第242話 有翼種と社長のイカの塩辛と辛丹波と
あと数日で冬の寒気も去り行く今日この頃、冬の日本酒を最後に楽しもうかと私は普段飲みの日本酒置き場からパック日本酒を取りに行くと、もう空だったのよね。普段のみは本醸造酒で十分よ。純米酒の方がそりゃ美味しいけど、ハウスワイン然り、安いお酒でも美味しいものは美味しいから。
なんかないかしら? 辛丹波があるわね、ワンカップ大関で有名な酒造会社の看板商品ね。大関の社長さんは女性なのはあまり有名じゃないけど、私も尊敬し、経営方針は学ぶものがあるわね。
「デュラさん、ミカンちゃん、今日は日本酒の燗付けで一杯やろうと思うんだけどどうかしら? 同じ大学に通ってる従姉妹の孔雀ちゃんからイカの塩辛もらったのよね」
「えぇ……勇者しゅわしゅわがいいー」
「塩辛であるか、良きであるな!」
ミカンちゃんは日本酒ハイボールで私とデュラさんは燗付けね。そういえば、私の大学この前、学祭やってたんだけど、ミカンちゃんがサービスエリアのご飯食べたいって言うからレンタカー借りてドライブしてたから行ってないのよね。
「デュラさん、温度はどのくらいにしますか?」
「上燗でお願いするであるぞ」
「えー、勇者もあったか酒でいいー激アツで」
デュラさんは45℃くらい。わかってるわねぇ。鍋を沸騰させてから火を止めて、その中にトックリをぽちゃんと浸からせて、しばらく待つのよね。
そんな風にじーっと3人で熱燗ができるのを炬燵に入りながら眺めていると、
ガチャリ。
「た、助けてぇ……」
なんだか穏やかな感じじゃないわね。玄関に3人で向かうと、そこには雪を頭に乗せた男の子? 女の子? というか、天使かしら?
「天使の方ですか? というか中どうぞ、雪を落として、デュラさん、お風呂沸かしてください。ミカンちゃん、ホットミルク作ってきて」
「了解である」
「ラジャー」
ブルブル震えてるのでミカンちゃんの着替えを貸してもらって着てもらうとホットミルクを飲んでもらって、部屋の温度をマックスまで高くして炬燵に入ってもらうわ。これで死ぬことはないでしょう。風邪くらいは引くかもしれないけど。
「あぁ、助かりました。僕、突然の降雪に死ぬかと、いや、気が遠くなった時に目の前に扉があったのでここが天国なのかなって、この羽。天使の羽じゃなくて僕は有翼種の亜人なんです。名前はシェロです」
「私はこの家の家主の犬神金糸雀で、こっちが勇者のミカンちゃん、今お風呂の準備してくれてるのがデュラハンのデュラさんよ」
「凄いパーティーですね……」
「プププ、無敵なりぃ! 3食オヤツ、晩酌つきなりけり」
しばらくするとお風呂が沸いたらしくて、デュラさんが戻ってきたので、私はシェロさんにお風呂に入るように勧めたわ。その間に少し呑む準備しておこうかしら。
「塩辛どーんと出して食べるつもりだったけど、ちょっと手を加えましょうか? デュラさん、だし汁作ってもらっていいですか?」
「おや? シメの出汁茶漬けであるか?」
「ですです」
私はトントントンと紫蘇、ネギ、生姜、たくわんを細かく切っておくわ。二十分程でシェロさんが戻ってきて「何から何まですみません」とペコペコ頭を下げるので私たちは笑って座るように勧める。
「シェロさんはお酒はやる口かしら?」
「あー、はい。少しですけど」
お酒飲めない人だったら、甘酒でも出そうかと思ったけど、よかったわ。とりあえず四合燗付けしたからしばらく持つでしょう。
「じゃあ、さらば冬! こんにちは春! 乾杯」
「乾杯である!」
「乾杯なりぃ!」
「熱いお酒? こんなのあるんですね。乾杯」
この感じいいわねぇ! お酒を温めるのって実は日本にしか存在しない文化なのよね。昔々当時の日本人がお酒は温めて飲まないと体に悪いという謎の考えが浸透してたから、常温で呑む事をを冷と言ってロックな飲み方だったとか…… この燗付け文化は海外の人でもいまだに驚くものね。グリューワインもホットビール、ホットウィスキーなどのホットカクテルはめちゃくちゃ歴史浅いから多分。熱燗からインスパイヤを受けたんでしょうね。
「くわー! きくぅ! それにほのかに甘いですね。美味しいお酒です。すっと入ってきますね!」
うーん、いいわねぇ。可愛い男の子見ながら呑む熱燗の美味しい事。じゃあ私がシェロさんに教えてあげよっかなぁ。
「シェロさん、この辛丹波は……」
「シェロ殿、辛丹波は辛口の日本酒であるぞ! まぁ、ただ辛口と言っても辛いというわけではなくキリリと味にキレ味がある事で万人に受けやすいのである! かつては辛口を男酒なんて言われていたらしいであるが、勘違いしていたんであろうな! さて、おつまみの社長のイカの塩辛であるぞ! ささっ! どうぞである」
デュラさんめ! 私が言いたい事を全部言っちゃうなんて、にしてもお土産でもらったこの社長のイカの塩辛。バチくそ美味しいのよね。
「これは……なんともその……グロテスクな……」
「あぁ、イカの塩辛なんてもうメジャー過ぎるから忘れてたけど、そう見えるわよね。騙されたと思って食べてみてください。ほら、ぱく。んまぁ。ここで熱燗をひっかけ」
やば! ほんとヤバい。
「あーん。んまぁい。勇者、塩辛すきー」
「んー、この塩辛、いつも食べているものよりコクも味わいも違うであるな。そして辛丹波がよく引き立ててくれるである」
私たちを見て、シェロさんは目をつぶって、社長のイカの塩辛をパクリと食べて、ゆっくり咀嚼。凄い懸念そうな顔をしてたけど……段々口が早く動き、そして驚いた顔になると、
「おいしー! こんな味食べた事ない! これなんなんですか? 塩漬けみたいですけど」
「あはは、塩辛って言ってまぁイカの生身とハラワタの塩漬けなんですよ。もちろん味付けしてますけど、お酒に合うでしょ? ここで、薬味を加えて見てください」
私が刻んだ薬味を混ぜて食べてもらうとこれまたお酒に合うのよね。お酒がなくなってきたのでもう四合燗付けして、ひたらすら私たちは社長のイカの塩辛をちょびちょび食べ続けたわ。
「ふー、体がポカポカしてきましたね」
「でしょ? 熱燗程温まるお酒はないと思うわ。ささもっと飲んでください」
「ポカポカなりぃ! 火の加護なりけり」
「酒の加護であるなぁ! うむぅ、暖かい。しかし、シェロ殿はどこかに行こうとしていたのであるか?」
「僕ら有翼種は暖かい地域に渡って過ごすんですけど、南の暗黒ザナルガランの山脈地帯の上空で群と外れてしまって……」
「それは残念であるな。しかしザナルガランでよかったであるぞ! 魔王様の領地故、我も顔がきくである! 戻られたら魔王様の居城で赴き、魔王様の三大腹心様であらせられる。怪鳥王シレイヌス様に掛け合うと良いである! 我の名前で突っぱねられた場合、アズリタン殿下に助けを求めれば群のところまで助力してくれることを約束しようであるぞ!」
本当にそれ魔王軍なの? 世界の警察みたいになってないかしら?
「ありがとうございます! デュラさん!」
「故、慌てずにゆるとしていくと良いであるぞ! では、シメの出汁茶漬けを用意しようであるな?」
「待ってましたデュラさーん!」
「デュラさんの出汁茶漬けつよつよー!」
社長のイカの塩辛を熱々のご飯の上に乗せて、残った薬味も乗せて、だし汁をかけて。
フーフーと冷ましてからパクリ。
「わー! これもおいしー!」
「うんまぁ! ほんとデュラさん包丁上手ね」
「うんみゃあああああああ! 勇者、これすきー!」
私たちはお茶漬けを食べて一息つくと、段々と眠くなってきたわ。私よりも先に、すやっと声が聞こえる。半目でみるとシェロさんが寝息を立ててるわね。すーすーと寝ているのはミカンちゃんかしら?
グゥと小さな音はきっとデュラさんね。
私も、もう睡魔に耐えられそうにないわ。
「!!!!」
私は私を覗き込んでいる二人の女神様の姿が見えた気がしたけど、とりあえず。眠っているふりを決め込もうと思ったわ。
ゆさゆさ。
「金糸雀ー! ネメシスが来たよー」
「金糸雀ちゃん! 起きてください。朝ですよ」
夜前よ。もうなんでこの女神様たちは寝ている人を叩き起こしてまで、自分の欲望を満たそうとするのかしら?
しばらく本当の睡魔に私は意識を連れて行かれ、寝た後も地獄のゆりかごに揺らされる夢を見たわ。




