあげてください。温まり楽になると思います。もし食事が取れない時はこのキューピーコーワαを、どうしても熱が下がらない時はロキソニンをキメてください。ご飯が食べられるようなら、このお蕎麦セットを作ってあげて食べて貰えば、もう元気ですよ! あと、今日飲んでもらった菊正宗の超特選絞りたて大吟醸も何本か入れておくので、温めて飲めば暖も取れますから」
「こんなに私の為に! ありがとうございます!」
乗り掛かったなんとやらね。私がエビルさんのご家族の事を助けてあげて、デュラさんとミカンちゃんが魔族の迫害をどうにかしてくれるでしょう。
ガチャリ。
「みっなさーん! 女神が来ましたよー!」
「金糸雀、来ちゃった!」
いいところに来たわね。私は笑顔で二人の女神様を出迎えるわ。いつもと違う感じに二人は戸惑いながらも喜んでリビングに入ってくるので、私はエビルさんを二人に紹介。
「かくかくしかじかなんですよ。女神様なんで助けてあげてくださいよ」
「金糸雀ちゃん! 女神の恩恵をそう簡単に受けれると思わないでください! 願って、願って、願っても叶わない。女神の加護とはそんな星を掴むようなものなんです!」
「そうじゃ、金糸雀。少し、お前さん、女神の事。舐めてはおらんか?」
は? 今更何言っての事女神達。
私が二人を舐めてないわけないじゃない。
「分かりました。心苦しいですけど、そんな誰かを助けられない女神とか私の知ってるニケ様とネメシスさんじゃないです。なんだろ、クラーケンさんとかレヴィアタンさんとか、そうだ。女神ならアテナ様とかにお願いするので、もう二度と犬神家の敷居を跨がせませんので」
さぁ、天秤にかけなさい。しょーもない女神とかいうプライドを取るのか、私の部屋で無銭飲食できる権利を剥奪されるのか、当然答えは分かりきってるんだけどね。
「おぉ、嘆かわしい! 種族の違いで迫害を受けるだなんてあって良い事ではありません。これは女神事案です! ネメシス、そうですね?」
「うむ、女神事案だ。今すぐにこの魔族のお嬢さんをドブ臭い人間共の魔の手から救わねばあるまいよ」
ほらね。でも一応言っておこうかしら。
「人間の集落に迷惑かけないでくださいよ? 誤解を解いて仲良くするように言ってくださいね」
魔族達の中で、大女神・カナリアという信仰対象が生まれ、しもべの女神ニケと女神ネメシスを従えているとか広く浅く語られ、その内、私の手元に異世界の絵描きが私を想像して描いたと思われる姿が一節の詩と共に一枚絵になってたわ。
めっちゃジャージを着た私を見て私は少しジャージを着るのをやめようかなって思ったのはいつの日か……
清酒を愛する人は、心清き人、桜の花のような女神・カナリア




